ディープインパクトとは、直訳すると「深い衝撃」となるが、以下の事物を指す。 |
ディープインパクト とは、2002年生まれの鹿毛の牡馬。史上6頭目のクラシック三冠馬であり、その圧倒的な勝ち方と、引退後の優秀な種牡馬成績で日本競馬史にその名を刻んだ「英雄」。
同時に、過剰ともいえるJRAの期待やファンの盛り上がり、そしてフランス凱旋門賞挑戦時の"汚名"によって毀誉褒貶の激しい現役時代を過ごした、ある意味での「日本競馬の夢と暗部」を経験した馬でもある。
主な勝ち鞍
2005年:クラシック牡馬三冠[皐月賞(GI)、東京優駿(GI)、菊花賞(GI)]、弥生賞(GII)、神戸新聞杯(GII)
2006年:天皇賞(春)(GI)、宝塚記念(GI)、ジャパンカップ(GI)、有馬記念(GI)、阪神大賞典(GII)
概要
血統
父*サンデーサイレンス、母*ウインドインハーヘア、母父Alzao(アルザオ)という血統。全兄にブラックタイドがいる。ノーザンファーム生産のお坊ちゃまであるが、必ずしも生まれた時から高い評価を得ていたわけではない。実際、セレクトセールでの落札価格は7000万円。サンデーサイレンス産駒14頭中9番目のお値段だった。
生まれたときから小さく、体が柔らかい馬で、見た目が牝馬みたいであった。管理する池江泰郎調教師が初めて見た時、本当に牡馬なのか股間を覗いてみたというくらいである。ただ、ものすごく負けん気が強く、蹄が磨り減っても走るのを止めず、足が血だらけになっていたという根性系のエピソードもある。
第一の衝撃
主戦騎手として招かれ、以後の全レースを担当する武豊は、最初に跨った時「ちょっとやばいかも!」と興奮していたらしい。デビュー戦、ディープインパクトは武騎手がほとんど追うこともなく楽勝したのだが、上がり3ハロンがなんと33秒1。なんというか、競馬を知っていれば知っているほど有り得ない末脚に、競馬評論家の井崎脩五郎は翌日のイベントで「今まで見てきた中でもっとも『強い!』と思ったレースは昨日のディープインパクトの新馬戦」と言っちゃったくらいである。
その新馬戦だけでも伝説級だったのだが、次の若駒ステークスはさらに凄かった。
ディープインパクトがじわじわと迫ってきた残り200を通過一気に加速ーッ!!
ディープインパクト衝撃の末脚! 一気に抜けた、強い!強すぎる!!
4番ディープインパクト、強い印象を残してゴールイン!
直線向いて最後方。そこから武騎手がほとんど追ってもいないし、ディープインパクトも全然本気で走っている様子は無いのに、ほかの馬が止まって見えるような脚であっという間に抜き去り、最後は抑えて5馬身ちぎってしまうのである。見ていたファンは開いた口が塞がらない状態。この時点でもう「三冠馬」の声が上がるのも無理は無い強さだった。
しかし、次の弥生賞は抜け出すのに苦労して首差の勝利。「ありゃ、実はそんなに強くないのか?」と思っちゃう人もいたが、よく見ると武騎手は直線で鞭一つ入れていない。実は完勝である。
英雄誕生
クラシック第一戦・皐月賞では史上2位の単勝支持率(63%)を獲得。レースでは出遅れて道中苦労したせいか、少しジリジリとした脚だったが、結局は抜け出して2馬身半差でゴール。実況は「武豊、三冠馬との巡り合い!」と叫んだ。
実はこの皐月賞の前あたりから、マスコミとJRAがかなりディープインパクトをプッシュし始めていた。「名門牧場の名馬が当代一の名ジョッキーを背に三冠を達成する」というストーリーで競馬界を盛り上げよう……という意図が見え透いてくるような異常な推し加減だった。ダービーの少し前の時点で等身大の模型まで作られ、競馬場に飾られていたりもする。名馬の等身大模型が作られること自体が稀なのに、現役馬の、まだ皐月賞を制したに過ぎない3歳馬のものが作られたというのだから。
後々の有力馬でもここまでされた馬は存在していない。もしかしたらこの猛プッシュを反省した結果なのかもしれない。
