他者加害原理とは、憲法学で語られる言葉である。
概要
他者加害原理とは他者危害原理とも呼ばれるもので、「ある人の基本的人権を権力者が制限するとき、十分に正当化される理由は、『他者に危害を加えることを防ぐため』という理由である」というものであり、19世紀英国のジョン・スチュワート・ミルが提唱した考えである。
「政府が公共の福祉を名目に基本的人権を制限するときは他者加害原理を基礎にするべきである」と憲法の教科書で説かれる。
上述のように、基本的人権はその不可侵性を本質とするが、そのことは基本的人権の保障が絶対的で一切の制約が認められないということを意味しない。それは、基本的人権観念も共生(人間の共同の社会生活)を前提に成立している以上当然のことで、基本的人権が絶対的であるとは他人に害を与えない限りにおいてのみ妥当とする。
J・S・ミルは、その著『自由論』において、「人類が、個人的にまたは集団的に、だれかの行動の自由に正当に干渉しうる唯一の目的は、自己防衛だということである。すなわち、文明社会の成員に対し、彼の意志に反して、正当に権力を行使しうる唯一の目的は、他人にたいする危害の防止である。彼自身の幸福は、物質的なものであれ道徳的なものであれ、十分な正当化となるものではない」(早坂忠訳)と述べている。これは“harm principle”(「他者加害原理」)として知られているが、基本的人権の制約を考える際の出発点をなすものと解される。
ただ、そのような抽象論のレベルであえて確認すべきことがあるとすれば、上述のように、「公共の福祉」は、本質的に個人の基本的人権と対立する実体的な多数者ないし全体の利益を意味するものではなく、ミルのいう「他者加害原理」を基礎とするということである。
1789年のフランス人権宣言の第4条は、他者加害原理の思想を含むものとなっている。
自由とは、他人を害しないすべてのことをなしうることにある。 したがって、各人の自然的諸権利の行使は、社会の他の構成員にこれらと同一の権利の享受を確保すること以外の限界をもたない。 これらの限界は、法律によってでなければ定められない。
Art. 4. La liberté consiste à pouvoir faire tout ce qui ne nuit pas à autrui : ainsi, l'exercice des droits naturels de chaque homme n'a de bornes que celles qui assurent aux autres Membres de la Société la jouissance de ces mêmes droits. Ces bornes ne peuvent être déterminées que par la Loi.
基本的人権を制限するときの3つの口実
政府が基本的人権を制限するときの口実には、おおむね3つが挙げられる。他者加害原理、「限定されたパターナリスチックな制約」、「社会における多数または全体の利益の達成」である。
この中で他者加害原理と「限定されたパターナリスチックな制約」は容認されやすいが、「社会における多数または全体の利益の達成」は容認されにくい。
「社会における多数または全体の利益の達成」は「何も悪いことをしていないのになぜ自由を制限されるのだ、とても抑圧的だ」という不満の声が高まりやすく、反感を持たれやすい。
先ほどに挙げた憲法学の教科書の文章に「公共の福祉は、本質的に個人の基本的人権と対立する実体的な多数者ないし全体の利益を意味するものではなく、」とある。「社会における多数または全体の利益の達成」は本質的に公共の福祉に入らない、という解釈である。
関連項目
- 憲法
- 日本国憲法第12条
- 限定されたパターナリスチックな制約 - 政府が基本的人権を制限するときに使う口実の1つ
- 愚行権
- 人権
- 自由
- ジョン・スチュワート・ミル
- 機能的財政論 - 税金は他者加害原理や「限定されたパターナリスチックな制約」を口実として罰金として徴収する、という考えを導く財政論
- 法律に関する記事の一覧
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