高架なら自分で登るとかでないと、通行するだけでは‥‥
降
車や更に上の高架からの降下でもなければ線路
上で遭遇しはしまいに(??)‥‥高架が
(一般的で)ない時期には、
リスクは承知(速やかに
出られない、
凹凸誘発つきだった
立ち往生の想定が有りえて‥‥
だが何れ生まれるだろう解決は
分かっていても新技術まで待とうとしない‥‥??
事故リスクの承諾書なしでも“フ見切り発
車”‥‥
これは
殺人に準じるだろう‥‥高架があれば
死ななくて済んだ人が大勢死んだし、今も
継続中、
滅びていい程、愚かな文明で“
事故奴隷”に甘んじる、
ということでいいか‥‥(??)
奥さんは
煙草で殺されていても、そんな
煙草男に(は)
惚れるなよ、みたいに惚れ続けていて“知っていても”許し、
許すと…(???)、老人・
子供はどうなのか‥‥(??)
愛だ、
家族の
不幸は哀しい等で、浪
花節もいいだろうが
殺人ではないのか‥‥(??)
こんな不
公平が
公然と罷り通る
無茶苦
茶で
(大したことも
無い、たかが)
回る世など、止めて
いいとかの形、本来は補償で食える位のものだとしてでも
疑問にも思わないのかと‥‥こんな社会
(で)どうなっても
自分は“正しい儘”‥‥自分には泳がずに生き
る権利も有ろう、
と‥‥(??)