Arhangel'skiiの不等式(Arhangel'skii's inequality)とは、ハウスドルフ空間の濃度を各点の近傍濃度や被覆に関する濃度で評価する不等式のことである。
Xを位相空間とする。
・点x∈Xに対し、χ(x,X)でxの基本近傍系の濃度の最小値を表すとする。これをxでの指標または近傍濃度と呼ぶ。
・χ(X) = sup{ χ(x,X) : x∈X } をXの指標または近傍濃度という。
・L(X) = ℵ0 + min{ m : Xの任意の開被覆は濃度mの有限部分被覆を持つ} をXのリンデレーフ数という。
χ(X) = ℵ0 のとき X を第一可算であるといい、L(X) = ℵ0 のとき X をリンデレーフ空間というのだった。
Xがハウスドルフ空間であるとき、Xの濃度に関して次の不等式が成り立つ:
|X| ≦ 2χ(X)L(X)
これをArhangel'skiiの不等式という。
点 x ∈ X の基本近傍系であって、濃度が χ(X) 以下であるものを Ux と置く。τ を濃度が χ(X)L(X) より大となる最小の順序数とする。
証明は二つの部分に分かれる。まずは X の閉集合であって濃度が 2χ(X)L(X) 以下のものの τ 個の単調増加な族であって、諸々の条件を満たすものを構成する。次にそれらが X を被覆することを示して X の濃度を評価する。
まずは第一段階。 X の閉集合の族 Fβ , 0 ≦ β < τ であって、次を満たすものを超限帰納法により構成する;
(3) U ⊂ ∪{Ux:∃α<β,x∈Fα} , |U| ≦ L(X) , X-∪U ≠ ∅ のとき Fβ-∪U ≠ ∅
まず X の点 p を適当にとって、F0 = { p } とする。
0 < β < τ について、すべての α < β に対して上の(1),(2),(3)を満たす Fα が構成されているとする。
U' = { X-∪U : U ⊂ O , |U| ≦ L(X) , X-∪U ≠ ∅ }
と置く。(2)より|O| ≦ 2χ(X)L(X) であり、よって |U'| ≦ |O|L(X) = 2χ(X)L(X) となる。
各 V ∈ U' に対してその元 p(V) ∈ V を選び E = { p(V) : V ∈ U' } と置けば
|E| = |U'| ≦ 2χ(X)L(X)
であり、従って
| E ∪ ( ∪{ Fα : α<β } ) | ≦ 2χ(X)L(X)
となる。
E ∪ ( ∪{ Fα : α<β } ) の閉包の点の任意の近傍はまたE ∪ ( ∪{ Fα : α<β } ) の点の近傍となっていることから、
| Cl ( E ∪ ( ∪{ Fα : α<β } ) ) | ≦ (2χ(X)L(X))χ(X) = 2χ(X)L(X)
がわかる(ただし Cl(・) は閉包である)。そこで Fβ = Cl ( E ∪ ( ∪{ Fα : α<β } ) ) と置く。このとき(1),(2)は明らかに満たされているから、(3)を満たすことを示そう。
U ⊂ ∪ { Ux : ∃α<β, x∈Fα } , |U| ≦ L(X) , X-∪U ≠ ∅ となるよう U をとる。すると X-∪U ∈ U' であるので、
p( X-∪U ) ∈ E ∩ ( X-∪U ) = E-∪U ≠ ∅
よって Fβ - ∪U ≠ ∅ がわかり、(3)が従う。
これにより超限帰納法が進行し、すべての 0 ≦ β < τ に対して(1),(2),(3)を満たす閉集合の族 Fβ が構成された。
第二段階。X = ∪ { Fα : 0 ≦ α < τ } を示す。
F = ∪ { Fα : 0 ≦ α < τ } と置く。まずはこれが閉であることを示そう。そのために x ∈ Cl(F) を任意に取る。Ux を = { Uγ : γ ∈ Γ } , |Γ| ≦ χ(X) と Γ で添え字付ける。このとき任意の γ ∈ Γ に対して Uγ ∩ F ≠ ∅であるから、各 γ ∈ Γ に対して Uγ ∩ Fa(γ) ≠ ∅ となる a(γ) < τ が選べる。
β = sup { a(γ) : γ ∈ Γ } < τ と置く( Γ ≦ χ(X) < (χ(X)L(X))+ = τ 、つまり τ は後続型基数であるから正則基数、従って β < τ がわかる)。このとき (1) より、任意の γ ∈ Γ に対して Uγ ∩ Fβ ≠ ∅ であるから、すなわち x ∈ Fβ ⊂ F となる。よって F は閉。
次に y ∈ X-F を任意に取る。各 x ∈ F に対して U(x) ∈ Ux を、y ∈ X-U(x) となるようにとる。このとき F は閉であるから L(F) = L(X) なので、F の部分集合 G であって次を満たすものがある;
U = { U(x) : x ∈ G } が F の被覆であり |G| ≦ L(X) となる。
G ⊂ F = ∪ { Fα : 0 ≦ α < τ } と |G| ≦ L(X) から、ある α < τ について G ⊂ Fα となる。β = α + 1 と置こう。すると