そして東京優駿(日本ダービー)。大宣伝のおかげか東京競馬場には14万の大観衆が押し寄せ、単勝支持率は73.4%。ハイセイコーの記録を抜くという騒ぎとなった。
後ろから行ったディープインパクトは直線では外に持ち出し、粘るインティライミを置き去りにして独走。5馬身差、ダービーレコードタイ、上がり3F33秒4という破格の強さで、ミホノブルボン以来13年ぶりの無敗二冠を達成したのだった。
こうなればもうマスコミもJRAも遠慮なく「ディープインパクト三冠へ!」と言えるわけで、それはもう、仕舞いには三冠達成前に銅像を造っちゃうくらいであった。もっとも、そんなことは馬には関係無いわけで、ディープインパクトは神戸新聞杯をゴール前で手綱を抑えながらレースレコードで圧勝。無敗のまま菊花賞へ向かう。
ちなみに、冒頭のヒーロー列伝はダービーを勝った時点で作られている。もう少し待ってりゃもうちょっと馬生に合ったキャッチコピーにできた、背景のCGエフェクトがしょぼい、そもそも構図自体が雑……などなど、現在に至るまで妙なダサさがいじられてしまっているポスターである。
京都競馬場は超満員。ディープインパクトの単勝支持率はなんと79%に達し、単勝は元返し(勝っても増えない)という騒ぎだった。このレースを直線、逃げ込みを図るアドマイヤジャパンを3F33秒3の鬼脚でねじ伏せて、史上6頭目となる牡馬クラシック三冠をシンボリルドルフ以来2頭目となる無敗で達成する。馬場鉄志アナウンサーの「世界のホースマンよ見てくれ! これが日本近代競馬の結晶だ!」はあまりにも有名。「父母ともに外国産馬だろ」とは言うな。後に生産牧場としても血統としても文句の付けようがない「日本近代競馬の結晶」が生まれてしまうのもなんとも……。
新たな始まり
ありふれた麗句を並べ
使い古された修辞を重ねて
いま目にしたこの光景の描写を
虚飾に堕とすべきではない
もはや言葉など必要ないただ衝撃に身をまかせればいい
真正面から受け止めればいい
全身に驚嘆が満ちていく陶酔を
この瞬間に立ち会えた幸運を
静かに喜び反芻すればいいそして誰もが気づいたはずだ
新たな歴史が始まったことに
この時同じ道を駆ける者たちが
追い続け超えなければならない
存在が誕生したことに
初の敗北、第二の衝撃
この時点でディープ人気は最高潮。生ける伝説。もはや神。早くも凱旋門賞、ブリーダーズカップ、ドバイなど海外遠征が取り沙汰され、ファンはみんなディープなら海外でも全勝すると信じていた。
ところが、年末に出走した有馬記念では直線で伸びない……! そのまま1歳年上のハーツクライに「古馬を無礼るなよ」と言わんばかりに半馬身差で先着されてしまったのだ。各実況はG1初勝利のハーツクライ&鞍上のクリストフ・ルメール(当時はまだ短期免許騎手だった)を称えるのもそこそこに「ディープインパクト敗れる」を連呼。ファンは神話の崩壊に呆然。武騎手も相当こたえた様である。
そんなハーツクライは、後にドバイシーマクラシックを勝利し、種牡馬としても大成功。2004年クラシック世代を代表する名馬になる。負けた相手が名声を上げたことで、ディープの評価が不当に下がることはなかったが、そうは言ってもこの時は誰も知る由もない。
翌年。崩壊した無敗神話と共に囁かれ始めた「負かした相手が弱かったんじゃね?」説をどう黙らせるかが注目された。しかしながら、天皇賞(春)の前哨戦・阪神大賞典は直線入り口で先頭に立つとそのまま差が開く開く……。ある意味、みんな「やっぱり強いんだ」と安心する勝ち方で圧勝したのであった。
この時点で凱旋門賞に挑戦するという話しが聞こえてきており、春天は「ディープがどんな勝ち方をするか」だけが焦点だった。ぬるい勝ち方だったら凱旋門賞なんて行かせねぇ、とファンが見守る中、ディープインパクトはとんでもないレースを展開する。
