八木智哉 単語

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ヤギトモヤ

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八木智哉(やぎ ともや、1983年11月7日-)とは、神奈川県出身の元プロ野球選手投手)である。

概要

中学時代は横浜ベースボールクラブに所属し全大会に出場。山梨県日本航空高等学校に進学し、3年甲子園に出場。16強入りする。創価大学では4年次に全日大学野球選手権大会で大会記録の49奪三振記録大学戦で完全試合を達成し、2005年希望北海道日本ハムファイターズに入団。

日本ハム時代

2006年から先発ローテーションとして定着、4月15日には武田久マイケル中村と共に延長戦も含めた継投でノーヒットノーランを達成した。プレーオフ第2戦を失点で切り抜き優勝に貢献し、新人王を受賞した。


2007年2008年は左肩の故障もあり、不本意な成績に終わっている。


2009年西武に初めて勝利し、9勝3敗と復活を遂げた。


2010年は開幕前に故障。強引に開幕に間に合わせるが調子は上がらず二軍落ち。一軍復帰後1勝を挙げるもその後は打ち込まれ自己ワーストのシーズンとなった。


2011年は序盤の3試合に先発したのみで、あとは二軍暮らしとなる。

オリックス時代

2013年1月23日に、2対3のトレードにより糸井嘉男と共にオリックス・バファローズへ移籍。シーズンでは3試合の登板で0勝2敗に終わった。


2014年二軍では6勝と結果を残したが、2年連続で3試合の登板に終わり、戦力外通告を受けた。後に中日ドラゴンズが獲得した。

中日時代

2015年は開幕一軍入りし、4月4日広島東洋カープ戦で黒田博樹と投げ合い、2012年以来の勝利を挙げた。
この年は広島以外の球団には打ち込まれるのにも関わらず、対広島にのみ異常な強さを発揮し、広島戦のみの成績では4勝2敗、防御率1.13全にカモにしたため、「カープ"だけ"キラー」として一部で話題となった。


2016年はなかなか一軍に昇格できず、二軍でも打たれる場面が立ったが相変わらず広島には強かったため、8月26日広島東洋カープ戦にてシーズン登板を果たし、他の中日投手を悉く打ち砕いてきた広島打線をわずか6回3安打1失点に抑える好投を見せてカープキラー振りをアピールしたが、一軍での登板はこれが一の機会となった。


2017年は3試合の登板で1勝に終わり、戦力外通告を受け、現役を引退した。

引退後

中日ドラゴンズスカウトに転身した。北海道を担当している。

人物・その他

人脈が広く、2006年オフに行われた結婚式芸能人を招いている。

顔が怖く、2chなどでは坂口智隆とともに「構成員」と呼ばれる。ちなみに八木が得意とする広島東洋カープに所属する通訳の西村良の顔が八木に似ているとして一部で話題となった。

成績

通算投手成績

通算:12年 登板 先発 完封 勝利 敗戦 セーブ ホールド 勝率 投球回 与四球 奪三振 失点 自責点 防御率
NPB 112 107 9 5 39 34 0 0 .534 600.2 185 361 265 246 3.69

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