繰延債とは、国債の一種で、市場に売却されずに金銭の給付に代えて交付(譲渡)されるものの総称である。「広義の交付国債」と呼ばれることがある。
概要
性質その1 通貨代用証券の一種
国債を発行目的別に分けると歳入債、財投債、融通債、繰延債の4種類になる[1]。このうち繰延債以外の3つは市場に売却して政府が保有する資金を増やすために発行されるが、繰延債は市場に売却されず金銭の給付に代えて交付して交付先の資産にするために発行される。
繰延債は通貨の代わりとして交付される。このため繰延債は通貨代用証券の一種といえる。通貨代用証券とは簿記・会計の用語で、金融機関でいつでも現金と交換でき、また、支払手段として他人に譲り渡すことができる証券をいう。企業が発行する小切手や一覧払い手形[2]が典型例である。ただし日本政府の発行する繰延債は譲渡禁止となっているものが多く、純粋な通貨代用証券とは言えないところがある。
性質その2 資金調達の手間を先延ばしできる
通常の政府は、金銭を交付して歳出する。歳出先が市中銀行に口座を持っていないのなら現金を渡すし、歳出先が市中銀行に口座を持っているのなら銀行振り込みするし、歳出先が日銀に口座を持っているのなら中央銀行預金を送金する[3]。
一方で繰延債を交付する場合は、繰延債の支払期日まで政府が資金を調達する必要がなくなる。政府は資金調達の手間を先延ばしすることができる。
種類
繰延債には交付国債や出資・拠出国債がある。その他にも株式会社日本政策投資銀行危機対応業務国債や原子力損害賠償・廃炉等支援機構国債がある。
交付国債は、第二次世界大戦大戦により物的・精神的損失を受けた戦没者などの遺族や強制引揚げを余儀なくされた引揚者などに対して、弔慰金・給付金などの金銭の支給に代えて交付されているものである。
出資・拠出国債は、日本政府が国際機関に対して円建てで出資・拠出をするときに、円貨の支給に代えて交付されているものである。
名称
日本政府の財務省は「第二次世界大戦の戦没者遺族や引揚者へ交付される国債」を「狭義の交付国債」と呼び、繰延債を「広義の交付国債」と呼んでいる[4]。
日本銀行は「第二次世界大戦の戦没者遺族や引揚者へ交付される国債」を交付国債と呼び、繰延債はそのまま繰延債と呼んでいる[5]。
本記事では日本銀行の呼び分け方を採用して記述している。
交付国債
定義
第二次世界大戦大戦により物的・精神的損失を受けた戦没者などの遺族や強制引揚げを余儀なくされた引揚者などに対して、弔慰金・給付金などの金銭の支給に代えて交付されている国債を交付国債という。
法律など
昭和27年に制定された戦傷病者戦没者遺族等援護法(援護法)では第37条で戦没者遺族に対する交付国債の発行が認められた。「遺族国庫債券」[6]と呼ばれ、発行日から最終支払日までの間の期間が10年以内の国債で、年6分の利子(年利6%の利子)が付き、記名式の現物債であって受け取る人が限定されていて、金融業者などが譲渡を受けることが禁止され、金融業者が担保にすることも禁止された。
このあと、類似の法律がいくつか制定された。
昭和32年制定の引揚者給付金等支給法では第14条で「引揚者国庫債券」[7]と呼ばれる交付国債の発行が認められた。年利6%で譲渡禁止・担保禁止の記名国債である。
昭和38年制定の戦没者等の妻に対する特別給付金支給法では第4条で「特別給付金国庫債券」[8]と呼ばれる交付国債の発行が認められた。年利が付かず無利子で、譲渡禁止・担保禁止の記名国債である。
昭和40年制定の戦没者等の遺族に対する特別弔慰金支給法では第5条で「特別弔慰金国庫債券」[9]と呼ばれる交付国債の発行が認められた。年利が付かず無利子で、譲渡禁止・担保禁止の記名国債である。
出資・拠出国債
定義
日本政府が国際機関に対して円建てで出資・拠出をするときに、円貨の支給に代えて交付されて国債を出資・拠出国債という。
性質など
日本政府が国際機関に加盟すると、その国際機関は日本に支部を作って日本で活動する。日本における活動の資金となる円貨を支給するため、日本政府が国際機関に対して出資・拠出国債を交付する。
出資・拠出国債は無利子で、譲渡禁止の記名国債である。そして保有者が「現金や中央銀行預金に変換してほしい」と要求した日が支払期日になる種類の債券で、いわゆる要求払い負債・一覧払い負債の債券である。
国際機関が「出資・拠出国債を中央銀行預金に変換してほしい」と要求したら、日本政府は直ちに中央銀行預金を送金する。日本政府も国際機関も日銀に口座を開設しており、日本政府の口座に中央銀行預金がある場合はその中央銀行預金を政府預金と呼び、国際機関の口座に中央銀行預金がある場合はその中央銀行預金を「国際機関が保有する預金」といったふうに呼ぶ。
