豊田陽平 単語

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豊田陽平(とよだ ようへい)とは、日本プロサッカー選手である。
J3リーグツエーゲン金沢所属。元サッカー日本代表

ポジションはFW。利き足は右足。185cm79kg。

概要

1985年4月11日生まれ。石川県小松市出身。

高校から2004年名古屋グランパスエイトに入団。2005年7月13日プロゴールを決める。

2007年-2008年モンテディオ山形に期限付きで移籍。2007年は小腸破裂で長期離脱、相手選手の顔面を蹴るなどと不幸が続くも、リーグ戦で6得点を挙げた。2008年は11得点を挙げ、山形J1昇格へと押し上げる活躍をした。

2009年名古屋に戻らず京都サンガF.C.全移籍。21試合に出場するが、たった1得点に終わってしまった。

2010年より期限付きでサガン鳥栖に所属。チーム得点力が下がる中で、豊田は13得点を挙げる活躍をした。2011年シーズン序盤はベンスタートが多かったが、中盤以降はスタメン出場が多くなった。後半戦だけで17得点を挙げ、2011年シーズンJ2最多得点の23得点チームJ1昇格に貢献。2012年からは全移籍で鳥栖に所属することになる。

2012年鳥栖エースとして躍動。19得点をあげ(ランキング2位)、サガン鳥栖5位という好成績の原動力となった。

9番を背負って挑んだ2008年北京オリンピック日本代表は3戦全敗に終わったが、チーム一の得点を挙げている。

2013年7月に開催された東アジア杯のオーストラリア戦で念願のA代表初キャップに加え2アシスト記録勝利に貢献。
韓国戦では同点で迎えた後半43分からの投入となったが、少ない時間でも見せ場を作った。柿谷曜一朗の2点チームが勝ち越しに成功して迎えた試合終了直前、韓国のCKにGK西川周作が飛び出すも弾き損ね、こぼれ球をDFホン・ジョンホがヘディンシュート。両チームの選手が棒立ちで内へと向かうボール行方を見守る中、ただ一人素カバーリングに入っていた豊田が間一の所でヘディンクリア。このファインプレーで最大のピンチを逃れた日本は再度のCKを跳ね返し、試合終了。A代表の日韓戦連勝と大会初制覇に大きく貢献すると共に、本大会を通じて内容でも今後に期待を抱かせる動きを披露してみせた。なおこの代表選出はサガン鳥栖所属の選手としても初の快挙である。

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