全日本大学駅伝対校選手権大会 単語


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全日本大学駅伝対校選手権大会とは、大学の駅伝日本一を決める大会である。

正式名称は『秩父宮賜杯 全日本大学駅伝対校選手権大会』だが、普通は全日本大学駅伝、または単純に全日本と言われることがほとんど。

概要

日本学生競技連合が主催する大会であり、1970年開始。

高校大会における全国高校駅伝(通称・都大路)や実業団における全日本実業団駅伝(通称・ニューイヤー駅伝、または上州路)に相当する大会。

なのだが、男子の大学駅伝はローカル大会に過ぎない箱根駅伝の方が権威・知名度で圧倒的に勝るため、完全な前哨戦扱いとなっている。

それでも昭和時代は開催時期が箱根駅伝終了後の1月だったこと、一部の関東学連の大学(早稲田など)を締め出していたことなどが重なり、関東勢以外では福岡大学(3回)、京都産業大学(1回)が優勝したこともある。とはいえ第1回から箱根でも伝統校であり、大会歴代でも歴代2位である11回(すべて昭和時代)の優勝を誇る日本体育大学が3連覇を2回するなど、基本的に関東勢の方が圧倒的に強く、それ以外の優勝校はすべて大東文化大学(昭和時代に5回、平成初期に2回)であった。

そしてその動きは平成以後に開催時期が11月になって以降に加速。90年代はそれでも京都産業大学が一桁順位に踏みとどまっていたが、シード制導入後は低迷。08年には日本人エースとして中野良平選手を擁した第一工業大学が出雲駅伝で3位に食い込み、全日本大学駅伝でもシード権にあと一歩の7位と健闘したが、11年に留学生の出場が一人に規制されてからはあからさまに強化のやる気をなくしたこともあってそれ以降は極度に低迷。特に2016年以降は関東勢15校が15位までを占めるケースが5回と格差が開き続けている。特に2022年は7区でトップを独走していた駒澤大学が区間新を出した影響もあるが、関東勢と日本学生選抜以外の大学が最終中継所である第7中継所ですべて繰り上げスタートになってしまった。

大会トピック

92年から95年に掛けて、当時の学生におけるスター選手だった渡辺康幸選手を擁した早稲田大学が初出場から4連覇を達成。特に95年における1分29秒差の最終区における逆転は今でも語り継がれるほどで、これは日本人アンカーが逆転優勝した差では2022年までの大会においても最大のタイム差である。

98年は後にマラソンで活躍する藤田敦史選手を擁した駒澤大学が初優勝。以後に大会歴代1位となる15回の優勝を重ね、ついた異名が『平成の常勝軍団』である。なおこのシーズンの駒澤大学は出雲も制して、唯一当時は取っていなかった箱根駅伝で学生駅伝三冠を狙ったものの、9区で順天堂大学に敗れて三冠を逃した。13年も同じく2冠を取りながら箱根で東洋大学に屈したが、22年では24年越しの3度目の正直に挑み、悲願の学生三冠を達成した。

00年はクインテットと呼ばれた3年生5人を擁した順天堂大学が初優勝。2位がそれまで4回と全日本では勝ちきれなかったが、ライバルの駒澤を6区で振り切った。この時期の順天堂は特に出雲駅伝に強く、99-01年にかけて3連覇を果たした。この年の順天堂のクインテットの中でも中心選手と言われたのが3000メートル障害で活躍した岩水嘉孝選手であり、この年は箱根も制して学生駅伝三冠を達成した。

09年は日本大学が4年ぶり3回目の優勝を飾り、出雲に続き学生二冠を獲得。しかし出雲に続き留学生頼りの勝ち方が目につき、箱根では5区における大ブレーキがあったとはいえ15位に大敗。結果として物議を醸すこととなり、11年より留学生の出場が1人に規制されることになった。

15年は東洋大学が悲願の初優勝。柏原竜二選手や双子の設楽選手といったスター選手を擁しながらも全日本は勝ちきれなかったが、この年は服部勇馬・弾馬の兄弟を中心としたチームで、5区を除いてすべて首位で通過する圧巻の強さであった。ただし箱根では逆に青学に完全優勝を許してしまい、結果的に相手を本気にさせてしまったとも取れるのだが……

16年は青山学院大学が初優勝。現代の箱根の常勝軍団となった青学も全日本大学駅伝はこの年が初優勝で。ちなみにこの年の青学は出雲と箱根も制しており学生駅伝三冠を達成。この年の青学の中心選手は2年時からエース格であった一色恭志選手である。ただし前年のエースで、1つ上の学年に当たる神野大地選手の方が箱根5区の影響で知名度が高い。

学生三冠やその他の記録について

学生三冠は90年の大東文化大学、00年の順天堂大学、10年の早稲田大学、16年の青山学院大学、22年の駒澤大学が達成している。

特に全日本大学駅伝で最多優勝を誇る駒澤大学は1998年、2013年に出雲・全日本と二冠を取りながら箱根で敗れ、2022-23年のシーズンで3度目の正直に挑んでようやく三冠を勝ち取ったように最も三冠の難しさを知っている大学である。

三冠で鬼門になるのは主に出雲駅伝であり、かつては全日本の勝者は大体箱根も制して二冠を取るケースが目立った。実際にデータ上でも出雲・箱根で二冠経験があるのは山梨学院大学、東洋大学、青山学院大学とわずか3校のみである。

ただし08年以降は三冠を取った早稲田・青山・駒大、そして出雲が中止になった20年に二冠を取った駒大以外で全日本と箱根を連覇したケースが無く、むしろ全日本の勝者は箱根を勝てないケースが目立つ。特に出雲と全日本で2冠を取りながら、09年の日大や13年の駒大は箱根で5区を制した東洋大学に敗れている。18年の青学も4・5区で大きく失速し、復路こそ制したものの往路でトップと5分半にも及んだ遅れを挽回するには至らず、終盤に失速した往路優勝の東洋大を捉えての2位が精一杯で、往路で4分以上先行し5区と復路も堅実に2位でまとめた東海大とは30秒程度しか詰められなかった。

珍記録としては山梨学院大学が02年までに2位を10回記録している。山梨学院大学は出雲で6回、箱根で3回の優勝を誇り、平成の中期まで強豪として知られていたが、全日本だけ勝てなかったのは不思議である。もっとも惜しかったのが99年で2区から7区まで1位で走りながら、最終区で駒大に50秒差をひっくり返されている。

関連動画

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関連項目

  • 出雲駅伝
  • 箱根駅伝
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