土屋数直(1608~1679)とは、江戸時代前期に活躍した大名である。
徳川家に仕えた土屋という苗字でピンと来た人もいるかもしれないが、武田氏家臣土屋氏の一族で、土屋忠直の息子。父親の代ですでに下総国久留城2万石の大名であった。
徳川秀忠に謁見し、徳川家光の小姓となり、とんとん拍子に出世していく。しかし突然徳川家光の勘気に触れ、しばらく出世が止まってしまう。同じような出世コースを歩んだ久世広之に比べると本来土屋数直の方が大身であったにもかかわらず、慶安元年(1648年)にようやく小姓組番頭になった時にはすでに久世広之は大名に列しているなど、大きく水をあけられてしまったのである。
とはいえ承応2年(1653年)に久世広之とともに徳川家綱の傅役に任じられると、寛文2年(1662年)にはそろって若年寄となり、この頃に土屋数直はようやく大名になった。寛文5年(1665年)にはようやく老中となり、松平信綱、阿部忠秋といった先輩と同様このころに土浦を基盤に藩領を形成した。
しかし門閥譜代の代表である酒井忠清との間には大きく一線が引かれ、彼ら新参譜代はついにそれを跳び越すことができなかったのだ。
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最終更新:2025/12/16(火) 17:00
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