ディープインパクト 単語

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ディープインパクト

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曖昧さ回避 ディープインパクトとは、直訳すると「深い衝撃」となるが、以下の事物をす。
  1. 日本競走馬。本記事で記述
  2. 1998年開のアメリカ映画地球へ彗星の衝突による大災害を描く、いわゆるディザスタームービー。正確にはタイトルは中点が入って「ディープ・インパクト」である。
  3. 2005年に打ち上げられたアメリカ彗星機。彗星に衝突体(クイみたいなもん)を打ち込むことで、地球からの観測を可にした。

一着至上義。
DEEP IMPACT

JRAヒーロー列伝 No.60 ディープインパクトexit

ディープインパクト とは、2002年生まれの鹿毛の史上6頭目ラシック三冠馬あり、その圧倒的な勝ち方と、引退後の優秀な種牡馬成績で日本競馬史にその名を刻んだ「英雄」
同時に、過剰ともいえるJRAの期待やファンの盛り上がり、そしてフランス凱旋門賞挑戦時の"汚名"によって毀誉褒貶のしい現役時代を過ごした、ある意味での「日本競馬と暗部」を経験したでもある。

な勝ち
2005年:クラシック牡馬三冠[皐月賞(GI)、東京優駿(GI)、菊花賞(GI)]、弥生賞(GII)、神戸新聞杯(GII)
2006年:天皇賞(春)(GI)、宝塚記念(GI)、ジャパンカップ(GI)、有馬記念(GI)、阪神大賞典(GII)

2006年 天皇賞(春)

こんなが存在していいのか……
敗北など考えられない戦いに
人はどこまでもを見た

奇跡に最も近い。」
ディープインパクト

競馬は時々、競馬える

JRA 2013年天皇賞(春)CMより

概要

血統

*サンデーサイレンス*ウインドインハーヘアAlzao(アルザオ)という血統。全ブラックタイドがいる。ノーザンファーム生産のお坊ちゃまであるが、必ずしも生まれた時から高い評価を得ていたわけではない。実際、セレクトセールでの落札価格は7000万円。サンデーサイレンス産駒14頭中9番のお値段だった。

生まれたときから小さく、体が柔らかいで、見たみたいであった。管理する池江泰郎調教師が初めて見た時、本当になのか股間を覗いてみたというくらいである。ただ、ものすごく負けん気が強く、蹄が磨り減っても走るのを止めず、足が血だらけになっていたという根性系のエピソードもある。

第一の衝撃

騎手として招かれ、以後の全レースを担当する武豊は、最初に跨った時「ちょっとやばいかも!」と奮していたらしい。デビュー戦、ディープインパクトは武騎手がほとんど追うこともなく楽勝したのだが、上がり3ハロンがなんと331。なんというか、競馬を知っていれば知っているほど有り得ない末脚に、競馬評論家の井崎脩五郎は翌日のイベントで「今まで見てきた中でもっとも『強い!』と思ったレース昨日のディープインパクトの新馬戦」と言っちゃったくらいである。

その新馬戦だけでも伝説級だったのだが、次の若駒ステークスはさらに凄かった。

ディープインパクトがじわじわと迫ってきた残り200を通過一気に加速ーッ!!
ディープインパクト衝撃の末脚! 一気に抜けた、強い!強すぎる!!
4番ディープインパクト、強い印を残してゴールイン

京都放送 梶原アナウンサー

直線向いて最後方。そこから武騎手がほとんど追ってもいないし、ディープインパクトも全然本気で走っている様子はいのに、ほかのが止まって見えるような脚であっという間に抜き去り、最後は抑えて5身ちぎってしまうのである。見ていたファンは開いた口が塞がらない状態。この時点でもう「三冠馬」のが上がるのも理はい強さだった。

しかし、次の弥生賞は抜け出すのに苦労して首差の勝利。「ありゃ、実はそんなに強くないのか?」と思っちゃう人もいたが、よく見ると武騎手は直線で一つ入れていない。実は勝である。

結局、この3戦で武騎手は一度もを使用しなかったのだが、これは将来的により長い距離を走らせることを想定していたからでもあった。

英雄誕生

クラシック第一戦・皐月賞では史上2位の単勝支持率(63%)を獲得。
レースでは出遅れて中苦労したせいか、少しジリジリとした脚だったが、最後の直線でを入れられると抜け出して2身半差でゴール実況は「武豊三冠馬との巡り合い!」と叫んだ。

