菅野ひろゆきとは、数々の名作ADVを世に送り出したゲームクリエイター、シナリオライターである。
本名は菅野洋之、ペンネームは「 剣乃ゆきひろ / 妃路雪≠卿 」。
株式会社アーベルの創業者で代表取締役社長を務めた。アーベルを核とするアーベル・グループの中心人物でもあった。代表作には『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』『エクソダスギルティー』『ミステリートシリーズ』などがある。
難病の大動脈解離を患い1年の間に5回の手術を経て、2011年12月19日、脳梗塞にともなう脳内出血により死去。享年43歳。死の前日までゲーム制作にあたっていたという。
その葬式通夜は本人によって予めプロデュースされており、会場には僧侶は居らず般若心経をロック調にアレンジした曲が流されており、祭壇には赤いフェラーリの写真が飾られ、ゲームのデモ映像が流されていた明るい雰囲気の葬儀だったという。ゲームで人に驚いて貰うことを楽しみとしていた故人らしい逸話である。
趣味は数学とピアノの演奏。ゲーム業界に入る前は夜の街でのピアノ演奏で生計を立てていたという。ゲーム制作中の息抜きにはよくゲームセンターに通い、3D格闘ゲームのバーチャファイター2のプレイをしていた。
読書は流行りの本や週刊新潮を購読していた。幼少の頃からピアノを習い、音楽の授業では常にピアノを演奏するほどピアノが上手で好きであった。スーパーカー世代で、フェラーリがお気に入り。子供の頃は昆虫博士であった。小学校3年生頃からミステリーやSFを読むようになり少年時代は『怪盗紳士アルセーヌ・ルパン』が大のお気に入りだった。
『ドリトル先生シリーズ』も愛読した。中学2年生の頃に数学の面白さに目覚め、数学にのめり込むようになる。高校時代にはPC-8001で『ウィザードリィ』『ウルティマ』などの海外からの本格的なコンピュータゲームに熱中するが、この頃の感動が菅野の原点となったと生前の本人は語っていた。コンシューマはクソゲーばかりと思い手は出さなかったようだ。日本製のゲームでは『信長の野望』(十六国版)なども遊んでいたという。
少年期からコナン・ドイル、エラリー・クイーンの『エジプト十字架の秘密』、ディクスン・カーなどのミステリー小説と、アシモフの『鋼鉄都市』などのSF小説を愛読していた為か、その作品には科学と推理サスペンスを題材としたものが多い。
菅野のゲーム業界でのデビューはプログラマーとして始まったが独学である。コンピューター専門誌の『マイコンベーシック』などを読みながら学んだが、しかしゲームを組もうとすると、マウスドライバからプログラムしないといけないような時代だったため苦労したようだ。2004年に今のプログラマーは恵まれていると述べていた。
ゲームデザイナーとしてのデビュー作となった『悦楽の学園』は、菅野がシーズウェアに入社して僅か数ヶ月で、ゲームを作らせて欲しいと願い制作された作品であった。上司からは「お前にゲームなんか作れるわけがない。なら3ヶ月やるから作ってみろ。作れなかったらクビだ。」と宣告された状況での制作であったという。
それまで18禁アダルトADV、全年齢対象のADV作品においても、取り上げられることが稀であったタイムリープ、パラレルワールドなどのSF的題材を『DESIRE背徳の螺旋』『YU-NO』などで、いち早く本格的に取り上げ、紙芝居と揶揄され、エロさえあれば良いと短絡的に考える者も多かったアダルトゲーム業界で頭角を現し大作ADVを続々と発表、それらの作品を次々とヒットさせ、コンシューマにも移植された。そこでも大人気を博し新たな市場を開拓。後世の作品、多くの作家たちに直接的、間接的を問わず多大な影響を与えた、ゲーム業界のカリスマ的人物であった。
菅野はゲームクリエーターとして日本のゲーム業界の特異点だった言って過言ではない。
