ソグディアナ(Sogdiana)とは、アム川とシル川にはさまれたサマルカンドを中心とする地域で、主にウズベキスタン中南部、タジキスタン北西部に当たる。ソグド人に由来するギリシャ語およびラテン語による名称であり、別名トランスオクシアナ。
アケメネス朝やサーサーン朝における行政単位の一つ。別名トランスオクシアナ(Transoxiana、オクサス川より向こうの地の意)、アラビア語ではマー・ワラー・アンナフル(ما وراء النهر Mā-warā' an-Nahr)。中国の書籍では「粟特」と書かれたこともある。
この地域では古くからイラン系のソグド人が活躍しており、紀元前6世紀には同じくイラン系の王朝アケメネス朝ペルシア帝国に組み込まれる。その後、アレクサンドロス大王に征服され、帝国が崩壊した後は、ギリシャ系のバクトリアが立つ。もともと、東西南北の交易の要衝であり、以後、大月氏、康居、クシャーナ朝、エフタル、突厥と次々と支配者が入れ替わった。サーサーン朝ペルシア帝国にも組み込まれるが、7世紀にはペルシア帝国が滅亡し、代わって8世紀にはアッバース朝イスラム帝国が進出してイスラム化が進んだ。
さらに10世紀末ごろから、モンゴル高原から天山山脈を越えて、トルコ系遊牧民族が侵入して、以後、この地域のトルコ化(トゥルク諸語の浸透)が進む。サーマーン朝、カラ=ハン朝、セルジューク朝、ホラズムなどの遊牧民族国家が興り、最終的には、チンギス=ハンの打ち建てたモンゴル帝国の領域に組み込まれる。モンゴル帝国が分裂するとチャガタイ=ハン国の領域となり、そこから現れたティムール帝国の版図となる。ティムール帝国が弱体化すると、ウズベク人がこの地域を奪取し、以後ブハラ=ハン国などのウズベク系国家が割拠する。
近代にはいると、ロシアの南下が始まり、19世紀にはソグディアナを含む西トルキスタン全域がロシア帝国の支配下にはいる。革命が起きると一時期、反抗勢力下に入るが、鎮圧されソビエト連邦に組み込まれる。以後はソビエト連邦崩壊まで連邦下の共和国の領域にあって、ソビエトが崩壊すると、ウズベキスタン共和国が独立した。
現在の国境区分で言うとウズベキスタン中南部、タジキスタン北西部などに当たるとされる。ただし時代によってソグディアナを含む地方区分範囲の広さも異なるため、最大に解釈すればキルギスやカザフスタンなど他の国の一部にも、かつてソグディアナであった地域が含まれると言える。
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最終更新:2024/12/26(木) 22:00
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