雨乞い銭、雨乞銭とは、日本の一部における雨乞いの風習とされているものである。
概要
円形の貨幣に放射状に傷をつけて雨が降るのを祈る。その形状が番傘を連想させるため、傘がいるような状態即ち雨ふりを思い起こさせることから発生したとされる。ただし、実際にその意味合いがあったかどうかはよくわかっていない(詳しくは後述)。
貨幣損傷等取締法
第1項 貨幣は、これを損傷し又は鋳つぶしてはならない。
第2項 貨幣は、これを損傷し又は鋳つぶす目的で集めてはならない。
第3項 第1項又は前項の規定に違反した者は、これを1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
既に法的効力のない貨幣、古銭や玩具、外国の貨幣で行うことに問題はない。
地域の風習である場合、例外的に認められる可能性もあるとも言われることがあるが、かつて広く行われていた、三途の川の渡し賃として六文銭を死者に添える風習も、現在の貨幣に代えて行われることは多くの火葬場で禁止されている(炉を傷めるため)。雨乞い銭を認めると、「雨乞い銭だ」と称して傷をつけた貨幣を大量に作る行為が可能になってしまうので、雨乞い銭も認められる余地は多くはなさそうである。
雨乞い銭の知名度
雨乞い銭はWikipediaやコトバンクの各種百科事典にも2020年11月時点で項目がなく、どの地域でいつの時代から行われているのか、インターネット上の情報だけではよくわからないほどマイナーな存在だった。ただし、一部の古銭を扱う書籍で記述が見られ、ネットオークションでも「雨乞い銭」の名称で以前から流通しており、古銭に詳しい人の間ではある程度知られていたと思われる。
雨乞い銭が掲載された書籍・論文・報告書
大鎌淳正「改訂増補 古銭語事典」(1997)には、「雨乞銭」の項目があり、以下の内容が掲載されている(p.3)。
干天続きに、農民が雨の降らんことを願って、寛永通寶などの通用銭を、中央から輪に向って放射線状に、ヤスリで溝を多数に彫り、雨傘に見立てて、この雨傘が必要になりますよう雨を降らせて下さいと神仏に供えたもので、この風習は古くから各地にあった。
山下歳信の調査では、群馬県太田市牛沢町で、数千枚の古銭が出土している(p.72)。そのうち、渡来銭の「熈寧元寶」2枚、「開元通寶」1枚が雨乞い銭となっていた(p.98)。
松下孜「近世知多地方の雨乞い」(日本福祉大学子ども発達学論集3, 2011)掲載の史料には「雨乞銭」の記述が見られる(p.200)が、説明は無く単に「雨乞銭」と書かれているだけである。また、同じ史料では「雨乞払落」「雨乞米代」という言葉もある。すなわち、この論文の「雨乞銭」は「風習として傷がつけられた雨乞い銭」か、「傷ではない別の方法でまじないが施された銭」か、それとも「雨乞いのために支払われた普通の銭」かの区別はつかない。
このように、銭に傷をつける行為自体は存在したとみられる。しかし、上記の事典に書かれたように「古くから各地にあった」とするには資料が少なく、「雨乞い」と明確に結び付けられている資料も見つからない。また、江戸時代ごろの農村では「雨傘」ではなく「笠」が普及しており、雨傘を取り上げるのは不自然でもある。そのため、銭に傷をつける風習が「雨乞いの風習として」、「全国に」あったとする点を疑う意見も存在する(参考)。
傷のついた五円玉(2020年)
2020年11月、賽銭箱に入れられた傷のついた五円玉の画像が「雨乞い銭ではないか」と話題となった。
なお、現代の貨幣に雨乞いを願って傷をつけることは稀である。「現代貨幣で見るのは初めてかもしれない」というツイートがあるように、大抵の場合は寛永通宝などの古銭の例が多いとされており、日本でいつまで雨乞い銭の風習が見られたのかはわからない。そもそも、例の傷のついた五円玉が雨乞い銭として作られたのかどうかは不明で、単純な悪戯の可能性も排除できないので注意を要する。
関連項目
関連リンク
- あるお寺で見つかった「変形された古めの五円硬貨」誰かの悪質な悪戯?→実は「雨乞銭」という、古い時代の慣習らしく興味深い - Togetter
- ibenzo「【情報求ム】雨乞銭は存在するのか、どこであれ資料が見つかりそうな場所で」(A Netlore chase)(2020/12/19)
- 6
- 0pt