横浜F・マリノスとは、神奈川県横浜市を本拠とするJリーグ所属のプロサッカークラブである。Jリーグ開幕当初は「横浜マリノス」であった。
概要
| 日本プロサッカーリーグ
|
| 横浜F・マリノス
|
| 基本情報
|
| 創設
|
1972年 |
| クラブカラー
|
青、赤、白 |
| 所属
|
J1リーグ |
| 本拠地
|
日産スタジアム[横浜市港北区] |
| ホームタウン
|
神奈川県横浜市、横須賀市 |
| 前身クラブ
|
日産自動車サッカー部 |
| プロサッカークラブテンプレート
|
|
Jリーグ発足時より参加しているいわゆる「オリジナル10」の1つ。前身は日産自動車サッカー部。 ホームタウンは神奈川県横浜市、神奈川県横須賀市。ホームスタジアムは日産スタジアム(収容人数 72,327人)。Jリーグ発足当初より横浜市神奈川区のニッパツ三ツ沢球技場(三ツ沢公園球技場)(収容人数 15,046人)を使用していたが、2016年よりJリーグへ届け出たことで本拠地を日産スタジアムに一本化している。チームカラーは「青・白・赤」、伝統のトリコロールである。
チーム名の「マリノス(Marinos)」は、スペイン語で「船乗り」「水夫」「海兵隊員」を意味し、1999年に横浜フリューゲルスを吸収合併した際に「F」の文字が追加された。チーム名の表記はメディア媒体によって異なっているが、Jリーグ公式やテレビ中継では「横浜FM」、totoなどでは「横浜M」と表記されている。
クラブマスコットは、ホームタウン・横浜市の市鳥であるカモメをモチーフとした「マリノス君」と「マリノスケ」、「マリン」。マリノス君はJリーグ開幕からクラブのホームゲームに毎試合登場している。
これまで数多くの日本代表選手を輩出し、Jリーグでは歴代2位となる5回の優勝経験がある強豪クラブであり、2023年現在鹿島アントラーズと並びJリーグ初年度から一度も降格した経験のない日本国内屈指の名門チームである。
所属した主なプレイヤーは、木村和司、井原正巳、松田直樹、中村俊輔、川口能活、中澤佑二など。顔ぶれを見ればディフェンダーやゴールキーパーが多く、伝統的に守りの堅いクラブである。2012年・2013年と2年連続で1試合平均失点が0点台というのがその証拠で、通算21年間でも平均失点は鹿島アントラーズと並んで1.23点というリーグNo.1の堅さを誇る(同じくJ2降格経験のないオリジナル10の清水エスパルスは1.38点、名古屋グランパスは1.42点。年間にして5~6点の差が付いている計算になる)。
もっとも近年は伝統の堅守からハイラインのアタッキングサッカーへの転換を図って成功しており、一時低迷していたチームは再びJリーグの強豪チームへ返り咲くことができた。
所属した主な外国人選手には、元アルゼンチン代表でJリーグ初代得点王のラモン・ディアス、同じく元アルゼンチン代表のビスコンティ、元韓国代表の柳想鐵、元スペイン代表でFCバルセロナのストライカーだったフリオ・サリナス、ブラジル人のドゥトラなどが挙げられる。Jリーグ初期の頃はアルゼンチン出身の選手を中心に補強していたが、2000年代以降はブラジル人選手が中心になっている。
クラブの歴史
- 前身の日産自動車サッカー部は、Jリーグ発足前の日本リーグ時代から名門クラブとして名をはせる。特に1980年代は木村和司、水沼貴史、金田喜稔らを中心に黄金期を築いている。
- 1991年にJリーグに加盟。日産自動車の全額出資により、運営会社を設立。翌年初代の監督として清水秀彦が就任。
- 「日産FC横浜マリノス」として出場した1992年度の第72回天皇杯では宿敵・読売クラブを下し優勝。日産自動車として出場した前年度と併せて連覇となる。
- 1993年5月13日、国立競技場での記念すべきJリーグ開幕戦でヴェルディ川崎と対戦し、2-1での逆転勝利を飾る。ちなみに、両チームの試合は日本リーグ時代に「黄金カード」と呼ばれていた。
- Jリーグ開幕当初は優勝候補と見られていたが、ラモン・ディアスが28得点でJリーグの初代得点王に輝いたものの1993年、94年と2年連続で優勝を逃す。なお、1993年にアジアカップウィナーズカップを優勝し、現在クラブ史上唯一となる国際タイトルを獲得。また、1994年を最後に「ミスター日産」と呼ばれた木村和司が現役を引退。
- 1995年は前年のワールドカップでサウジアラビアをベスト16に導いたホルヘ・ソラーリが監督に就任。シーズン途中でディアスと松永成立が退団し、ソラーリ監督も体調を理由に途中で退任するが、後任となった早野宏史監督のもとビスコンティ、サパタ、メディナベージョのアルゼンチントリオの活躍と川口能活、安永聡太朗、松田直樹といった若手の台頭により1stステージを優勝。さらにJリーグチャンピオンシップではリーグ2連覇中だったヴェルディ川崎を破り、ついに念願のJリーグ初優勝を果たす。