スタート、どかんと出遅れたディープインパクトは最後方を進む。「大丈夫か!?」とファンが見守る中3コーナーへ。ここで、ディープインパクトは大外を回って一気に上がっていってしまったのである。京都の難所、3コーナーの坂の上りでスパートするってどういうこと!? 場内が騒然とする中、かまわず坂の下りで一気に先頭に立ってしまう。直線でリンカーン以下後続馬群が押し寄せてくるかと思いきや、なんと差が開く一方。あまりに常識外れなレース振りにファンは唖然呆然。「え~!?」としか声が出ないような圧勝劇だった。
2着リンカーンには3馬身半差。勝ち時計3分13秒4はマヤノトップガンのレコードを1秒も更新する恐ろしい時計である。出遅れから全部まくってレコード決着という無茶苦茶な勝ちっぷり。ディープインパクトの神話は再び蘇ったのである。
凱旋門賞へ
壮行レース扱いと化した宝塚記念では、稍重馬場で34秒台の末脚を繰り出して圧勝。満を持してフランスの世界最高峰のレース・凱旋門賞に挑戦することとなった。
ハッキリ言って、この時日本中の競馬ファンはディープの強さに酔いしれ、浮かれており、ディープインパクトが凱旋門賞で負けることなど考えもしなかった。JRAも例外ではなく、主催者でもないのにわざわざ凱旋門賞のCMを作り、CM内では「凱旋門に衝撃が走る」「世界のディープを見逃すな」と煽るほどであった。この時はまさか別の意味で衝撃となるとは想像だにできなかったであろう。
そして順調に迎えた凱旋門賞。なんとここで一番人気に支持される。種を明かすと、日本から応援ツアーを組んでファンがロンシャン競馬場に押し掛けており、彼らが応援馬券を買いまくったおかげであったのだが。ちなみにこの日本からの応援団は、日本競馬のノリをロンシャンに持ち込み、大騒ぎしたり勝手に横断幕を張ったりして現地民の大顰蹙をかい、武騎手も後年「恥をかいた」とまで振り返るほどであった。ただ、現地でもディープインパクトに対する評価は非常に高かった。
しかしレースではいつもだと出遅れるくらいのスタートが向こうではまあまあ決まってしまったのが仇になってしまい、少頭数となったことも手伝って非常に速い流れに前で乗らざるを得ず、直線で一度は先頭に立ったものの、Rail LinkとPrideに交わされて3着に終わった。前哨戦を使うべきだったとか、斤量がとか、色々言われたが、日本最強馬が凱旋門賞で完敗したという厳しい事実が残ったことだけは確かである。
最後の衝撃
ディープインパクトの帰国後、当年末での引退・種牡馬入りが発表される。ところがその数日後、またも衝撃のニュースが飛び込んできた。凱旋門賞の出走前、咳き込むディープインパクトに獣医師から処方されていた気管疾患の治療薬がフランスギャロでの禁止薬物に該当したため、審議の末3位入線取り消し、失格処分が下されたのだ。凱旋門賞始まって以来の大不祥事であった。
当該薬物は日本では禁止されておらず(後に禁止になった)、使用自体はフランスでもOKだった。つまり、薬をきちんと管理できなかったスタッフの落ち度であり、ディープインパクトは一つも悪くないのだが、英雄ディープインパクトの経歴に大きな傷と疑惑を残してしまった。JRAの対応もとても良いとは言えない内容だったことで後々の批判が大きくなる要因ともなってしまっている。
「これまでの強さもドーピングしたからなのか?」
その汚名をそそぐためには勝つしかない。最早、敗北は許されない。ディープインパクトはジャパンカップへと向かう。武騎手は後年「ディープのレースでプレッシャーがかかったものがあったとしたら、あのジャパンカップ」と回想する。
この年は参戦外国馬が手薄であるにも関わらず、件の事件が尾を引いたのか、ディープインパクトの単勝支持率は61.2%に留まった(それでもテイエムオペラオーの50.5%を大幅更新している)。しかしそれでもレースでは、最後方からスローで展開が向かなかったにも関わらず、大外から33秒5の脚を繰り出して優勝。一方で前年有馬以来に再戦となったハーツクライは喉鳴りで沈んで10着、そのまま引退と、明暗はくっきり分かれてしまった。
