楕円積分とは、楕円の周長に関する積分とそれに関連する積分計算群である。
成り立ち
楕円積分は、以下のような積分計算が由来である。
振り子の周期を求める積分
単振り子の周期は紐の長さのみに依存し、振れ幅には依存しないとされるが、それは振れ幅θが充分小さい時に限られる。実際はθが大きくなると周期は長くなる。その周期を求める際に楕円積分が現れる。
単振り子の運動方程式は、以下のようにあらわされる。
となる。これをdθ/dtについて解くと、dθ/dt=θ*、θ0を最高点として、
d2θ/dt2=dθ*/dt=(dθ*/dθ)(dθ/dt)=θ*(dθ*/dθ)=d/dθ(θ*2/2)=(-g/l)sinθ
θ*2=(-g/l)∫θ0θsinθdθ=(g/l)(cosθ-cosθ0)
θ*=√((g/l)(cosθ-cosθ0))=√((g/l)(-sin2(θ/2)+sin2(θ0/2)))
θ=0から最高点θ0までの時間の4倍が1周期なので、x=sin(θ/2)/sin(θ0/2)、k=sin(θ0/2)として
T/4=∫θ=0θ=θ0dt=∫0θ0dθ/θ*=√(l/4g)∫0θ0dθ/√(sin2(θ0/2)-sin2(θ/2))
=√(l/g)∫011/√((1-k2x2)(1-x2))dx
となる。
=∫01(1/√((1-k2x2)(1-x2)))dx ...①
=∫0π/2(1/√(1-k2sin2φ))dφ ...②
と書ける。これを第一種楕円積分という。
解を解析的に得ることはできない。
楕円の周長を求める積分
楕円の周長を求める積分は初等関数で表されるが、その結果は初等関数で表すことができない。
楕円 (x/a)2+(y/b)2=1 の、周の長さを求める。
ここではa=1、b=k'と置いて計算する。
曲線y=f(x)の、[0,1]区間における長さを求める積分は、L=∫01√(1+(dy/dx)2)dxである。
これを楕円y=k'√(1-x2)に適用すると、全周の1/4は、k2=1-k'2、として、
L/4=∫01√(1+k'2x2/(1-x2))dx
=∫01√(1/(1-x2)-(1-k'2)(x2/(1-x2))dx
=∫01√((1-k2x2)/(1-x2))dx
となる。
=∫01√((1-k2x2)/(1-x2))dx ...①
=∫0π/2√(1-k2sin2φ)dφ ...②
と書ける。これを第二種楕円積分という。
こちらも解を解析的に得ることはできない。
その他
帯電した真円の輪の静電ポテンシャル場、反発力がF=-kx+k'x3で表される非線形バネ、レムニスケートの周長などに楕円積分が現れる。
標準形
kは楕円の離心率であり、母数とも呼ばれる。
第三種楕円積分もあり、
∫011/((1-nx2)√((1-x2)(1-k2x2)))dx
となる。
適切な変数変換により、第二種、第三種楕円積分を第一種楕円積分に変換することができるため、本質的に重要なのは第一種楕円積分と言える。
積分区間が[0,1]のものを完全楕円積分、[0,x]であるものを不完全楕円積分と言う。これは次に示す楕円関数を定義する際に用いる。
一般形
p(x)を多項式、f(x,y)を有理式としたとき、∫f(x, √p(x))dxの形をしたものを一般に楕円積分と呼ぶ。
p(x)が1次または2次のときは初等関数で積分の結果を記述できるが、3次以上になると不可能になる。p(x)が3次、4次の多項式の物を楕円積分、5次以上の物を超楕円積分と呼ぶ。
p(x)を4次以下のものに限るのは、4次以下ならある変数変換に対して不変な要素があるため。p(x)によっては初等関数で表すことができる場合がある。その時は疑似楕円積分と呼ぶ。また、p(x)が3次の場合は適切な変数変換により4次の場合に帰着させることができるため、実質4次の物に限定してよい。
p(x)=(1-x2)(1-k2x2)としたとき、
第一種完全楕円積分は K(k)=∫01(1/√p(x))dx
第二種完全楕円積分は E(k)=∫01(√p(x)/(1-x2))dx
となる。
楕円関数
正弦関数y=sin(x)は、円周の長さを求める積分x=∫0y1/√(1-s2)dsの逆関数として定義できる。
同じように、楕円積分の逆関数を楕円関数と定義する。これをヤコビの楕円関数という。楕円関数を初等関数の有限回の組み合わせで表現することはできない。
第一種不完全楕円積分 u=∫0x(1/√((1-k2s2)(1-s2)))ds の逆関数をsn(u,k)とする。
三角関数に倣い、cn(u,k)=√(1-sn2(u,k))、dn(u,k)=√(1-k2sn2(u,k))と決める。
さらに、tn(u,k)=sn(u,k)/cn(u,k)と決める。
tn(u,k')は、u=∫0x(1/√((1+x2)(1+k'2x2))dxの逆関数となる。(k'に注意)
sn、cn、dn、tnは、そのままエスエヌ、シーエヌ、ディーエヌ、ティーエヌと呼ぶ。
k=0の時、sn(u,0)=sin(u)である。
やや複雑になるが、これらは三角関数のように加法公式や微分公式などが成り立つ。
sn(u)=sin(am(u))と書くことができる。am(u)を振幅関数という。
これは[-K(k),K(k)]で定義された関数だが、楕円関数は周期性を持つ連続関数であることが示せるので、実数全体に拡張することができる。
現実にあるヤコビの楕円関数の例として、縄跳びの形状があげられる。
縄跳びの形状は縄の材質や回転速度に依存せず、縄の全長と固定された両端の距離のみで決定される。また、これは縄の全ポテンシャルエネルギーが最小となるような形状である。
左は全長に比べ固定端間の距離が長い場合、右は距離が短い場合である。
複素関数としての楕円関数
三角関数と同じように、楕円関数も複素数まで拡張できる。三角関数と同じように正則な関数となる。
iを虚数単位とする。K=K(k)、K'=K(k')とおくと、楕円積分から、
sn(iu,k)=itn(u,k')
cn(iu,k)=1/cn(u,k')
dn(iu,k)=dn(u,k')/cn(u,k')
となる。また、
sn(u+iK',k) = 1/ksn(u,k)
cn(u+iK',k) = idn(u,k)/ksn(u,k)
dn(u+iK',k) = icn(u,k)/sn(u,k)
楕円関数の周期性
sn(u+4K,k) = sn(u,k)
cn(u+4K,k) = cn(u,k)
dn(u+2K,k) = dn(u,k)
また、複素数方向にも周期性を持つ。
sn(u+2iK',k)=sn(u,k)
cn(u+2K+2iK',k)=cn(u,k)
dn(u+4iK',k)=dn(u,k)
複素数方向の周期性は実数方向の周期性を整数倍しても得られない。つまり、楕円関数は二方向に周期性(二重周期性)を持つ関数である。
ヤコビの楕円関数に倣い、楕円関数を「二重周期性を持つ正則な複素関数」と再定義することで、楕円曲線や保型形式に繋がる豊かな議論が可能となる。
関連項目
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