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大島洋平(おおしま ようへい、1985年11月9日-)とは、愛知県出身のプロ野球選手(外野手)である。現在は中日ドラゴンズに所属。
経歴
中日ドラゴンズ #8 | |
---|---|
大島洋平 | |
基本情報 | |
国籍 | 日本 |
出身地 | 愛知県名古屋市 |
生年月日 | 1985年11月9日 |
身長 体重 |
176cm 74kg |
選手情報 | |
投球・打撃 | 左投左打 |
守備位置 | 外野手 |
プロ入り | 2009年ドラフト5位 |
経歴 | |
プロ野球選手テンプレート |
小学生時代から野球を始め、県内でも野球の名門である享栄高校へ入学。当時は投手と外野手の兼任だったが、駒澤大学入学後は外野手を本職とした。
学生時代から既に「俊足巧打」「強肩好守」をウリにしており、東都リーグでは毎年の様に打率3割越えを記録。首位打者タイトルも獲得し、「東都のイチロー」と称されていた。
2008年、日本生命へ入社し社会人野球へ参戦。その勢いは変わらず、日本選手権大会では4試合出場ながら.563を記録し首位打者・社会人ベストナインに輝いた。
これらの功績が評価され、2009年ドラフト会議で中日から5位指名を受け入団。プロの世界に足を踏み入れる。
中日時代
2010年はルーキーながら、その身体能力の高さを買われ1番センターで開幕スタメン出場を果たす。だが打撃が安定せず、シーズン序盤~中盤は昇格と降格を繰り返した。7月の昇格以降は打撃も徐々に安定し「2番センター」として出場する機会が増加。日本シリーズでは第4戦で決勝点となるタイムリースリーベースを放つなど、23打数9安打(.391)という好成績を挙げ日本シリーズ優秀賞を獲得、チームに大きく貢献。レギュラー奪取にまでは至らなかったが、未来のリーディングヒッターとして今後に期待がかかる年となった。
2011年はセンターの定位置をほぼ確実なものとし、ゴールデングラブ賞を受賞した。
2012年は見え隠れしていた才能が遂に開花。全試合に出場し打率.310と13打点を記録しリードオフマンとして活躍。
クライマックスシリーズでも打率.428、1本塁打、4打点、2盗塁と大暴れし、元々定評のあった守備走塁面は2年連続ゴールデングラブ賞を獲得。32盗塁で盗塁王も獲得するなど大活躍したシーズンであった。
2013年は開幕前にWBC日本代表の候補選手になったが、左ひじの違和感のため最終メンバーに選ばれなかった。タイトルホルダーとして前年以上に期待のかかる中で、シーズンが開幕するも前述の左ひじの故障により思ったような動きができず、大幅に成績を落としシーズンを終えた。オフに選手会長に就任。
2014年は7月に脇腹を痛め打撃の調子を崩したが、中日タイ記録となる186安打を記録。2年ぶりのゴールデングラブ賞も受賞した。しかしオフには契約更改で揉めた。
2015年は打撃成績は下がったが、自己最多の20二塁打、6本塁打を記録した。
2016年7月20日の広島東洋カープ戦でサイクルヒットを達成した。
カープ先発の大瀬良大地投手から先頭打者本塁打を記録すると、続く第二、第三打席で二塁打、三塁打と一気にリーチをかけた。迎えた第四打席、カープ二番手の九里亜蓮投手からシングルヒットを放ち、プロ野球史上64人目のサイクルヒットを達成した。ドラゴンズの選手としては、2004年のアレックス・オチョア外野手以来となる。シーズン途中に取得したFA権を行使せず残留した。
2017年は4月30日の阪神タイガース戦で通算1000本安打、7月25日の東京ヤクルトスワローズ戦で通算1000試合出場を達成した。8月31日の横浜DeNAベイスターズ戦で死球で右手を骨折して戦線離脱した。
2018年は141試合に出場。打率.274、7本塁打、57打点、21盗塁を記録。2年ぶりにゴールデングラブ賞を受賞した。
2019年は全143試合に出場し、打率.312、3本塁打、45打点、30盗塁を記録。174安打で最多安打のタイトルを獲得した。さらに守備では無失策と活躍し、2年連続でゴールデングラブ賞を受賞した。この年で契約が切れたが新たに3年契約を結び直し残留。
2020年は8月8日の東京ヤクルトスワローズ戦で通算1500安打を達成。118試合に出場、打率.316をマークし、146安打で2年連続の最多安打を獲得した。守備でも衰え知らずのパフォーマンスを発揮し、3年連続でゴールデングラブ賞を受賞した。
