手形抗弁とは、法律用語の1つで、手形に関する訴訟における抗弁のことをいう。
手形を振り出した者が、債務の履行を拒否することがある。それに不満を感じる債権者は手形訴訟
(手形に関する紛争向けの簡易な民事訴訟
)を起こすことになる。
その訴訟で、原告である債権者の請求に対して、被告となった債務者は抗弁をする。このときの抗弁を、手形抗弁という。
手形抗弁は、物的抗弁と無権利抗弁と狭義の人的抗弁の3つに大別される。
物的抗弁は、手形という「物」に付着した要因をもとに行われる抗弁のことをいう。
無権利の抗弁は、手形を所持する「人」に付着した要因をもとに行われる抗弁の1つで、所持人が本来の権利者ではないときに行われる。
狭義の人的抗弁とは、手形を所持する「人」に付着した要因をもとに行われる抗弁の1つである。
物的抗弁は、手形という「物」に付着した要因をもとに行われる抗弁のことをいう。
すべての所持人に対して行われる。振り出された手形を最初に受け取った人に物的抗弁が行われるだけでなく、手形を最初に受け取った人から譲渡された人に対しても物的抗弁が行われる。
所持人が持っているのは確かに手形だが、その手形の成立に関して不備や不正がある、と主張する抗弁。
手形行為
とは、手形に署名することによって、手形債務を負う法律行為のことをいう。日本において手形の大部分を占めるのは約束手形であるのだが、約束手形における手形行為とは、振出・保証・裏書の3行為である。
手形要件
とは、手形に記載されるべき必要事項のことをいう。
「必要事項を十分に記入せずに『ちゃんと裏書きした』と主張して手形を譲渡し、その主張に騙されて手形を受け取って、手形債権を主張する人」に対する抗弁は、本項目の典型的な例である。
ある会社に忍び込んで手形帳の1枚を破りとり、社印などを偽造し、そうして振り出した偽造手形を所持する人に対して、この抗弁が行われる。
手形にはチェックライター
という機械で金額が書き込まれるのが普通だが、まれに手書きで金額を書き込む人がいる。いい加減な手書きの金額に対しては変造を行いやすい。「二百万円」の「二」に線を書き入れて「三」に見せかけて、「三百万円」の手形です、と主張する。そういう変造手形を所持する人に対し、この抗弁をする。
権利がないのに「○●さんの代理人です」と偽って○●さんに債務を負わせる手形を振り出す悪人がいる。そういう手形を所持してしまった人に、この抗弁が行われる。
手形のことを全く知らないが大金を持っている○●さんに、「ここに名前を書いて」とそそのかして手形に署名させて、○●さんに債務を負わせる手形を振り出す悪人がいる。そういう手形を所持してしまった人に、この抗弁が行われる。手形のことを全く知らないのに手形に署名することを「意思能力
を欠く」と表現する。意思能力を欠く人は、幼児、認知症の進んだ人、泥酔者、精神病患者、などが代表例とされる。
未成年が手形を振り出すことがある。そういう手形を所持してしまった人に、この抗弁が行われる。未成年や、浪費がひどいなどの理由で成年被後見人になった人は、「行為能力
を欠く」と表現され、法律行為を行う資格がないと見なされる。
脅されて仕方なく手形を振り出すことがある。そういう手形を所持してしまった人に、この抗弁が行われる。
所持人が持っているのは確かに手形だが、その手形の記載事項をよく確認すると振出人の債務が消滅していることが分かる、と主張する抗弁。
手形の支払期日がまだ到来していない、手形の消滅時効が成立した、というのが典型例である。
手形の多くは、確定日払い手形
といって、支払期日を決めてある。その場合は、支払期日から3年が過ぎると時効消滅が成立する。
一部の手形は一覧払い手形
といい、支払期日を記入せずに振り出す。手形の所持人は、手形を振り出した日から1年以内に銀行に持ち込んで支払いのための呈示をする。小切手は振り出した日を含めて11日以内に銀行持ち込みしなければならないが、一覧払い手形は振り出した日を含めて1年以内に銀行持ち込みするわけであり、小切手の長期版といえる。一覧払手形の振り出しから1年以内に銀行呈示がなかった場合、振り出した日から4年が過ぎると時効消滅が成立する。
手形を所持する人が紛失すると、裁判所に届け出を出して、裁判所に除権決定
をしてもらう。すると、手形を正式に所持していた人は、手形を所持していなくても手形債権を主張できるようになる。そして、紛失した手形に付着していた権利は全て消滅する。
