横浜F・マリノスとは、神奈川県横浜市を本拠とするJリーグのプロサッカークラブである。Jリーグ開幕当初は「横浜マリノス」であった。
概要
| 日本プロサッカーリーグ
|
| 横浜F・マリノス
|
| 基本情報
|
| 創設
|
1972年 |
| クラブカラー
|
青、赤、白 |
| 本拠地
|
日産スタジアム[横浜市港北区] |
| ホームタウン
|
神奈川県横浜市、横須賀市 |
| 前身クラブ
|
日産自動車サッカー部 |
| プロサッカークラブテンプレート
|
|
Jリーグ発足時より参加しているいわゆる「オリジナル10」の1つ。前身は日産自動車サッカー部。 ホームタウンは神奈川県横浜市、神奈川県横須賀市。ホームスタジアムは日産スタジアム(収容人数 72,327人)。Jリーグ発足当初より横浜市神奈川区のニッパツ三ツ沢球技場(三ツ沢公園球技場)(収容人数 15,046人)を使用していたが、2016年よりJリーグへ届け出たことで本拠地を日産スタジアムに一本化している。チームカラーは「青・白・赤」、伝統のトリコロールである。
チーム名の「マリノス(Marinos)」は、スペイン語で「船乗り」「水夫」「海兵隊員」を意味し、1999年に横浜フリューゲルスを吸収合併した際に「F」の文字が追加された。チーム名の表記はメディア媒体によって異なっているが、Jリーグ公式やテレビ中継では「横浜FM」、totoなどでは「横浜M」と表記されている。
クラブマスコットは、ホームタウン・横浜市の市鳥であるカモメをモチーフとした「マリノス君」と「マリノスケ」、「マリン」。マリノス君はJリーグ開幕からクラブのホームゲームに毎試合登場している。
これまで数多くの日本代表選手を輩出し、Jリーグでは歴代2位となる5回の優勝経験がある強豪クラブであり、2023年現在鹿島アントラーズと並びJリーグ初年度から一度も降格した経験のない日本国内屈指の名門チームである。
所属した主なプレイヤーは、木村和司、井原正巳、松田直樹、中村俊輔、川口能活、中澤佑二など。顔ぶれを見ればディフェンダーやゴールキーパーが多く、伝統的に守りの堅いクラブである。2012年・2013年と2年連続で1試合平均失点が0点台というのがその証拠で、通算21年間でも平均失点は鹿島アントラーズと並んで1.23点というリーグNo.1の堅さを誇る(同じくJ2降格経験のないオリジナル10の清水エスパルスは1.38点、名古屋グランパスは1.42点。年間にして5~6点の差が付いている計算になる)。
もっとも近年は伝統の堅守からハイラインのアタッキングサッカーへの転換を図って成功しており、一時低迷していたチームは再びJリーグの強豪チームへ返り咲くことができた。
所属した主な外国人選手には、元アルゼンチン代表でJリーグ初代得点王のラモン・ディアス、同じく元アルゼンチン代表のビスコンティ、元韓国代表の柳想鐵、元スペイン代表でFCバルセロナのストライカーだったフリオ・サリナス、ブラジル人のドゥトラなどが挙げられる。Jリーグ初期の頃はアルゼンチン出身の選手を中心に補強していたが、2000年代以降はブラジル人選手が中心になっている。
クラブの歴史
- Jリーグ発足前の日本リーグ時代から名門クラブとして名をはせる。1991年にJリーグに加盟。
- 「日産FC横浜マリノス」として出場した1992年度の第72回天皇杯で優勝。日産自動車として出場した前年度と併せて連覇となる。
- 1993年5月13日、国立競技場での記念すべきJリーグ開幕戦でヴェルディ川崎と対戦し、2-1での逆転勝利を飾る。ちなみに、両チームの試合は日本リーグ時代に「黄金カード」と呼ばれていた。
- Jリーグ開幕当初は優勝候補と見られていたが、ラモン・ディアスが28得点でJリーグの初代得点王に輝いたものの1993年、94年と2年連続で優勝を逃す。なお、1993年にアジアカップウィナーズカップを優勝し、現在クラブ史上唯一となる国際タイトルを獲得。また、1994年を最後に「ミスター日産」と呼ばれた木村和司が現役を引退。
- 1995年は前年のワールドカップでサウジアラビアをベスト16に導いたホルヘ・ソラーリが監督に就任。シーズン途中でディアスと松永成立が退団し、ソラーリ監督も体調を理由に途中で退任するが、後任となった早野宏史監督のもとビスコンティ、サパタ、メディナベージョのアルゼンチントリオの活躍と川口能活、安永聡太朗、松田直樹といった若手の台頭により1stステージを優勝。さらにJリーグチャンピオンシップでヴェルディ川崎を破り、ついに念願のJリーグ初優勝を果たす。