- 1997年は中村俊輔や城彰二、元スペイン代表のフリオ・サリナス、ボリビア代表のバルディビエソが加入。大型補強に加え、ハビエル・アスカルゴルタが監督に就任し、スペイン路線へと舵を切るが、しばらくタイトルから遠ざかる日々が続く。結局スペイン路線は1998年で頓挫し、強化方針の見直しを迫られる。
- 1999年、消滅が決まっていた横浜フリューゲルスを吸収して現在の「横浜F・マリノス」という名称になった。世代交代を推し進めたいチームは、この年を最後に「ミスターマリノス」と呼ばれ、前日本代表主将でもあった井原正巳を放出する。
- 2000年、オズワルド・アルディレスが監督に就任。1stステージで5年ぶりのステージ優勝を果たすが、チャンピオンシップで鹿島アントラーズに完敗。この年、22歳の中村俊輔が史上最年少でJリーグ最優秀選手賞を受賞する。
- 2001年は、攻撃の中心であった中村俊輔が怪我がちだったことが影響し、リーグ戦で予想外の低迷を喫し、6月でアルディレス監督が解任となる。後任に1990 FIFAワールドカップでブラジル代表監督を務めたラザロニが就任。10月に川口能活がイングランドへ移籍したことも重なりJ2降格の危機に直面するも、最後は守備陣の踏ん張りもあって年間13位で残留を遂げる。
一方、低迷していたリーグ戦とは反対にJリーグヤマザキナビスコカップでは初の決勝進出を果たすと、大方の予想を覆してジュビロ磐田を下し、初優勝を果たす。
- 2002年は中澤佑二、奥大介といった日本代表クラスの選手が加入するも、1stステージを最後にセリエAへ移籍した中村俊輔の穴を埋めることができず、無冠に終わる。また、前年のリーグ得点王として期待されたウィルが試合中にパスを出さなかったという理由で奥大介に暴行を働くという愚行を働き、解雇となった。
- 2003年に元日本代表監督の岡田武史が監督に就任。さらに久保竜彦、柳想鐵、マルキーニョスらがチームに加わる大型補強をおこなう。補強の目玉となったドラゴン久保が期待通りの規格外の活躍を見せ、磐田、市原との三つ巴の争いとなった1stステージを制すると、2ndステージでは首位ジュビロ磐田との最終節に逆転勝利をし、両ステージを制しての完全制覇を達成。チームにとっては8年ぶり2度目のJ1リーグ優勝となった。そして、1997年あたりから続いていた鹿島と磐田の二強時代に終止符を打つ。
- 安貞桓、中西永輔の加入で選手層にさらに厚みが出た2004年の1stステージも圧倒的な強さで優勝し、Jリーグでは初の3ステージ連続優勝を果たす。2ndステージは久保を筆頭に負傷者の続出もあって6位に終わるが、チャンピオンシップではPK戦の末に浦和レッズを破り、J1リーグ連覇を成し遂げる。この年、中澤佑二が日本人DF初のMVPに選出される。
- 史上初の3連覇を狙った2005年だったが、中澤と松田を擁した守備は安定していたが、久保が腰痛に悩まされて稼働できず、新戦力の補強も失敗したことが響き、シーズン中盤戦に優勝争いから脱落。2006年も攻撃陣の不調によって得点力不足に陥り、7月に岡田監督は成績不振を理由に辞任。
- 11年ぶりに早野宏史が監督に復帰した2007年は、J1で初めて横浜FCとの横浜ダービーが実現。第2節では不覚を取るが、第19節では8-1と大勝。しかしこの年も攻撃陣が泣き所となり、7位でシーズン終了。
- 2008年、2009年も同じように守備陣が奮闘しても攻撃陣の得点力不足がネックとなり中位に低迷。タイトル争いから長く遠ざかることになる。
- 2010年は木村和司が監督に就任し、海外で活躍していた中村俊輔が8年ぶりにチームに復帰。しかし9試合で無得点と課題の得点力不足は解消できず、中位に終わる。
- 2010年のシーズン終了後、選手の給料を削減したいチームは松田直樹、山瀬功治の両ベテランのリストラを発表。特に長年チームの顔として愛されていた松田を解雇したことによるサポーターの反発は大きく、最終節後のセレモニーでは監督や社長挨拶がかき消されるほどの松田コールや、セレモニー後もスタジアムで約6時間に及ぶ座り込み等の抗議を行った。この1年後、松本山雅に移籍した松田が急逝するという悲劇が起きる。
- ACL出場権獲得を命題とした2011年だったが、前半戦を首位で折り返すも、後半戦に入ると3連敗を喫するなど脱落。結局シーズン5位に終わり、目標は達成できず。シーズン終了後、木村監督は解任となる。
- 樋口靖洋が監督に就任した2012年は、前半戦は開幕7試合未勝利という最悪のスタートを切るが、後半戦は8月から9月の間に15試合無敗を達成したこともあり上位に進出。順位は近年では最高の4位となり、リーグ最少失点、リーグ最少負数を記録するなど手ごたえを掴んだシーズンとなった。
