はい? あ、はい……朝潮型駆逐艦、夏雲です。
提督? あの……どうぞよろしく…お願い致します。
「艦隊これくしょん~艦これ~」の艦娘、夏雲とは、朝潮型駆逐艦7番艦「夏雲」の擬人化キャラクターである。(デザイン・イラスト、CVは未発表)
夏雲は、史実では長姉・朝潮と同じく長崎県佐世保市生まれ、横須賀育ちの朝潮型姉妹7女である。
彼女は2014年秋イベ~冬に実装された朝雲・山雲及び2018年末に実装された峯雲(第41駆逐隊=第9駆逐隊)の僚艦であり、艦隊9周年の夏から初秋にかけて開設された期間限定海域「大規模反攻上陸!トーチ作戦!」第2作戦海域[1]のドロップ艦としてに漸く艦隊に合流できるようになった。が、朝雲同様イベントドロップ艦のため、提督の艦隊に合流するか否かは提督の運次第。僚艦たちは駆逐艦では夕雲型姉妹(+秋雲)を担当する藤川さんがイラストを担当しているので、おそらく夏雲も彼女が担当していると思われるが、これは公式発表を待ちたいところ。
初代第41駆逐隊は夏雲が艦隊に合流できれば全艦が揃い、朝潮型駆逐艦及び開戦時(即ち那珂隷下)第四水雷戦隊が勢ぞろいする。桃井涼太著通称「公式4コマ」(正式タイトル:「艦隊これくしょん -艦これ- 4コマコミック 吹雪、がんばります!」)が現在も続いていたら『真・四水戦のポーズ』が登場していたかも…知れない。
なお、史実で4水戦に属していた艦娘としては、第1水雷戦隊から第4水雷戦隊に編入した第27駆逐隊「夕暮」が未実装である。この第27駆逐隊、夏雲らが戦中名乗った「第9駆逐隊」の先代である。
また、作品中のセリフ等を踏まえれば本来は「第9駆逐隊」所属艦が全艦揃った…と言いたい所だが、この第9駆は編入艦が多く、編入艦のうち吹雪型駆逐艦「白雲」[2]が未実装のため、一応保留の扱いにとどめておく。まあ、白雲以下4隻が9駆に編入したのは山雲損傷修理・9駆からの除籍及び夏雲・峯雲戦没除籍後のことなので、夏雲にとっては与り知らぬことではあるのだが。
夏の雲を想像させるボミューミーな白(銀?)髪が特徴。服装はほぼ峯雲に準じており、スカーフやブラの色は夏にちなんでミカンを思わせる色遣いとなっている。峯雲との相違点はスカーフの色とスカート裾の柄となっている。9駆初の戦没艦のためか、運の初期値が峯雲と同じ6,最大値は峯雲より低い43。改になると峯雲より初期値・最大値ともに1ずつ低く、姉妹最低値を更新している。これ以上朝潮型姉妹が増えることはないため、夏雲が最低値ということが確定した。(なお、姉妹初の戦没艦は、18駆「霰」なのだが初期からの実装艦のため、ここまで運の値が調整されていない。更に改二も実装済みである。)
スカート丈が長く損傷しないとわからないがスカートの下にはスパッツを着用している。駆逐隊の4隻編成をスパッツ着用の子で編成できる隊はこの初代41駆が初の事例となったようだ。
艦隊合流直後の「夏雲」は…一言で言ってしまえば第九駆逐隊の「霰」。さすがに彼女よりは口数は多いのだが、どちらかと言えば物静かなおとなしい艦娘である。特に艦隊合流直後は「霰」を彷彿とさせるセリフの少なさである。(ここ数年来実装されてきた艦娘の邂逅時セリフはだいたい3行になっているが、夏雲は久々に2行で収まっている)
艦隊合流時点では改称前の元の駆逐隊名である「第41駆逐隊」所属を艦隊編成時に名乗る。また、僚艦として呼びかけるのも41駆設立当時のスタメン山雲のみである。(「第41駆逐隊」とは言っても夏雲の41駆は初代41駆、22年冬イベで実装された「冬月」の言う41駆は2代目の方である。)
改装するとお馴染みの「四水戦第九駆逐隊」所属を名乗るようになるのでご安心を。改装すると9駆朝雲・峯雲にも呼びかけるようになる。
