アンダルスとは、イスラーム勢力統治下のイベリア半島を指す言葉。アル=アンダルス。
概要
語源は、ゲルマン人の一派ヴァンダル族。アラビア語に語頭のV音がなく脱落した。
711年にウマイヤ朝が西ゴート王国を攻撃したことに端を発し、714年には、北西部の山岳地帯を除き、イベリア半島全域がイスラム教の勢力圏となった。この状況は後ウマイヤ朝になっても変わらず続く。
後ウマイヤ朝滅亡後、イベリア半島はタイファが割拠する戦国時代と化した。その中で、北部のキリスト教王国がレコンキスタを活発化させ、勢力圏を南下させ始めた。一方で、ジブラルタル海峡の対岸、マグリブでムラービト朝、ムワッヒド朝、マリーン朝がアンダルスに影響力を及ぼし、しばしば、勢力下とした。
後ウマイヤ朝、ムラービト朝、ムワッヒド朝が勢力を衰えさせるごとに、キリスト教の勢力圏は南下し、最後に残ったグラナダ王国も1492年カトリック両王によって滅亡となり、アンダルスにおけるムスリム支配は終りを告げた。
繁栄
アンダルスにおけるイスラムの繁栄は中世に於いてはヨーロッパ最大のもので有った。後ウマイヤ朝期におけるコルドバは人口50万を優に越え、欧州にて此れに匹敵しうる都市は東ローマ帝国のコンスタンティノープルぐらいで、それでも人口は40万程度だった(他の欧州諸都市はこの十分の一にも満たない)。イスラーム文化圏においても、エジプト、シリア、マグリブいずれの都市よりも大きく、此れを越える都市は人口100万超えのバグダードのみ、世界全体で見ても、唐の長安、宋の開封といった都市ぐらいである。
グラナダ王国におけるグラナダも、人口は15万を数え、欧州最大だった。
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関連項目
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