杉山愛は日本の元テニス選手である。日本の女子テニスの歴史における最重要選手の一人。
概要
杉山愛 | |
基本情報 | |
---|---|
国籍 | 日本 |
出身地 | 日本:神奈川県横浜市 |
生年月日 | 1975年7月5日 |
身長 体重 |
163cm 55kg |
選手情報 | |
利き手 | 右 |
バックハンド | 両手打ち |
デビュー年 | 1990年 |
引退年 | 2009年 |
テニス選手テンプレート |
伊達公子(現クルム伊達公子)引退後から2000年代において日本女子テニス界のエースだった選手。伊達が現役復帰したため、90年代以降現在までの日本の女子テニスはほぼ全ての期間を伊達・杉山のどちらかが引っ張っていたと言っても過言ではない。
伊達がシングルスでド派手な活躍をしていたため、比較するとメディアの扱いはやや地味なところがあった。ジュニア時代のITFランキングで日本人としては初の世界1位を取っているのだがコアなテニスファン以外にはあまり知られていない。2003年には伊達以来2人目の世界ランキングTOP10入りするなど間違いなく世界で通用した選手だった。四大大会シングルスでは全豪オープンとウィンブルドンでベスト8が1回づつある。ダブルスではいろんな選手と組んで四大大会決勝に進んだうえランキング1位も経験しており、文句なしに強豪だったと言える。決勝で負けることが多かったのはもったいない。ダブルスでは特に前衛での動きの良さが評価されていたという。
伊達が1試合、1大会で鮮烈な活躍を見せたのに対して、杉山は丈夫さで長く安定した強さを見せた選手だった。2014年終了時点で日本人選手の通算マッチ勝利数としては単複とも史上最多である(伊達はシングルスの勝率こそ杉山より上だが、早い時期に一度引退していることもあり、勝利数は伸びていない)。ランキングは25位から±10位辺りにいることが多かったが、そこまでたどり着ける選手も多くない中、10年以上維持し続けた。四大大会連続本戦出場の女子記録保持者でもあり、ここからも長く壊れずに強さを維持してきたことが判るだろう。
1大会での活躍として特に有名なのは2003年のスコッツデール。天候不順で単複とも最終日が準決勝、決勝のダブルヘッダになってしまったのだが、両方とも勝ち残っていた杉山は単複4試合をこなして同時優勝してしまった。この出来事は「Sugiyama Slam」として讃えられ、今でも検索すると当時の海外フォーラムがヒットしたりする。ちなみにこの大会で彼女が勝った相手にはリンゼイ・ダベンポートやキム・クライシュテルス(同大会でのダブルスパートナーでもあった)などトップクラスの選手も含まれている。他にもマルチナ・ヒンギスやジェニファー・カプリアティ、ジュスティーヌ・エナンなど1位経験者に勝ったことがある。
最後の年になった2009年の全豪オープンではダブルスで自身初の決勝に進んだが、優勝はできなかった。優勝していればダブルスでのキャリアグランドスラム達成だったのだが・・・実に惜しい。この年の東レ・パンパシフィックを最後に現役引退。最後の大会もダブルスでは決勝に進んだが準優勝で終わった。
現役引退後はテニスの解説やテレビ番組のコメンテーターとして見かけることが多い。2011年に一般男性との結婚が報告されていたが、2015年7月には第一子の出産が公表された。おめでとうございます。
主な実績
- WTAシングルスランキング最高8位
- WTAダブルスランキング最高1位(在位45週)
- 1999年全米オープンミックスダブルス優勝
- 2000年全米オープン女子ダブルス優勝
- 2003年全仏オープン女子ダブルス優勝
- 2003年ウィンブルドン女子ダブルス優勝
- ウィンブルドン女子ダブルス準優勝4回(2000年、2001年、2004年、2007年)
- 全仏オープン女子ダブルス準優勝2回(2006年、2007年)
- 2009年全豪オープン女子ダブルス準優勝
- シングルス通算優勝回数6回
- ダブルス通算優勝回数38回
- シングルス通算マッチ成績492勝419敗
- ダブルス通算マッチ成績566勝295敗
- 四大大会本戦連続出場「62大会」は女子において史上最長の連続記録(達成時は男女通じて最長だったが、男子は2015年ウィンブルドンでロジャー・フェデラーが更新)
関連動画
実戦映像(ただしドリームテニスは現役引退後のエキシビション)
ゲームの宣伝にも登場
関連商品
関連項目
関連リンク
- 0
- 0pt
- ページ番号: 5174082
- リビジョン番号: 2231219
- 編集内容についての説明/コメント: