御蔵型海防艦とは、大日本帝国海軍で運用されていた海防艦である。
太平洋戦争中の船団護衛用に開発され8隻が就役したが5隻が戦没、3隻が終戦時まで残存し2隻は日本で解体されたが1隻は中華民国に引き渡されて1960年代に退役した。
御蔵級は前級の択捉級をベースにしているがサイズは78.8m、基準排水量は940tとやや大型化している。
機関は変わらず4200馬力のディーゼルエンジンを使用し最高速力も20㏏弱だが航続距離は16㏏で5000海里と低下している。
なお、護衛需要の増加に伴う戦力化を急ぐ必要から建造工程の簡略化も行われているが後の丙型、丁型と比べるとまだ戦時急造には向かない艦であった。
兵装面では従来型の海防艦が水上艦向けの平射砲だったのに対し艦首側に12㎝単装高角砲、艦尾側に12cm連装高角砲を装備し、搭載する爆雷は120個と増量され爆雷投射機に加え爆雷投下軌条を2基装備して対空・対潜攻撃力を強化している。戦争が終わりに近づくにつれて激化した敵航空機の脅威に対応するため従来からあった25㎜機銃を従来から配備していた連装型2基に加え単装型が複数追加されている。
1943年から就役が始まった本級だったが既に連合国側の反攻、特に海上交通路攻撃は強化段階に入っており、潜水艦、航空機共に連合国側が日本側を圧倒していた。それでも配備された御蔵級の各隻は船団護衛に従事して戦ったが船団を守り切れず撃沈された僚艦の生存者を救出できるのはまだよい方でネームシップの御蔵、淡路、能美、千振、草垣の5隻が撃沈された。終戦まで生き残れたのは三宅、倉橋、屋代の3隻で三宅、倉橋は解体されたが屋代は中華民国に引き渡されて『正安』と改名された後、台湾でその艦歴を終えた。
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最終更新:2024/04/25(木) 18:00
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