弓道警察とは「創作における弓道・弓術描写に関し言及する組織」である。
爆発的に事が大きくなった発端は、2015年に放送された「艦隊これくしょん -艦これ-(アニメ)」の第1話が放送された直後の出来事であるが、小さな原因は艦隊これくしょんのアニメの放送が決定され、キャラクターのアニメ版ビジュアルが先行公開されたときにまで遡る。
先行公開された公式イラストに対して現役弓道部と称する人物がツイッターで「指摘のテキストを添えた画像」を公開した。
元々原作ゲーム版立ち絵でも、弓を持つキャラクターに対し「この持ち方はおかしい」「この姿勢はおかしい」などという指摘が主に弓道経験者などからされてきたが、アニメ化という大きなイベントに際して耳目を集めることになる。
艦これプレイヤーからは「いや彼女らは弓道やってるわけじゃないし」「まあ弓道部は姿勢重視だもんな、段位とかで」「戦いでやってるんだぞ、いちいちお手本どおりできるわけがない」「そもそも創作なんで野暮なツッコミ」などと、人口や意見こそ多いが、ジャンルを問わずいつもネット上で繰り広げられる光景であり、中には弓術の専門家から「正しい」という指摘も見受けられ、この話題も時間が流れるにつれて他の話題に埋もれていった。
作中で弓を扱うシーンに対して「弓道警察」なるものを自称する弓道経験者の艦これファンが「実際の弓道的な指摘を入れるとしたら」という自嘲気味なネタ画像を作成してTwitterで公開。
その指摘する画像と「弓道警察」なる呟きを見た何者かが、画像を無断でツイートに添付、そしてその文言は「めんどくさい人達に目を付けられた」というものであった。
そのツイートと画像、果ては「弓道警察」の言葉を見た一部の人々が「弓道経験者が艦これを陥れるために活動している」として激昂し「弓道警察」とレッテルを貼って、弓道界隈全体を非難しはじめる。
密かに燻り続けていた火種がここで大爆発、他メディアも報じるネット炎上騒動へと発展してしまった。
後述しているように弓道は「誰かから指摘されることが比較的、他のスポーツなどより多い」ものであるが、騒動が収まった後のネットでも「弓道はめんどくさい人達に目を付けられる題材」というイメージが拭いきれずに残っている。
「弓道警察」という言葉は、上述のとおり「創作の弓道描写に難癖をつける厄介な弓道関係者たちの総称」というミーム汚染じみた領域にまで発展してしまったが、元はといえば「ある一人の人間が発した、冗談じみた単なる造語」であるため、「弓道警察」という組織・インターネットコミュニティが存在するはずもない。
しかし弓道描写に対する指摘そのものは(発言者は無粋と前置きしつつも)されており、考え・行動を共有する複数の人間が「組織されている」と連想される「ルール違反を摘発する」というイメージがつきまとう「警察」という言葉は使っている。
騒動に関連する「艦隊これくしょん」は、ブラウザゲームの中でも屈指のプレイヤー数・知名度を誇るため、「弓道警察」なる言葉を知った人間の母数が増えれば増えるほど、組織が実在すると勘違いする人・悪意を以て騒動を利用する人・頭に血が昇ってしまった人が増えるのは道理である。
更に原因を探るならば、弓道が「武道」であること、和弓は「大型の武器・殺傷兵器」であるということもあるだろう。銃を扱う者は安全装置のかけ方や正しい撃ち方・整備の仕方を習うように、弓を扱う者は正しい所作・射るための動作を習得していることが望ましい。
危ないから・下手しなくても命を落とす、という当たり前の理由を大前提に平和な世の歴史が進み、「所作を重視する現在の、武道としての弓道」が確立されている。
故に弓道経験者・弓道を知るものにとって、所作その他の指摘は当然であり、鍛錬の一環でもある。
弓道警察騒動以外・以前の何かでも「この所作は間違っている」と指摘されてきたことと、なんら違いはなく、彼ら彼女らにとっていつもの所作を繰り返しているに過ぎない。
もっとも、弓道ですらも流派によっては所作に違いがあり、弓道警察騒動で指摘された描写ですら前述のとおり「弓術ならば正しい」という意見もある。
では指摘された描写が「間違っている」かというと、そうではない。
