クーデターとは、暴力的な手段を用いた政変を意味し、もとはフランス語で"coup d'État"である。英語では単にcoup(クー)とも。
概要
coupは打撃、etatは国家を示し、直訳は国家への打撃である。
基本的に軍事による、急進的な政権の奪取を意味する。大衆が直接かかわらない、体制そのものは維持されるという点で、革命とは区別される。
「革命」が社会的に下の階層に居る者が上の階層に居る者に取って代わる(いわば「下克上」)という性格を持っているとすれば、これに対して「クーデター」はあくまで上の階層内での、「政治的権力を持っている者」と「軍事力を持っている者」らの間での主導権争いと見なすこともできる。
ただしこういった区別はあいまいであり、同じ政変がクーデターとも革命とも呼ばれるケースもある(1974年にポルトガルで青年将校らが起こしたクーデター「カーネーション革命」など)。
既に最高指導者の立場に居る者がクーデターを起こす例もある。1992年に当時のペルー大統領アルベルト・フジモリが起こした「アウトゴルペ」(スペイン語で「自己クーデター」の意)が好例で、自己の権力をさらに強化するための手段であった。
クーデターを起こして政権を奪取することに成功した人物の例としては、ナポレオン・ボナパルト、ベニート・ムッソリーニ、ボカサ1世、ムアンマル・アル・カッザーフィー(カダフィ大佐)、朴正煕、アルベルト・フジモリなど。程度の差はあれ、その後の政治方針について「独裁的」と評される人物が多い。
また、上記で例に挙げた6名のうち「権力の座で活躍した後に穏便に引退して幸福のうちに人生を終えた」と言える人物は一人としておらず、良くても流刑(ナポレオン・ボナパルト)や収監(ボカサ1世、アルベルト・フジモリ)、悪ければ殺害(ベニート・ムッソリーニ、カダフィ大佐、朴正煕)の憂き目に遭っている。もしここを読んでいる方の中にクーデターを画策している方が居たら、「クーデターが成功しても自分は最終的に不幸になる」という覚悟はしておこう!
政情が安定している現代の日本に住んでいるとピンと来ないが、日本でも戦前までは軍事クーデターが少数ながら起きていた。有名なのは五・一五事件、二・二六事件、宮城事件の3つ。いずれも失敗していて政権転覆に至ったケースは無い。また世界全体で見るとクーデターはさほど珍しい物ではない。「1950年から数えて、世界では463回のクーデターが発生し、そのうち成功したのは233回であった」という情報を2018年終盤に記したニュースサイトもある[1]。同サイトによれば、過去100年間(1919年~2018年か?)で「クーデターが起きなかった年」は2007年と2018年の2回だけだったとのこと。
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関連項目
脚注
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