小林誠司 単語


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小林誠司(こばやし せいじ、1989年6月7日-)とは、大阪府堺市出身のプロ野球選手(捕手)である。現在は読売ジャイアンツに所属。

概要

読売ジャイアンツ #22
小林誠司
基本情報
国籍 日本
出身地 大阪府堺市
生年月日 1989年6月7日
身長
体重
178cm
78kg
選手情報
投球・打撃 右投右打
守備位置 捕手
プロ入り 2013年ドラフト1位
経歴
  • 広陵高等学校
  • 同志社大学
  • 日本生命
  • 読売ジャイアンツ(2014年-)
国際大会
代表チーム 日本
WBC 2017年
プレミア12 2019年
プロ野球選手テンプレート

小学二年生でソフトボールを始め、中学時代は大阪泉北ボーイズでプレーした。

広陵高校へ進学し、1年冬に投手から捕手にコンバート。2年秋から正捕手として定着した。3年には、野村祐輔とのバッテリーで春夏と甲子園に出場。話題となった佐賀北高等学校との決勝戦でもマスクを被る。

同志社大学へ進学すると、1年春からリーグ戦出場を果たし、2年秋には大学日本代表に選ばれた。ベストナインに3度選手されるなど同志社大学のリーグ戦4連覇に貢献。

2011年ドラフト会議にて、千葉ロッテマリーンズなどが獲得を検討したが、結局指名球団はなく日本生命に入社。都市対抗野球では、全試合でマスクを被った。2013年には社会人ベストナインを獲得している。

2013年ドラフト会議にて、読売ジャイアンツに1位指名された。2013年に入団した日本生命出身の選手は柿田裕太や井上晴哉等、小林誠司らを含め4人。

巨人時代

2014年は一軍キャンプスタートし開幕から一軍登録。そのままシーズン終了まで二軍に落ちることはなかった。4月6日初スタメン出場。その後も時々スタメンになるなどして年間63試合出場した。8月5日の横浜DeNAベイスターズ戦では2回死球があった。1回目は故意死球と判定されストライクとなったが、2回目は死球判定となった。これにDeNAの中畑清監督が猛抗議したが判定は覆らなかった。7月9日の中日ドラゴンズ戦でも当たりにいってるシーンがあり、谷繁元信兼任監督を呆れさせた。


2016年は正捕手に定着し、自己最多の129試合に出場。扇の要としてチームを支え、盗塁阻止率は両リーグトップの.356を記録。しかしながら、守備負担の多い捕手でフル出場し続け疲労が溜まってくると怠慢プレーやミスが目立つようになり、打撃面でも規定打席到達者中最下位の.204と低迷(規定打席に到達した捕手は小林のみ)。
シーズン後には侍ジャパン強化試合のメンバーに選出。共に選ばれた野村祐輔と高校時代以来のバッテリーを組んだ。しかし福岡ソフトバンクホークスの千賀滉大と組んだ際、落差の大きいフォーク(通称:お化けフォーク)を3連続で逸らして地上波放送の解説をしていた古田敦也が苦言を呈する場面があり、前述したシーズン中のミスもあり盗塁阻止以外の守備面に批判が集まることとなった。
※ただし、急造バッテリーでありこの時は千賀投手もNPB統一球より滑りやすいとされるWBC球を制球し切れていなかった。しかしそれを込みにしても、普通にコーチから「前に落とせ!」と怒られる案件である。

この強化試合での件がバッテリーを組んだ千賀も含めて後のフラグになるとはこの時誰も予想してはいなかった…。

その後オフに巨人の前正捕手(捕手は守備負担が重く故障のリスクが高いため2017年から捕手を諦め一塁手に完全コンバート)である阿部慎之助に頼み込み弟子入り、マンツーマンでの合同自主トレを行う。この際覚悟の印として丸坊主になる。