弓道関係者にとっては「間違いである」といえるのだが、ある程度の節度や情報の正確さは必要とはいえ、トンデモ剣術やトンデモ拳法、魔球なる言葉が普通に通じるほどトンデモ変化球が量産されてきた創作界隈において「面白いことは正義」である。
しかし創作だからといって何をやっても許される訳ではない。
創作の「面白さ」が耳目を集め、現実世界に与える影響は決して無視できるものではなく、相応の倫理感が求められるのも必然である。
現に艦これキャラのコスプレのために弓道部の弓矢を持ち出し、公共の場で面白半分に弓を引いた事件もあり、多くの非難を浴びた。
「弓」と「矢」はそれぞれ単体での殺傷力が低く「道具」あるいは「飾り」として見られがちではあるが、組み合わせれば立派に人を殺せる「武器」となる。取返しのつかない事故を防止するためにも、安易な扱いや、あまりにも無知な取り扱いは推奨されるべきではない。
現実のルールを過度に持ち込み「面白さ」を損なわせてしまうのは本末転倒であるが、一方で「面白さ」の為に周囲に与える影響を省みなくなるのものマナー違反である。
創作が現実の延長線上にある以上、現実との兼ね合いは永久に問われ続ける難題である。
前々から数はともかく「眼に見える」形で、弓道関係者の「野暮なツッコミ」は艦これユーザーに幾度となく目撃されており、「弓道関係者は艦これor創作の弓に、要らぬ指摘をしてくる」という認識の下地は出来上がっていた。
視聴者数が多くとも、第一話の弓道描写に指摘が入ろうとも「弓道‘警察’」と「めんどくさい人‘達’」という言葉がなければ、指摘されたところで「またか」程度に思われていただろう。
最初の最初に「弓道警察」という言葉を発したユーザーは他でもない艦これプレイヤーなのだが、画面越しからそれぞれの人物の感情や真意を察するなど不可能であり、ついでに言えば皆がプロフィールやソースを適宜確認するわけでもない。
一見しただけでは、大多数の艦これプレイヤーにとっては「うっとうしい真似をしているくせに‘警察’などと名乗っている」と思い込んでしまい「めんどくさい人‘達’に目を付けられた」という文言には少なくないプレイヤーが同意したことだろう。
‘達’という複数形への指向性をもたされた怒りは組織色をも持つ「弓道警察」の単語と繋がり「そういうことをしている連中がいる」という激情へとなってしまい、冷静さを失ったファン心理は、前々から「眼に見えている」形で「野暮なツッコミ」をする人物が属している、弓道界隈‘全体’という結論に至ってしまう。
矛先を向けることの是非はともかく、必然か偶然かを問うなら、艦これコミュニティの憤怒の矛先が弓道界隈に向いてしまったのは、`経緯を加味すれば必然'といえる。
弓道界隈にとっては「弓道警察」の批判はとばっちりもいいところであり、艦これコミュニティを批判するが、艦これプレイヤー側としては「先に弓道界隈が野暮なツッコミをしておいて何を言ってるんだ」となってしまう。
批判が批判を呼び、果ては架空の作品に於ける表現の自由等を巡ってどんどん話題が拡散していき収拾がつかなくなっていったのだが、詳しい批判の応酬は各自調べて欲しい。
転載やアフィブログなどの昨今のインターネット問題を含めずに言えば、これまでのように正しさを追及しすぎた・していったことが原因である。
極論を言ってしまえばこの弓道警察騒動も単なる炎上の一種に過ぎず、むしろ人の人生を左右する被害もなければ犯罪もなかったぶん、ただの空騒ぎでしかない。
艦これユーザーも、弓道者も、そうでない人も、不寛容にならず、誤解に囚われず、隠れた悪意に惑わされないよう、切に願うばかりである。
以下の動画には「弓道警察」のタグが付けられてはいるが、艦これアニメ放送以前に投稿されたネタ動画であり、弓道や関連作品を貶める意図はない。
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最終更新:2024/05/03(金) 06:00
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