- 2013年は開幕6連勝で勢いに乗り、久々に終盤まで優勝争いに絡む。第32節で首位に立ち、優勝をほぼ手中に収めていたが、土壇場に痛恨の2連敗を喫してサンフレッチェ広島に優勝を浚われた。最終節で敗戦の瞬間にピッチに座り込む中村俊輔の姿は多くのスポーツニュースで流され、この年のJリーグを象徴するシーンの一つとなった。その中村俊輔は35歳にしてリーグMVPに選出。
その後、天皇杯でも決勝に進出し、サンフレッチェ広島と激突。この因縁の対決を2-0で制し、実に21年ぶりとなる天皇杯優勝を果たした。なお、この年のサンフレッチェ広島とはリーグ戦2戦2勝と相性のいい相手であった。
- 2014年7月、マンチェスター・シティFCを運営するシティ・フットボール・グループ (CFG)の傘下となる。リーグ戦第21節の川崎戦で、横浜FMのサポーターが川崎の選手の前でバナナを振り回した行為が、差別的行為とされる不祥事が発生。
- 2015年、CFGの意向によりエリック・モンバエルツが監督に就任。喜田拓也や天野貴史ら若手が積極的に起用される反面、栗原勇蔵ら長年チームに貢献してきたベテランが冷遇されるようになる。
- CFGの意向が反映され、ベテラン選手へ厳しい査定を下した強化部の方針が波紋を呼び、2016年シーズンを最後に強化部に反発した中村俊輔が退団する。サポーターからも不評だったモンバエルツ体制は3年間続くが、世代交代には成功したもののタイトルは獲得できなかった。
- 2018年1月、クラブの生え抜きであり新たな10番として期待された齋藤学が移籍金0円でライバルチームの川崎フロンターレへ移籍し、騒動となる。
- 2018年シーズンはアンジェ・ポステコグルーが監督に就任し、ハイライン、ハイプレスの攻撃的なスタイルに方針を転換するも、2006年以来12年ぶりに負け越し12位。一方ルヴァンカップでは、2001年以来17年ぶりに2度目の決勝進出するも湘南に敗れて準優勝。そして、永らくクラブを支えてきた中澤祐二がシーズン前からの公言通り「40歳で引退」した。
- 2019年シーズンはルヴァンカップをグループリーグ敗退、天皇杯は4回戦で姿を消したものの、リーグ戦ではポステコグルーのハイライン・ハイプレスのアタッキングフットボールが機能するようになる。課題の守備もチアゴ・マルチンスの活躍によって前年よりも改善されていた。8月に3連敗を喫した後の11戦を7連勝を含む10勝1分で乗り切り、最終節で2位FC東京との直接対決を制したことで15年ぶりのリーグ優勝を達成した。また、仲川輝人とマルコス・ジュニオールが同率で得点王となり、リーグ史上初となる。チーム内から二人の得点王が誕生する。仲川はシーズンMVPを受賞。
- 2020年のリーグ戦では、新戦力のオナイウ阿道がゴールを量産するなど持ち味の攻撃力で前年を上回るリーグ2位の総得点69を記録したものの、チアゴ・マルチンスが負傷したこともあって守備が安定せずリーグワースト4位の総失点59を喫した。優勝争いからは早々と脱落し、年間順位は9位と期待外れに終わる。
- 2021年は、夏の移籍期間にオナイウが退団したものの、前田大然が得点力において開花し、新たなエースとしてゴールを量産。6月にポステコグルー監督がセルティックFCの監督に就任したため、前シント=トロイデンVV監督のケヴィン・マスカットが後任監督となる。後半戦も川崎と激しい優勝争いを繰り広げるが、終盤になってチーム力の差が出てしまう形で差が広がり、残り4試合の時点で優勝の可能性が消滅。それでもシーズンを2位で終え、23ゴールをマークした前田は川崎のレアンドロ・ダミアンと並んで得点王を獲得。シーズン終了後、その前田はセルティックFCへ移籍。
- 2022年は、アンデルソン・ロペス、西村拓真といった新戦力が順調にフィットしたこともあって前田が抜けた穴を補って余りある活躍を見せ、前線の選手層がさらに厚みを増し、第16節で首位に立つ。しかし、ハードワークを求められる戦術の弊害もあって猛暑の8月に公式戦4戦全敗と大きく調子を落とし、ACLは敗退、リーグ戦でも川崎との首位攻防戦を落としてしまう。それでも9月以降に持ち直し、終盤は勝ち点2差にまで肉薄してきた川崎を振り切る形で3年ぶり5回目となるリーグ優勝を達成。なお、得点数リーグ最多、失点数リーグ最少という内容だった。リーグMVPに岩田智輝が選出されるが、前年の前田同様にポルテコグルー監督が率いるセルティックFCに移籍する。
ACL2022では、ラウンド16まで進んだものの、ヴィッセル神戸相手に連敗し敗退。
