マルコフニコフ則またはマルコフニコフの法則(英:Markovnikov's rule)とは、有機化学における経験則である。
概要
マルコフニコフ則は、有機化学において、二重結合への付加反応の主生成物を推測するための経験則である。アルケン(二重結合を持つ炭化水素)の二重結合にハロゲン化水素や水が付加する際、「より水素が多くついている炭素原子にプロトン(H+)が付加し、より置換基が多くついている方に置換基が付加する」という法則である。ただし、あくまで経験則であり、条件によっては逆マルコフニコフ付加(anti-Markovnikov addition)をすることもある。
この規則は、ロシア人化学者ウラジミール・マルコフニコフによって確立された。当初マルコフニコフが述べた規則は、以下のようなものであった。
非対称な形をした(不飽和な)炭化水素へのハロゲン化水素の付加において、ハロゲン原子はより少ない数の水素原子を持っている炭素に付いた状態になる。
つまり、元々この法則はハロゲン化水素の付加反応に限った法則であった。現在では定義が拡張され、IUPAC(国際応用化学連合)で述べられている法則は、厳密には以下のものである。
アルケンやアルキンへの極性分子のヘテロリシス(注:陽イオンと陰イオンを生じるような不均等な開裂をすること)な付加において、より電気的に陰性な(求核性をもつ)極性分子の原子(または部分)は、より小さい数の水素原子を持っている炭素原子に付いた状態になる。
つまり、現在では極性分子全般に拡張して、マルコフニコフ則が述べられている。上の引用を見ればわかる通り、この法則は正確には、「多い方に付く」という形ではなく、「少ない方に付く」という言い方で述べられている(ただし、言っていることはどちらでも同じ)。
高校化学で習う範囲では、有機化学で数少ない人名が付いた法則(もしかすると唯一の法則かもしれない)であり、そのユニーク名前から非常に印象に残りやすい。当然、その分重要な法則でもある。
反応
アルケンの二重結合にハロゲン化水素HXが付加する場合、反応は以下のように進行する。
Rはアルキル基を表している。主生成物がマルコフニコフ則に従ったもの、副生成物は従わないものである。つまり、主生成物ではハロゲン化水素のH+が水素が多く付いている方に、X-が置換基が多い方に付加している。
原理
マルコフニコフ則は、カルボカチオンの安定性によって説明することが可能である。このことを、2-メチルプロペンへのハロゲン化水素(HX)の付加で説明する。
ハロゲン化水素が2-メチルプロペンの二重結合に付加する際、先にハロゲン化水素のプロトン(H+)が付加し、中間体としてカルボカチオンを生じると考えられている。この時、1位の炭素に付加した場合は第三級カルボカチオンを、2位の炭素に付加した場合は第一級カルボカチオンを生じる。第3級カルボカチオンは比較的安定であり、その一方で第一級カルボカチオンは非常に不安定である(詳しくはカルボカチオンの記事を参照)。そのため、反応の主生成物は2-ブチル-2-メチルプロパンとなり、逆に1-ブチル-2-メチルプロパンは生成しない。
逆マルコフニコフ付加
逆マルコフニコフ付加をする反応には、「ヒドロホウ素化ー酸化」と「ラジカル付加反応」の2つがある。
ヒドロホウ素化ー酸化
「ボラン」の記事を参照。
ラジカル付加反応
臭化水素HBrがアルケンに付加する際、通常はマルコフニコフ則に則って反応が進行する。
これは、過酸化物によって、HBrからラジカル(共有結合に使われていた共有電子対が、互いに1つずつ電子を分け合って開裂したもの)が生じ、ラジカル連鎖反応を起こすためである。
まず、開始段階で過酸化物の開裂により、臭素のラジカルが生じる。
次に、伝搬段階(成長段階)と呼ばれる段階になり、臭素ラジカルを連鎖的に生じながら逆マルコフニコフ付加体が生じる。
このような逆マルコフニコフ付加は、同じハロゲン化水素でも塩化水素やヨウ化水素の場合には起きない。しかし、チオール(-SHの置換基を持つ物質)のように、他にもラジカル付加をする物質は存在する。
参考
- Vollhardt, Schore著, 古賀, 野依, 村橋監訳, 大嶌, 小田嶋, 小松, 戸部訳『ボルハルト・ショア―現代有機化学(上)』pp. 628-632(化学同人, 第6版, 2011)
- 東郷秀雄『改訂 有機人名反応 そのしくみとポイント』pp. 22, 23(講談社, 2011)
- 齋藤・藤嶋・山本・他19名『化学』p. 288(啓林館, 平成24年3月15日検定済, 平成27年度用)
関連項目
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