実はこの皐月賞の前あたりから、マスコミJRAがかなりディープインパクトをプッシュし始めていた。「名門牧場の名が当代一の名ジョッキーを背に三冠を達成する」というストーリー競馬界を盛り上げよう……という意図が見え透いてくるような異常な推し加減だった。ダービーの少し前の時点で等身大の模型まで作られ、競馬場に飾られていたりもする。名の等身大模型が作られること自体が稀なのに、現役の、まだ皐月賞を制したに過ぎない3歳のものが作られたというのだから。
後々の有力でもここまでされたは存在していない。もしかしたらこの猛プッシュを反省した結果なのかもしれない。

そして東京優駿(日本ダービー)。大宣伝のおかげか東京競馬場には14万の大観衆が押し寄せ、単勝支持率は73.4%ハイセイコー記録抜くという騒ぎとなった。
後ろから行ったディープインパクトは直線では外に持ち出し、インティライミを置き去りにして独走。5身差、ダービーレコードタイ、上がり3F334という破格の強さで、ミホノブルボン以来13年ぶりの敗二冠を達成したのだった。

こうなればもうマスコミJRAも遠慮なく「ディープインパクト三冠へ!」と言えるわけで、それはもう、仕舞いには三冠達成前に像を造っちゃうくらいであった。もっとも、そんなことはには関係いわけで、ディープインパクトは神戸新聞杯ゴール前で手綱を抑えながらレースレコードで圧勝。敗のまま菊花賞へ向かう。
ちなみに、冒頭のヒーロー列伝ダービーを勝った時点で作られている。もう少し待ってりゃもうちょっと生に合ったキャッチコピーにできた、背景CGエフェクトがしょぼい、そもそも構図自体が雑……などなど、現在に至るまで妙なダサさがいじられてしまっているポスターである。

京都競馬場満員。ディープインパクトの単勝支持率はなんと79%に達し、単勝は元返し(勝っても増えない)という騒ぎだった。このレースを直線、逃げ込みを図るアドマイヤジャパンを3F333の脚でねじせて、史上6頭となるクラシック三冠シンボリルドルフ以来2頭となる敗で達成する。馬場鉄志アナウンサーの「世界ホースマンよ見てくれ! これが日本近代競馬の結晶だ!」はあまりにも有名。ともに外国産馬だろ」とは言うな。後に生産牧場としても血統としても文句の付けようがない「日本近代競馬の結晶」が生まれてしまうのもなんとも……。

新たな始まり

ありふれた麗句を並べ
使い古された修辞を重ねて
いまにしたこの光景の描写を
虚飾に堕とすべきではない
もはや言葉など必要ない

ただ衝撃に身をまかせればいい
正面から受け止めればいい
全身に驚嘆が満ちていく陶酔を
この間に立ち会えた幸運を
静かに喜び反すればいい

そしてもが気づいたはずだ
新たな歴史が始まったことに
この時同じ駆ける者たちが
追い続けえなければならない
存在が誕生したことに

名馬の肖像 ディープインパクトexit

初の敗北、第二の衝撃

この時点でディープ人気は最高潮。生ける伝説。もはや神。くも凱旋門賞ブリーダーズカップドバイなど海外遠征が取り沙汰され、ファンはみんなディープなら海外でも全勝すると信じていた。

ところが、年末に出走した有馬記念では直線で伸びない……! そのまま1歳年上のハーツクライに「古礼るなよ」と言わんばかりに半身差で先着されてしまったのだ。各実況G1勝利ハーツクライ上のクリストフ・ルメール(当時はまだ短期免許騎手だった)を称えるのもそこそこに「ディープインパクト敗れる」を連呼。ファン神話の崩壊に呆然。武騎手も相当こたえた様である。
そんなハーツクライは、後にドバイシーマクラシック勝利し、種牡馬としても大成功。2004年クラシック世代を代表する名になる。負けた相手が名を上げたことで、ディープの評価が不当に下がることはなかったが、そうは言ってもこの時はも知る由もない。

翌年。崩壊した神話と共に囁かれ始めた「負かした相手が弱かったんじゃね?」説をどう黙らせるかが注された。しかしながら天皇賞(春)の前戦・阪神大賞典は直線入り口で先頭に立つとそのまま差が開く開く……。ある意味、みんな「やっぱり強いんだ」と安心する勝ち方で圧勝したのであった。

