サムイル・フェインベルク(1890~1962)とは、20世紀前半に活躍したロシアの作曲家・ピアニストである。
アレクサンドル・ゴリデンヴェイゼルの弟子の中で、グレゴリー・ギンズブルクと双璧といわれる存在。ユダヤ系の父のもとオデッサに生まれ、幼少期から音楽に親しむ家庭環境であった。11歳の時にアレクサンドル・イェンセンに師事して本格的なピアニストとしてのキャリアをスタートさせる。
そんな彼がゴリデンヴェイゼルと出会ったのは1904年のことで、一家がモスクワに移住した年である。フェインベルクはそのままモスクワ音楽院に進みゴリデンヴェイゼルにピアノを、セルゲイ・タネーエフに作曲を学び1911年に卒業。ドイツやイタリアで演奏旅行を敢行、アレクサンドル・スクリャービンやニコライ・メトネル、セルゲイ・プロコフィエフやニコライ・ミャスコフスキーといったロシアものと、ベートーヴェン、モーツァルトといった古典派を組み合わせたプログラムであった。
1914年にバッハン平均律クラヴィーア曲集全巻のロシア初演を成し遂げ、モスクワでスクリャービンのピアノソナタ全10曲を取り上げ、ベートーヴェンのピアノソナタとヴァイオリンソナタ全局の演奏会を成功させ、一躍脚光を浴びた。ロシア革命後にはピアニスト、イサイ・ドブロウェンとあのレーニンの前で演奏したことも伝えられている。
フェインベルクはバッハ音楽を自らの根幹に置き、オルガン曲をピアノ用に多数編曲した。またアナトーリー・アレクサンドロフ同様、アレクセイ・スタンチンスキーの影響も強い。12のピアノソナタ、2つの幻想曲、3つのピアノ協奏曲と多数の楽曲を残している。
1922年にモスクワ音楽院教授に就任し、以後没するまで40年間教壇に立った。門下からはヴィクトール・メルジャーノフ、ウラジーミル・ナタンソン、ニーナ・エメリアノワ、イーゴリ・アプテカレフ、レオニード・ジュージン、オレグ・クリスタルスキー、ヴィクトール・ブーニン、ジナイダ・イグナツェワ、リュドミラ・ロシーナなどが出ている。
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最終更新:2025/12/11(木) 17:00
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