武騎手は珍しくゴール前でガッツポーズし、観客は沸きに沸いた。その反応は凄まじいプレッシャーに晒されていた武騎手にとってもありがたかったらしく、表彰式ではファンと共に万歳三唱をした。
そして暮れの競馬の総決算、有馬記念に出走。これがラストランである。ファンが見守る中、3コーナーから捲くって行くと直線では観客に近い大外を通って一気のスパート。この年の二冠馬メイショウサムソンを真っ先に置き去りにして余裕綽々で2着に3馬身差。
さぁ、ディープインパクトが、ここで、翼を広げるか!?
ディープがいま翼を広げた! 外目をついて上がってくる! メイショウサムソンを、あっという間に置き去りにした! ディープインパクト先頭!ディープインパクト先頭! 間違いなく飛んだ!間違いなく飛んだ! ディープインパクト先頭だ! ダイワメジャー!そしてポップロックも飛んできている! 最後の衝撃だ! これが最後の!ディープインパクトォォー-ッ!!
これで引退なんてありえん……という強さであった。武騎手も相当惜しかったようで、レース後の引退式では「翌年の凱旋門賞」に未練を残すコメントを残している。
競走馬としての総評
14戦12勝2着1回。凱旋門賞を除けば連対率100%を達成している。主な勝ち鞍は皐月賞・日本ダービー・菊花賞・天皇賞(春)・宝塚記念・ジャパンカップ・有馬記念。獲得賞金14億5455万1000円は当時の中央競馬歴代2位。2年連続年度代表馬、2008年に顕彰馬にも選出。記録の上でも史上に残る名馬である。
しかしながら、ディープインパクトはそれ以上に記憶に残る馬であった。スタートで出負けして、道中むちゃくちゃな捲りをして、直線では「飛ぶ」ように脚を伸ばし、トップスピードを維持して他馬をちぎってしまう。その天衣無縫なレース振りは他の馬と全然違う生き物のように見えた。シンボリルドルフのような安心感とは違うが、どこか見ていて「こいつは負けない」と納得してしまうようなレース振り。いつも約束通り飛んでくるその末脚にファンは魅了された。
凱旋門賞の負けや同期他馬が古馬でになって伸びなかったことから「他が弱かった」「そんなに言うほど強くない」という意見もあるが、タイムや3Fタイムを見れば分かる通り、いささか信じ難いほど速い馬であったことは確かである。史上最強馬に推す人も少なくない。
競走馬としては、特段故障や衰えがなかったにも関わらず4歳で引退したことが悔やまれる。ディープインパクトが産まれた年にサンデーサイレンスが亡くなっており、後継種牡馬としての使命を託されていたという背景があったものの、あと1年走っていたら未だテイエムオペラオーしか達成していない古馬王道完全制覇、そして年間無敗も夢ではなかったかもしれない。しかし、ディープインパクトの数少ない弱点として蹄の薄さがあり、蹄葉炎を発症しようものなら競走馬生命どころか命そのものが絶たれかねない。早期引退は時期尚早か英断か議論を呼び起こしたが、その後の種牡馬成績を見る限り、早期引退は少なくとも間違いではなかったと言えるだろう。
種牡馬時代
引退後は社台スタリオンステーションで、歴代1位の51億円のシンジケートを組まれて種牡馬入り。初年度から産駒は大活躍。初年度からリアルインパクト(安田記念)とマルセリーナ(桜花賞)というGI馬2頭を出しスタートダッシュに成功。
また、2009年には早速産駒であるジェンティルドンナが牝馬三冠を達成し性別は異なるもののJRA史上初の親子での三冠達成を果たし、2020年にはコントレイルが無敗で牡馬の方の三冠を達成。親子での牡馬三冠達成は世界でもアメリカのギャラントフォックス-オマハくらいしか例がなく、無敗で二代連続は他に例がない。
2012年には初のリーディングサイアーに輝き、その後2021年現在ずっとリーディング1位を譲らず他の追随を許さない勢いで産駒が勝ち続け、2014年現在で既に内国産種牡馬の通算重賞勝数を更新している。フジキセキ涙目。
