マイクロソフトはMS-DOSからの完全脱却を目標に、Windows 95の宣伝に多額の費用を投じた。
日本においても、パソコン専門誌だけでなく、一般紙、テレビにも多額の宣伝費用を投じ、テレビ番組でも多く採り上げられるようになった。
また、発売当日の午前0時ジャストに販売するため、秋葉原を始めとする日本各地の店舗でカウントダウンイベントを大々的に行った。この様子もテレビなどで大きく採り上げられている。
秋葉原のパソコンショップも、この機会を逃せば大きな利益を得られない、最大のチャンスだと言う意気込みで販売へと臨んでいた。
その中で、各店舗がそれぞれの販売価格の設定に神経をとがらせていた。まだインターネットがほとんど普及していない時代だったため、価格が公開されることは無く、各店舗もユーザーもその価格を確認しようと東奔西走していた。
その結果、その宣伝効果は抜群で、Windows 95をきっかけにパソコンを買う人が多く存在した。中にはお祭り騒ぎを見て販売の行列に並ぶ人や、パソコンを持っていないのにWindows 95のパッケージだけを買った人もいたほどである。
当時の秋葉原は、まさに1月1日のカウントダウンイベントのごときお祭り騒ぎとなった。
その後も個人、一般企業など、インターネットともにWindowsは浸透していくこととなった。Windows 95が日本のパソコン普及に多大な貢献を果たしたことは否定できないだろう。
その後の秋葉原
その後もWindows 98、XPとある程度の賑わいを見せるも、その後はパソコン販売が低迷するようになった。すでにパソコンが普及して、買い換え以外に目立った需要が無くなったからである。
その結果、多くのパソコンショップは倒産、他社への売却、合併が目立つこととなった。
本動画で採り上げられたショップも例外では無かった。
ラオックスは秋葉原以外にも店舗展開をしたが業績が悪化、中国の資本に買収され、現在は免税店として秋葉原や空港に店舗を設けている。
ソフマップは風評被害などで大きく打撃を受け、2000年代は何とか持ち直していたもののパソコン販売が低迷し、最終的にビックカメラに身売りした。
その中で着実に生き残っていたのはドスパラ(当時はDOS/Vパラダイス)だった。自社でショップブランドPCをいち早く立ち上げ、単なるパーツショップでは終わっていなかった。その後も着実な経営で健在ぶりを見せている。
ドスパラは新しいWindowsがでるたびにカウントダウンイベントを秋葉原で行っている。
そして現在の秋葉原は、アニメ、コミックおよび関連グッズを扱う店舗が台頭し、旧青果市場や貨物駅はオフィスビル、ヨドバシカメラ、そしてつくばエクスプレスの駅として再開発された。
1995年当時の映像を見ても、その様子が一変していることはおわかりいただけるだろう。
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