2017年はWBC2017の日本代表に選出される。当初は東北楽天ゴールデンイーグルスの嶋基宏と北海道日本ハムファイターズの大野奨太に次ぐ第3捕手兼、普段からチームでバッテリーを組む菅野智之の登板時のみ先発という見方が大半だったが、直前の壮行試合でリードや守備面の安定感を見せたことに加え嶋が故障により辞退したことにより一転、正捕手として出場することになる(詳細はWBC2017を参照)。
レギュラーシーズンではWBCでの活躍が嘘だったかのような不振に陥りあるいは平常運行?、打率1割台と低迷。4月30日の東京ヤクルトスワローズ戦でようやく初打点を挙げた。
前半戦終了時点で打率.190、0本塁打、12打点と結果を残せず、連敗で低迷していた時期には打席に立てないままベンチに退いたこともあった。オールスターゲーム2017に選手間投票で選出され、第2戦(ZOZOマリンスタジアム)で先発マスクを被る。第1打席に金子千尋のストレートをレフトスタンド中段へ飛ばし、なんとオールスター初打席にして先制のソロホームランを放ち、会場のファン・ベンチの選手達からテレビ中継視聴者まで見ている者の度肝を抜いた。ちなみにホームランはWBC以来だった。特に巨人組の驚きは顕著で、放送席で解説をしながら見ていた坂本勇人は笑いをこらえられず、巨人監督の高橋由伸は小林の打球がスタンドに入った瞬間ガックリとうなだれ、ダイヤモンドを一周する間には両手を返して何故?といったポーズをしていた。この後第二打席は併殺に倒れベンチに下がるが、この試合セ・リーグの得点は小林のソロホームランの1点だけだったため敢闘賞を受賞した。
138試合の出場で打率.206、2本塁打、27打点と打撃に課題を残した。一方で守備は2年連続で盗塁阻止率は1位、捕逸2に留めるなど活躍し、自身初のゴールデングラブ賞を受賞した。


2018年は開幕から打撃が好調であり、4月24日にはその時点での規定打席に到達し一時首位打者にも立った。しかし、その後は一転前年までのような打撃に戻り、シーズン中盤はルーキーの大城卓三らにスタメンを譲り試合の後半に守備固めのように出場することも増えた。結局例年と大差ない打撃成績に終わり、守備では3年連続盗塁阻止率リーグ1位であったが出場が減ったためかゴールデングラブ賞も逃した。
なおオールスターの第1戦では、9回裏二死に増井浩俊からあわやホームランという二塁打を放ち試合を盛り上げた。
また、7月27日の中日ドラゴンズ戦で山口俊、10月14日のCS1st東京ヤクルトスワローズ戦で菅野智之のノーヒットノーランをリードした。[1]


2019年は炭谷銀仁朗の入団もあり、菅野智之と山口俊専属捕手となったため、92試合の出場に留まった。打撃成績は打率.244、2本塁打、19打点だった。


2020年は大城卓三の新型コロナウイルス感染もあって開幕マスクこそ被るが、開幕3戦目で死球を受け、左尺骨を骨折して戦線離脱。その間に一軍捕手が大城、炭谷、岸田行倫の3人体制で固定されたことで、復帰後も出場機会が激減した。結局一軍出場は僅か10試合、1安打、打率.056に終わる。


2021年は64試合の出場に留まった。契約更改では2020年から4年契約を結んでいたことを明かした。


2022年は後半戦で40打席連続無安打を記録するなど結果を残せず、60試合の出場で打率.148、5打点だった。


2023年は21試合の出場に留まり、オフに減額制限を超える7000万円減で契約を更改した。

WBC2017

2016年のシーズンを通しても打率は.204と2割を超えるのが精一杯。直前の強化試合でも2試合でノーヒットとこれといった当たりはまったく出ず、しかも2016年秋の強化試合では千賀のフォークを何度も後逸するなどの拙守を晒していたことからも、「正捕手は大野にすべき」「小林は第三捕手」と選出自体疑問視する声が多かった。

1次ラウンド

キューバ戦(日11-6キ)

