サンアディユ(Sans Adieu)とは、2002年生まれの日本の競走馬。鹿毛の牝馬。
2007年の短距離戦線に突如として現れ、別れの言葉もなく突然いなくなってしまった儚き名牝。
主な勝ち鞍
2007年:セントウルステークス(GⅡ)、アイビスサマーダッシュ(JpnⅢ)、京阪杯(GⅢ)
父*フレンチデピュティ、母*シェリーザ、母父Caerleonという血統。
父はノボジャックとクロフネの活躍で日本に輸入され、芝ダートを問わず多数の活躍馬を出した名種牡馬。道悪にも強く、イメージとしては「芝でもいけるダート種牡馬」という感じである。
母はアイルランド産の輸入繁殖牝馬で、自身は未出走。
母父カーリアンは2度の英愛リーディングサイアーに輝いた欧州の名種牡馬だが、産駒は日本にも適応し、シンコウラブリイ、ビワハイジ、フサイチコンコルドなどを送り出した。
2002年3月26日、門別町の下河辺牧場(スティルインラブやダイワエルシエーロ、キセキの生産牧場)で誕生。オーナーはサンライズバッカスやサンライズノヴァを所有した松岡隆雄。「サンライズ」の冠名は基本的に牡馬用らしく、彼女には冠名が用いられなかった。
オーナーの勝負服と同じ、紫に白い星印のメンコがトレードマークであった。
生産牧場によると、幼駒の頃は「デブでノロマ」だったとか。
入厩してからも気性は非常に繊細で、音に敏感で驚くと動けなくなるような臆病な馬だったという。
栗東・音無秀孝厩舎に入厩。デビューは遅く、もう桜花賞も終わり新馬戦もなくなってしまった3歳の4月。皐月賞と同日の阪神ダート1400mの未勝利戦だった。勝ち馬から7馬身以上離された4着。
続いて5月の京都ダート1400mの未勝利戦は10着に惨敗。
4ヶ月休み、休養明け初戦、9月の阪神ダート1400mの未勝利戦を逃げ切りで勝ち上がるが、続く10月の同条件の500万下は8着、再び休養に入る。
5ヶ月以上休み、明けて4歳、3月の同条件の500万下を逃げ切って7馬身差の楽勝。ここまで5戦、中団に控えて3敗、逃げて2勝となれば完全に逃げ馬であることははっきりした。
4月の1000万下は逃げて2着、中京ダート1700mの御嶽特別は直線で力尽きて16着に沈没。1700だと距離が長いこともはっきりしたため、以降はダート1200mに狙いを絞る。
まず降級初戦、7月の新潟の牝馬限定500万下を5馬身差で圧勝すると、9月の浦安特別(1000万下)も牡馬を蹴散らし3馬身半差で楽勝。11月の貴船S(1600万下)でも牡馬を相手に逃げ切り3連勝。あっという間にオープンに昇格する。
しかし、快進撃はここまで。明けて5歳となった2007年、1月のガーネットS(GⅢ)で重賞初挑戦も、ハナを切れず3コーナーでもうついていけなくなり、ずるずる沈んで最下位16着。
続いて4月の京葉S(OP)もずるずる沈没して14頭中12着。逃げ馬なのに、オープンのレベルではスピードが足りずそもそもハナを切って逃げることができず、揉まれるのに弱くそのまま走りきることもできない。どう考えても力不足は明らかだった。
既に5歳。牝馬なので頭打ちだとはっきりしたなら、無事なうちに引退させて牧場に返し、繁殖入りするのが常道である。音無師も完全にそのつもりだった。
だがそこに、松岡オーナーから要望が入った。「繁殖入り前に、1回だけ芝を試してほしい」と。