2019年度末の時点において、13の国際機関に対して19の種類の出資・拠出国債が交付されている[10]。
日銀の自動運用
国際機関が円貨を必要としたときは、出資・拠出国債を中央銀行預金にするように日本政府へ要求する。国際機関はそうして得られた中央銀行預金を使って買い物などをする。
国際機関が中央銀行預金を余らせたとき、日銀が自動運用という業務をしている。国際機関に対して日銀が保有する国庫短期証券で売り現先[11]をして中央銀行預金を吸収し、一定期間が過ぎた後に利子をつけて中央銀行預金を返金してあげており、そうしたことを自動的に繰り返している[12]。日本の一般市民は市中銀行に余分なお金を預けて利子を受け取っているが、それと同じことをしている。
ちなみに海外の中央銀行も日銀に口座を開いており、預金を保有している。海外の中央銀行が保有する預金に対しても日銀は自動運用を行っており、預金を自動的に増やしてあげている[13]。
その他の繰延債
株式会社日本政策投資銀行危機対応業務国債
株式会社日本政策投資銀行危機対応業務国債は、日本政策投資銀行(政投銀)が行っている危機対応業務を円滑に実施するため、政投銀の財務基盤を強化することを目的に発行・交付している国債である。
政投銀の危機対応業務というのは、2008年のリーマンショックや2020年のコロナ禍のような経済危機が起こったときに苦境に陥った企業に対して融資を積極的に行うことである。
無利子で、譲渡禁止の記名国債である。そして保有者が「現金や日銀当座預金に変換してほしい」と要求した日が支払期日になる種類の債券で、いわゆる要求払い負債・一覧払い負債の債券である。
政投銀は必要に応じて株式会社日本政策投資銀行危機対応業務国債を日銀当座預金にしており、それを資本金にしている。2012年11月にもそうしたことを行った(記事)。資本金を増やすと、それだけ貸出限度額が増える格好になる(詳しくは準備預金制度の記事の『バーゼル合意(BIS規制)での金銭債権総額規制』の項目を参照のこと)。
原子力損害賠償・廃炉等支援機構国債
原子力損害賠償・廃炉等支援機構国債は、原子力損害賠償・廃炉等支援機構が特別資金援助に係る資金交付を行うために必要となる資金の確保に用いることを目的として発行・交付している国債である。
無利子で、譲渡禁止の記名国債である。そして保有者が「現金や銀行預金に変換してほしい」と要求した日が支払期日になる種類の債券で、いわゆる要求払い負債・一覧払い負債の債券である。
原子力損害賠償・廃炉等支援機構が新たに銀行預金を必要としたとき、政府に対して「この繰延債を銀行預金に変換してほしい」と要求する。政府が「原子力損害賠償・廃炉等支援機構が口座を開設する市中銀行」に中央銀行預金を送金し、それに応じて「原子力損害賠償・廃炉等支援機構が口座を開設する市中銀行」があらたに負債として銀行預金を発行し、結果として原子力損害賠償・廃炉等支援機構が銀行預金を手に入れる。
原子力損害賠償・廃炉等支援機構は、入手した銀行預金を原子力事業者に振り込み、原子力事業者に対して「損害賠償の履行に使ってください」と指示する。
関連項目
脚注
- *教えて!にちぎん 国債にはどのような種類がありますか?
- *一覧払い手形は、手形の保有者が請求する日時が自動的に支払期日になる手形のことをいう。
- *政府の口座から相手の口座に中央銀行預金が送金される。政府の口座にあるときは政府預金と呼ばれる。
- *債務管理リポート2020 99ページ
- *教えて!にちぎん 国債にはどのような種類がありますか?
- *昭和27年制定の省令で遺族国庫債券との名称が付けられた。
- *昭和32年制定の省令で引揚者国庫債券との名称が付けられた。
- *昭和38年制定の省令で特別給付金国庫債券との名称が付けられた。
- *昭和40年制定の省令で特別弔慰金国庫債券との名称が付けられた。
- *債務管理リポート2020 99ページ
- *売り現先は、一定期間の後に買い戻す約束をしながら保有する債券を売る行為のことで、実質的に、債券を担保とした借り入れである。詳しくは短期金融市場の記事の『オープン市場の現先市場』の項目を参照のこと。
- *日本銀行の機能と業務(有斐閣)日本銀行金融研究所 195ページ
- *日本銀行の機能と業務(有斐閣)日本銀行金融研究所 195ページ
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