この時点で凱旋門賞に挑戦するという話しが聞こえてきており、春天は「ディープがどんな勝ち方をするか」だけが焦点だった。ぬるい勝ち方だったら凱旋門賞なんて行かせねぇ、とファンが見守る中、ディープインパクトはとんでもないレースを展開する。
スタート、どかんと出遅れたディープインパクトは最後方を進む。「大丈夫!?」とファンが見守る中3コーナーへ。ここで、ディープインパクトは大外を回って一気に上がっていってしまったのである。京都の難所、3コーナーの坂の上りでスパートするってどういうこと!? 場内が騒然とする中、かまわず坂の下りで一気に先頭に立ってしまう。直線でリンカーン以下後続群が押し寄せてくるかと思いきや、なんと差が開く一方。あまりに常識外れなレース振りにファン然呆然。「え!?」としかが出ないような圧勝劇だった。
2着リンカーンには3身半差。勝ち時計3分134はマヤノトップガンレコードを1更新する恐ろしい時計である。出遅れから全部まくってレコード決着というな勝ちっぷり。ディープインパクトの神話は再びったのである。

凱旋門賞へ

壮行レース扱いと化した宝塚記念では、稍重馬場で34台の末脚を繰り出して圧勝。満を持してフランス世界最高峰のレース凱旋門賞に挑戦することとなった。

ハッキリ言って、この時日本中の競馬ファンはディープの強さに酔いしれ、浮かれており、ディープインパクトが凱旋門賞で負けることなど考えもしなかった。JRAも例外ではなく、催者でもないのにわざわざ凱旋門賞CMを作り、CM内では「凱旋門に衝撃が走る」「世界のディープを見逃すな」と煽るほどであった。この時はまさか別の意味で衝撃となるとは想像だにできなかったであろう。

そして順調に迎えた凱旋門賞。なんとここで一番人気に支持される。種を明かすと、日本から応援ツアーを組んでファンロンシャン競馬場に押し掛けており、彼らが応援馬券を買いまくったおかげであったのだが。ちなみにこの日本からの応援団は、日本競馬ノリロンシャンに持ち込み、大騒ぎしたり勝手に横断幕をったりして現地民の大顰蹙をかい、武騎手も後年「恥をかいた」とまで振り返るほどであった。ただ、現地でもディープインパクトに対する評価は非常に高かった。

しかしレースではいつもだと出遅れるくらいのスタートが向こうではまあまあ決まってしまったのがになってしまい、少頭数となったことも手伝って非常に速い流れに前で乗らざるを得ず、直線で一度は先頭に立ったものの、Rail LinkPrideに交わされて3着に終わった。前戦を使うべきだったとか、斤量がとか、色々言われたが、日本最強凱旋門賞敗したという厳しい事実が残ったことだけは確かである。

最後の衝撃

ディープインパクトの帰後、当年末での引退種牡馬入りが発表される。ところがその数日後、またも衝撃ニュースが飛び込んできた。凱旋門賞の出走前、咳き込むディープインパクトに医師から処方されていた気管疾患の治療フランスギャロでの禁止物に該当したため、審議の末3位入線取り消し、失格処分が下されたのだ。凱旋門賞始まって以来の大不祥事であった。

当該物は日本では禁止されておらず(後に禁止になった)、使用自体はフランスでもOKだった。つまり、をきちんと管理できなかったスタッフの落ち度であり、ディープインパクトは一つも悪くないのだが、英雄ディープインパクトの経歴に大きな傷と疑惑を残してしまった。JRAの対応もとても良いとは言えない内容だったことで後々の批判が大きくなる要因ともなってしまっている。

「これまでの強さもドーピングしたからなのか?」
その汚名をそそぐためには勝つしかない。最敗北は許されない。ディープインパクトはジャパンカップへと向かう。武騎手は後年「ディープのレースプレッシャーがかかったものがあったとしたら、あのジャパンカップ」と回想する。
この年は参戦外が手薄であるにも関わらず、件の事件が尾を引いたのか、ディープインパクトの単勝支持率は61.2%に留まった(それでもテイエムオペラオーの50.5%を大幅更新している)。しかしそれでもレースでは、最後方からスローで展開が向かなかったにも関わらず、大外から335の脚を繰り出して優勝。一方で前年有馬以来に再戦となったハーツクライ喉鳴りで沈んで10着、そのまま引退と、明暗はくっきり分かれてしまった。
騎手しくゴール前でガッツポーズし、観客は沸きに沸いた。その反応は凄まじいプレッシャーされていた武騎手にとってもありがたかったらしく、表式ではファンと共に万歳三唱をした。

