シューアの不等式とは、数学者イサイ・シューアにちなんで名付けられた三変数の絶対不等式のことである。
英語では Schur's inequality となるが、この "Schur" の読み方は "シューア" や "シュール" や "シュアー" など、いろいろあるようである。ヘブライ語では "シュール" であるが英語では "シューア" である。この記事では "シューア" と呼ぶことにする。
非負実数 x,y,z と任意の実数 t>0 ( t≦0 のときは xyz≠0 ) について次の不等式が成り立つ。
ft(x,y,z) = xt(x-y)(x-z) + yt(y-z)(y-x) + zt(z-x)(z-y) ≧ 0
等号成立条件は x=y=z または x,y,z のうち1つが 0 で残り二つが等しいときである。この不等式をシューアの不等式という。
まずは t が一般の実数の場合を示す。x,y,z についての対称式であるから x≧y≧z としてよい。このとき
ft(x,y,z) = (x-y)( xt(x-z) - yt(y-z) ) + zt(x-z)(y-z) ...(1)
= xt(x-y)(x-z) + (y-z)( zt(x-z) - yt(x-y) ) ...(2)
ここで仮定した x,y,z の大小関係より、t ≧ 0 なら (1) の右辺は明らかに正、t < 0 なら (2) の右辺は正である。よって示された。◻︎
マニアのために t=0,1,2,3 について、対称性を崩さない証明を紹介しよう。次の恒等式が成立する。(本当に成り立つのか疑り深い人は実際に右辺と左辺を手(wolframとか)で展開してみるとよい。
f0(x,y,z) = 1/2*((x-y)2 + (y-z)2 + (z-x)2)
f1(x,y,z) = yz(y+z)(y-z)2/((x+y)(x+z)) + zx(z+x)(z-x)2/((y+z)(y+x)) + xy(x+y)(x-y)2/((z+x)(z+y))
f2(x,y,z) = 1/2*( (y+z-x)2(y-z)2 + (z+x-y)2(z-x)2 + (x+y-z)2(x-y)2 )
f3(x,y,z) = (x2+y2+z2)f1(x,y,z) + 2xyz*f0(x,y,z)
右辺は明らかに正である。よって示された。◻︎
この証明から、t=0,2 では x,y,z が任意の実数で成立することがわかる ( 逆に任意の実数 x1,...,xn に対して f(x1,...,xn) ≧ 0 となる有理式 f は必ず有理式の平方の和で表せることが知られている。→ヒルベルトの第17問題 ) 。
実はコーシーシュワルツの不等式を用いても示すことができる。次の補題を用いる。;
補題 a,b,c,p,q,r ≧ 0 , a+c ≦ b , √p+√r ≧ √q のとき pbc+rab ≧ qca
pbc+rab = b(pc+ra) ≧ (a+c)(pc+ra) ≧ (√(apc) + √ (cra))2 = (√p+√r)2ca ≧ qca ◻︎
本題に入る。ft は x,y,z について対称なので x≧y≧z (≧0) としてよい。a=y-z≧0,b=x-z≧0,c=x-y≧0,p=xt,q=yt,r=zt とおくと
ft(x,y,z) ≧0 ⇔ xt(x-y)(x-z)+ zt(x-z)(y-z) ≧ yt(y-z)(x-y) ⇔ pbc+rab ≧ qca
x≧y≧z より a+c ≦ b , √p+√r ≧ √q なので補題よりこれは成立する。◻︎
証明1より、シューアの不等式は次のように拡張できることがわかる。;
a,b,c ≧ 0 であり、x,y,z と a,b,c の順序関係が同順または逆順 ( つまり a,b,c がこの順で大きくなるときは x,y,z はこの順で大きくなるか小さくなる ) であるとき、
a(x-y)(x-z) + b(y-z)(y-x) + c(z-x)(z-y) ≧ 0
a=xt,b=yt,c=zt と置いてみると、これがシューアの不等式の拡張になっていることがわかる。
