先発優先提言

先発優先提言（せんばつゆうせんていげん）とは、おもに2000年代に一次創作界隈の一部、特にオリジナルジュネ（オリジュネ）界隈で主張された独自の考え方、およびそれに伴う一連のトラブルを指す言葉である。

その内容は「後から似たようなアイデアや設定の作品が発表された場合、先に発表していた作者（先発者）の権利が尊重され、後発者は創作を自粛・変更すべき」というもので、著作権法で保護されない「アイデア」や「設定」の類似性を問題視するものであった。

この考え方は法的な根拠を持たない私的な主張であり、多くの創作者の間で長年にわたる議論と混乱を招いた。現在は、かつてこの提言を主導していた人物・サイトによって主張が誤りであったと認められ、正式に撤回されている。

概要

用語解説

オリジナルジュネ（オリジュネ）

雑誌『JUNE（ジュネ）』を源流とする、男性同性愛をテーマとした一次創作（オリジナル）作品、およびその作者や読者によって形成されるコミュニティ（界隈）を指す。個人サイトでの小説・イラスト公開や同人誌即売会での頒布などが主な活動形態であった。

先発優先提言

上記のオリジュネ界隈の一部で生まれたローカルルール的な思想。「先にそのアイデアで作品を発表した者」を先発、「後から似たアイデアで作品を発表した者」を後発と定義し、後発者は先発者の権利を侵害しているため、作品の公開を取りやめたり、設定を変更したりすべきだ、という主張。「アイデア盗用」「設定パクリ」といった言葉と共に使われ、後発者への非難や攻撃に繋がることが少なくなかった。

問題の経緯と発展

1. 発端（2000年代初頭～）
   特定のオリジュネ系個人サイトが「先発者の権利」という概念を提唱し始めたのが発端とされる。当時は個人サイト全盛期であり、BBS（電子掲示板）などを通じて、この考えが一部の創作者の間で共感を呼び、徐々に広まっていった。
2. トラブルの多発
   「先発優先」の考えが広まるにつれ、「自分の作品の設定がパクられた（ラレた）」と主張する創作者が現れ始めた。「学園の生徒会」「対立する二つの組織」といった普遍的な設定ですら「設定かぶり」として問題視され、後発者とされた作者のサイトの掲示板に抗議が書き込まれたり、糾弾サイトで「ヲチ物件」として晒し上げられたりするトラブルが多発した。
3. 議論の激化
   こうした動きに対し、「アイデアや設定に著作権はない」とする法的な観点からの批判や、「創作者を萎縮させ、自由な創作活動を阻害する」といった反対意見が噴出。ネット上の各所で、提言の是非をめぐる大規模な論争へと発展した。
4. 収束と撤回
   長年の議論の末、著作権法における「アイデア・表現二分論（アイデアは保護されず、表現が保護される）」の考え方が創作界隈にも広く浸透。最終的に、提言を主導していたサイトが主張の誤りを認め、正式に撤回を表明したことで、この問題は公式には収束した。

問題点と論点

著作権法との混同

著作権法が保護するのは具体的な「表現」であり、物語の筋書き（プロット）、キャラクター設定、世界観といった「アイデア」そのものは、原則として保護の対象外である。先発優先提言は、この法的な大原則を無視・混同し、保護されないはずのアイデアレベルの類似性を「権利侵害」かのように主張していた点が最大の問題であった。

創作活動の萎縮

「他の誰かが既に使ったかもしれない」という恐怖から、ありふれた設定や王道の展開ですら使うことをためらわせる空気を生み出した。「設定かぶり」を過度に恐れるあまり、創作者が自由な発想で作品を制作・発表することを困難にし、界隈全体を萎縮させる結果を招いた。

主観的で曖昧な基準

何をもって「似ている」とするかの基準が非常に曖-昧かつ主観的であった。そのため、主張する側の思い込みやこじつけによって、全くの別作品が「パクリ」の濡れ衣を着せられる危険性を常にはらんでいた。

私的制裁（私刑）への発展

法的な根拠がないにもかかわらず、個人が個人に対して創作の自粛を強要したり、ネット上で糾弾したりといった私的制裁（私刑）に繋がりやすかった。これは健全なコミュニティのあり方を著しく損なうものであった。

