善意(ぜんい)とは、
なお対義語は1.2.の両方とも「悪意」であり、「善意」と同様にそれぞれの意味が異なる。
ここでは、日常会話における「善意」について記す。
善意は、ただ単に利他的・犠牲的な強い感情(≒愛)を動機とする場合もあるが、ふつうは、
といった要素が相俟っている感情である(上記のような要素を「下心」だと言って軽く見るのはあまりに浅はかであろう)。
また、少し特殊な場合では、
というのもある。いずれにしても、こういった善意を抱くこと自体は人間として自然なことだし、幸福を得るための要素としても不可欠な感情である。
ただ、善意からくる行動であってもある程度物事を総合的に判断して行動しないと、思慮の浅さによっては、よい結果を生まないこともある。
善意からの行動がうまく相手に届かなかったり、効果的でないと見られたり、相手にとってはありがた迷惑になってしまったり、副次的に誰かに迷惑をかけてしまったり、恩着せがましく感じさせてしまう行動を伴った場合には、もともと悪気がなかったとしても「独善的」「偽善的」だと言われてしまいかねない。
また、これは致し方ないが、ある人に対して(orある物事に対して)は善意で動いていても、別の場所では真逆のような行動・態度をとっていると、「偽善」と言われてしまったりする。
そういう指摘をされた場合は、素直に「すまん、俺の考えが足らんかったな」と言って謙虚に受け止めよう。
特にネットだと表情が見えず言葉だけが独り歩きするので、往々にして善意がストレートに伝わらないことも多い。自らに善意の動機があることを自認するなら、周りになかなか認めてもらえない状況に陥ってもある程度寛容な心を持ち続ける必要がある。
善意を受け取る側や第三者も、猜疑心から汚い言葉をかけるのはよいことではない。それぞれ感謝の気持ちを大切にしながらインターネットライフを送りましょう。
掲示板
78 ななしのよっしん
2025/11/16(日) 18:12:49 ID: LaC0uioXhY
善意にも抑制と均衡は必要
79 ななしのよっしん
2025/12/20(土) 11:57:22 ID: zeEPVGOaq4
善意というのは基本的に差別的な行為なのよ。
人に善意を施せる資産
善意をしたい気持ち
善意を施す相手が手に届く場所にいる
3点が揃って初めて善意が成立する。
どれか1点でも欠けたら成立しないし、基本的に受動的な行為。
善意に対してなんで俺にはしてくれないんだ!?と叫んでもそれはどれかが欠けているからでしかなく、それが差別となる。
「当然これは仕方のない行為である。」←ここをちゃんと読もう。
善意と博愛は違う。そして商取引とも違う。渡す人渡さない人はかなり制御できるもの。
80 ななしのよっしん
2025/12/20(土) 12:00:37 ID: e8hIGbP1+0
>>79
>善意に対してなんで俺にはしてくれないんだ!?
「じゃあ分かった、万人に善意をかけることができないから自分はもう誰かに善意施すのやめるね」
こう言われたらなるほど分かったそれなら一貫性があるなと納得してくれるんかねこの手の人は
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最終更新:2025/12/21(日) 01:00
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