このような拡張はたくさん知られている。ここでは
f(a,b,c:x,y,z) = a(x-y)(x-z) + b(y-z)(y-x) + c(z-x)(z-y) …[1]
の形の式がどの場合に ≧ 0 であるか調べよう。次の定理が知られている。
(A) x≧y≧z かつ a,b,c≧0 かつ a+c≧b のとき f ≧ 0
(B) x≧y≧z≧0 かつ ax,by,cz≧0 かつ ax+cz≧by のとき f ≧ 0
(C) a,b,c の平方根が三角形の三辺を成す数であるとき f ≧ 0
(D) x,y,z≧0 かつ ax,by,cz の平方根が三角形の三辺を成す数であるとき f ≧ 0
(E) x≧y≧z≧0 で、ある凸関数 k:R+→R+ が存在し、a=k(x),b=k(y),c=k(z) となるとき f ≧ 0
ただし(E)において R+ は非負実数全体を意味する。これら一連の"シューア型"不等式を Vornicu-Schur Inequality と言ったりするようである。名前の由来となった Valentin Vornicu はルーマニアの数学者である。
まず (A) を示そう。x≧y≧z より x-z≧y-z≧0 なので
a(x-y)(x-z) ≧ a(x-y)(y-z) , c(z-x)(z-y) ≧ c(x-y)(y-z) となり、
f(a,b,c:x,y,z) ≧ (a+c-b)(x-y)(y-z) ≧ 0
となる。よって(A)が示された。
(B)を示す。[1]の式に xyz ≧ 0 をかけると
xyz*f(a,b,c:x,y,z) = ax(xz-yz)(xy-yz) + by(xy-zx)(yz-zx) + cz(yz-xy)(zx-xy) = f(ax,by,cz:yz,zx,xy)
x≧y≧z のとき yz≦zx≦xy であるから (A) より f(ax,by,cz:yz,zx,xy) ≧ 0 がわかる。よって示された。□
(C) を示そう。f は次のように変形できる。
f(a,b,c:x,y,z) = a(x-y)(x-y+y-z) + b(y-z)(y-x) + c(z-y+y-x)(z-y)
= a(x-y)2 + (a-b+c)(x-y)(y-z) + c(y-z)2
これを (x-y) と (y-z) の二次形式と見てみよう。すると任意の実数 x,y,z で非負であるためには
a,c ≧ 0 , 判別式 D = (a-b+c)2 - 4ac ≦ 0
が必要十分であるとわかる。判別式を整理すると、
(a-b+c)2 - 4ac = a2+b2+c2-2ab-2bc-2ca
となることがわかる。よって
D = (a-b+c)2 - 4ac ≦ 0 ⇔ a2+b2+c2 ≦ 2ab+2bc+2ca
となる。また、D ≦ 0 から
2b(a+c) ≧ (a-c)2+b2 ≧ 0
がわかるので、a,c ≧ 0 より b ≧ 0 もわかる。いま、a,b,c ≧ 0 が得られたので √a=A,√b=B,√c=C と置こう。すると
D ≦ 0 ⇔ (c-a-b)^2 ≦ 4ab ⇔ |c-a-b| ≦ 2√(ab) = 2AB
c-a-b ≧ 0 のときは c-a-b ≦ 2AB ⇔ C2 ≦ (A+B)2 ⇔ C ≦ A+B
c-a-b ≦ 0 のときは a+b-c ≦ 2AB ⇔ (A-B)2 ≦ C2 ⇔ |A-B| ≦ C
従って D ≦ 0 ⇔ |A-B| ≦ C ≦ A+B がわかる。これは A,B,C が三角形の三辺を成すということである!WoW!! なんか数学の神秘を垣間見た気がするね!! これで (C) が示された。□
(D) は (B) の証明と同様である。xyzをかければ良い。
(E) を示そう。次の恒等式が成立する。;y = ((y-z)x+(x-y)z)/(x-z)
x-z ≧ x-y,y-z なので、k の凸性より、
k(y) = k(((y-z)x+(x-y)z)/(x-z)) ≦ ((y-z)*k(x)+(x-y)*k(z))/(x-z) ≦ k(x)+k(z)