- 連覇を狙った2023年は前線のブラジル人トリオを擁する強力な攻撃陣と分厚い選手層を武器に下馬評通りの強さを発揮し、前半戦を首位で折り返す。しかしシーズン半ばあたりから守備陣に怪我人が続出。加えて西村ら主力が不振に陥り、第25節と第26節で連敗したことでヴィッセル神戸に首位を明け渡す。第29節の重要な神戸との直接対決では完敗。結局この夏場の失速が最後まで尾を引き、最後まで優勝争いを繰り広げながらも神戸に届かず、2位に終わる。なお、アンデルソン・ロペスが大迫勇也と共に得点王を獲得。
春夏制に移行したACL2023では、4勝2敗の首位でグループステージを突破。
シーズン終了後、マスカット監督が退任。
- 2024年シーズンはハリー・キューウェルが監督に就任。2月からスタートしたACLノックアウトステージでは前身のアジアクラブ選手権時代以来34年ぶりの決勝進出を果たす。アル・アインとの決勝ではホームの第1戦に勝利したものの、アウェイでの第2戦で5失点を許しての大敗を喫し、準優勝に終わる。
リーグ戦はACLの影響もあって序盤から苦戦が続き、第20節からの4試合で16年ぶりの4連敗を喫するなど不調に陥る。クラブはキューウェル監督を解任し、ヘッドコーチのジョン・ハッチソンを監督に昇格させる。一時は残留争いに巻き込まれるほど低迷したが、最後は9位で終える。得点数は優勝した神戸と同じ数字だが、失点数は降格した3チームとほぼ同じというのがこの年のチームを物語っており、アンデルソン・ロペスが2年連続で得点王を獲得。
- 2025年は前イングランド代表コーチのスティーブ・ホーランドが監督に就任。
運営会社
運営会社である横浜マリノス株式会社は、元々は日産自動車の全額出資により設立・運営されていた(当時の商号は日産フットボールクラブ株式会社)が、横浜フリューゲルスとの経営統合時に、フリューゲルスの運営母体であった全日空スポーツを合併しており、全日空スポーツの親会社である全日本空輸(ANA)が資本参加して「日産70%・ANA30%」の資本構成となった。
2002年2月1日付でANA出資分を日産が買い取り、再び日産の完全子会社となった。
2014年7月、マンチェスター・シティFCを運営するシティ・フットボール・グループ(CFG)が日産自動車と「グローバルサッカーパートナーシップ」を締結。これに伴い、日産自動車の保有株式(全体の約93%)のうち20%弱を取得し、日産に次ぐ第2位の株主となった。なお、実際のマネジメントはCFGの全額出資により設立された日本法人「シティ・フットボール・ジャパン」となる。
主なタイトル
国内タイトル
- J1リーグ:5回
1995年、2003年、2004年、2019年、2022年
- 1stステージ:4回(1995年、2000年、2003年、2004年)
- 2ndステージ:1回(2003年)
- 天皇杯:2回
1992年、2013年
- Jリーグカップ:1回
2001年
- スーパーカップ:1回
2023年
国際タイトル
- アジアカップウィナーズカップ:1回
1992-1993
個人タイトル
- Jリーグ最優秀選手賞
- 2000年:
中村俊輔
- 2004年:
中澤佑二
- 2013年:
中村俊輔
- 2019年:
仲川輝人
- 2022年:
岩田智輝
- Jリーグベストイレブン
- 1993年:
ラモン・ディアス、
井原正巳、
松永成立
- 1994年:
井原正巳
- 1995年:
井原正巳、
鈴木正治
- 1996年:
井原正巳
- 1997年:
井原正巳
- 1999年:
中村俊輔
- 2000年:
中村俊輔、
松田直樹
- 2002年:
松田直樹
- 2003年:
久保竜彦、
奥大介、
ドゥトラ、
中澤佑二
- 2004年:
奥大介、
ドゥトラ、
中澤佑二
- 2005年:
中澤佑二
- 2008年:
中澤佑二
- 2013年:
中村俊輔、
中澤佑二
- 2016年:
齋藤学
- 2019年:
マルコス・ジュニオール、
仲川輝人、
喜田拓也、
チアゴ・マルチンス
- 2021年:
前田大然
- 2022年:
エウベル、
水沼宏太、
小池龍太、
岩田智輝、
高丘陽平
- 2023年:
アンデルソン・ロペス
- 2024年:
アンデルソン・ロペス
- J1リーグ得点王
- 1993年:
ラモン・ディアス
- 2019年:
仲川輝人、
マルコス・ジュニオール
- 2021年:
前田大然
- 2023年:
アンデルソン・ロペス
- 2024年:
アンデルソン・ロペス
- Jリーグ新人王 / Jリーグベストヤングプレイヤー賞
- 1995年:
川口能活
- 2003年:
那須大亮
- 2009年:
渡邊千真
- Jリーグカップ最優秀選手賞
- 2001年:
榎本達也
- Jリーグカップニューヒーロー賞
- 2013年:
齋藤学
- 2018年:
遠藤渓太
現在の所属選手
| 背番号 |
Pos. |
国籍 |
選手名 |
生年月日 |
加入年 |
前所属 |
備考 |