今でこそ芝ダートを問わない万能種牡馬として知られたフレンチデピュティだが、この当時はまだエイシンデピュティやアドマイヤジュピタが本格化する前。芝重賞勝ちもちらほらあったとはいえ、クロフネとノボジャックの印象から、「フレンチデピュティはダート短距離種牡馬」と見られていた。だからこそ彼女も(前さばきが硬く芝を走らせるのに不安があったというのもあるが)デビュー以来ずっとダートを走っていたわけである。というかそもそもダートでスピードが足りずに逃げられない馬が、芝で通用するなんて誰も思わないだろう。
だが、オーナーのこの一言が、彼女の運命を一変させるのだから、競馬というものはわからない。
そんなわけで初めての芝に挑むことになったサンアディユ。選ばれたレースは、なんとアイビスサマーダッシュ(JpnⅢ)であった。
言わずと知れた新潟競馬場名物、1000mの直線レース。サラブレッドのスピードの究極を競うレースである。牝馬が強いレースとはいえ、どう考えてもダートでスピード不足で逃げることもままならないような芝初挑戦の5歳馬が挑むレースではない。出走を聞いた競馬記者が音無師に「本当ですか?」と何度も確認するほどだったという。
当然ながら音無師も「無事に走ってきてくれればいい」としか思っておらず、陣営の雰囲気は完全に引退前の思い出出走。しかも当日は台風が近付いていたこともあり、音無師も松岡オーナーも、関係者は誰ひとり現地に来ていなかった。
当日はフレンチデピュティ産駒が得意とする重馬場になるという追い風もあるにはあったが、単勝77.1倍の13番人気という評価も当然である。というか芝実績ゼロなのだからこれでも人気が高いぐらいだろう。同じフレンチデピュティ産駒のピンクカメオがこの年の雨のNHKマイルカップを17番人気で勝ったとか、一度も芝を走ってないので未知数なのがむしろプラス要素になったとか、そんな感じであった。
そんなサンアディユの鞍上を務めたのは初騎乗の村田一誠。デビュー11年目、この年の根岸Sで11番人気ビッググラスで穴を開け重賞初勝利を挙げた地元新潟出身の騎手である。彼はこの前日にも、同じ千直の閃光特別にて15番人気のカルパントラスで穴を開けていた。
さて、レース本番。7枠13番のサンアディユはスタートで出負けする。1分を切るスピード勝負の新潟千直で出負けは致命傷、まして揉まれ弱い逃げ馬の彼女はこの時点でレース終了……のはずだった。
だがサンアディユは外目の枠なのに定石の外ラチ沿いに向かわず、揉まれるのを避けて馬群の真ん中あたりにぽかっと空いたスペースに潜り込む。そして残り400mを切り、重馬場で先行集団の脚が鈍り始めると、村田騎手の鞭に応えて内寄りに空いた進路をするすると上がっていくサンアディユ。残り100mで先頭に立つと、大外から追い込んできた1番人気ナカヤマパラダイスをものともせず、先頭でゴールに飛び込んだ。
前は4頭5頭横に広がっている、アイルラヴァゲイン、サチノスイーティー、クーベルチュール、
サンアディユ、サンアディユも上がって来た、サンアディユも上がって来た、村田一誠騎手も上がって来た!
さあクーベルチュール、サンアディユ、さあナカヤマパラダイス、ナカヤマパラダイス、
サンアディユ! サンアディユです!!
村田一誠騎手! 新潟出身の村田一誠騎手、昨日の直線レースも15番人気で穴を開けたんですが、このアイビスサマーダッシュ、土曜日に続いて直線競馬を制しました! サンアディユ!