となる。よって(A)より(E)が従う。□
(x-y)(x-z)の方を変化させる型もある。次の定理が知られている。
区間 J ⊂ R と単調増加な奇関数 p:J→R がある( p(t) ≦ 0 ⇔ t ∈ J かつ t ≦ 0 , p(t) ≧ 0 ⇔ t ∈ J かつ t ≧ 0 となる)。
a,b,c ∈ R , x,y,z ∈ R+ であり、a-b,a-c,b-c,b-a,c-a,c-b ∈ J であるとき、
(A) a≧b≧c かつ x+z≧y のとき
(B) x,y,zが三角形の三辺のとき
(C) ある凸関数 k:R+→R+ が存在し、x=k(a),y=k(b),z=k(c) となるとき
x*p(a-b)*p(a-c) + y*p(b-c)*p(b-a) + z*p(c-a)*p(c-b) ≧ 0
3 次のシューアの不等式は n 変数への拡張が知られている。 3 次以外のシューアの不等式を n 変数へ拡張するとどうなるのかはまだよくわかってないらしい。これらの不等式は凸関数との関連が強く、凸関数に関して成り立つ不等式の応用として示されるが、単純に帰納法によって示すこともできる。
n(≧3) 個の非負実数 x1,...,xn に対し次が成り立つ。
(1) Σi=1nxi3 + 3*Σi<j<kxixjxk ≧ Σi<jxixj(xi+xj)
(2) (1/n)*Σi=1nxi3 + (6/(n(n-1)(n-2)))*Σi<j<kxixjxk ≧ (2/(n(n-1)))*Σi<jxixj(xi+xj)
これらは n=3 とすればシューアの不等式となる。
証明は前述のように凸関数に関する不等式を用いて示されるが、そんな大げさな道具立てをしなくても(本来の3次の)シューアの不等式を用いても示せる。
証明をしよう。まず(1)から。両辺とも x1,...,xn の対称式であるから x1≧...≧xn としてよい。このとき (i,j)≠(1,2),(2,3),(3,1) に対し
xixj(xi+xj) ≦ 2x1xixj
となる。また、シューアの不等式より
x13+x23+x33+3x1x2x3 ≧ x1x2(x1+x2) + x2x3(x2+x3) + x3x1(x3+x1)
が成り立つので、
≧ x13+x23+x33+3x1x2x3 + 2Σ1<i<j,(i,j)≠(2,3)x1xixj
≧ x1x2(x1+x2) + x2x3(x2+x3) + x3x1(x3+x1) + Σi<j,(i,j)≠(1,2),(2,3),(3,1)xixj(xi+xj)
= Σi<jxixj(xi+xj)
よって示された。等号成立は x1,...,xn のうち 3 つ以下が等しく、残りが 0 のとき。
(2) はシューアの不等式より
xi3+xj3+xk3+3xixjxk ≧ xixj(xi+xj)+xjxk(xj+xk)+xkxi(xk+xi)
となるので、これをすべての(i,j,k)について足し合わせれば
Σi<j<k(xi3+xj3+xk3) + 3Σi<j<kxixjxk ≧ Σi<j<k(xixj(xi+xj)+xjxk(xj+xk)+xkxi(xk+xi))
が得られるが、ここで
Σi<j<k(xi3+xj3+xk3) = n-1C2*Σi=1nxi3
Σi<j<k(xixj(xi+xj)+xjxk(xj+xk)+xkxi(xk+xi)) = (n-2)*Σi<jxixj(xi+xj)
に注意すると
n-1C2*Σi=1nxi3 + 3Σi<j<kxixjxk ≧ (n-2)*Σi<jxixj(xi+xj)
が得られ、この両辺を nn-1C2 で割ると定理を得る。◻︎
Janos Suranyi による拡張も知られている。Suranyi's Inequality と言われることがある。
n 個の非負実数 x1,...,xn に対し次が成り立つ。
(n-1)*(x1n+x2n+...+xnn) + n*x1x2...xn ≧ (x1+x2+...+xn)(x1n-1+x2n-1+...+xnn-1)