そして暮れの競馬の総決算有馬記念に出走。これがラストランである。ファンが見守る中、3コーナーから捲くって行くと直線では観客に近い大外を通って一気のスパート。この年の二冠馬メイショウサムソンっ先に置き去りにして余裕綽々で2着に3身差。

さぁ、ディープインパクトが、ここで、を広げるか!?
ディープがいまを広げた! をついて上がってくる! メイショウサムソンを、あっという間に置き去りにした! ディープインパクト先頭!ディープインパクト先頭! 間違いなく飛んだ!間違いなく飛んだ! ディープインパクト先頭だ! ダイワメジャー!そしてポップロックも飛んできている! 
最後の衝撃だ! これが最後の!ディープインパクトォォー-ッ!!

ラストランを見事に飾りました! ディープインパクト!
これが、これが、私たちにくれる最後の衝撃

フジテレビ 三宅正治アナウンサー

これで引退なんてありえん……という強さであった。武騎手も相当惜しかったようで、レース後の引退式では「翌年の凱旋門賞」に未練を残すコメントを残している。

競走馬としての総評

14戦12勝2着1回。凱旋門賞を除けば連対率100%を達成している。な勝ち皐月賞日本ダービー菊花賞天皇賞(春)宝塚記念ジャパンカップ有馬記念。獲得賞金14億5455万1000円は当時の中央競馬歴代2位。2年連続年度代表馬2008年顕彰馬にも選出。記録の上でも史上に残る名である。

しかしながら、ディープインパクトはそれ以上に記憶に残るであった。スタートで出負けして、中むちゃくちゃな捲りをして、直線では「飛ぶ」ように脚を伸ばし、トップスピードを維持して他をちぎってしまう。その天衣無縫レース振りは他のと全然違う生き物のように見えた。シンボリルドルフのような安心感とは違うが、どこか見ていて「こいつは負けない」と納得してしまうようなレース振り。いつも約束通り飛んでくるその末脚にファンは魅了された。

凱旋門賞の負けや同期が古でになって伸びなかったことから「他が弱かった」「そんなに言うほど強くない」という意見もあるが、タイムや3Fタイムを見れば分かる通り、いささか信じ難いほど速いであったことは確かである。史上最強に推す人も少なくない。

競走馬としては、特段故障や衰えがなかったにも関わらず4歳で引退したことが悔やまれる。ディープインパクトが産まれた年にサンデーサイレンスが亡くなっており、後継種牡馬としての使命を託されていたという背景があったものの、あと1年走っていたら未だテイエムオペラオーしか達成していない古馬王道全制覇、そして年間敗もではなかったかもしれない。しかし、ディープインパクトの数少ない弱点として蹄の薄さがあり、蹄葉炎を発症しようものなら競走馬生命どころか命そのものが絶たれかねない。引退は時期尚か英断か議論を呼び起こしたが、その後の種牡馬成績を見る限り、引退は少なくとも間違いではなかったと言えるだろう。

種牡馬時代

引退後は社台スタリオンステーションで、歴代1位の51億円のシンジケートを組まれて種牡馬入り。初年度から産駒は大活躍。初年度からリアルインパクト(安田記念)とマルセリーナ(桜花賞)というGI2頭を出しスタートダッシュに成功。
また、2009年には産駒であるジェンティルドンナ牝馬三冠を達成し性別は異なるもののJRA史上初の子での三冠達成を果たし、2020年にはコントレイル敗での方の三冠を達成。子での牡馬三冠達成は世界でもアメリカギャラントフォックス-オマハくらいしか例がなく、敗で二代連続は他に例がない。
2012年には初のリーディングサイアーき、その後2021年現在ずっとリーディン1位を譲らず他の追随を許さない勢いで産駒が勝ち続け、2014年現在で既に内種牡馬の通算重賞勝数を更新している。フジキセキ涙目
次は*サンデーサイレンス記録しかないレベルまで数字を積み重ね、ついには2023年10月8日京都競馬場4R障害未勝利戦ロックユー産駒通算2750勝記録サンデー産駒の通算2749勝をえ、不滅の金字とさえ思えた記録更新した。もちろんまだペースは落ちているものの更新は続いている。
そもそもそのサンデーサイレンス種牡馬として一時代を築いたせいで、近が多く種牡馬として活躍しやすいとは言えない環境でこの成績なのだから凄い。当のディープの息子たちが互いにパイを奪い合う中でやや苦戦気味なのを見ると余計に思う。

