ジュスティーヌ・エナンとはベルギーの元プロテニス選手である。強烈な片手打ちバックハンドは現役当時、男女通じて史上最強と評する声もあるほどだった。
概要
| Justine Henin | |
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 | ベルギー |
| 出身地 | ベルギー:リエージュ |
| 生年月日 | 1982年6月1日 |
| 身長 体重 |
167cm 57kg |
| 選手情報 | |
| 利き手 | 右 |
| バックハンド | 片手打ち |
| デビュー年 | 1996年 |
| 引退年 | 2011年 |
| テニス選手テンプレート | |
子供の時に見た全仏オープン決勝の試合に感動してプロ入りを決意。2003年にその憧れの全仏で初優勝。
2003年の全米,2004年の全豪でも優勝し、同年のアテネ五輪では金メダルを獲得。
また全仏では2005年~2007年と3連覇を達成し、2007年の全米でも優勝。
しかし2008年に入ると格下の相手に負ける試合が増え、シーズン途中で引退を発表した。
引退時のランキングは1位だったが、ランキング1位選手が引退するのはプロテニス史上初の出来事である。
その後ツアー大会で2勝を挙げるものの、全仏、ウィンブルドンはいずれも4回戦で敗退。
ウィンブルドンでの肘の故障が原因で2010年残りのシーズンは欠場している。
怪我から復帰した2011年の全豪で3回戦敗退後、2度目の引退を発表した。
不可能なんてありえない
アディダスのCMで使われているフレーズだが、これは『Impossible is nothing』とエナン自身が述べたものである。
体格やパワーの面でシャラポワやウィリアムズ姉妹に劣るエナンが世界ランキング1位になれたのは不断の努力と意志で肉体を作り上げたからだと言われている。
このため2008年の引退の際には一種の【燃え尽き症候群】があったと考えられている。
女王としてのエナン
四大大会で複数回優勝しているエナンは女王(世界ランキング1位)に申し分なく、女王として君臨していた。
ところが2008年の引退後には『四大大会優勝経験が無い女王が生まれる』、『女王の座が悉く入れ替わる』というエナン引退による反動がしばらく起きた。
この反動についてセリーナ・ウィリアムズは「エナンが獲得し続けていたポイントを他の選手が奪い合っているから」と述べている。
主な実績
- WTAランキング最高1位(在位117週)
- 全仏オープン優勝4回(2003年、2005年~2007年)
- 全米オープン優勝2回(2003年、2007年)
- 2004年全豪オープン優勝
- 全豪オープン準優勝2回(2006年、2010年)
- ウィンブルドン準優勝2回(2001年、2006年)
- 2006年全米オープン準優勝
- アテネオリンピック女子シングルス金メダル
- シングルス通算優勝回数 43回
- シングルス通算マッチ成績 525勝115敗
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関連項目
- テニス
- キム・クライシュテルス - 同国出身のライバル
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