n=3 とすればシューアの不等式が得られる。
帰納法により示される。証明をしよう。n=1,2,3 では明らかに成立する。ある n で成り立つとして n+1 で成立することを示す。
両辺ともに対称式なので x1≧x2≧...≧xn+1 としてよい。Sk = x1k+x2k+...+xnk , S=S1 , T=x1x2...xn と置く。このとき xn+1 ≦ S/n となる。
まず、帰納法の仮定より
(n-1)*xn+1Sn + n*xn+1T ≧ xn+1*S*Sn-1 ...[1]
が成り立つ。
正の数 a1,...,am に対し Πi=1m(1+ai) ≧ 1+Σi=1mai が成り立つ(帰納法により容易に示される)ので、
ここで ai=(xi-xn+1)/xn+1≧ 0 とすれば
T = Πi=1mxi = xn+1n Πi=1m(1+(xi-xn+1)/xn+1)
≧ xn+1n (1+Σi=1m(xi-xn+1)/xn+1) ) = (1-n)*xn+1n + xn+1n-1 S
となるので
xn+1T + n*xn+1n+1 ≧ xn+1n+1 + xn+1n S ...[2]
を得る。
さて、示すべきことは
n*(Sn+1+xn+1n+1) + (n+1)*xn+1T ≧ (S+xn+1)(Sn+xn+1n)
なので、整理すると
{ (n-1)*xn+1Sn + n*xn+1T -xn+1*S*Sn-1 }
+ { xn+1T + n*xn+1n+1 - ( xn+1n+1 + xn+1n S) }
+ { n*Sn+1 - S*Sn - n*xn+1*Sn + xn+1*S*Sn-1 }
≧ 0
を示せば良い。
[1],[2] より1,2個目の中かっこの中は正。よって
n*Sn+1 - S*Sn - n*xn+1*Sn + xn+1*S*Sn-1 ≧ 0
を示せば良い。整理して、
n*Sn+1 - S*Sn ≧ xn+1(n*Sn - S*Sn-1)
となるが、左辺はチェビシェフの不等式より n*Sn - S*Sn-1 ≧ 0 なので正。よって xn+1 ≦ S/n より
n*Sn+1 - S*Sn ≧ (S/n)(n*Sn - S*Sn-1)
を示せば良い。整理して
n*Sn+1 - 2*S*Sn + S2Sn-1/n ≧ 0
を示せばよいがこれは
n*xin+1 - 2S*xin + S2xin-1/n = (n*xi-S)2xin-1/n ≧ 0
を i=1,...,n で足し合わせればわかるので、以上より定理が従う。◻︎
ちなみにSuranyi's Inequalityはさらに次のように拡張される。:
区間I⊂R上定義された関数fについて、f,f'が凸関数であるとき
ai∈Iに対し (n-1)Σi=1n f(ai) + nf(1/n*Σi=1nai) ≧ Σi,j=1n f( ((n-1)ai+aj)/n )
f(x)=exなどとすればSuranyi's Inequalityとなる。証明はKaramataの不等式などをうまく使うことでなされる。詳しくは→About Sur´anyi’s Inequality
- Wikipedia
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- Proof Wiki
- AoPSWiki - Art of Probrem Solving
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- 拡張について詳しい。
シューアの不等式に関するニコニコ動画の動画を紹介してください。
シューアの不等式に関するニコニコミュニティを紹介してください。
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最終更新:2025/12/06(土) 18:00
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