プロヴィナージュとは、2005年生まれの日本の元競走馬、現繁殖牝馬である。
ある意味、「GIとは出走する全ての馬にチャンスがある」ということを示した馬である。
父フレンチデピュティ、母ポーンスター、母父サンデーサイレンスという血統。
母は天下の社台ファーム生産馬とはいえ、母系の近親馬は地方競馬でそれなりの勝ち数を挙げてはいるものの一線級といえる馬はおらず際立つ血統馬ではない(とはいえ、管理した小島茂之調教師によるとセリ時に馬主にお薦めした一頭であり、早い内から期待を掛けていた馬だという)。
入厩した小島厩舎からのデビューは2歳12月で、3戦目にダートで初勝利を挙げる。
その後ダートで2勝目を挙げたのち、地方交流重賞の関東オークスに挑んだが、
このレースではスタートでのかなりの出遅れもあって白毛馬ユキチャンから8馬身差の2着に敗れる。
しかし、レース後地方競馬の関係者が小島調教師にこう言ったという。
「あの位置から2着に来るなんて相当力が有る」
……基本的に競馬とは馬群の前で先行するのが有利であり、さらに中央の競馬場に比べて小回りで馬場もスピードが出にくい地方の競馬場は後方から追い込んで勝つのが難しいのが常識である。
そんななか(優勝馬に大差をつけられたとはいえ)大出遅れから2着を確保したプロヴィナージュに「力がある」と言われるのはおかしなことではなかった。
その後も重賞レースに挑むも、ラジオNIKKEI賞(芝1800m)9着・シリウスステークス(ダート2000m)16着と結果は出ず。この後秋の3歳牝馬GI・秋華賞に向かうことになるが、ここである騒動が起こるのである。
秋華賞に出走登録した際、プロヴィナージュは優先出走権・収得賞金順での出走馬順位では19位であったが、直前で故障馬が1頭出たため出走可能な18位に繰り上がることとなった。
しかし、前走がダートのシリウスステークスということもあり中1週、さらに芝でも実績がなかったために回避するだろうと思われていたのである。
実際に小島師も「馬の状態次第」とマスコミにコメントをしていたのだが、ここで「プロヴィナージュ回避」という記事を載せたマスコミもあったという。
そして、順位でプロヴィナージュの下にいたのが名牝エアグルーヴの仔ポルトフィーノであった。新馬戦・OP特別を単勝1倍台で快勝するも、故障で春のクラシックを棒に振っていた期待の良血馬である。
当然競馬ファンの多くは、(ダートを主に走っていたプロヴィナージュが回避し)ポルトフィーノが出走できるだろうと思っていたのだが、小島師は調教を見た結果、出走しても大丈夫な状態だと判断しプロヴィナージュを秋華賞に出走させる決断をする。
(現に、ブログ内でも自らの言葉足らずを反省し、結果として新聞に回避という誤報を流してしまったと謝罪している)
その結果として、小島厩舎が開設していたブログが炎上してしまったのである。
「馬券の売上に貢献しない馬を出すのはいかがなものか」
「勝負にならないダート馬を出すんじゃない!」
「記念出走」「周囲に迷惑」「分不相応」「人間のエゴ」などなど……(もちろん小島師を擁護するコメントもあったが)
さらには、プロヴィナージュ出走を批判するためだけにブログを立ち上げる者まで出てきたのである。
また、小島厩舎からはフラワーカップ勝ち馬でオークス4着のブラックエンブレムも出走登録していたために、ブラックエンブレムを勝たせるためのラビット(ペースメーカー)という扱いもされていた(それならばプロヴィナージュも端から出走を明言していたはずで、直前まで出走を悩んでいた同馬がラビットの訳がないのだが)。
批判の原因となったのは、プロヴィナージュが芝のレースでの実績がほぼなく収得賞金を稼いだレースがいずれもダートのレースであったこと。中央競馬では芝のレースはダートのレースよりも「格上」とみなされており、ダートから芝に挑戦して良績を収めることは珍しいのが現実。ルール上収得賞金の計算が芝とダートで統一されている以上はつきまとう問題かもしれない。
出走除外となってしまった馬がポルトフィーノという良血の素質馬だったことも批判を集めた一因。収得賞金で出走可否がギリギリの状態とはいえ、次走の古馬混合GIエリザベス女王杯で3番人気に推されたことを考えれば、間違いなくこの秋華賞でも上位人気は必至であっただろう。鞍上が武豊で早くから出走表明していたこともプロヴィナージュ陣営への批判を加速させた。