産駒傾向だが、芝の16002400あたりまでなら競馬場を問わず高いパフォーマンスを見せており、特に京都阪神外回りコースには尋常ではない強さを見せている。
今となっては意外だが、当初は自身の天衣無縫さを支えたスタミナがあまり遺伝されなかったのか育て方を掴めていなかったのか長距離GIでは分が悪かった。
菊花賞春の天皇賞といったが最高峰のパフォーマンスを繰り出した舞台では人気を集めるもののあまり見せ場はないという状況がしばらく続いたが、2016年サトノダイヤモンド菊花賞を制してディープ産駒によるクラシック全制覇を成し遂げると、2018年菊花賞勝利したフィエールマン天皇賞(春)を連覇。
結局菊花賞201820年の間で3連覇し(フィエールマンワールドプレミアコントレイル)、春の天皇賞201921年と連勝を決め、2023年も勝ってしまう始末(フィエールマン×2、ワールドプレミアジャスティンパレス)であり、2010年代後半からは長距離カバー出来るようになってきている。
スタミナ絡みだと障害レースでもレッドキングダムサンデーすらなし得なかった産駒中山大障害勝ちをマークしている。が、そこまで向いていないのかJGⅠで勝ったのはこのくらいである。

熟性に優れたところがあるため、生産者の大標であるクラシックには尋常ではない強さを誇る。桜花賞は初年度マルセリーナから4連覇を飾るなど通算5勝。この時点で*パーソロンオークス4連覇に並ぶ大快挙であるが、東京優駿(日本ダービー)ワグネリアンから4連覇・通算7勝、前述の通り苦手だった菊花賞も3連覇し通算4勝とするなどすさまじい数字を残している。

一方タフコースはやや苦手としており、GIでいうと宝塚記念マリアライトのみ、有馬記念ジェンティルドンナサトノダイヤモンドの2勝とそんなに勝ちが多くない。意外なのは秋の天皇賞スピルバーグの1勝のみというところだろうか。
それでもいわゆるタフコースであるところの中山開催の皐月賞も前述の通り有馬記念も勝ち、2019年には春の天皇賞フィエールマンが勝った事でついにスタミナ不足扱いもして産駒による八大競走全制覇を成し遂げ、*サンデーサイレンス記録にまた一歩並びかけた。

芝では圧倒的だがダートオープンに進んだ子すら多くなく、GI級を勝ったのがアンジュデジールJBCレディスクラシックのみ。しかも京都開催の変則的なJBCであった。さらには中央ダートGIは全く縁がない。重賞ボレアスレパードステークスを勝ったのみ。というかダート重賞実績がJBCレディスクラシックレパードステークスしかない。
中央よりが分厚くより力がいる地方では産駒が回ることもそう多くなかったとは言え、地方交流重賞のみならず地方ローカル重賞でもハーツクライキングカメハメハといったライバルゴールドアリュール、*ヘニーヒューズ、*シニスターミニスター、*パイロといったスペシャリストの後を拝し続けている。
ダート下手≒下級条件戦に多いダート数字を作れないということになるのだが、それでもリーディン1位独占出来てしまうんだからなんともはや。

世界に広がる衝撃の血

当初より遠征して凱旋門賞結果悪立ち気味に名を売ったことや、ハイクレアの末裔だったりしたので世界的にそこそこの知名度はあったが、本格的に種牡馬としてのディープインパクトを売り込んだのはフランスの画商であり馬主であったウィルデンシュタイ老ファームにを預託して生まれた一頭の2009年生まれのBeauty Parlour
フランスクラシック一冠プール・デッセ・デ・プーリッシュ(フランス1000ギニー)を見事勝ってみせたことがディープインパクト産駒海外進出、その全ての振り出しであった。
その後、日本欧州など各地に遠征し結果を残すとより人気は高まっていった。