提言の論理的矛盾（当時の批判より）

提言が広まっていた当時から、そのプロセスや理念に内包された矛盾点を指摘する詳細な批判が存在した。

• 責任のすり替え: トラブルの起点を作者の判断ではなく「読者からの頻繁な指摘」とすることで、作者が読者の起こした騒動の解決責任を負わされるという構造的な問題。
• 提言プロセスの非論理性:
  • 提言1（話し合い）: 作者自身が類似性を感じていなくとも、読者の騒ぎを鎮めるために話し合いを強いるのは不自然である。本来は作者が自身のコミュニティを管理すべき問題である。
  • 提言2（先発の意向重視）: 著作権の原則に反するだけでなく、Web上の日付の不確かさや、個々の複雑な事情を無視した画一的な結論ありきの解決法であり、「常識外」である。
• 理念の自己矛盾: 提言が掲げたスローガン「お互いのオリジナリティを尊重します」自体が、根本的な矛盾を抱えていると指摘された。
  • 言葉の矛盾: 「互いの～を尊重する」という言葉は、通常、人権や文化など序列をつけるべきではない対象に使われる。一方、「オリジナリティ」という言葉は、本質的に「優れている/劣っている」「新しい/古い」といった評価や序列付けを前提とする。序列を否定する表現と、序列を前提とする言葉を組み合わせた、言語的に極めて不自然なスローガンであった。
  • 理念と提言の矛盾: もしスローガン通り「オリジナリティ」を序列のない単なる「差異」と見なすのであれば、そもそも類似は問題にならず、話し合う必要すらない。にもかかわらず、最終的に「先発の意向を重視する」という明確な序列付け（優劣関係）を結論とする提言とは、理念レベルで完全に矛盾していた。
  • 結論: このスローガンは、一見美しく聞こえる言葉で提言の非論理性を覆い隠し、「先発」という「新しさ」を持つ側に優位性を与えるための欺瞞的なレトリックであったと結論付けられている。
• 悪用の危険性: これらの矛盾点から、提言は問題解決の手段ではなく、むしろ悪意を持った第三者が「いやがらせ」や「攻撃」の口実として利用しやすい、極めて危険なルールであると指摘されていた。

界隈への影響

• 負の遺産
  問題が収束した後も、一次創作界隈には「設定かぶりに異常なまでに敏感になる」「他人の作品を過度に警戒する」といった負の遺産を残した。特に、ジャンルがニッチで作り手が少ない場合、偶然の類似が起きやすいにもかかわらず、それが不毛な争いの火種となるケースは後を絶たない。
• 著作権知識の普及
  皮肉なことに、この一連の騒動を通じて多くの創作者が著作権について真剣に学ぶきっかけとなった。「アイデアと表現の違い」についての理解が広まり、創作における権利意識が向上する一因になったという側面もある。

関連用語

• 設定かぶり: 異なる作者の作品間で、設定が偶然似てしまうこと。創作においては日常的に起こりうる事象。
• ラレ元 / パクられ元: 「盗用された（パクられた）」と主張する側（先発者）の作品を指す俗語。
• パク / パクリ: 「盗用した（パクった）」と非難される側（後発者）の作品や行為を指す俗語。
• アイデア盗用: 先発優先の支持者が好んで用いた言葉。前述の通り、法的には「アイデア」に盗用という概念は適用されにくい。
• ヲチ / ヲチ物件: 特定の個人やサイトの言動を「ウォッチ（監視）」し、ネット上で批評・揶揄する行為、またその対象のこと。

関連項目

• 著作権
• 一次創作
• JUNE
• パクリ / トレス疑惑
• アイデア・表現二分論
• 箇条書きマジック

関連リンク

• 「先発優先提言」集い跡地
• 先発優先提言について - ナノ
• ◇オリジナルジュネ小説サイト間における作品内容の重複 その対処について考える集い◇
• 忙しい人のための簡略「提言騒動」話
• 提言を支持する人たちへ
• 「お互いのオリジナリティを尊重します」とは何か
• *盗作【言いがかり】対策室*
• 提言を使ったいやがらせ対策フローチャート
• 読む側の「JUNE（ジュネ）感覚」 ～"BL以前の何か"を考える～｜Ayumi Ushino (SUSSANRAP)