沼田曜一氏が語り文を作成、四國五郎氏が絵を担当。金の星社から1979年に発刊された絵本で、大東亜戦争末期の1945年8月6日に発生した、広島市への原爆投下を題材にしている。女流作家の山口勇子氏は自身も被爆経験をしており、体験談的側面も持つ。
いつもにこやかに笑っていたお地蔵さんが、原爆投下によって顕現した地獄を目の当たりにし、徐々に顔を怒らせていく。絵本として出版されている他、教科書の教材にもなっているため知名度は比較的高い。物語はフィクションだが、実際の出来事がモチーフになっている。
原爆の投下で焼け野原になった広島市にて、粗末になっている地蔵像7体を龍仙寺住職の義母が発見。かわいそうだと言う事で広島市千田町にある自宅に持ち帰り、玄関先で祀っていた。そのうちの1体には顔が無く、新しく顔を付けてもらったが、その表情が怒っているように見えたため「おこり地蔵」と呼ばれるようになったという。その後、7体の地蔵像は龍仙寺に安置された。
昔、日本が戦争をしていた頃、広島のある横丁にお地蔵さんが立っていた。「うふふふ」と笑った顔をしているので、笑い地蔵と呼ばれて親しまれていた。
1945年8月6日、ちょうど6歳の誕生日を迎えた女の子ヒロちゃんは、横丁の笑い地蔵の下へ遊びに行った。しかし、真っ青に晴れ渡った空に1機のB-29爆撃機が飛来。街の真ん中へ爆弾を投げつけた。すると、太陽が堕ちたように全てが吹き飛ばされ、目や耳が潰れ体中に火傷を負った人々が苦しそうに呻く。横丁のお地蔵さんも吹き飛ばされ、笑った顔だけが地面から覗いていた。
ヒロちゃんは背中に大火傷を負い、お母さんの名前を呼びながら水を求めた。そして知らず知らずのうちに笑い地蔵のすぐ近くに来た。街は破壊され、苦しみに喘ぐ人々を目の当たりにした笑い地蔵の顔は、徐々に怒った顔つきになっていった。そして目から涙を流し、それが水を求めるヒロちゃんの口へとポタポタと落ちる。渇望していた水を喉を鳴らして飲むヒロちゃん。喉を潤すと、ヒロちゃんはかすかに微笑んだ。歌でも唄っているかのように口を動かすと、そのままガクッとうなだれて動かなくなった。
次の瞬間、おこり地蔵の顔がグラッと揺れ、もう耐え切れないと言わんばかりに砕け散った。
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最終更新:2025/12/21(日) 02:00
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