開幕戦となるこの試合の二回裏の攻撃一死一塁で、2016年シーズンの打撃成績もあり守備を期待されての先発出場であった小林にバントのサインが出るが、ファウルで2ストライクと追い込まれる。
しかし、一塁走者の松田宣浩が二盗に成功しバント失敗をカバーすると6球目のスライダーに合わせセンター前ヒットを打つ。これはチームメイトすら予想していなかったようで、タイムリーヒットなどでもないにも関わらずベンチは大盛り上がりとなった。
ちなみに壮行試合ではノーヒットで、WBC初かつ侍ジャパンでの初ヒットでもあった。
同じシチュエーションで迎えた第二打席ではしっかりと犠打を成功させて次打者の山田哲人のタイムリーツーベースに繋げ、第三打席では打ち損じたボテボテの当たりが三塁線に転がって内野安打となり、三塁手の悪送球が絡んで一気に二塁に進むなどこの辺りから小林の打席の注目度が上がり始める。一死三塁で迎えた第五打席ではセンターに犠牲フライを放ってWBC初打点を上げ、この試合の成績は3打数2安打1犠打1犠飛1打点で凡退は1打席のみと好成績を残し守備も安定感を見せフル出場した。

オーストラリア戦(オ1-4日

五回裏の守備では先発菅野智之が球数制限によってランナーを一二塁に残し降板、後を受けた岡田俊哉は制球が定まらず直球の暴投を含むストレートのフォアボールを与え一死満塁のピンチとなる。
続く打者に対しても2連続ボールとなると、小林がマウンドに駆け寄り「腕を振って投げろ」と指示すると直後のストレートでセカンドゴロ併殺に打ち取りピンチを脱出、岡田を労った。
更に6、7回は強化試合から懸念されていた千賀滉大とのバッテリーとなるが、千賀投手がWBC球に適応していたことに加え、WBC前のオープン戦時に前シーズンまでソフトバンクで千賀とバッテリーを組んでいた細川亨にお化けフォークの捕球法を聞いており、後ろに逸らさず捕球できるようになっていた。
この試合でもフル出場し5人の投手と共にオーストラリア打線をソロ本塁打1点に抑え、2打数無安打ながら2犠打。

中国戦(日7-1中)

二回裏の攻撃二死一塁で迎えた第一打席、プロ3年で通算本塁打8本の小林がなんとレフトスタンドへのホームランを放つ(これがこの試合の決勝点となった)。
また、守備でも一塁走者をけん制で刺すなど正捕手に相応しくないとの前評判を覆しつつあり、不安視されていた打撃が好調なことからファンやマスコミにラッキーボーイ(短期決戦において飛びぬけて活躍する選手)と呼ばれ始める。

2次ラウンド

オランダ戦(オ6-8日

4点取った直後4点取られ追いつかれるなど苦しい展開の中、五回表の攻撃二死三塁で外に逃げるスライダーにバットの先で喰らいつき、一時勝ち越しとなるセンター前へのタイムリーヒットを放った。
この試合では延長十一回の死闘にフル出場して計9人の投手とバッテリーを組み、最後の打者のファウルフライを捕球した(7時過ぎに開始のゲームだがこの時既に日付を跨ぐ数分前)。

キューバ戦(日8-5キ)