しかし、定められたルールに則って出走しようとした小島厩舎のブログが荒らされるのはお門違いではないだろうか。ポルトフィーノが十分に収得賞金を加算または優先出走権を得ていれば問題は起こらなかったはずで、収得賞金がギリギリで出走可否が他力本願であったポルトフィーノ側の人々にプロヴィナージュ側を批判できる大義名分はあっただろうか。批判した人々が用いた「良血で勝負になる馬こそがGIに出るべき」という理由も、賞金が高く名誉もあるGIレースは全ての競馬関係者が目標にすべきレースであり(だからこそGI勝利の価値が高く評価されるのである)、初めから好走が期待される馬のみが出走でき、その他の陣営は慮って出走回避するのが当然であれば、レースをする意味、GIレースをする価値はないのではないか。
……いずれにせよ、ごたごたはあったものの、プロヴィナージュは同厩ブラックエンブレムとともに秋華賞に出走することとなった。そして、レースは何が起こるかわからないのが競馬の面白いところである。
さて、秋華賞当日。プロヴィナージュは7枠15番で発走することになっていた。
実は、この年の牝馬クラシック路線では全てのレースで7枠15番が勝利をするというオカルトみたいなことが起こっていた。そんなオカルトありえません!
ついでに、前年小島厩舎から出走していたクィーンスプマンテとも同じ枠だった。
阪神JF:トールポピー(7枠15番)
桜花賞:レジネッタ(7枠15番)
オークス:トールポピー(7枠15番)
一方、除外されたポルトフィーノは同日の条件戦清水ステークスを勝利。
人気は殆どなかったとはいえ、ますますプロヴィナージュは結果を残さないといけない状況に追い込まれたといっても過言ではなかった。
出馬投票の際、プロヴィナージュに騎乗する佐藤哲三騎手に小島師がこう声をかけていた。
「今回は悪役だぞ、大丈夫か!?」
すると、佐藤騎手は笑顔で
「あー、慣れてます」 と返したという。
レースが始まった。
プロヴィナージュは外枠から果敢に2番手に付け、向こう正面で逃げたエアパスカルをかわし先頭に立つものの、前半58.6秒のハイペース、さらに早目に動いていった反動からか騎手がおっ付け気味に手綱を動かしていた(最終コーナーに入る前にプロヴィナージュが馬群に沈むと感じた小島師は"火だるま"を覚悟してブラックエンブレムに双眼鏡の視線を移していたという)。
しかし、調教師の覚悟とは裏腹に、本馬が馬群に沈むことはなかった。プロヴィナージュは4コーナーからバテるどころか後続を引き離しにかかったのである。
それは、一生に一度しか出られない晴れ舞台に「お前は出てくるな」と言われた鬱憤を晴らすかのような一世一代の走りだった。
逃げ切るかと思われたゴール寸前、後続の2頭の馬に差されるも3着に粘る。場内は騒然となった。
優勝劣敗が原則の競馬とはいえ、GI秋華賞での3着は古馬OP特別並みの賞金約2200万円。出走できるかどうかギリギリだった馬としては、ほとんど最高な結果であったといえよう(ちなみに前述の関東オークスで完敗したユキチャン(17着)にも初めて先着した[1])。
そして、プロヴィナージュを差し、レースに勝ったのは同厩のブラックエンブレム。
小島厩舎としても初めてのGI制覇であった。
小島師はプロヴィナージュ出走に対する批判を1着・3着という最高の結果ではねのけたのである。
その結果、3着プロヴィナージュが16番人気だったことのみならず、11番人気ブラックエンブレムが1着、8番人気ムードインディゴが2着になったことにより、三連単が1098万2020円というとんでもない大波乱というおまけまでついた。
これは2015年ヴィクトリアマイルで2000万越えが記録されるまでGI競走での三連単史上最高払戻であった。
(余談ではあるが、当年の牝馬三冠競走は桜花賞も三連単700万配当・オークスも44万配当と波乱の決着になっており、三冠競走全てで1,2,3番人気が一頭も馬券に絡まないという史上稀に見る大混戦であった)
その後、プロヴィナージュは一進一退ありつつクラスを駆け上がりオープン馬となる。
惜しくも重賞勝利には手が届かなかったものの、重賞2着3回など結果を残した。