- 1997年は中村俊輔や城彰二、元スペイン代表のフリオ・サリナス、ボリビア代表のバルディビエソが加入。大型補強に加え、ハビエル・アスカルゴルタが監督に就任し、スペイン路線へと舵を切るが、しばらくタイトルから遠ざかる日々が続く。結局スペイン路線は1998年で頓挫し、強化方針の見直しを迫られる。
- 1999年、消滅が決まっていた横浜フリューゲルスを吸収して現在の「横浜F・マリノス」という名称になった。世代交代を推し進めたいチームは、この年を最後に「ミスターマリノス」と呼ばれ、前日本代表主将でもあった井原正巳を放出する。
- 2000年、オズワルド・アルディレスが監督に就任。1stステージで5年ぶりのステージ優勝を果たすが、チャンピオンシップで鹿島アントラーズに完敗。この年、22歳の中村俊輔が史上最年少でJリーグ最優秀選手賞を受賞する。
- 2001年は、リーグ戦では低迷したもののJリーグヤマザキナビスコカップ初優勝を果たす。
- 2002年は中澤佑二、奥大介といった日本代表クラスの選手が加入するも無冠に終わる。また、前年のリーグ得点王として期待されたウィルが試合中にパスを出さなかったという理由で奥大介に暴行を働くという愚行を働き、解雇となった。
- 2003年に元日本代表監督の岡田武史が監督に就任。さらに久保竜彦らがチームに加わる大型補強をおこなう。1stステージを制すると、2ndステージでは首位ジュビロ磐田との最終節に逆転勝利をし、両ステージを制しての完全制覇を達成。チームにとっては8年ぶり2度目のJ1リーグ優勝となった。そして、1997年あたりから続いていた鹿島と磐田の二強時代に終止符を打つ。
- 2004年の1stステージも圧倒的な強さで優勝し、Jリーグでは初の3ステージ蓮即優勝を果たす。2ndステージは負傷者の続出もあって6位に終わるが、チャンピオンシップではPK戦の末に浦和レッズを破り、J1リーグ連覇を成し遂げる。中澤佑二が日本人DF初のMVPに選出される。
- 史上初の3連覇を狙った2005年だったが、中澤と松田を擁した守備は安定していたが、久保が腰痛に悩まされて稼働できず、新戦力の補強も失敗したことが響き、シーズン中盤戦に優勝争いから脱落。2006年も攻撃陣の不調によって得点力不足に陥り、7月に岡田監督は成績不振を理由に辞任。
- 11年ぶりに早野宏史が監督に復帰した2007年は、J1で初めて横浜FCとの横浜ダービーが実現。第2節では不覚を取るが、第19節では8-1と大勝。しかしこの年も攻撃陣が泣き所となり、7位でシーズン終了。
- 2008年、2009年も同じように守備陣が奮闘しても攻撃陣の得点力不足がネックとなり中位に低迷。タイトル争いから長く遠ざかることになる。
- 2010年は木村和志が監督に就任し、海外で活躍していた中村俊輔が8年ぶりにチームに復帰。しかし9試合で無得点と課題の得点力不足は解消できず、中位に終わる。
- 2010年のシーズン終了後、選手の給料を削減したいチームは松田直樹、山瀬功治の両ベテランのリストラを発表。特に長年チームの顔として愛されていた松田を解雇したことによるサポーターの反発は大きく、最終節後のセレモニーでは監督や社長挨拶がかき消されるほどの松田コールや、セレモニー後もスタジアムで約6時間に及ぶ座り込み等の抗議を行った。この1年後、松本山雅に移籍した松田が急逝するという悲劇が起きる。
- ACL出場権獲得を命題とした2011年だったが、前半戦を首位で折り返すも、後半戦に入ると3連敗を喫するなど脱落。結局シーズン5位に終わり、目標は達成できず。シーズン終了後、木村監督は解任となる。
- 樋口靖洋が監督に就任した2012年は、前半戦は開幕7試合未勝利という最悪のスタートを切るが、後半戦は8月から9月の間に15試合無敗を達成したこともあり上位に進出。順位は近年では最高の4位となり、リーグ最少失点、リーグ最少負数を記録するなど手ごたえを掴んだシーズンとなった。
- 2013年は開幕6連勝で勢いに乗り、久々に終盤まで優勝争いに絡む。第32節で首位に立ち、優勝をほぼ手中に収めていたが、土壇場に痛恨の2連敗を喫してサンフレッチェ広島に優勝を浚われた。最終節で敗戦の瞬間にピッチに座り込む中村俊輔の姿は多くのスポーツニュースで流され、この年のJリーグを象徴するシーンの一つとなった。その中村俊輔は35歳にしてリーグMVPに選出。
その後、天皇杯でも決勝に進出し、サンフレッチェ広島と激突。この因縁の対決を2-0で制し、実に21年ぶりとなる天皇杯優勝を果たした。なお、この年のサンフレッチェ広島とはリーグ戦2戦2勝と相性のいい相手であった。