決勝ラウンド進出へ負けられない試合であったが、先発菅野の制球が安定せず二回表に2ランホームランを浴びる。
味方が同点とした後の4回表には二死満塁のピンチを招くとレフトに2点勝ち越しタイムリーを打たれるが、ここで三塁を狙った一塁走者を小林が刺しなんとか攻撃を断ち球数制限に達した菅野はここで降板。
その後筒香嘉智の二打席連続となるタイムリーなどで再び追いつくも三度離され1点ビハインドで迎えた6回裏、暴投振り逃げで出塁した松田が再度の暴投で進塁し続く秋山省吾も四球を選び一死一二塁で小林の打席となる。
その初球となった外のスライダーを打つもボテボテのショートゴロ、ゲッツーでチャンスが潰れる。
と思われたが、打球は開いていた三遊間に外野には抜けるが到達に時間がかかる絶妙な弱さで転がり、事前の情報で左翼手アルフレド・デスパイネの守備に不安があることを知っていた三塁ランナーコーチャー(大西崇之)は二塁走者松田に本塁突入を指示、分析通り返球は間に合わずレフト前タイムリーヒットとなった。
8回裏には松田が再び相手のミスから出塁し秋山が繋ぎチャンスで小林の打順となるが、ここで代打内川聖一が送られ交代。
この場面について小久保裕紀代表監督は試合後インタビューで「ラッキーボーイの小林(この試合五回裏にも先頭打者としてヒットで出塁し生還している)に代打を送るかどうか迷った」と答えており、ラッキーボーイ(打撃面)の称号が監督公認となった(ちなみに、代打内川は決勝点となるライトへの犠飛を打ち、後の山田が試合を決定づける2ランを放ったため采配は成功)。

イスラエル戦(日8-3イ)

勝って決勝ラウンド進出を決めたいイスラエル戦の先発は千賀滉大。急遽先発登板ということで不安視されたが、それを覆し、3回表に唯一のピンチとなった死球で先頭打者を出し、二死を取る間に三塁に進められた場面では、小林がフォークを2球続けて要求して追い込み3球勝負の内角低め直球で見逃し三振を奪った(千賀は五回を被安打1四死球2で無失点に抑えた)。
試合は千賀が好投するなか日本は得点を奪えずにいたが、六回裏先頭打者の筒香嘉智のホームランを口火に打線が繋がり、2点を挙げた後の一死二三塁で小林の打順となる。初球真ん中のストレートを打つと打球はバントしたかのように弱く投手と三塁手の間に転がり、スタートを切っていた三塁走者鈴木誠也は本塁に突入、間に合わないと諦めて投手が一塁に投げて犠打で1点。更に投手が一塁に投げる寸前にボールを処理しに来た三塁手が投手に接触、送球が高めに逸れて内野安打となり、加えて小林が一塁手との接触を避けるように一塁を回って二塁方向へ出てしまい一二塁間に挟まれてしまうが、一塁手が小林を追う間に三塁にいた松田が本塁側へ飛び出すと一塁手は三塁へ送球、すると松田は足を曲げながらタッチをかいくぐり三塁に帰塁しオールセーフ(この間に小林は二塁到達)、記録は三塁内野安打となった。
また、この後の打席ではコンスタントに150km/h~155km/hを出してくる投手を相手にファウルで8球粘った末、9球目のスライダーにバットをギリギリ止めて四球で出塁し運だけでなく打撃自体の好調さを見せた。

2次ラウンド終了までの6試合で全てスタメンマスク、4試合にフル出場し成績は打率.444(18-8、チーム2位)、1本塁打、3犠打、1犠飛、6打点(チーム3位)、4得点となった。

決勝ラウンド

アメリカ戦(日1-2ア

準決勝となるアメリカ戦では先発菅野をリード。
第一打席には相手先発ロアークに対してフルカウントとした6球目を振りぬくとショートとレフトの間に落ちまたもヒットを打つ(この投手からヒットを打ったのは坂本と小林のみ、坂本のヒットは投手のグラブを弾く内野安打であった)。
六回表は先頭打者にヒットを打たれると、次打者の2球目にランナーがスタート。打者が空振りした低めのボールを捕球すると素早く二塁に送球し、見事盗塁を刺す。
後続を切った菅野は六回1失点(被安打3、自責点0)の好投でマウンドを降り、後を受けた千賀とのバッテリーでも味方のミスも絡み1失点してしまったが四者連続三振を含め2回被安打2、5奪三振。
1点を追う八回裏の先頭小林の所で代打内川が送られ交代、内川のヒットからチャンスを作るも1本が出ずチームは惜しくも1-2で敗れた。