2021年は元からの弱肩に加え守備範囲が狭くなるなど流石に衰えが目立ってきたが、確実性やイメージが勝ったのか4年連続でゴールデングラブ賞を受賞。打撃は好調を維持し、選球眼こそやや悪化したが打率.292、盗塁も16決め通算250盗塁にあと1つまで迫った。また得点圏打率も改善し、後半は貧打に喘ぐチーム事情から消去法で中軸も任された。
2022年は4月2日の広島東洋カープ戦で通算250盗塁を達成すると、4月27日に死球で離脱するまで打率.352と驚異的な開幕ダッシュを見せる。しかし治癒を待たずに復帰を急いだためその後は攻守共に不振に陥り、長らく守ってきた中堅手のレギュラーを岡林勇希に奪われた。それでも6月以降は持ち直し、コロナ感染で調子を崩されながらも109試合で打率.314、11盗塁を記録。8月3日の東京ヤクルトスワローズ戦では1試合6安打の球団新記録・1試合6安打しながらチームが敗戦というNPB史上初の珍記録も打ち立てた。幾度となく首位打者争いに顔を覗かせたが、最後はややペースが落ち村上宗隆の三冠王は阻止できなかった。FA権は行使せず、新たに2年契約を結び残留。
2023年8月26日のDeNA戦で通算2000本安打を達成。130試合の出場で打率.289、23打点を記録した。
エピソードなど
- 元同僚である野本圭は大学時代の先輩にあたる。
- 既に結婚しており、一児の父親。そのため、ドラフト指名を受けた際は安定した社会人生活を送るか、プロとしての競争生活を歩むかで相当悩んだという(最終的には夫人の後押しもあり、プロとしての道を歩み始める)。
- 初安打は2010年3月27日の対広島戦。打球が一塁走者のチェンに当たり「守備妨害による(記録上の)安打」という珍しい結果を残している(正確には「二塁内野安打」、なお走者のチェンは守備妨害によりアウトとなっている)。
- 2012年は32盗塁で盗塁王に輝いたものの盗塁成功率が65%とお世辞にもいい数字とは言えない数字になってしまった。
- 典型的なグラウンダーであり、本人も「ホームランが出る時は調子が悪い」と語るほど(自己最多の7発を放った2018年もやや成績を落とした)。それでも4割近い出塁率に7割5分前後のOPSを維持し続ける球界屈指のリードオフマンである。
- 得点圏に弱い。中軸での起用が多かった2017年~2019年は好調だったが、2020年は再び低迷してしまった。
- 大きな離脱やスランプもなく10年以上もスタメンの座を守り続けており、ファンからは敬意を表して「大島プロ」と呼ばれることが多い。
応援歌
球団 | レス | No | プレイヤー |
---|---|---|---|
中日(旧) | 応援歌のピコカキコ一覧#126 | 8716 | |
中日 | 応援歌のピコカキコ一覧#1210 | 13247 |
成績
年度別打撃成績
年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2010年 | 中日 | 104 | 374 | 314 | 35 | 81 | 10 | 4 | 0 | 17 | 8 | 27 | 2 | 29 | 2 | 52 | 2 | .258 | .323 |
2011年 | 96 | 355 | 300 | 25 | 73 | 6 | 4 | 3 | 18 | 8 | 19 | 2 | 29 | 5 | 50 | 3 | .243 | .318 | |
2012年 | 144 | 631 | 555 | 83 | 172 | 19 | 5 | 1 | 13 | 32 | 17 | 0 | 46 | 13 | 80 | 7 | .310 | .376 | |
2013年 | 140 | 555 | 499 | 68 | 124 | 18 | 2 | 3 | 27 | 19 | 10 | 3 | 37 | 6 | 69 | 2 | .248 | .306 | |
2014年 | 141 | 642 | 585 | 92 | 186 | 18 | 2 | 2 | 28 | 28 | 6 | 2 | 43 | 6 | 56 | 3 | .318 | .369 | |
2015年 | 142 | 620 | 565 | 70 | 147 | 20 | 4 | 6 | 27 | 22 | 10 | 1 | 39 | 5 | 65 | 5 | .260 | .314 | |
2016年 | 143 | 656 | 599 | 80 | 175 | 27 | 9 | 3 | 27 | 26 | 4 | 1 | 46 | 6 | 69 | 3 | .292 | .348 | |