物語を多角的視点から読み解いて謎を探る「マルチサイトシステム」や、ゲーム中複雑に分岐する物語を、自動でフローチャートのように分かりやすく視覚化しマッピングした「A.D.M.S(アダムス)」、同じ場所で異なる時代の主人公たちが、世界の秘められた謎を解き明かしていく「マルチタイム・ザッピングシステム」など、画期的なシステムを考案し、ゲームにおけるマルチシナリオ、ザッピングシステムの進化に貢献した。
ストーリーテラーとしても秀逸で、悠久の時の螺旋に囚われたヒロインの悲哀を描いた『DESIRE』、一匹狼の私立探偵と凄腕女性捜査官が活躍する冒険サスペンス『EVE burst error』、現代と異世界で倫理や規範を超越した愛のかたちと宇宙の根源の謎に迫る『YU-NO』等で得られる感動と、大きな喪失感を感じさせる悲劇的カタルシスは、のちの泣きゲーと称されるゲームの先駆けであった。友情、自己犠牲、家族愛、生命倫理、タブーへの挑戦などがテーマと思われる作品が多い。
18歳未満購入禁止というアダルトゲームというジャンルには、作品の表現の幅を広げるものという見解を述べていた。
『DESIRE』においてマルチザッピングの一方の主人公マコト編を、勝手にエロシナリオに改変されたことを悔しがった菅野は、次回作『XENON夢幻の肢体』では7つのマルチシナリオのうち1ルートをポルノ的に仕立てて言い訳とし、次に会社の方針に従い、明るい学園恋愛エロゲADV『エイミーとよばないでっ』を制作してシーズウェア社員を退職し、フリーになることでやっとエロ描写に縛られない作品が作れるようになった経緯がある。『EVE burst error』はフリーになってからシーズウェアで制作したゲームである。
サターン版の移植時も菅野は手伝っており、そこで小次郎役の子安武人との知己を得た。
菅野の作品の革新性は絶大なインパクトとなり、ゲームやアニメ、マンガを中心とする日本のサブカルチャーに非可逆的で決定的な影響を及ぼすことになった。2004年に講談社の文芸誌『ファウスト』は「菅野さんがパイオニアの一人となって切り開いた美少女ゲーム文化は、90年代から2000年代にかけて花開き、「ファウスト」で活躍される作家さんたち(西尾維新ほか)が出てくる土壌を水面下で準備してくださったのだと思います。」と語り「ゼロ年代の表現をあらかじめ用意した」とまで評した。
現在活躍している名のあるクリエーターの多くが菅野の影響を受けたと口外してはばからない。
菅野のゲーム制作におけるその姿勢を伺わせる言葉を引用して下記に記す。
菅野はYU-NO完全ガイドでの取材において、タブー的な表現は今後も行われるか?という問いに対して「表現というものにタブーなどというものなど、あってはいけないと思いますが、表現をした責任はそのクリエーターが全て負うべきだと思っています。」と答えている。
「YU-NO完全ガイド この世の果てで恋を唄う少女」より引用。
「もうこれ以上出来ない、ごめんなさい」というところまでやって、ようやくユーザーに「まっ佳作かな」と言ってもらえるのがこの世界だ。「こんなもんで良いだろう」という仕事だと見向きもされないよ。
「菅野ひろゆき メモリアルTributeBook」より引用。
ゲーム業界ってのは、もっとクリエイター主体になるべきだと思う。ゲームと映画とは歴史も変遷も違うから、単純に比較してはいけないけど、例えば東映がこんなの映画を創った、松竹が新しい作品を上映した、といって見に行く人は少なくわけで、監督などクリエイターで映画館に足を運ぶ場合が存外多いのです。プロフェッショナルからアーティストになるべきだということです。プロは利益を追求して、アーティストならば実績を作るために一生懸命良質なものを提供していけばいい。ゲームクリエイターがアーティストを目指すことになれば、ゲーム業界もヘンな奴が多くなって楽しい世界になると思いますよ(笑)。ゲームクリエーターがアーティストの道を進むのなら、そのリスクを背負うことになります。つまり変で面白いゲームがたくさん出てくる反面、クソゲーもたくさん出てくると。