主語の大きい人単語

シュゴノオオキイヒト

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大きい主語

ネタバレ注意 この記事はの大きい人が書いています。
は適切な大きさで使いましょう。
⇒[適切な主語の大きさにする]

の大きい人とは、人の種別のひとつである。

概要

いますよね のデカい人

一人しかいないのに「私たち住民は断固反対する!」とか!

全員に聞いたわけでもないのに「々都民は慢の限界」とか!

自分の意見をみんなの意見のように言う のデカい人!

さよなら絶望先生144話「ククリなき命を」より

の大きい人(のデカい人)」という言葉は上記のさよなら絶望先生』が初出とされている。

そもそも日本語におけるとは、述が作用する物や人をす言葉という役割を持つ。
例えば「ニコニコ動画を見る」という文章の場合、は「」、述は「見る」という構成になっている。
(「ニコニコ動画」は修飾、つまりと述情報を補する役割を持ち、「何を見るのか」という情報示している)このように「か(何か)」にあたるのがで、「どうした」にあたるのが述という構成になる。

ではこのが大きいとはどういうことかというと、「が」にあたる部分が特定の物事・人をすのではなく、不特定多数をす文章に変わる。
ニコニコ動画を見る」という文章のを大きくした場合、
オタクニコニコ動画を見る」「日本人ニコニコ動画を見る」という文章などが考えられる。
」という一個人から「オタク」「日本人」という分類・種族という区分のに変えることでより大きな範囲を定するような意味合いになる)
要するにが示す範囲が一人・一つだけではなく、大勢・多数を示していることになる。

太宰メソッド」の記事ではこのの大きさを非難・否定的で使うことについて解説しているが、発言の正当性を強調しつつ自分の発言の責任を回避するような狙いがあるのは変わらない。「日本人○○をやっている(やっていない)」という正当化しようにもそれに当てはまらない日本人は当然存在するわけで、そもそもすること自体にな部分が多い。
自分の意見をしたいのであれば適切なを使ったほうが良いだろう。

適切な主語を用いましょう。

自分の意見を投稿する際には、「【私は】こう思う」としっかりしましょう。他人の意見を投稿する際は、「【ある人は】こう思っている」との意見なのかを具体的に記しましょう。

意見を投稿する際、根拠なく「世間」「社会」「みんな」などの大きな集団をとしないでください。それは、責任逃れです。

ニコニコ大百科ニコニコ大百科:楽しく過ごすために」より抜

また、極限までを大きくしまくる、というのも冗談交じりながらも見受けられる。
を大きくしすぎると人間の域をえた存在のようなをしているかのようになり、かえって壮大なスケールになる。

関連静画

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関連項目

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

適切な大きさの主語
この記事は適切なの大きさが使われています。⇒[主語を大きくする]

主語の大きい人とは、人の種別のひとつである。

概要

いますよね 主語のデカい人

一人しかいないのに「私たち住民は断固反対する!」とか!

全員に聞いたわけでもないのに「々都民は慢の限界」とか!

自分の意見をみんなの意見のように言う 主語のデカい人!

さよなら絶望先生144話「ククリなき命を」より

「主語の大きい人(主語のデカい人)」という言葉は上記のさよなら絶望先生』が初出とされている。

そもそも日本語におけるとは、述が作用する物や人をす言葉という役割を持つ。
例えば「ニコニコ動画を見る」という文章の場合、は「」、述は「見る」という構成になっている。
(「ニコニコ動画」は修飾、つまりと述情報を補する役割を持ち、「何を見るのか」という情報示している)このように「か(何か)」にあたるのがで、「どうした」にあたるのが述という構成になる。

ではこのが大きいとはどういうことかというと、「が」にあたる部分が特定の物事・人をすのではなく、不特定多数をす文章に変わる。
ニコニコ動画を見る」という文章のを大きくした場合、
オタクニコニコ動画を見る」「日本人ニコニコ動画を見る」という文章などが考えられる。
」という一個人から「オタク」「日本人」という分類・種族という区分のに変えることでより大きな範囲を定するような意味合いになる)
要するにが示す範囲が一人・一つだけではなく、大勢・多数を示していることになる。

太宰メソッド」の記事ではこのの大きさを非難・否定的で使うことについて解説しているが、発言の正当性を強調しつつ自分の発言の責任を回避するような狙いがあるのは変わらない。「日本人○○をやっている(やっていない)」という正当化しようにもそれに当てはまらない日本人は当然存在するわけで、そもそもすること自体にな部分が多い。自分の意見をしたいのであれば適切なを使ったほうが良いだろう。

適切な主語を用いましょう。

自分の意見を投稿する際には、「【私は】こう思う」としっかりしましょう。他人の意見を投稿する際は、「【ある人は】こう思っている」との意見なのかを具体的に記しましょう。

意見を投稿する際、根拠なく「世間」「社会」「みんな」などの大きな集団をとしないでください。それは、責任逃れです。

ニコニコ大百科ニコニコ大百科:楽しく過ごすために」より抜

また、極限までを大きくしまくる、というのも冗談交じりながらも見受けられる。
を大きくしすぎると人間の域をえた存在のようなをしているかのようになり、かえって壮大なスケールになる。

関連静画

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掲示板

  • 266ななしのよっしん

    2021/02/28(日) 09:36:50 ID: yoF98taAvd

    >>265
    素直じゃないぶん余計にダサい、は直球ストレートな至言ですね

    人は自分の心を意識に守るため素直に生きられないのだと思ってます
    もが自分を凄いと思いたいし、そのために他者からの賞賛を必要とするでしょう
    身の程を弁えていれば周りの人から褒められると考えるんでしょうし、
    周りから褒められれば自分を凄いと思えるんでしょう

    これに対しニーチェは自らの価値観生きることを提唱しています
    具体的に言えば周りから奇人だとバカにされても自分で自分のことをバカにしない生き方です
    他者からの評価を気にせず、自分自身の評価を信じる生き方は、口で言うのは簡単ですが実践は難しいです
    そういう生き方が出来ないと、いわゆる「大きな」を意識に使うのかなと思います

  • 267ななしのよっしん

    2021/02/28(日) 09:57:02 ID: yoF98taAvd

    いわゆる「主語の大きい人」は、周りからの賛同(賞賛)を欲しているわけです
    逆に言えば彼らは周りの人間に対し協調的であるともいえます
    彼らは彼らの欲を満たすために発言し、その中で他者を屈させるためにを大きくしますが、
    それは彼ら自身が多数に屈するということを示しているのです

    そういう意見に屈するのをよしとしないのは、悪く言えば協調性のない人間でしょう
    ニーチェで言うところの吼える獅子に該当するわけです
    ニーチェに言わせれば々の心に「意」がある限り、
    間違った意見で周りの賛同を得ることよりも、正しいと思える自分の意見を貫くようになるわけです

    いわゆる「主語の大きい人」がを大きくするのは、悪く言えば「意」がないからと言えます
    物事の判断の正しさよりも、多数意見の持つ「」を「正義」としていると言えます

  • 268ななしのよっしん

    2021/02/28(日) 10:54:12 ID: uOQpv/9q0r

    >>267
    >物事の判断の正しさよりも、多数意見の持つ「」を「正義」としている

    これはいかにも高二病の特徴って感じですね。

    まあそれは個人の自由ではありますが、他人にその考えを押し付けてくるタイプ(例えば親でもないくせに"社会は厳しい、現実を見ろ"などと説教してくるやつ。社会全体をれるほどの人生経験ないくせに)はうっとうしいし幼稚ですよね。

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