最終的な打撃成績は打率.450(20-9、チームトップ)、1本塁打、3犠打、1犠飛、6打点(チーム3位)、4得点。
この活躍からWBCベストナインの獲得が期待されていたが、惜しくもベストナインは準優勝となったプエルトリコのヤディアー・モリーナ(2大会連続受賞)となった。
とはいえ、侍ジャパンの正捕手として打撃・守備ともに十二分の働きを見せ、メジャー最高・世界最高のキャッチャーと言われるモリーナとベストナインを争うということは大会前まで誰も予想だにしていなかった出来事であり、小林の急成長は各所で話題となった。

プレースタイル

115メートルの遠投を誇る強肩と、強気のリードが持ち味。
その他にもキャッチングや暴投捕逸防止なども含め守備力には一応定評があるが、その反面打撃に大きな課題を持っている。また守備においても、堀内恒夫から「組む投手を全員菅野だと思っている」と苦言されている。

また、その打撃でWBCやオールスターではシーズンとは別人のような活躍を見せたことからお祭り男と呼ばれることも。

エピソード

  • 大阪泉北ボーイズ出身で、藤浪晋太郎は後輩に当たる。
  • 土生翔平、上本崇司らは広陵高校時代のチームメイトだった。2学年先輩に藤川俊介、1学年先輩に吉川光夫、1学年後輩に中田廉がいる。
  • 日本テレビの報道番組である『Going!Sports&News』に出演した際に、チームメイトの野村祐輔を親友としても、プロ野球選手としても尊敬していると語った。

応援歌

球団 レス No プレイヤー
巨人 応援歌のピコカキコ一覧#1238 13333
13333

成績

  • (2023年終了時点)
  • はリーグ最高、はリーグワースト。

年度別打撃成績









































2014年 巨人 63 121 110 18 28 7 0 2 14 0 3 0 4 4 26 4 .255 .305
2015年 70 204 177 13 40 6 0 2 13 2 5 0 19 3 39 6 .226 .312
2016年 129 458 398 27 81 12 1 4 35 2 19 1 36 4 76 10 .204 .276
2017年 138 443 378 25 78 11 1 2 27 2 19 3 41 2 64 12 .206 .285
2018年 119 313 265 22 58 9 0 2 26 0 16 1 27 4 58 8 .219 .300
2019年 92 236 213 20 52 6 0 2 19 1 11 1 7 4 48 12 .244 .280
2020年 10 21 18 1 1 0 0 0 0 0 1 0 0 2 4 0 .056 .150
2021年 64 79 75 2 7 2 0 1 3 1 2 0 1 1 24 2 .093 .117
2022年 60 91 88 4 13 5 0 0 5 0 2 0 1 0 20 2 .148 .157
2023年 21 9 8 0 1 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 .125 .125
NPB:10年 766 1975 1730 132 359 58 2 13 142 8 79 6 136 24 359 56 .208 .274

国際大会での打撃成績

年度 代表 大会 試合 打席 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺打 打率 出塁率
2017年 日本 WBC 7 25 20 4 9 0 0 1 6 0 3 1 1 0 4 0 .450 .455
2019年 プレミア12 3 4 3 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .250

通算守備成績

機構 守備位置 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 捕逸
NPB 捕手 756 4304 451 27 46 .994 25

表彰・その他

表彰
ゴールデングラブ賞 1回 2017年(捕手)
オールスターゲーム敢闘選手賞 1回 2017年第2戦
最優秀バッテリー賞 2回 2017年(菅野智之)、2019年(菅野智之)
その他
オールスターゲーム出場 2回 2017年、2018年

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関連項目

  • プロ野球選手一覧
  • 2013年度新人選手選択会議
  • 読売ジャイアンツ
  • 野村祐輔 / 土生翔平 / 上本崇司 - 広陵高校時代のチームメイト
  • 藤浪晋太郎 - 大阪泉北ボーイズの後輩
  • 加藤健 / 脇谷亮太

外部リンク

脚注

  1. *1シーズンに2度ノーヒットノーランをリードするのは史上5人目
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