例えばリアルインパクトらが遠征し活躍したオーストラリアではトーセンスターダムアンビシャスを日本から、セレクトセールで落札され英国に渡ったが伸び悩んでいたFierce Impactをトレードで獲得し種牡馬入りさせるなどのディープの血をめる活動が活発化した。
2018年オーストラリア史上最強Winx*ベガスショーガールが来日し種付けを行いが誕生した。この取り組みではProfondoがGI勝利を達成している。

欧州ではニアルコファミリーがかつての所有馬*バゴの相手にと老ファームに預託していた*セカンドハピネスが2回種付けし、そのうち2015年産のStudy of Manジョッケクルブ賞(仏ダービー)を制覇。
また、アイルランドが誇る世界最大級の生産者集団・クールモアGalileo×*デインヒルという欧州じゃちょっと相手が少ないタイプを連れてきては種付けして行く、日本サンデーが薄め液として*ハービンジャーを使うノリでディープをお相手に少しずつ起用するようになったが、その最初の世代である*メイビー(GI1勝)が産んだSaxon Warrior2018年英国クラシック役として開
その後はメンツをぐっと厚くして*ウィンター(GI4勝)や*マインディング(GI5勝、カルティエ賞年度代表馬)、*プロミストビートルー(重賞勝ち、*メイビーの全)らがディープのために来日。
そして2018年に来日しディープを付けて帰っていったFound*ベストインワールドの子であるSnowfallSaxon Warrior以来の英クラシック勝利をもたらしてみせたのであった。

日本産の産駒世界中に遠征し、リベンジを期し前戦を制圧したが本番敗退で標を果たせなかったキズナドバイシーマクラシックハーツクライ以来に勝った女傑ジェンティルドンナイスパーン賞を圧勝しロイヤルアスコット開催に堂々と乗り込んだエイシンヒカリドバイターフで大暴れし勝利を含む3年連続連対を達成したヴィブロスメジロの旗を世界に打ち立てたグローリーヴェイズBCフィリー&メアターフ勝利エクリプス賞最優秀芝を獲得、祖を捨てたアメリカに「恩返し」を決めたラヴズオンリーユージェンティルドンナ以来のシーマクラシックイナー・シャフリヤール……と大暴れ。大いにの名を世界に広めてみせたのであった。

2019年は首の不調のため、シーズン途中で種付けを中止し療養していた。7月28日には首の手術を受け経過は安定していたが、翌29日に起立不能となり、7月30日に頸椎骨折が発見され回復の見込みが立たないことから安楽死処置がされた。17歳サンデーサイレンス同様、サラブレッドとしてはやや短命(人間年齢で50代半ばぐらい)の生涯を終えた。
種牡馬墓場と嘲られた時期も長かった日本からようやく世界に大きく羽ばたく可性を見せながら、まだこれからというところで命数が尽きてしまうこととなった。

彼のは、残された産駒と後継種牡馬たちに託されることとなった。

死後

彼の死の翌年となる2020年から、GIIレース弥生賞が「弥生賞ディープインパクト記念」へと改称され、令和初の名冠レースとなった。平成の名は、3月の3歳レースの守護神としてから未来の名を見守っていくことだろう。
改名後の初回は見事産駒のサトノフラッグが制している。

また、フィエールマン天皇賞(春)を連覇したことで産駒で初のGI3勝を達成。クラシックでは前述のコントレイルが彼以来の無敗の三冠馬となり、史上初の敗のクラシック三冠制覇という偉業を達成(牡馬三冠の達成自体も史上初)、更にGI4勝となりフィエールマン記録を塗り替えた。これにより両方で三冠馬を送り出した種牡馬となった。またの*サンデーサイレンス同様、自身が死亡した後に産駒から三冠馬が出ている。更に2021年コントレイルジャパンカップ勝利したことで産駒GI5勝となり自身の記録更新した(コントレイルはこのレースを最後に引退)。

そして、を越えた産駒の一頭Fancy Blueがディアヌ賞(オークス)を制した後に一周忌にあたる7月30日G1ナッソーS勝利を飾る快挙を達成した。
2021年シャフリヤール日本ダービーエフフォーリアゴール前できっちり捉えてワグネリアンからの産駒によるダービー4連覇、7勝記録し、Snowfallフサイチコンコルド祖母Sun Princess英オークス史上最大着差記録を破る16身差を付けてエプソムダウンズを駆け抜け大楽勝するなど、残された子は大暴れしている。

