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1 ななしのよっしん
2010/08/31(火) 15:56:03 ID: waCreZiLPW
2
2011/01/09(日) 21:42:29 ID: iX5EdKRKeo
来て良かった!
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削除しました ID: JuxAfgrFLB
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4 ななしのよっしん
2011/04/09(土) 10:22:48 ID: TpVW2a8jhu
5 ななしのよっしん
2011/04/30(土) 02:40:49 ID: EfwJjr7OQ/
6 ななしのよっしん
2011/07/25(月) 01:25:59 ID: bwWg/V0g/9
>>4
「実は」って、つまりそういうことでいいのか
7 ななしのよっしん
2011/07/25(月) 01:29:44 ID: BERiEyykr5
事実や現実という接尾語をつけて主観の頼りなさを補っている人はよく見るね
8 ななしのよっしん
2011/08/17(水) 19:54:10 ID: jWpeF7oEez
ちなみに、法律で言うところの事実というのは、民事も刑事も「実際に起こった真実の出来事」という意味ではない。
(とりあえず、そのように主張されていること、そう推定されること、くらいの意味合い)
「こいつが彼を刃物で刺して殺しました」も事実だし、「俺は彼を殺してなんかいない」というのも、事実である。
被告と原告、被告人と検察では、主張する事実が当然違っているわけであって、これを裁判所が証拠によって、真実である事実と、真実でない事実とに分けていくのである。
9 ななしのよっしん
2011/09/08(木) 09:14:42 ID: 0s6n5arXWV
いま、あなたの目には何が映っていますか?
10 ななしのよっしん
2011/09/22(木) 02:06:46 ID: PqKmAFPkGe
11 ななしのよっしん
2011/10/13(木) 11:04:20 ID: riFruR0nRp
12 ななしのよっしん
2011/10/13(木) 11:37:42 ID: QBNtqT8W65
13 ななしのよっしん
2011/11/04(金) 23:11:19 ID: VvwBaA7sEW
14 ななしのよっしん
2011/11/04(金) 23:28:14 ID: uVXSAUnArV
全人類は意識障害を患っている。意識障害を患っているものは何が事実であるかを正しく判断することが出来ない。全人類についてもそれが言える。
この言葉についてもそれが言える。したがってぬるぽ。
15 ななしのよっしん
2011/11/08(火) 16:35:01 ID: iHIwRBeKHj
16 ななしのよっしん
2012/06/07(木) 23:57:10 ID: 7XJOdPxyyO
Cogito Cogito,ergo cogito sum.
17 ななしのよっしん
2012/11/08(木) 14:50:02 ID: Yyh24UfJjl
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削除しました ID: 0s6n5arXWV
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19 ななしのよっしん
2013/03/08(金) 10:53:41 ID: FtqDsvpKVr
人を中傷しておいて事実を言って何が悪い、っていうのは間違ってると思うのよ。
20 ななしのよっしん
2013/03/22(金) 21:29:39 ID: +SfLoanN0g
中傷自体がそもそもいいことじゃないという。そして相手に悪い(それ自体が主観の決め付けが多い)部分があることをいいことに好き放題罵倒するだけで自制心も糞も無いから品位がない。
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削除しました ID: VmmWQSgCWQ
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22 ななしのよっしん
2013/05/02(木) 17:54:08 ID: qRFG4QQnLT
事実は起ったことであって、未来でも形容でもない。
彼はブログを炎上させた。炎上させる人は頭が悪い。だから彼は頭が悪いと導かれるのはただの論理的結論であって事実ではない。
よって事実とは「ブログに非判定なコメントが○件見える」とか「テストが○点だった」とか「AがBを殺した」のようなモノであり、
それを指して「炎上」や「頭が悪い」や「犯罪者」と状況を特定することは中傷になり得ると思う。
23 ななしのよっしん
2013/07/01(月) 15:01:13 ID: a8/yQwnl6I
むしろ実際は「真実」の方が人の数だけ存在すると言える。
客観的事実に対して、推論、反証、議論などにより、
結果論だけでは見えてこなかった様々な因果が真実という形であらわになる事もある。
たとえば「AがBを殺した」なら「AはBに殺されるところだった」とか、
「テストが○点だった」なら「当時は風邪をひいていて勉強どころではなかった」などが例として挙げられる。
しかし、真実をいくら説いたところで、
Aに殺されたBが生き返る事なんてことは無く、また、テストの点が変わることも無い。
真実が事実を覆す事は不可能であり、事実は事実として重く受け止めなければならない。
昨今の事実より真実を重視するかような風潮は、自分は疑問に思う。
24 ななしのよっしん
2013/07/01(月) 15:06:46 ID: 7Nvb+BHeNu
事実なんて何の意味も持たない。ただ真実だけが価値を持ち得る。
25 ななしのよっしん
2013/07/07(日) 22:30:34 ID: IAGoG2hJpM
少なくとも本当に真実を求めようとする人間は目の前の事実に対する検証を軽視するはずがない
何故なら誤った事実からは誤った真実しか導き出せないから
事実を出発点とし正しい理屈によって導き出されるものが真実
故に真実は人の数だけ存在するというのは誤り
26 ななしのよっしん
2013/08/14(水) 21:58:11 ID: kESBLUVTiD
事実を知りたくても真実は知りたくないので
事実を避けてしまい、真実も避けていった
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削除しました ID: kSyQWAHndN
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28 ななしのよっしん
2013/08/18(日) 04:29:57 ID: Ni6CtsGRNS
文脈に依るけれど、事実と真実を対立させて使う場合、
「事実=事象(客観的)」で「真実=認識(主観的)」とすることが多いようだ。
でも、個人的には逆じゃないのかと思う。
どの視点からも同一に見える事象が真実であって、
真実を個人が各々に認識した見かけ上の存在が事実ではなかろうか。
「真」とは中心にあって必ず一つでなければいけないからね。
まあ、「どの視点からも同一に見える」なんていうものは想定する意味がないし、
だからこの二語を逆置してもあまり問題ないだろうが。
29 ななしのよっしん
2013/09/27(金) 00:10:21 ID: lv2JcCuDKR
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削除しました ID: VYI7KsJpan
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