一方、騒動の一サイドとなったポルトフィーノは直後のエリザベス女王杯でのやらかしもありその後1勝も出来ずに引退となった。稼いだ総賞金はプロヴィナージュが約19000万円、対してポルトフィーノが約4500万円とその差は約4倍。牧場に無事に帰ることが牝馬の大きな使命とはいえ、一部の競馬ファンからの「期待の差」からすれば、何とも皮肉な競走成績である。
30戦4勝、重賞未勝利という戦果からすれば歴史的名牝とはいえない馬である。
しかし、秋華賞で見せた一世一代の輝きは少なからぬ競馬ファンの心を掴んだであろう。
引退後は故郷の社台ファームで繁殖入り。7頭の仔を産んだ。
代表産駒は2023年のユニコーンステークスで2着に入った第5仔のサンライズジーク。余談だが彼が逃げ切り勝ちで勝ち上がった東京1Rの2歳未勝利戦は、あれから14年が経った2022年の秋華賞の前日。さらに同じ日の新潟1R・障害未勝利戦では、ブラックエンブレム産駒のアストラエンブレムが同じく逃げ切り勝ちを収めるという、ちょっとした奇跡が起きていた。これもまた、血統が繋ぐ競馬のドラマのひとつだろう。
2023年、エピファネイアの仔を産んだのを最後に繁殖牝馬を引退。ナイスネイチャがいたことで知られる浦河渡辺牧場で余生を過ごすことになった。
2025年3月11日、放牧地にて事故のため予後不良となった。
*フレンチデピュティ 1992 栗毛 |
Deputy Minister 1979 黒鹿毛 |
Vice Regent | Northern Dancer |
Victoria Regina | |||
Mint Copy | Bunty's Flight | ||
Shakney | |||
Mitterand 1981 鹿毛 |
Hold Your Peace | Speak John | |
Blue Moon | |||
Laredo Lass | Bold Ruler | ||
Fortunate Isle | |||
ボーンスター 1996 黒鹿毛 FNo.22 |
*サンデーサイレンス 1986 青鹿毛 |
Halo | Hail to Reason |
Cosmah | |||
Wishing Well | Understanding | ||
Mountain Flower | |||
*ボーンフェイマス 1986 栗毛 |
Exuberant | What a Pleasure | |
Out in the Cold | |||
First One Holme | Noholme Atoll | ||
Beautiful Miss |
クロス:Bold Ruler 4×5
父フレンチデピュティは現役時代はアメリカでG2どまりの馬だったが産駒のクロフネが活躍したのを見て社台グループが購入した。
母ボーンスターは4戦1勝。
母父サンデーサイレンスは説明不要レベルの大種牡馬。
掲示板
12 ななしのよっしん
2024/01/23(火) 08:32:03 ID: dNpzxyT7pa
>>9
もっというとポルトフィーノはクロフネ産駒だったはずなんで、親子二代で他の馬に除外を食らった被害者になってますね。
自身は結果を残したけど、枠を奪った馬も一定以上の結果を残したという意味でも共通してます。
13 ななしのよっしん
2024/03/10(日) 17:36:15 ID: LKgmd61zcp
ユキチャンが悪いってことは全く無いけど、同じ関東オークスの賞金で秋華賞登録、シリウスステークスから中1週のユキチャンが批判より応援の声が勝り、プロヴィナージュがその逆だったのは、批判してた連中の「叩きやすい方を叩く」ってエゴが透けて見えてなぁ…
14 ななしのよっしん
2025/03/16(日) 08:15:38 ID: hhLMCasWB2
25年3月11日 事故による骨折が原因による安楽死とのこと。
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最終更新:2025/03/26(水) 18:00
最終更新:2025/03/26(水) 18:00
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