次は*サンデーサイレンスの記録しかないレベルまで数字を積み重ね、ついには2023年10月8日、京都競馬場4R障害未勝利戦でロックユーが産駒通算2750勝目を記録しサンデー産駒の通算2749勝を超え、不滅の金字塔とさえ思えた記録を更新した。もちろんまだペースは落ちているものの更新は続いている。
そもそもその父サンデーサイレンスが種牡馬として一時代を築いたせいで、近親が多く種牡馬として活躍しやすいとは言えない環境でこの成績なのだから凄い。当のディープの息子たちが互いにパイを奪い合う中でやや苦戦気味なのを見ると余計に思う。
産駒傾向だが、芝の1600~2400あたりまでなら競馬場を問わず高いパフォーマンスを見せており、特に京都・阪神の外回りコースには尋常ではない強さを見せている。
今となっては意外だが、当初は自身の天衣無縫さを支えたスタミナがあまり遺伝されなかったのか育て方を掴めていなかったのか長距離GIでは分が悪かった。
菊花賞や春の天皇賞といった父が最高峰のパフォーマンスを繰り出した舞台では人気を集めるもののあまり見せ場はないという状況がしばらく続いたが、2016年にサトノダイヤモンドが菊花賞を制してディープ産駒によるクラシック完全制覇を成し遂げると、2018年の菊花賞を勝利したフィエールマンは天皇賞(春)を連覇。
結局菊花賞も2018~20年の間で3連覇し(フィエールマン、ワールドプレミア、コントレイル)、春の天皇賞も2019~21年と連勝を決め、2023年も勝ってしまう始末(フィエールマン×2、ワールドプレミア、ジャスティンパレス)であり、2010年代後半からは長距離もカバー出来るようになってきている。
スタミナ絡みだと障害レースでもレッドキングダムがサンデーすらなし得なかった産駒の中山大障害勝ちをマークしている。が、そこまで向いていないのかJGⅠで勝ったのはこの馬くらいである。
早熟性に優れたところがあるため、生産者の大目標であるクラシックには尋常ではない強さを誇る。桜花賞は初年度マルセリーナから4連覇を飾るなど通算5勝。この時点で*パーソロンのオークス4連覇に並ぶ大快挙であるが、東京優駿(日本ダービー)もワグネリアンから4連覇・通算7勝、前述の通り苦手だった菊花賞も3連覇し通算4勝とするなどすさまじい数字を残している。
一方タフなコースはやや苦手としており、GIでいうと宝塚記念はマリアライトのみ、有馬記念はジェンティルドンナとサトノダイヤモンドの2勝とそんなに勝ちが多くない。意外なのは秋の天皇賞がスピルバーグの1勝のみというところだろうか。
それでもいわゆるタフなコースであるところの中山開催の皐月賞も前述の通り有馬記念も勝ち、2019年には春の天皇賞をフィエールマンが勝った事でついにスタミナ不足扱いも完全克服して産駒による八大競走完全制覇を成し遂げ、*サンデーサイレンスの記録にまた一歩並びかけた。
芝では圧倒的だがダートはオープンに進んだ子すら多くなく、GI級を勝ったのがアンジュデジールのJBCレディスクラシックのみ。しかも京都開催の変則的なJBCであった。さらには中央ダートGIは全く縁がない。重賞もボレアスがレパードステークスを勝ったのみ。というかダート重賞実績がJBCレディスクラシックとレパードステークスしかない。
中央より砂が分厚くより力がいる地方では産駒が回ることもそう多くなかったとは言え、地方交流重賞のみならず地方ローカル重賞でもハーツクライやキングカメハメハといったライバル、ゴールドアリュール、*ヘニーヒューズ、*シニスターミニスター、*パイロといったスペシャリストの後塵を拝し続けている。
ダート下手≒下級条件戦に多いダートで数字を作れないということになるのだが、それでもリーディング1位独占出来てしまうんだからなんともはや。
世界に広がる衝撃の血