| - |
監督 |
|
スティーブ・ホーランド
|
1970.4.30
|
2025
|
サッカーイングランド代表 ヘッドコーチ
|
【新】
|
| 1 |
GK |
|
ポープ・ウィリアム
|
1994.10.21
|
2024
|
FC町田ゼルビア
|
|
| 2 |
DF |
|
永戸勝也 |
1995.1.15
|
2022
|
鹿島アントラーズ
|
|
| 6 |
MF |
|
渡辺皓太 |
1998.10.18
|
2019
|
東京ヴェルディ
|
|
| 7 |
FW |
|
エウベル |
1992.5.27
|
2021
|
ECバイーア
|
|
| 8 |
MF |
|
喜田拓也(C) |
1994.8.23
|
2013
|
横浜F・マリノスユース
|
【H】
|
| 9 |
FW |
|
遠野大弥 |
1999.3.14
|
2025
|
川崎フロンターレ
|
【完】
|
| 10 |
FW |
|
アンデルソン・ロペス
|
1993.9.15
|
2022
|
武漢足球倶楽部
|
|
| 11 |
FW |
|
ヤン・マテウス |
1998.9.4
|
2022
|
モレイレンセFC
|
|
| 13 |
DF |
|
ジェイソン・キニョーネス
|
1997.8.17
|
2025
|
アギラス・ドラダス
|
【完】
|
| 14 |
FW |
|
植中朝日 |
2001.11.1
|
2023
|
V・ファーレン長崎
|
|
| 16 |
DF |
|
加藤蓮 |
1999.12.28
|
2024
|
東京ヴェルディ
|
|
| 17 |
MF |
|
井上健太 |
1998.7.23
|
2023
|
大分トリニータ
|
|
| 19 |
GK |
|
朴一圭 |
1989.12.22
|
2025
|
サガン鳥栖
|
【完】
|
| 20 |
MF |
|
天野純 |
1991.7.19
|
2014
|
現代全北モータース
|
【H】
|
| 21 |
GK |
|
飯倉大樹 |
1986.6.1
|
2023
|
ヴィッセル神戸
|
【H】
|
| 23 |
FW |
|
宮市亮
|
1992.12.24
|
2021
|
FCザンクトパウリ
|
|
| 25 |
MF |
|
吉尾海夏 |
1998.6.28
|
2021
|
FC町田ゼルビア
|
【H】
|
| 27 |
DF |
|
松原健 |
1993.2.16
|
2017
|
アルビレックス新潟
|
|
| 28 |
MF |
|
山根陸 |
2003.8.17
|
2022
|
横浜F・マリノスユース
|
【H】
|
| 31 |
GK |
|
木村凌也 |
2003.6.10
|
2025
|
日本大学
|
【卒】【H】
|
| 33 |
DF |
|
諏訪間幸成 |
2003.6.6
|
2024
|
筑波大学(在学中)
|
【特】
|
| 34 |
MF |
|
木村卓斗 |
2000.5.16
|
2023
|
ヴァンフォーレ甲府
|
【復】【H】
|
| 37 |
MF |
|
松田詠太郎 |
2001.5.20
|
2020
|
アルビレックス新潟
|
【復】【H】
|
| 39 |
DF |
|
渡邊泰基 |
1999.4.22
|
2024
|
アルビレックス新潟
|
|
| 42 |
MF |
|
望月耕平 |
2006.6.7
|
2024
|
横浜F・マリノスユース
|
【昇】【H】
|
| 43 |
DF |
|
埜口怜乃 |
2006.5.30
|
2024
|
横浜F・マリノスユース
|
【昇】【H】
|
| 45 |
MF |
|
ジャン・クルード |
1998.9.4
|
2022
|
モレイレンセFC
|
|
| 46 |
MF |
|
浅田大翔 |
2008.1.16
|
2024
|
横浜F・マリノスユース
|
【昇】【H】
|
| 47 |
MF |
|
山村和也 |
1989.12.2
|
2024
|
川崎フロンターレ
|
|
| - |
MF |
|
水沼宏太
|
1990.2.22
|
2020
|
セレッソ大阪
|
【H】
|
※備考欄は【完】=完全移籍での加入、【レ】=レンタル移籍での加入、【復】=レンタル先からの復帰、【新】=新任の監督、【昇】=トップチーム昇格、【卒】=新卒での加入、【特】=特別指定選手、【2】=2種登録、【H】=ホームグロウン選手
背番号「3」が永久欠番となっている。かつてチームに在籍したDF・松田直樹がつけていた番号であり、2011年に急逝した際にこれまでの活躍に敬意を表し、追悼の意も込めて永久欠番として認定された。J1クラブでは初めて永久欠番が設定されたケースとなる(※2014年にJ1に在籍するクラブではサガン鳥栖も永久欠番を設けているが、これは選手ではなくチームの復活に尽力した関係者の命日を充てたものである)。