- 2014年7月、マンチェスター・シティFCを運営するシティ・フットボール・グループ (CFG)の傘下となる。リーグ戦第21節の川崎戦で、横浜FMのサポーターが川崎の選手の前でバナナを振り回した行為が、差別的行為とされる不祥事が発生。
- 2015年、CFGの意向によりエリック・モンバエルツが監督に就任。喜田拓也や天野貴史ら若手が積極的に起用される反面、栗原勇蔵ら長年チームに貢献してきたベテランが冷遇されるようになる。
- CFGの意向が反映され、ベテラン選手へ厳しい査定を下した強化部の方針が波紋を呼び、2016年シーズンを最後に強化部に反発した中村俊輔が退団する。サポーターからも不評だったモンバエルツ体制は3年間続くが、世代交代には成功したもののタイトルは獲得できなかった。
- 2018年1月、クラブの生え抜きであり新たな10番として期待された齋藤学が移籍金0円でライバルチームの川崎フロンターレへ移籍し、騒動となる。
- 2018年シーズンはアンジェ・ポステコグルーが監督に就任し、ハイライン、ハイプレスの攻撃的なスタイルに方針を転換するも、2006年以来12年ぶりに負け越し12位。一方ルヴァンカップでは、2001年以来17年ぶりに2度目の決勝進出するも湘南に敗れて準優勝。そして、永らくクラブを支えてきた中澤祐二がシーズン前からの公言通り「40歳で引退」した。
- 2019年シーズンはルヴァンカップをグループリーグ敗退、天皇杯は4回戦で姿を消したものの、リーグ戦ではポステコグルーのアタッキングフットボールが機能するようになる。8月に3連敗を喫した後の11戦を7連勝を含む10勝1分で乗り切り、15年ぶりのリーグ優勝を達成した。また、仲川輝人とマルコス・ジュニオールが同率で得点王となり、チーム内から二人の得点王が誕生する。仲川はシーズンMVPを受賞。
- 2020年のリーグ戦では、持ち味の攻撃力で前年を上回るリーグ2位の総得点69を記録したものの、守備が安定せずリーグワースト4位の総失点59を喫した。優勝争いからは早々と脱落し、年間順位は9位と期待外れに終わる。
- 2021年は、前田大然が得点力において開花しエースとしてゴールを量産。6月にポステコグルー監督がセルティックFCの監督に就任したため、ケヴィン・マスカットが後任監督となる。後半戦も川崎と激しい優勝争いを繰り広げるが、終盤になってチーム力の差が出てしまい最終的に川崎の連覇を許すことになる。23ゴールをマークした前田はレアンドロ・ダミアンと並んで得点王を獲得。シーズン終了後、その前田はセルティックFCへ移籍。
- 2022年は、新戦力が順調にフィットしたこともあり開幕から好調を維持していたものの、8月に調子を落としたことで川崎フロンターレに勝ち点2差にまで肉薄される。それでも9月以降に持ち直し、最後まで食らいついてきた川崎を振り切る形で3年ぶり5回目となるリーグ優勝を達成。なお、得点数リーグ最多、失点数リーグ最少という内容だった。リーグMVPに岩田智輝が選出されるが、前年の前田同様にポルテコグルー監督が率いるセルティックFCに移籍する。
背番号「3」が永久欠番となっている。かつてチームに在籍したDF・松田直樹がつけていた番号であり、2011年に急逝した際にこれまでの活躍に敬意を表し、追悼の意も込めて永久欠番として認定された。J1クラブでは初めて永久欠番が設定されたケースとなる(※2014年にJ1に在籍するクラブではサガン鳥栖も永久欠番を設けているが、これは選手ではなくチームの復活に尽力した関係者の命日を充てたものである)。
主なタイトル
国内タイトル
- J1リーグ:5回
1995年、2003年、2004年、2019年、2022年
- 1stステージ:4回(1995年、2000年、2003年、2004年)
- 2ndステージ:1回(2003年)
- 天皇杯:2回
1992年、2013年
- Jリーグカップ:1回
2001年
- スーパーカップ:1回
2023年
国際タイトル
- アジアカップウィナーズカップ:1回
1992-1993
2023年の所属選手
| 背番号 |
Pos. |
国籍 |
選手名 |
生年月日 |
加入年 |
前所属 |
| - |
監督 |
|
ケヴィン・マスカット |
1973.8.7
|
2021
|
シント=トロイデン監督
|
| 1 |
GK |
|
一森純 |
1991.7.2
|
2023
|
ガンバ大阪
|
| 2 |
DF |
|
永戸勝也 |
1995.1.15