当初より遠征して凱旋門賞で結果悪目立ち気味に名を売ったことや、母がハイクレアの末裔だったりしたので世界的にそこそこの知名度はあったが、本格的に種牡馬としてのディープインパクトを売り込んだのはフランスの画商であり馬主であったウィルデンシュタイン家が白老ファームに牝馬を預託して生まれた一頭の牝馬、2009年生まれのBeauty Parlour。
フランスクラシック一冠目のプール・デッセ・デ・プーリッシュ(フランス1000ギニー)を見事勝ってみせたことがディープインパクト産駒の海外進出、その全ての振り出しであった。
その後、日本馬が欧州など各地に遠征し結果を残すとより人気は高まっていった。
例えばリアルインパクトらが遠征し活躍したオーストラリアではトーセンスターダムやアンビシャスを日本から、セレクトセールで落札され英国に渡ったが伸び悩んでいたFierce Impactをトレードで獲得し種牡馬入りさせるなどのディープの血を求める活動が活発化した。
2018年はオーストラリア史上最強牝馬Winxの母*ベガスショーガールが来日し種付けを行い牝馬が誕生した。この取り組みではProfondoがGI勝利を達成している。
欧州ではニアルコスファミリーがかつての所有馬*バゴの相手にと白老ファームに預託していた*セカンドハピネスが2回種付けし、そのうち2015年産のStudy of Manがジョッケクルブ賞(仏ダービー)を制覇。
また、アイルランドが誇る世界最大級の生産者集団・クールモアも父Galileo×母父*デインヒル牝馬という欧州じゃちょっと相手が少ないタイプを連れてきては種付けして行く、日本でサンデー牝馬が薄め液として*ハービンジャーを使うノリでディープをお相手に少しずつ起用するようになったが、その最初の世代である*メイビー(GI1勝)が産んだSaxon Warriorが2018年英国クラシックの主役として開花。
その後はメンツをぐっと厚くして*ウィンター(GI4勝)や*マインディング(GI5勝、カルティエ賞年度代表馬)、*プロミストゥビートゥルー(重賞勝ち、*メイビーの全妹)らがディープのために来日。
そして2018年に来日しディープを付けて帰っていったFoundの妹*ベストインザワールドの子であるSnowfallはSaxon Warrior以来の英クラシック勝利をもたらしてみせたのであった。
日本産の産駒も世界中に遠征し、父のリベンジを期し前哨戦を制圧したが本番敗退で目標を果たせなかったキズナ、ドバイシーマクラシックをハーツクライ以来に勝った女傑ジェンティルドンナ、イスパーン賞を圧勝しロイヤルアスコット開催に堂々と乗り込んだエイシンヒカリ、ドバイターフで大暴れし勝利を含む3年連続連対を達成したヴィブロス、メジロの旗を世界に打ち立てたグローリーヴェイズ、BCフィリー&メアターフを勝利しエクリプス賞最優秀芝牝馬を獲得、祖父を捨てたアメリカに「恩返し」を決めたラヴズオンリーユー、ジェンティルドンナ以来のシーマクラシックウイナー・シャフリヤール……と大暴れ。大いに父の名を世界に広めてみせたのであった。
2019年は首の不調のため、シーズン途中で種付けを中止し療養していた。7月28日には首の手術を受け経過は安定していたが、翌29日に起立不能となり、7月30日に頸椎骨折が発見され回復の見込みが立たないことから安楽死処置がされた。17歳没。父サンデーサイレンス同様、サラブレッドとしてはやや短命(人間年齢で50代半ばぐらい)の生涯を終えた。
種牡馬の墓場と嘲られた時期も長かった日本からようやく世界に大きく羽ばたく可能性を見せながら、まだこれからというところで命数が尽きてしまうこととなった。
彼の夢は、残された産駒と後継種牡馬たちに託されることとなった。
死後
彼の死の翌年となる2020年から、GIIレースの弥生賞が「弥生賞ディープインパクト記念」へと改称され、令和初の馬名冠レースとなった。平成の名馬の魂は、3月の3歳馬レースの守護神として天から未来の名馬を見守っていくことだろう。