ですが発展のためには、そういったリスクとのトレードオフをする部分が必ずあると思います。僕が目指すのは「ゲームでしかできない表現」を追求していくということです。僕のゲームをストーリー面で評価してくれる方が多いのは本当に嬉しいです。しかしあくまでゲームであって、ストーリーはそれを構成する要素の1つにすぎないという前提が僕の中にはあります。ビデオや漫画ででも表現できるものを創っても意味がないんです。よく「ゲームが映画に近づいた」と言われて喜んでいるクリエイターもいるようですが、「そうじゃないでしょ」と言いたい。それは映画業界の人に見下されているんですよ。「近づいた」じゃしょうがないでしょうと。
映画を創っている人に「映画でこんなことができますか?」、雑誌編集者に「本でこんな面白いことは表現できないでしょう」と胸を張って言えるゲームを創っていかなければならないと僕は思っています。
また、尋常ではあり得ない驚異的な製作スピードでも知られており、『DESIRE』『EVE burst error』はプログラマーも兼任して僅か4ヶ月(リマスター版は開発に2年)、『XENON』は3ヶ月、『エクソダスギルティー』は脚本、演出、プログラム(元アーベル社員の方から同ゲームのプログラムはされていないとのご指摘をいただきました。)の一人総掛かりで6ヶ月、『YU-NO』は8ヶ月という凄まじいものであった(リメイク版は開発に2年ほど)。
『YU-NO』に至っては複雑なゲームデザインとフラグ管理もさることながら、ADV史上現在も例に無い膨大なテキスト量を誇っており、通常(2MBくらいで多いほど)の3倍から4倍ものテキスト(8MB以上)、400字詰め原稿用紙で10000枚分にも達する膨大なものであった。また綿密な世界観を構築するため、作中で使われる資料として数十ページにも及ぶ、現実の数学や物理学、哲学、歴史学が駆使された難解な科学論文が執筆された。『YU-NO』の製作中、この短期間のうちに平均的なADV作品の倍以上の曲数にあたる100曲近いBGMを作曲することになった、当時エルフ社員であった梅本竜は、みるみる消耗していき、あまりの過酷な現状に、自分の部屋と家財道具を残したまま制作途中で失踪し、完全に消息不明となってしまった逸話も知られている。
生前、菅野は他のクリエーターと衝突することも多かったが、全ては良い作品を創りたいという情熱からであったと関係者は語っていた。
主な共作者は原画家ではイラストレーターの「やさまたしやみ」、アニメーターの「田島直」、イラストレーターの「CARNELIAN」、アニメーターの「長岡康史」、イラストレーターの「すぎやま現象」、イラストレーターの「むとうけいじ」、イラストレーターの「西脇ゆぅり」、イラストレイターの「美鈴めい」。同人サークル『LU SEAR』主催の「相河大誠」、イラストレイターの「龍牙翔」など。
作曲家ではシンガーソングライターの「佐藤龍一」、FM音源の魔術師と呼ばれた「梅本竜」、「高見龍」、「ヨナオケイシ」、「神奈江紀宏」。
近年、菅野の手から離れたあと権利関係の問題などで長く再販されていなかった、EVEやDESIRE、YU-NOなどの『菅野3部作』と呼ばれる一連の名作ADVの再リメイク、再リマスターが続いており、菅野作品を知らない新しいゲームユーザーもようやく遊びやすい環境が整えられている。
現在、MAGES.によって『ミステリート~八十神かおるの挑戦!~』と、急逝する直前まで開発を続けていた続編の遺作『ミステリート2~フェアウエル・エンカウンター』が、『ミステリートF 探偵たちのカーテンコール』として新生され製作中である。
(参考文献は主に下記の関連リンク他と『菅野ひろゆきメモリアル・トリビュート・ブック』から)
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最終更新:2025/04/12(土) 20:00
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