2017年 | 119 | 521 | 476 | 50 | 149 | 20 | 3 | 3 | 29 | 23 | 1 | 3 | 37 | 4 | 66 | 5 | .313 | .365 | |
2018年 | 141 | 645 | 588 | 92 | 161 | 20 | 7 | 7 | 57 | 21 | 1 | 5 | 47 | 4 | 80 | 2 | .274 | .329 | |
2019年 | 143 | 623 | 558 | 89 | 174 | 23 | 3 | 3 | 45 | 30 | 3 | 3 | 50 | 9 | 78 | 5 | .312 | .376 | |
2020年 | 118 | 525 | 462 | 58 | 146 | 21 | 3 | 1 | 30 | 16 | 9 | 3 | 47 | 4 | 51 | 5 | .316 | .382 | |
2021年 | 141 | 596 | 548 | 54 | 160 | 19 | 5 | 1 | 34 | 16 | 1 | 2 | 42 | 3 | 60 | 4 | .292 | .345 | |
2022年 | 109 | 482 | 436 | 48 | 137 | 18 | 1 | 1 | 20 | 11 | 3 | 0 | 34 | 9 | 52 | 1 | .314 | .376 | |
2023年 | 130 | 494 | 470 | 34 | 136 | 17 | 2 | 0 | 23 | 6 | 1 | 3 | 15 | 5 | 43 | 7 | .289 | .316 | |
NPB:14年 | 1811 | 7719 | 6955 | 878 | 2021 | 256 | 54 | 34 | 395 | 266 | 112 | 30 | 541 | 81 | 871 | 54 | .291 | .347 |
年度別守備成績
年 度 |
球 団 |
位 置 |
試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
守 備 率 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2010年 | 中日 | 外野手 | 99 | 172 | 4 | 1 | 0 | .994 |
2011年 | 95 | 196 | 6 | 2 | 1 | .990 | ||
2012年 | 144 | 291 | 8 | 3 | 1 | .990 | ||
2013年 | 135 | 301 | 13 | 2 | 1 | .994 | ||
2014年 | 140 | 287 | 8 | 6 | 2 | .980 | ||
2015年 | 140 | 284 | 1 | 2 | 0 | .993 | ||
2016年 | 143 | 300 | 4 | 3 | 0 | .990 | ||
2017年 | 119 | 198 | 2 | 2 | 1 | .990 | ||
2018年 | 141 | 282 | 7 | 0 | 1 | 1.000 | ||
2019年 | 143 | 282 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | ||
2020年 | 118 | 202 | 5 | 2 | 2 | .990 | ||
2021年 | 141 | 270 | 3 | 1 | 0 | .996 | ||
2022年 | 109 | 189 | 3 | 0 | 0 | 1.000 | ||
2023年 | 114 | 185 | 2 | 2 | 1 | .989 | ||
通算 | 外野手 | 1721 | 3439 | 67 | 26 | 10 | .993 |
タイトル・表彰・記録
タイトル | ||
---|---|---|
最多盗塁 | 1回 | 2012年 |
最多安打 | 2回 | 2019年、2020年 |
表彰 | ||
ゴールデングラブ賞 | 9回 | 2011年、2012年、2014年-2016年、2018年-2021年 |
ベストナイン | 1回 | 2012年 |
月間MVP | 1回 | 2017年4月 |
日本シリーズ優秀選手賞 | 1回 | 2010年 |
その他 | ||
オールスターゲーム出場 | 4回 | 2012年-2014年、2017年 |
サイクルヒット | 1回 | 2016年7月20日 |
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