そして2022年クールモアが本当てで日本に連れてきた繁殖牝馬の1頭*ロードデンドロンに持つアイルランド調教Auguste RodinフューチュリティトロフィーSを勝し、13世代全てでGIが登場した。同は翌年のダービーステークスの前売りでも1番人気に推された中で迎えたクラシック第1戦の2000ギニーステークスで12着に大敗したが、巻き返してダービーステークスを制覇してみせ、最終世代で本家ダービーを制してみせた。

クラシックという観点から見ると、初年度産駒(2011年クラシック世代)からラストクロップ(2023年クラシック世代)までのすべてで少なくとも1頭がクラシック競走(日本国外含む)を制しているのは特筆すべき点であろう。これはサンデーサイレンスですら成し遂げられていない。具体的には1997年クラシック世代(ステイゴールドサイレンススズカなどの世代)[1]2002年クラシック世代(ゴールドアリュールなどの世代)[2]ラストクロップに当たる2006年クラシック世代[3]が未勝利である。

なお、コントレイル2021年JC勝利時点での産駒勝利JRAGIは、フェブラリーステークス高松宮記念チャンピオンズカップの3競走(J・G1を加えると中山グランドジャンプも未勝利)。

前述の通り産駒通算勝利数も絶賛更新中。プログノーシスジャスティンパレスらまだ期待が持てる産駒は残されており、2800勝に乗せられるかが注であろうか。

血統表

*サンデーサイレンス
1986 青鹿毛
Halo
1969 黒鹿毛
Hail to Reason Turn-to
Nothirdchance
Cosmah Cosmic Bomb
Almahmoud
Wishing Well
1975 鹿毛
Understanding Promised Land
Pretty Ways
Mountain Flower Montparnasse
Edelweiss
*ウインドインハーヘア
1991 鹿毛
FNo.2-f
Alzao
1980 鹿毛
Lyphard Northern Dancer
Goofed
Lady Rebecca Sir Ivor
Pocahontas
Burghclere
1977 鹿毛
Busted Crepello
Sans le Sou
Highclere Queen's Hussar
Highlight
競走馬の4代血統表

クロス:5代内アウトブリード

主な産駒(GI/JpnI馬)

関連動画

関連生放送

関連項目

JRA顕彰馬
クモハタ - セントライト - クリフジ - トキツカゼ - トサミドリ - トキノミノル - メイヂヒカリ - ハクチカラ -
セイユウ - コダマ - シンザン - スピードシンボリ - タケシバオー - グランドマーチス - ハイセイコー -
トウショウボーイ - テンポイント - マルゼンスキー - ミスターシービー - シンボリルドルフ - メジロラモーヌ -
オグリキャップ - メジロマックイーン - トウカイテイオー - ナリタブライアン - タイキシャトル - エルコンドルパサー -
テイエムオペラオー - キングカメハメハ - ディープインパクト - ウオッカ - オルフェーヴル - ロードカナロア -
ジェンティルドンナ - キタサンブラック - アーモンドアイ - コントレイル
競馬テンプレート
中央競馬の三冠馬
クラシック三冠 牡馬三冠 セントライト(1941年) | シンザン(1964年) | ミスターシービー(1983年) |
シンボリルドルフ(1984年) | ナリタブライアン(1994年) | ディープインパクト(2005年) | オルフェーヴル(2011年) | コントレイル(2020年)
牝馬三冠 達成
変則三冠 クリフジ(1943年)
中央競馬牝馬三冠 メジロラモーヌ(1986年) | スティルインラブ(2003年) | アパパネ(2010年) |
ジェンティルドンナ(2012年) | アーモンドアイ(2018年) | デアリングタクト(2020年) | リバティアイランド(2023)
古馬三冠 春古馬 達成
秋古馬 テイエムオペラオー(2000年) | ゼンノロブロイ(2004年)
競馬テンプレート

脚注

  1. *サニーブライアンブライアンズタイムマチカネフクキタルクリスタルグリッターズ、キョウエイマーチダンシングブレーヴメジロドーベルメジロライアン
  2. *ノーリーズンタニノギムレットブライアンズタイムヒシミラクルサッカーボーイアローキャリーラストタイクーン、スマイルトゥモローホワイトマズル
  3. *メイショウサムソンオペラハウスソングオブウインドエルコンドルパサーキストゥヘヴンアドマイヤベガカワカミプリンセスキングヘイロー
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