改名後の初回は見事産駒のサトノフラッグが制している。
また、フィエールマンが天皇賞(春)を連覇したことで産駒で初の牡馬GI3勝を達成。クラシックでは前述のコントレイルが彼以来の無敗の三冠馬となり、史上初の親子無敗のクラシック三冠制覇という偉業を達成(親子牡馬三冠の達成自体も史上初)、更にGI4勝牡馬となりフィエールマンの記録を塗り替えた。これにより牡牝両方で三冠馬を送り出した種牡馬となった。また父の*サンデーサイレンス同様、自身が死亡した後に産駒から三冠馬が出ている。更に2021年にコントレイルがジャパンカップを勝利したことで産駒の牡馬GI5勝となり自身の記録を更新した(コントレイルはこのレースを最後に引退)。
そして、海を越えた産駒の一頭Fancy Blueがディアヌ賞(仏オークス)を制した後に一周忌にあたる7月30日にG1ナッソーS勝利を飾る快挙を達成した。
2021年もシャフリヤールが日本ダービーでエフフォーリアをゴール前できっちり捉えてワグネリアンからの産駒によるダービー4連覇、7勝目を記録し、Snowfallがフサイチコンコルドの祖母Sun Princessの英オークス史上最大着差記録を破る16馬身差を付けてエプソムダウンズを駆け抜け大楽勝するなど、残された子は大暴れしている。
そして2022年、クールモアが本馬目当てで日本に連れてきた繁殖牝馬の1頭*ロードデンドロンを母に持つアイルランド調教馬Auguste RodinがフューチュリティトロフィーSを完勝し、13世代全てでGI馬が登場した。同馬は翌年のダービーステークスの前売りでも1番人気に推された中で迎えたクラシック第1戦の2000ギニーステークスで12着に大敗したが、巻き返してダービーステークスを制覇してみせ、最終世代で本家ダービーを制してみせた。
クラシックという観点から見ると、初年度産駒(2011年クラシック世代)からラストクロップ(2023年クラシック世代)までのすべてで少なくとも1頭がクラシック競走(日本国外含む)を制しているのは特筆すべき点であろう。これは父サンデーサイレンスですら成し遂げられていない。具体的には1997年クラシック世代(ステイゴールドやサイレンススズカなどの世代)[1]・2002年クラシック世代(ゴールドアリュールなどの世代)[2]とラストクロップに当たる2006年クラシック世代[3]が未勝利である。
なお、コントレイルの2021年JC勝利時点での産駒未勝利のJRAGIは、フェブラリーステークス、高松宮記念、チャンピオンズカップの3競走(J・G1を加えると中山グランドジャンプも未勝利)。
前述の通り産駒通算勝利数も絶賛更新中。プログノーシスやジャスティンパレスらまだ期待が持てる産駒は残されており、2800勝に乗せられるかが注目であろうか。
血統表
*サンデーサイレンス 1986 青鹿毛 |
Halo 1969 黒鹿毛 |
Hail to Reason | Turn-to |
Nothirdchance | |||
Cosmah | Cosmic Bomb | ||
Almahmoud | |||
Wishing Well 1975 鹿毛 |
Understanding | Promised Land | |
Pretty Ways | |||
Mountain Flower | Montparnasse | ||
Edelweiss | |||
*ウインドインハーヘア 1991 鹿毛 FNo.2-f |
Alzao 1980 鹿毛 |
Lyphard | Northern Dancer |
Goofed | |||
Lady Rebecca | Sir Ivor | ||
Pocahontas | |||
Burghclere 1977 鹿毛 |
Busted | Crepello | |
Sans le Sou | |||
Highclere | Queen's Hussar | ||
Highlight | |||
