ディスインフレーション(disinflation)とは、経済学の用語である。
概要
定義
ディスインフレーションは政策担当者が故意にインフレ率を下落させることであり、政策担当者が財政政策・金融政策・貿易政策を変更して実質GDPを減らして失業率を高めつつインフレ率を下落させることや、政策担当者が財政政策・金融政策・貿易政策を変更する姿勢を示すことで実質GDPと失業率を維持しつつインフレ率を下落させることを指す。
名称
ディスインフレーション(disinflation)は、インフレーション(inflation)に打ち消しを意味するdisという接頭辞を付けた造語である。
解説
経済政策の担当者はインフレ率の低さと失業率の低さの2つを目標とするものである[1]。
しかし、インフレ率の低さと失業率の低さを同時に達成できないことは、フィリップス曲線モデルの短期フィリップス曲線を見れば明らかである[2]。
ディスインフレーションは、インフレ率の低さと失業率の低さの2つの目標のなかで、インフレ率の低さを優先して失業率の低さを犠牲にする政策である。失業率と実質GDPには負の相関関係があり[3]、失業率の低さは実質GDPの大きさと同じ意味を持つので、「ディスインフレーションはインフレ率の低さを優先して実質GDPの大きさを犠牲にする政策である」と表現しても良い。
インフレ率の低さを重視するためにディスインフレーションを積極的に行う者のことをインフレファイター(inflation fighter)とかインフレ嫌いという。インフレファイターの中で、金融政策を変更して負の需要ショックを起こしてディスインフレーションを行う中央銀行総裁は金融タカ派と呼ばれ、財政政策を変更して負の需要ショックを起こしてディスインフレーションを行う行政府や立法府の人は財政タカ派と呼ばれる。
ちなみに、失業率の低さや実質GDPの大きさを重視するためにディスインフレーションに対して消極的である者のことをインフレ容認派という。インフレ容認の金融政策をする者を金融ハト派といい、インフレ容認の財政政策をする者を財政ハト派という。
犠牲率
ディスインフレーションを行うときは、大抵の場合において、実質GDPが減って失業率が高まる。つまり実質GDPの大きさや失業率の低さが犠牲になる。
ディスインフレーションをしてインフレ率が1%減るときに実質GDPが何%減るかを示した数値を犠牲率という。犠牲率の推計値はいろいろとあるが、標準的には約5%とされている[4]。
アーサー・オークンが提唱したオークンの法則から、失業率の1%の変化は実質GDPの2%の変化になる[5]。それに従えば、インフレ率が1%減るときに実質GDPが5%減り失業率が2.5%上昇するのが標準的なディスインフレーションということになる[6]。
犠牲率の少ないディスインフレーション
ディスインフレーションを行うとき、政策担当者が断固たる姿勢を示すことで周囲の人々の合理的期待を変更させて期待インフレ率を下落させ、実質GDPの減少や失業率の上昇を伴わずにインフレ率の低下をもたらすことがある。
理論の上では、犠牲率が0%であるのにインフレ率の低下をもたらすことができる[7]。
ディスインフレーションの例
ディスインフレーションの最も有名な例は1980年代のアメリカ合衆国におけるものである。インフレファイターのポール・ボルカーFRB議長が断固としてディスインフレーションを続ける姿勢を見せ、利上げによって投資を押さえ込んで総需要を減らした。1982年は失業率が上昇しつつインフレ率が低下し、1983年は失業率が高いままインフレ率が下がって平常状態と言うべきインフレ率になり、1984年~1985年はインフレ率が維持されたまま大きく失業率が下がった。1986年にOPECの足並みが乱れて原油安となり有利な供給ショックが発生した追い風を受け、1986年~1987年はインフレ率が維持されたまま失業率が下がって平常状態と言うべき失業率になった[8]。
ポール・ボルカーのディスインフレーションにおける犠牲率は2.8%と推計されていて、一般的なディスインフレーションにおける犠牲率の5.0%よりもずいぶん少ない数値になった[9]。ポール・ボルカーが断固たる意思を示して周囲の人々の合理的期待を変更させて期待インフレ率を下落させ、期待インフレ率の下落によるインフレ率の下落を部分的に作り出し、犠牲率を通常よりも低いものにしたと考えられる[10]。
自然率仮説とヒステリシス仮説
ミルトン・フリードマンなどの新古典派経済学の支持者は自然率仮説を支持している。この仮説からは、「政策担当者が実質GDPを減らして失業率を高めてディスインフレーションをしても長期的に実質GDPや失業率が変化しない」という考えが生まれ、ディスインフレーションを支持する考えが生まれ、インフレファイターを支持する考えが生まれる。
一部の経済学者はヒステリシス(経済学)の仮説を支持している。この仮説からは、「政策担当者が実質GDPを減らして失業率を高めてディスインフレーションをするのは長期的に実質GDPを減らして失業率を高める可能性がある」という考えが生まれ、ディスインフレーションを忌避する考えが生まれ、インフレ容認派を支持する考えが生まれる。
フィリップス曲線モデルによる分析
標準的なディスインフレーション
インフレ率が1%減るときに実質GDPが5%減り失業率が2.5%増えるディスインフレーションが標準的なディスインフレーションとされる。
タテ軸インフレ率・ヨコ軸失業率のフィリップス曲線モデルによって標準的なディスインフレーションを説明すると次のようになる。
犠牲率が0%のディスインフレーション
理論的には、実質GDPや失業率が変動しないままインフレ率が減っていくというディスインフレーションがありうる。それは犠牲率が0%のディスインフレーションと呼ばれるが、実現させるためには政策担当者が断固たる姿勢を示して人々に合理的期待をさせて期待インフレ率を変動させる必要がある。
タテ軸インフレ率・ヨコ軸失業率のフィリップス曲線モデルによって「インフレ率が減るときに失業率が変動しないディスインフレーション」を説明すると次のようになる。
政策担当者が断固たる姿勢を示すことで、合理的期待に基づいて期待インフレ率を形成する人々に「これからインフレ率が必ず低くなる」と確信させ、期待インフレ率を下落させる。こうしてフィリップス曲線が下に平行移動し、経済の状況を指し示す点が下に平行移動し、インフレ率が下がって失業率が一定のままになる。
期待インフレ率が変動すると失業率が一定のままインフレ率だけが変動することの内容についてはフィリップス曲線の記事の『期待インフレ率が変動するときの平行移動』の項目を参照のこと。
関連項目
脚注
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』422ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』422ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』260ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』432ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』260~262ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』432ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』433~435ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』427ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』435~437ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』436~437ページ
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