過去に所属したおもな選手
井原正巳(1992 - 1999)
木村和司(1992 - 1995)
水沼貴史(1992 - 1995)
松永成立(1992 - 1995)
勝矢寿延(1992 - 1993)
平川弘(1992 - 1995)
神野卓哉(1992 - 1995)
小泉淳嗣(1992 - 1995)
エバートン(1992 - 1994)
山田隆裕(1992 - 1997)
鈴木正治(1992 - 1997)
野田知(1992 - 1998)
鈴木健仁(1992 - 1998)
永山邦夫(1992 - 1998)
小村徳男(1992 - 2002)
ラモン・ディアス(1993 - 1995)
グスタボ・サパタ(1993 - 1996)
ビスコンティ(1993 - 1997)
三浦文丈(1993 - 1998)
川口能活(1994 - 2001)
ラモン・メディナベージョ(1994 - 1995)
遠藤彰弘(1994 - 2005)
上野良治(1994 - 2007)
安永聡太朗(1995 - 1998、2001 - 2004)
松田直樹(1995 - 2010)
榎本達也(1997 - 2006)
バルディビエソ(1997 - 1998)
フリオ・サリナス(1997 - 1998)
城彰二(1997 - 1999、2000 - 2001)
中村俊輔(1997 - 2002、2010 - 2016)
三浦淳宏(1999 - 2000)
永井秀樹(1999 - 2000)
柳想鐵(1999 - 2000、2003 - 2004)
波戸康弘(1999 - 2004、2010 - 2011)
田中隼磨(2001 - 2008)
坂田大輔(2001 - 2010)
ドゥトラ(2001 - 2006、2012 - 2014)
ウィル(2002)
奥大介(2002 - 2006)
那須大亮(2002 - 2007)
清水範久(2002 - 2010)
榎本哲也(2002 - 2016)
マルキーニョス(2003)
佐藤由紀彦(2003 - 2004)
久保竜彦(2003 - 2006)
河合竜二(2003 - 2010)
安貞桓(2004 - 2005)
中西永輔(2004 - 2006)
大島秀夫(2005 - 2008)
山瀬功治(2005 - 2010)
|
中澤佑二(2002 - 2018)
栗原勇蔵(2002 - 2019)
狩野健太(2005 - 2012)
マルケス(2006 - 2007)
長谷川アーリアジャスール(2007 - 2011)
兵藤慎剛(2008 - 2016)
金井貢史(2008 - 2012、2016 - 2018)
齋藤学(2008 - 2017)
渡邊千真(2009 - 2011)
小野裕二(2010 - 2012)
小林祐三(2011 - 2016)
中町公弥(2012 - 2018)
藤田祥史(2013 - 2014)
伊藤翔(2014 - 2018)
仲川輝人(2015 - 2022)
マルティノス(2016 - 2017)
遠藤渓太(2016 - 2021)
山中亮輔(2017 - 2018)
扇原貴宏(2017 - 2021)
久保建英(2018)
大津佑樹(2018 - 2022)
チアゴ・マルチンス(2018 - 2021)
畠中慎之輔(2018 - 2024)
エリキ(2019 - 2020)
ティーラトン(2019 - 2021)
マルコス・ジュニオール(2019 - 2023)
オナイウ阿道(2020 - 2021)
前田大然(2020 - 2022)
高丘陽平(2020 - 2022)
小池龍太(2020 - 2024)
レオ・セアラ(2021 - 2022)
岩田智輝(2021 - 2023)
角田涼太朗(2021 - 2023)
藤田譲瑠チマ(2022 - 2023)
西村拓真(2022 - 2024)
エドゥアルド(2022 - 2024)
上島拓巳(2023 - 2024)
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歴代監督
| 国籍 |
監督名 |
在任期間 |
備考 |
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清水秀彦 |
1992年~1994年 |
・天皇杯優勝(1992年)
・アジアカップウィナーズカップ優勝(1993年)
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ホルヘ・ソラーリ |
1995年~1995年6月 |