13番人気のダート馬が、芝短距離の究極のスピード勝負をあれよあれよと差し切り勝ち。みんな唖然。
音無師も松岡オーナーも、関係者が誰も来ていなかったため、優勝トロフィーは橋口弘次郎調教師が代理で受け取った。ちなみに翌年のアイビスSDでは勝ち馬を管理していた橋口師が現地におらず、今度は音無師が代理で受け取るのだが……それはまた別の話。
そして村田騎手はこの後、2020年に引退するまで新潟千直で通算22勝を挙げ、西田雄一郎と並ぶ「千直名人」として知られることになるのだが、それもまた別の話である。
さて、まさかの芝で重賞初制覇を飾ったサンアディユ。こうなれば当初の引退予定は撤回、芝短距離戦線に参戦することになった。
というわけで次走は翌月の北九州記念(GⅢ)。ここで彼女は、2歳下の牝馬2頭と出会う。この年の桜花賞を7着に敗れたあと休養からの復帰戦となった圧倒的1番人気のアストンマーチャン。そして葵Sを快勝してきた3番人気のカノヤザクラである。サンアディユは5番人気だった。
レースは良馬場で超ハイペース、前潰れの展開で、アストンマーチャンと一緒に先行集団についていったサンアディユは力尽きて7着。カノヤザクラが5着、アストンマーチャンが6着だった。
結果だけ見れば特筆するほどのレースでもない。この3頭が一緒に走った唯一のレースで、3頭がひとつながりの順位で――しかも後の運命と逆順で並んだというのに、何かしらの意味を見出してしまうのは、見る者の感傷に過ぎないのだろう。
ともかく、続いてサンアディユはセントウルS(GⅡ)に向かう。北九州記念が特に見せ場なく敗れたということもあり、川田将雅に乗り替わったサンアディユは11番人気まで評価を落としていた。
だが、好スタートを決めゴールデンキャスト、アイルラヴァゲインと3頭で先頭集団を形成したサンアディユは、道中引っかかりながらも、直線に入ると他馬を置き去りにぐんぐん加速。追い込んできた1番人気キンシャサノキセキらを突き放し、先行抜け出し押し切りという紛れもない強者の競馬でなんと5馬身差の大圧勝。スプリント重賞ではなかなか見られない着差で、誰にも文句のつけようがない大勝利である。なお、最後に追い込んで2着に突っ込んだのはカノヤザクラだった。
この重賞2勝で、サンアディユはこの年のサマースプリントシリーズチャンピオンに輝いた。
そして9月30日、スプリンターズステークス(GⅠ)。サンアディユは、前走の強い勝ち方もあり、なんと単勝3.6倍の1番人気に支持された。
レースは全力で逃げに逃げる3番人気アストンマーチャンを2番手集団で追走。最後はアストンマーチャンに逃げ切りを許したものの、直線で4馬身以上あった差を最後は3/4馬身差まで追いつめての2着。
敗れはしたが、3ヶ月前まで無名のダート馬だった彼女は、もはや押しも押されぬ芝短距離のトップホースであることを堂々と示したのであった。
武豊を鞍上に迎えた11月の京阪杯(GⅢ)では牝馬で57kgを背負わされながらも、単勝1.8倍の圧倒的1番人気に応え、2番手追走から直線抜け出し押し切りという全く隙のないレースで完勝。なお、2番人気カノヤザクラは3着。
かくして芝転向から5戦3勝。芝短距離という真の適性を見つけて覚醒した、遅れてやってきたシンデレラは、翌2008年の短距離戦線の主役となる……はずだった。
3歳牝馬によるスプリンターズS制覇を果たしたアストンマーチャン。
無名のダート馬から一気に短距離の新星となったサンアディユ。
そして、そのサンアディユの背中を追いかけるカノヤザクラ。
2007年の短距離戦線で出会い、ライバルとして鎬を削り合うはずだった3頭の牝馬。
彼女たちそれぞれに、あまりに突然の、残酷な運命が待っているなど、誰も想像だにしていなかった。
6歳となった2008年。高松宮記念を目標に定めたサンアディユは、始動戦として3月8日のオーシャンS(GⅢ)を選択した。
だが、3月に入り、ライバルとなるはずだったアストンマーチャンが体調不良により高松宮記念を回避すると発表。さらに1歳下の重賞4勝のアドマイヤキッスが骨折の治療中のアクシデントで予後不良と、牝馬の注目馬の残念なニュースが立て続けに入って来る。
そして、サンアディユの名前は、そこに最悪の形で連なることになってしまう。
迎えたオーシャンS。内田博幸を鞍上に迎えたサンアディユは、単勝1.7倍という圧倒的な1番人気だった。
だが発走直前のゲート内、隣のアイルラヴァゲインがゲートを蹴った音に驚いたサンアディユは、パニックになってゲートをくぐろうとするなど暴れてしまう。