改になると自分に自信がついたのか、「改」時点よりも明るい口調になる。立ち絵でも笑顔になっているのでとてもわかり易い変化である。時報も改になって解禁になるので、この明るくなった口調で時報ボイスを言ってくれる。時報で登場する相手は9駆僚艦たちと4水戦2代目旗艦の由良(クリスマス島攻略作戦で前線を退き、夏雲が由良着任まで4水戦旗艦を代行していた繋がり)、日進と護衛の秋月・11駆(サボ島沖海戦に関与していた)。あれ?那珂さん…
昼間は僚艦と一緒に食事をしたり演習をしたり仲良く過ごし、第九駆逐隊が全艦揃っていることに喜びの声を挙げている・・・のだが、夜になると山雲→朝雲、峯雲→村雨の仲がいいのを少し寂しく感じているようだ。(どうしてここまで放置していたんだよ運営さん…)
最期のセリフは、サボ島沖海戦で救援した相手でもあり来世(海上自衛隊みねぐも型護衛艦)で姉妹となる叢雲[3]及び夏雲の最後を看取った朝雲に言及する。
マル2計画で建造された一等駆逐艦「夏雲」は、1936年6月に命名され、7月1日佐世保海軍工廠において起工、1937年5月26日に進水し、1938年2月10日に竣工した。同年1月15日に竣工した山雲と横須賀鎮守府第41駆逐隊を編成。後に竣工した朝雲・峯雲を41駆に編入し編成が完了した。就役直後、葉山御用邸に滞在中の昭和天皇が木更津海軍航空隊へ行幸されることとなり、夏雲が駆逐隊でありながら御召艦を務めた。
1939年11月15日、第41駆逐隊は第9駆逐隊と改められ、翌1940年11月15日、第9駆逐隊は第二艦隊第四水雷戦隊(旗艦:那珂)の一員となる。
41年12月末、山雲が損傷し第9駆逐隊は3隻体制になってしまう。
太平洋戦争緒戦では南方作戦に参加。42年2月末のスラバヤ沖海戦にも輸送部隊として参戦した。朝雲と峯雲が果敢に敵に肉薄し負傷したため佐藤駆逐隊司令は朝雲から夏雲に一時的に移る。3月下旬のクリスマス島攻略作戦では、同作戦で負傷した4水戦旗艦那珂から司令部を引き継ぎ、次の旗艦由良が着任するまでの間夏雲が4水戦旗艦を臨時に引き受けている。5月9日、9駆司令艦の任を朝雲に返上する。
以降、AL作戦の陽動作戦部隊や外南洋部隊等で戦いを続ける。10月11日~12日、サボ島沖海戦において損傷した白雪・叢雲の救援に[4]朝雲と共に向かうが敵機の攻撃を受け沈没した。塚本艦長以下17名が戦死。生存者は僚艦朝雲に助けられた。11月15日除籍。
その後の第9駆は43年3月5日に峯雲を失い、同年4月1日第5艦隊第1水雷戦隊に異動し朝潮型(同日「満潮型」と艦型名変更)朝雲と吹雪型白雲・薄雲の混成3隻編成となった。(以降は「朝雲(艦これ)」及び編入艦「霞(艦これ)」「薄雲(艦これ)」記事参照。)
戦後、「なつぐも」の艦名は、やまぐも型護衛艦の準同型艦である「みねぐも型護衛艦」の2番艦として継承された。こちらは1969年4月に就役、1995年8月1日に練習艦に艦種変更され、1999年3月18日に除籍され任を全うした。また、同型艦には朝潮型時代からの同型艦である「みねぐも」と、サボ島沖海戦でともに戦没した「叢雲」の名を継いだ「むらくも」が存在した。なお、「なつぐも」のDD-117の艦番号は現在防空駆逐艦の名を継いだ「すずつき」が引き継ぎ佐世保を母港に活躍している。
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| 朝潮型姉妹 / 朝潮型駆逐艦 |
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| 1.朝潮 - 2.大潮 - 3.満潮 - 4.荒潮 - 5.朝雲 - 6.山雲 - 7.夏雲 - 8.峯雲 - 9.霰 - 10.霞 |
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最終更新:2025/12/13(土) 21:00
最終更新:2025/12/13(土) 20:00
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