|
2022
|
鹿島アントラーズ
|
| 4 |
DF |
|
畠中慎之輔 |
1995.8.18
|
2018
|
東京ヴェルディ
|
| 5 |
DF |
|
エドゥアルド |
1993.4.27
|
2022
|
サガン鳥栖
|
| 6 |
MF |
|
渡辺皓太 |
1998.10.18
|
2019
|
東京ヴェルディ
|
| 7 |
FW |
|
エウベル |
1992.5.27
|
2021
|
ECバイーア
|
| 8 |
MF |
|
喜田拓也(C) |
1994.8.23
|
2013
|
横浜F・マリノスユース
|
| 10 |
FW |
|
マルコス・ジュニオール |
1993.1.19
|
2019
|
フルミネンセ
|
| 11 |
FW |
|
アンデルソン・ロペス |
1993.9.15
|
2022
|
武漢足球倶楽部
|
| 13 |
DF |
|
小池龍太 |
1995.8.29
|
2020
|
KRCロケレン
|
| 14 |
FW |
|
植中朝日 |
2001.11.1
|
2023
|
V・ファーレン長崎
|
| 15 |
DF |
|
上島拓巳 |
1997.2.5
|
2023
|
柏レイソル
|
| 16 |
MF |
|
藤田譲瑠チマ |
2002.2.16
|
2022
|
徳島ヴォルティス
|
| 17 |
MF |
|
井上健太 |
1998.7.23
|
2023
|
大分トリニータ
|
| 18 |
MF |
|
水沼宏太
|
1990.2.22
|
2020
|
セレッソ大阪
|
| 19 |
MF |
|
實藤友紀 |
1989.1.19
|
2020
|
アビスパ福岡
|
| 20 |
FW |
|
ヤン・マテウス |
1998.9.4
|
2022
|
モレイレンセFC
|
| 21 |
GK |
|
飯倉大樹 |
1986.6.1
|
2023
|
ヴィッセル神戸
|
| 23 |
FW |
|
宮市亮
|
1992.12.24
|
2021
|
FCザンクトパウリ
|
| 25 |
MF |
|
吉尾海夏 |
1998.6.28
|
2021
|
FC町田ゼルビア
|
| 26 |
DF |
|
小池祐太 |
1996.11.6
|
2022
|
セレッソ大阪
|
| 27 |
DF |
|
松原健 |
1993.2.16
|
2017
|
アルビレックス新潟
|
| 28 |
MF |
|
山根陸 |
2003.8.17
|
2022
|
横浜F・マリノスユース
|
| 30 |
FW |
|
西村拓真 |
1996.10.22
|
2022
|
ベガルタ仙台
|
| 31 |
GK |
|
白坂楓馬 |
1996.12.5
|
2022
|
鹿児島ユナイテッドFC
|
| 33 |
DF |
|
角田涼太郎 |
1999.6.27
|
2021
|
筑波大学
|
| 34 |
MF |
|
木村卓斗 |
2000.5.16
|
2023
|
明治大学
|
| 35 |
MF |
|
榊原彗悟 |
2000.10.9
|
2023
|
ラインメール青森FC
|
| 36 |
FW |
|
村上悠緋 |
2000.12.19
|
2023
|
関東学院大学
|
| 38 |
DF |
|
吉田真那斗※ |
2001.11.16
|
2023
|
鹿屋体育大学
|
| 41 |
FW |
|
杉本健勇 |
1992.11.18
|
2023
|
ジュビロ磐田
|
| 50 |
GK |
|
オビ・パウエル・オビンナ |
1997.12.18
|
2020
|
栃木SC
|
※は強化指定選手。
過去に所属したおもな選手
木村和司(1992 - 1995)
水沼貴史(1992 - 1995)
松永成立(1992 - 1995)
勝矢寿延(1992 - 1993)
平川弘(1992 - 1995)
神野卓哉(1992 - 1995)
小泉淳嗣(1992 - 1995)
エバートン(1992 - 1994)
山田隆裕(1992 - 1997)
鈴木正治(1992 - 1997)
野田知(1992 - 1998)
鈴木健仁(1992 - 1998)
永山邦夫(1992 - 1998)
井原正巳(1992 - 1999)
小村徳男(1992 - 2002)
ラモン・ディアス(1993 - 1995)
グスタボ・サパタ(1993 - 1996)
ビスコンティ(1993 - 1997)
三浦文丈(1993 - 1998)
川口能活(1994 - 2001)