なんとか発走スタッフや厩務員が落ち着かせようとしたが、ゲート内で時間が過ぎ、スタッフが後ろ扉を開けるかどうか相談するのを耳にしていた内田騎手や他の馬の騎手たちも「これは一旦出して枠入りをやり直すんじゃないか」と考え始めていた。
そんな中、スターターが「開けるぞ」と声を上げる。何人かの騎手はこれを聞いて「後ろを開けてやり直す」という意味に取った。
だが、実際に開いたのは前のゲート。
――そして、慌ててどっと飛び出した馬たちの中、1頭大きく出遅れた馬がいた。
サンアディユだった。
サンアディユはそのまま最下位16着に沈没。このスタートを巡る混乱は他の騎手からも不満の声があがり、断然の1番人気だったサンアディユの発走体勢が整わないままゲートが開くというスターターの不手際と言えるトラブルで、返還もないレース成立となったことには、馬券を握りしめたファンからも大きな不満が飛び交った。
結局、翌日にJRAはこの不手際に対して謝罪会見を開くことになる。
これだけであれば、サンアディユにとっては、そういう不運なアクシデントが起きるのもレース、で済んだかもしれない。
だが、その謝罪会見と同日、3月9日。JRA公式に、信じがたいニュースが載った。
サンアディユ号(牝6歳 栗東・音無 秀孝厩舎)は、栗東トレーニング・センターにて、3月9日(日)に疾病を発症し、死亡しましたのでお知らせいたします。
【病 名】
心不全
レース後、深夜に栗東に帰厩し、一夜明けると馬房内で倒れていたという。
あまりにも、あまりにも突然すぎる最期。
その急死とオーシャンSでのトラブルとの因果関係は不明だが、短距離界のスターへの階段を駈け上がる半ばでの、不運や悲運という言葉ではとても言い表せない結末だった。
さらに悲劇は続く。翌月にはアストンマーチャンがX大腸炎を発症し、サンアディユの後を追うように急死。スプリンターズSの1着馬と2着馬が、僅か半年後に相次いで天国のターフへ旅立ってしまった。
そしてもう1頭、カノヤザクラはこの年、サンアディユの足跡を追いかけるようにアイビスサマーダッシュで重賞初制覇、セントウルSも連勝してサマースプリントシリーズチャンピオンに。翌年もアイビスサマーダッシュを連覇して2年連続サマースプリントシリーズチャンピオンに輝いたが、2010年、3連覇を目指したアイビスサマーダッシュで故障を発生、予後不良となって、先に逝った2頭を追った。
サンアディユ。
突如として現れ、あまりにも突然に去っていった、短距離界の遅れてやってきたシンデレラ。
彼女の馬名"Sans Adieu"の意味は、フランス語で「さよならは言わないで」。
*フレンチデピュティ 1992 栗毛 |
Deputy Minister 1979 黒鹿毛 |
Vice Regent | Northern Dancer |
Victoria Regina | |||
Mint Copy | Bunty's Flight | ||
Shakney | |||
Mitterand 1981 鹿毛 |
Hold Your Peace | Speak John | |
Blue Moon | |||
Laredo Lass | Bold Ruler | ||
Fortunate Isle | |||
*シェリーザ 1992 黒鹿毛 FNo.22-d |
Caerleon 1980 鹿毛 |
Nijinsky II | Northern Dancer |
Flaming Page | |||
Foreseer | Round Table | ||
Regal Gleam | |||
Sharaya 1980 鹿毛 |
Youth | Ack Ack | |
Gazala | |||
Shanizadeh | *ボールドリック | ||
Safiah |
クロス:Northern Dancer 4×4(12.50%)、Round Table 4×5(9.38%)
掲示板
1 ななしのよっしん
2022/06/17(金) 20:50:43 ID: WcjofuT6jT
名前がほんとにね…泣ける
2 ななしのよっしん
2022/07/31(日) 23:31:27 ID: m5JtvrJyQ3
アイビスサマーダッシュから
ライバル2頭も含めて子供が見たかった、、悲しすぎる
提供: クリッキー
提供: メコスジ国家秘密警察
提供: あしたけ
提供: ゆんなの
提供: キャスマイ
急上昇ワード改
最終更新:2025/04/15(火) 03:00
最終更新:2025/04/15(火) 02:00
ウォッチリストに追加しました!
すでにウォッチリストに
入っています。
追加に失敗しました。
ほめた!
ほめるを取消しました。
ほめるに失敗しました。
ほめるの取消しに失敗しました。