概要
- 戦いや争いなどで、相手に勝つこと。「決勝戦で―を得る」「賃金闘争に―する」⇔敗北。
- (勝利)仏語。すぐれた利益(りやく)。「亡者の追善には何事か―多き」〈徒然・二二二〉[1]
- 日本の男性名の1つ。人名で使われる場合、「かつとし」と読まれることもある。
争いごとがあるところには、必ず勝利と敗北がある。ニコニコ動画で「勝利」を検索すると、2019年2月6日の時点で、約7万5000件ヒットする。一方で、「敗北」は約1万8000件ヒットする。この差は、それだけ人間が勝利にこだわることを意味しているとも言える。だがしかし、ニコニコ大百科の「敗北」にあるように、敗北を味わうことでしか、人間は強くなれない。敗北から逃げることは、敗北をしない近道ではあるが、勝負自体ひいては勝利からも遠のくこととなるだろう。そういう意味では、敗北を重ねた先にしか勝利はないのかもしれない。
また、仏教ではすぐれた利益のことを指す。以下の文章は、勝利について、現代的な意味と仏教的な意味とを対比させたものである。
勝利の対義語は?と問われると、ほとんどの人が「敗北」と答えるのではなかろうか。しかし対義語はそれだけではない。目先の小さな利益にとらわれるなら「小利」であるし、自分だけが得をするなら「私利」であろう。また、他を犠牲にするようなものは「暴利」と言った方がよかろう。
(中略)
勝利が戦いに勝つことだけを意味するようになったのは、何が本当の利益かを見失った結果と言えよう。人間の都合だけが優先されたり、いのちまでもが損得のものさしで計られたりする今日、本当の利益とは何なのか。改めて問う必要がある。
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関連項目
脚注
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