U ⊂ ∪ { Ux : x ∈ Fα } = ∪ { Ux : ∃γ < β , x ∈ Fγ }
|U| ≦ L(X) , y ∈ X-∪U ≠ ∅
となる。一方、Fβ ⊂ F ⊂ ∪U であるから Fβ - ∪U = ∅ でありこれは (3) に反する。
従って X = F がわかった。
最後に、以上より
|X| = | ∪ { Fα : 0 ≦ α < τ } | ≦ (χ(X)L(X))+2χ(X)L(X) = 2χ(X)L(X)
もともと、1923年にAlexandroffの提唱した次の問題があった;
第一可算なコンパクトハウスドルフ空間の濃度は連続濃度を超え得ないか?
この問いは約半世紀もの間未解決な難問であった。1969年、A.V.Arhangel'skiiはこの問いを肯定的に解決し、Arhangel'skiiの不等式はこの問いに答える形で示されたものである。
実はArhangel'skiiがこの不等式を証明した1969年にはすでに、基数関数は集合論的位相空間論においてある程度の地位を占めているものであった。実際、1965年に de Groot により継承的リンデレーフ数hL(X)に関して |X| ≦ 2hL(X) が示されていたし、1967年には Hajnal と Juh´asz によりcellularity c(X) , hereditary cellularity s(X) , pseudo character ψ(X) に関して |X| ≦ 2χ(X)c(X) , |X| ≦ 2ψ(X)s(X) が示されていた。Arhangel'skiiが1969年にこの不等式を示して以来、様々な基数不変量が定義され、これに類似した多くの不等式が示された。Arhangel'skiĭの不等式は基数関数が位相空間論における一分野を築く契機となる重要な不等式であった。
[1] J.Nagata , Modern General Topology Second revised edition , North-Holland (1985)
[2] 児玉之宏, 永見啓応『位相空間論』岩波書店 (1974)
[3] 日本数学会『数学辞典 第4版』岩波書店 (2007)
[4] R. E. Hodel , Arhangel’ski˘ı’s Solution to Alexandroff’s Problem: a Survey
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[5] O. T. Alas , MORE TOPOLOGICAL CARDINAL INEQUALITIES
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[6] M. Bell , J. Ginsburg , G. Woods , CARDINAL INEQUALITIES FOR TOPOLOGICAL SPACES INVOLVING THE WEAK LINDELOF NUMBER
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[7] K. Kunen , Jerry E. Vaughan , HANDBOOK OF SET-THEORETIC TOPOLOGY , North-Holland (1984)
[8] I. Juh’asz , A. Verbeek , N.S.Kroonenberg , CARDINAL FUNCTIONS IN TOPOLOGY , MATHEMATISCH CENTRUM , AMSTERDAM (1979)
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2 ななしのよっしん
2016/04/06(水) 21:53:17 ID: PGAg5JCXMr
熱意は買うが、この話題に需要を持っている人は参考文献の方を先に知ることになるだろうし
そうでない人にとっても事典記事として参照性が高いとはとてもいえない。
自前のブログか何かで詳しく書くことを勧めたい。
3 ななしのよっしん
2016/07/13(水) 17:42:02 ID: e8FVqTWPM7
定理の主張、証明、歴史、参考文献、これらすべてがきちんと書かれているし、それなりに価値はあるのではないでしょうか。
この記事を見てこの定理の興味を持つことだってあるでしょうし。そういった場合、参考文献が書かれているのはありがたいことだと思います。
また、ニコニコ大百科というある程度公共性があり、誰でもアクセスできるところに日本語でこのような記事を書いてくれる人がいるのはとても貴重なことだと思います。
4 ななしのよっしん
2020/10/29(木) 05:15:15 ID: S6Up6btrWA
なんでこんなのが急上昇にあがったんだ
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最終更新:2025/12/16(火) 12:00
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