競走馬の4代血統表 |
主な産駒(GI/JpnI馬)
- 2008年産
- 2009年産
- 2010年産
- 2011年産
- 2012年産
- 2013年産
- 2014年産
- アルアイン(皐月賞、大阪杯)
- アンジュデジール(JBCレディスクラシック)
- サトノアレス(朝日杯フューチュリティステークス)
- Fierce Impact (トゥーラックハンデキャップ、カンタラステークス、マカイビーディーヴァステークス)
- 2015年産
- グローリーヴェイズ(香港ヴァーズ2回)
- ケイアイノーテック(NHKマイルカップ)
- ダノンプレミアム(朝日杯フューチュリティステークス)
- フィエールマン(菊花賞、天皇賞(春)2回)
- ワグネリアン(東京優駿)
- Saxon Warrior (レーシングポストトロフィー、2000ギニーステークス)
- Study of Man (ジョッケクルブ賞)
- 2016年産
- 2017年産
- 2018年産
- 2019年産
- 2020年産
関連動画
関連生放送
関連項目
JRA顕彰馬 | |
クモハタ - セントライト - クリフジ - トキツカゼ - トサミドリ - トキノミノル - メイヂヒカリ - ハクチカラ - セイユウ - コダマ - シンザン - スピードシンボリ - タケシバオー - グランドマーチス - ハイセイコー - トウショウボーイ - テンポイント - マルゼンスキー - ミスターシービー - シンボリルドルフ - メジロラモーヌ - オグリキャップ - メジロマックイーン - トウカイテイオー - ナリタブライアン - タイキシャトル - エルコンドルパサー - テイエムオペラオー - キングカメハメハ - ディープインパクト - ウオッカ - オルフェーヴル - ロードカナロア - ジェンティルドンナ - キタサンブラック - アーモンドアイ - コントレイル |
|
競馬テンプレート |
---|
中央競馬の三冠馬 | ||
クラシック三冠 | 牡馬三冠 | セントライト(1941年) | シンザン(1964年) | ミスターシービー(1983年) | シンボリルドルフ(1984年) | ナリタブライアン(1994年) | ディープインパクト(2005年) | オルフェーヴル(2011年) | コントレイル(2020年) |
---|---|---|
牝馬三冠 | 達成馬無し | |
変則三冠 | クリフジ(1943年) | |
中央競馬牝馬三冠 | メジロラモーヌ(1986年) | スティルインラブ(2003年) | アパパネ(2010年) | ジェンティルドンナ(2012年) | アーモンドアイ(2018年) | デアリングタクト(2020年) | リバティアイランド(2023) |
|
古馬三冠 | 春古馬 | 達成馬無し |
秋古馬 | テイエムオペラオー(2000年) | ゼンノロブロイ(2004年) | |
競馬テンプレート |
脚注
- *サニーブライアン→ブライアンズタイム、マチカネフクキタル→クリスタルグリッターズ、キョウエイマーチ→ダンシングブレーヴ、メジロドーベル→メジロライアン
- *ノーリーズン・タニノギムレット→ブライアンズタイム、ヒシミラクル→サッカーボーイ、アローキャリー→ラストタイクーン、スマイルトゥモロー→ホワイトマズル
- *メイショウサムソン→オペラハウス、ソングオブウインド→エルコンドルパサー、キストゥヘヴン→アドマイヤベガ、カワカミプリンセス→キングヘイロー
親記事
子記事
兄弟記事
- ヴァーミリアン
- シーザリオ
- トウカイトリック
- ラインクラフト
- ドバウィ
- エアメサイア
- アドマイヤジャパン
- サンアディユ
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