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トミーラソーダ

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トミー・ラソーダ(Thomas Charles Lasorda、1927年9月22日-2021年7月1日)とは、アメリカ合衆国出身の元メジャーリーガー監督である。

概要

1944年フィラデルフィア・フィリーズに入団したが、フィリーズでのメジャー出場はなかった。

1949年ブルックリン・ドジャース1958年ロサンゼルス・ドジャースに改名)に移籍し、1954年メジャーデビュー1956年カンスシティアスレチックスに移籍。マイナー生活の方が長くメジャーでの出場はこの3年だけで、1960年に現役を引退した。26試合登板で4敗1セーブ

引退後

1961年から1965年までロサンゼルス・ドジャーススカウトを務める。

ドジャースコーチ・監督時代

1966年からドジャース下で監督を務め、1973年にはドジャースの三塁コーチを務める。

1976年から1996年まで20年間監督を務める。リーグ優勝4回、世界一2回だった。1995年には日本人メジャーリーガーとなった野茂英雄ドジャースに入団し、野茂を「息子」と呼んで歓迎。1996年健康上の理由で退任した。

監督退任後

1997年殿堂入りし、背番号2はドジャース永久欠番となる。

1998年ドジャースの球団副社長に就任した。

2000年には72歳にしてシドニーオリンピックアメリカ合衆国代表の監督に就任。マイナーリーグの選手だけの構成ながら、金メダル獲得に貢献した。

2001年には大阪近鉄バファローズスペシャルドバイザーを務め、マイナーでくすぶっていた選手を近鉄に送り込み、近鉄優勝に間接的に貢献した。

2005年ドジャースの名誉顧問となる。

2008年には日小綬章を送られた。

2020年11月心臓の病で入院し一度退院していたが、2021年1月7日に自宅で心肺停止に見舞われ、運ばれた直後に死亡した。享年93歳。

人物

I bleed Dodger blue.(私にはドジャーブルーの血が流れている)という発言を度々残している。

野茂の恩師として有名だが、1993年日米野球のために来日。その後は日本製品のCMで度々出演していた。長嶋茂雄星野仙一ともしく兄弟と慕っていた。

成績

通算投手成績

通算:3年
Year
登板
G
先発
GS
完投
CG
完封
SHO
勝利
W
敗戦
L
セーブ
SV
勝率
W-L%
投球回
IP
与四球
BB
奪三振
SO
失点
R
自責点
ER
防御率
ERA
MLB 26 6 0 0 0 4 1 .000 58.1 56 37 49 42 6.48

通算監督成績

通算:21年 試合 勝利 敗戦 勝率 備考
MLB 3040 1599 1439 .526 リーグ優勝4回、世界一2回

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