除権決定を受けた手形(ただの紙切れ)を振出人に呈示して支払を求めてきても、振出人は拒否できる。そのまま手形裁判になっても、被告になった振出人は、除権決定の抗弁をすることができる。
物的抗弁の反対概念は、「広義の人的抗弁」といい、「人」に付着した要因をもとに行われる抗弁とされる。
そのうちの一部が、無権利の抗弁と呼ばれる。所持する人が正当な権利を持っていないという意味の抗弁で、窃盗や恐喝などの犯罪を経て取得したことを指摘するものである。
物的抗弁の反対概念は、「広義の人的抗弁」といい、「人」に付着した要因をもとに行われる抗弁とされる。
そのうちの一部が無権利の抗弁で、無権利の抗弁以外の全てを「狭義の人的抗弁」という。普通、人的抗弁というと、狭義の人的抗弁を指す。
手形を振り出すとき、その原因となる法律関係が存在する。これを原因関係という。手形の原因関係で多いのが、売買契約である。
売買契約は双務契約で、契約の当事者が互いに対価的な債務を負担する。売主は物を引き渡す義務を負い、買主はこれに対し代金を支払う義務を負っている。
売主が物を引き渡す義務を履行しなかった場合、買い主は代金を支払う義務を拒否することができる。これを同時履行の抗弁権という。傷だらけの使い物にならない商品ばかり納入されたり、商品を全く納入されなかったりすると、同時履行の抗弁権を主張して代金支払を拒否できる。
原因関係で発生した債務を原因債務という。同時履行の抗弁権を主張して原因債務が消滅したことを主張する場合、当然、手形債務の消滅も主張できる。10万円分の商品を購入するために10万円の手形を振り出し、その後にインチキ売主が物を引き渡す義務を履行しなかったら、インチキ売主に対し「君に渡した10万円の手形に関して、支払いを拒否する」と言うことができる。
ただし、10万円の手形を受け取ったインチキ売主が、全く事情を知らない他の人に手形を譲渡してしまった場合、手形債務の履行を拒否できない。これを人的抗弁の切断といい、手形法第17条
で定められている。この制度により、全く事情を知らない人が安心して手形を受け取ることができる。手形の譲渡・流通を促進するための制度と言える。
インチキ売主と被害者買主の事情を一切知らないことを法律用語で善意
と言う。このため、手形法第17条
は「善意取得
した者を保護して手形の流通を促進する制度」と表現される。
インチキ売主と被害者買主の事情を知っていることを法律用語で悪意
という。悪意を持って手形の譲渡を受けた者に対しては、人的抗弁の切断が適用されず、悪意の抗弁を主張して手形支払を拒否できる。
自分に手形を譲渡したがっている人がインチキ売主で、哀れな買主に被害を与えている人物である・・・こういう事情を知っていることを、手形法第17条
に由来する法律用語で「害することを知る」と表現する。
Aは、Bから10万円で物を購入し、Bに向けて10万円の手形を振り出した。AとBの間の売買契約は順調に行われた。
次に、BがCから10万円で物を購入し、Cに向けて「Aが振り出した10万円の手形」を裏書譲渡した。そのあと、Bに特別な事情が発生し、Cに向けて「あの売買契約はキャンセルしてほしい。物は返すので、10万円手形を返してほしい」といいつつ、物を返した。
Cはここで「Aが振り出した10万円の手形」をBに返せばいいのだが、そうせずに、手形をAのところに持っていって10万円の換金を要求した。
この場合、Aは、「Cの手形換金要求は、権利の濫用に当たる」といって、支払いを拒否する抗弁が可能である。権利の濫用の禁止は、民法第1条第3項
で定められている。
手形というのは、いくつかの理由で、振出人が支払を拒絶することがある。その支払拒絶の際には、手形の所持人が、支払拒絶証書
を公証人に作ってもらうことがある(2020年現在の手形は拒絶証書不要の物が非常に多い)。
支払拒絶証書を作ってもらっている間や、作ってもらった後に、手形を裏書譲渡することがある。これを期限後裏書という。
もちろん、支払を拒絶されるような「わけあり手形」を好んで受け取る人というのは、ごく限られている。金の取り立てが抜群に上手いヤクザ・暴力団や、それに近いような存在が、受け取るわけである。
金の取り立てに自信があってわざわざ期限後裏書で手形を所持した人には、期限後裏書に対する抗弁が可能である。
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最終更新:2025/12/08(月) 14:00
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