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早野宏史
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1995年6月~1996年 |
Jリーグ優勝(1995年)
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ハビエル・アスカルゴルタ |
1997年~1998年 |
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アントニオ・デラ・クルス |
1999年 |
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オズワルド・アルディレス |
2000年~2001年6月 |
J1リーグ1stステージ優勝(2000年)
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下條佳明 |
2001年6月~7月 |
暫定監督
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ラザロニ |
2001年7月~2002年10月 |
ナビスコカップ優勝(2001年)
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下條佳明 |
2002年10月~12月 |
暫定監督
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岡田武史
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2003年~2006年8月 |
J1リーグ優勝(2003年、2004年)
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水沼貴史 |
2006年8月~12月 |
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早野宏史
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2007年 |
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桑原隆 |
2008年~2008年7月 |
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木村浩吉 |
2008年7月~2009年 |
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木村和司 |
2010年~2011年 |
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樋口靖洋 |
2012年~2014年 |
天皇杯優勝(2013年)
|
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エリク・モンバエルツ |
2015年~2017年 |
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アンジェ・ポステコグルー |
2018年~2021年6月 |
J1リーグ優勝(2019年)
|
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松永英機 |
2021年6月~7月 |
暫定監督
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ケヴィン・マスカット |
2021年7月~2023年 |
J1リーグ優勝(2022年)
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ハリー・キューウェル |
2024年~2024年7月 |
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ジョン・ハッチソン |
2024年7月~12月 |
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スティーブ・ホーランド |
2025年~ |
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関連動画
関連項目
- Jリーグ- Jリーグチーム一覧
- J1リーグ(1993年 - )
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