ラモン・メディナベージョ(1994 - 1995)
遠藤彰弘(1994 - 2005)
上野良治(1994 - 2007)
安永聡太朗(1995 - 1998、2001 - 2004)
松田直樹(1995 - 2010)
榎本達也(1997 - 2006)
バルディビエソ(1997 - 1998)
フリオ・サリナス(1997 - 1998)
城彰二(1997 - 1999、2000 - 2001)
中村俊輔(1997 - 2002、2010 - 2016)
三浦淳宏(1999 - 2000)
永井秀樹(1999 - 2000)
柳想鐵(1999 - 2000、2003 - 2004)
波戸康弘(1999 - 2004、2010 - 2011)
田中隼磨(2001 - 2008)
坂田大輔(2001 - 2010)
ドゥトラ(2001 - 2006、2012 - 2014)
ウィル(2002)
奥大介(2002 - 2006)
那須大亮(2002 - 2007)
清水範久(2002 - 2010)
榎本哲也(2002 - 2016)
|
中澤佑二(2002 - 2018)
栗原勇蔵(2002 - 2019)
マルキーニョス(2003)
佐藤由紀彦(2003 - 2004)
久保竜彦(2003 - 2006)
河合竜二(2003 - 2010)
安貞桓(2004 - 2005)
大島秀夫(2005 - 2008)
山瀬功治(2005 - 2010)
狩野健太(2005 - 2012)
マルケス(2006 - 2007)
長谷川アーリアジャスール(2007 - 2011)
兵藤慎剛(2008 - 2016)
齋藤学(2008 - 2017)
渡邊千真(2009 - 2011)
小野裕二(2010 - 2012)
小林祐三(2011 - 2016)
中町公弥(2012 - 2018)
藤田祥史(2013 - 2014)
伊藤翔(2014 - 2018)
仲川輝人(2015 - 2022)
マルティノス(2016 - 2017)
遠藤渓太(2016 - 2021)
山中亮輔(2017 - 2018)
扇原貴宏(2017 - 2021)
久保建英(2018)
大津佑樹(2018 - 2022)
チアゴ・マルチンス(2018 - 2021)
朴一圭(2019 - 2020)
エリキ(2019 - 2020)
ティーラトン(2019 - 2021)
オナイウ阿道(2020 - 2021)
前田大然(2020 - 2022)
高丘陽平(2020 - 2022)
レオ・セアラ(2021 - 2022)
|
歴代監督
| 国籍 |
監督名 |
在任期間 |
備考 |
|
清水秀彦 |
1992年~1994年 |
・天皇杯優勝(1992年)
・アジアカップウィナーズカップ優勝(1993年)
|
|
ホルヘ・ソラーリ |
1995年 |
|
|
早野宏史
|
1995年~1996年 |
Jリーグ優勝(1995年)
|
|
ハビエル・アスカルゴルタ |
1997年~1998年 |
|
|
アントニオ・デラ・クルス |
1999年 |
|
|
オズワルド・アルディレス |
2000年~2001年 |
J1リーグ1stステージ優勝(2000年)
|
|
下條佳明 |
2001年 |
暫定監督
|
|
ラザロニ |
2001年~2002年 |
ナビスコカップ優勝(2001年)
|
|
下條佳明 |
2002年 |
暫定監督
|
|
岡田武史
|
2003年~2006年 |
J1リーグ優勝(2003年、2004年)
|
|
水沼貴史 |
2006年 |
|
|
早野宏史
|
2007年 |
|
|
桑原隆 |
2008年 |
|
|
木村浩吉 |
2008年~2009年 |
|
|
木村和司 |
2010年~2011年 |
|
|
樋口靖洋 |
2012年~2014年 |
天皇杯優勝(2013年)
|
|
エリク・モンバエルツ |
2015年~2017年 |
|
|
アンジェ・ポステコグルー |
2018年~2021年 |
J1リーグ優勝(2019年)
|
|
松永英機 |
2021年 |
暫定監督
|
|
ケヴィン・マスカット |
2021年~ |
J1リーグ優勝(2022年)
|
関連動画
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関連項目
- Jリーグ- Jリーグチーム一覧
- J1リーグ
- オリジナル10
- サッカー
- 横浜市
- 横浜
- 日産自動車
関連リンク