デフレーション(deflation)とは、通貨価値の上昇と物価の下落が継続的に発生していることを示す経済学の用語である。デフレと略される。対義語はインフレーション(インフレ)。
概要
デフレーションとは、通貨価値の上昇が継続的に発生していることを示す言葉である。通貨価値の上昇により「同一量商品の価格の下落」かまたは「同一価格商品の内容量の増加」が発生する。
デフレーションの度合いを示すものとして採用される指標は消費者物価指数である。
デフレの原因についての考え方には主に2種類あり、「デフレは需給のバランスが崩れて需要過少・供給過多になったときに発生する」という考え方と、「デフレは国内に出回る通貨の量が過少になったときに発生する」という考え方がある。
前者の考え方を支持する人は主に財政政策でデフレ脱却を目指すようになり、後者の考え方を支持する人は主に金融政策でデフレ脱却を目指すようになる。
後者は貨幣数量説と呼ばれ、その支持者をマネタリスト
という。貨幣数量説を簡単に言うと「インフレ・デフレは国内の貨幣の量によって決まる」となり、もう少し詳しく言うと「現在から見て将来の通貨量が増加すると考えられればインフレに、減少すると考えられればデフレになる」「将来の予想される通貨量から将来における予想インフレ率が決まるが、人は将来に対する自分の予想に従って行動するため、予想インフレ率の上下が現在の物価変動を決定することになる」となる。
マネタリストが好む言い方は「インフレやデフレは貨幣現象である」というものである。
「通貨量を決定できるのは中央銀行だけであることから、物価の安定については各国の中央銀行が責任を持つ」と考えるのがマネタリストの傾向である。
デフレーションの影響
通貨価値が上がり、同一量商品の価格の下落が起こる
デフレーションは、通貨価値の上昇をもたらし、同一量商品の価格の下落をもたらす。
「年間インフレ率○%が10年続いたときに、通貨価値がどれだけ下がり、物価がどれだけ上がるか」というのを示す表を掲載しておく。
インフレ率 | 通貨価値 | 物価 | 備考 |
3% | 0.74倍 | 1.34倍 | クリーピングインフレ |
2% | 0.82倍 | 1.22倍 | クリーピングインフレ |
1% | 0.91倍 | 1.10倍 | |
0% | 1.00倍 | 1.00倍 | |
-1% | 1.11倍 | 0.90倍 | デフレ |
-2% | 1.22倍 | 0.82倍 | デフレ |
-3% | 1.36倍 | 0.74倍 | デフレ |
デフレになると物価が下がるので「不動産(土地・建物)や宝飾品(金塊、宝石)や美術品(絵画)といったモノは放っておくと値段が下がるので、買わないでおこう。じっと通貨を貯蓄すれば必ず得をする」という考えが広まる。
デフレに強いのは現金や銀行預金である。「通貨があれば何でも買える」という気分になる。
通貨価値が上がり、同一価格商品の内容量の増加が起こる
デフレになると、同じ価格の商品の内容量が増えることがある。
デフレになると客離れが起きるので、同一量商品の価格を下げたり、同一価格商品の内容量を増やしたりして、客の誘致を目指すようになる。
通貨価値が上がり、金銭債務者の負担が増加し、金銭債権者の利益が増える
無利子でお金を借りた後にデフレになると、借りたときより借金を返すときの方が通貨の実質的な価値が高くなっているため、返済額が同じであっても実質的には返済額が上がったのと同じことになる。そのためデフレは、無利子の借金のある者にとってはマイナスになり、無利子の金銭債権を持つ者にとってはプラスになる。
A社が無利子で100万円を借り、そのあとにデフレが起こったとする。機械が1台100万円の時に100万円を借りると、その100万円で機械を1つ買える。借金100万円を返すときにデフレになって機械が1台50万円まで値下がりしていたとすれば、金額は同じ100万円でも、実質的な返済負担は2倍にも上昇したことになる。機械1台の借金に対して機械2台の返済をしたことになり、借金したA社にとっては損である。
有利子でお金を借りた後にデフレになると、「借りたときに決めた返済額」の実質的な価値が高くなっているため、「借りたときに決めた返済額」の通りに返済したとしても実質的には返済額が上がったのと同じことになる。そのためインフレは、有利子の借金のある者にとってマイナスになり、有利子の金銭債権を持つ者にとってはプラスになる。
A社が有利子で100万円を借り、そのあとにデフレが起こったとする。機械が1台100万円の時に100万円を借りると、その100万円で機械を1つ買える。利子を付けて借金120万円を返すときにデフレになって機械が1台50万円まで値下がりしていたとすれば、実質的な返済負担は上昇したことになる。A社は金を借りる前に「機械1台の借金に対して機械1.2台の返済をするのか・・・」と思っていたが、実際は機械1台の借金に対して機械2.4台の返済がのしかかった。
インフレになると金銭債務者に損害が生まれつつ金銭債権者に利益がもたらされ、金銭債務者から金銭債権者へ所得が移転する格好になる。このことは「まったく恣意的な富の搾取」といったふうに表現することができる[1]。
インフレ率を予測しなくても利益を得られるので、金銭債権者の負担が少ない
お金を貸す金融業者にとってデフレになるとインフレ率を何も考えずに融資しても利益が得られるので非常に楽である。
先程の例でいうと、A社にお金を貸すとき「100万円を貸すので100万円を返せ」というインフレ率を何も考慮しない適当な契約でもデフレで利益が得られる。
インフレ率を正確に予測するのは難しいので、お金を貸す業者にとってインフレ予測の作業をしなくても済むデフレ期は心理的な負担が少ない。
「将来的に金融業者の予想よりも強いデフレになる」と借り手が予感した場合、上記理由により返済価値の実質的な増加が見込まれるため、お金を借りてまで投資や消費をしたくなくなり、「無理に借金をしてまで買わなくても待っていれば値下がりするさ」という心理が働き、家計の消費や企業の投資を鈍化させる。
通貨価値が上がり、労働者の実質賃金が上昇し、失業率が上昇する
デフレーションでは物価の下落に伴い賃金も下落するが、物価よりも賃金のほうが高い価格硬直性を持っているので、物価の下落に比べると賃金の下落は時期が遅れて下落幅が少ないものとなる。そのため、労働者の実質賃金は上昇する。
デフレーションになると「前年の名目賃金は500万円で今年の名目賃金は475万円であり0.95倍になって少し減ったが、前年の自動車Aの価格は500万円で今年の自動車Aの価格は450万円であり0.90倍になって大きく減った。前年の名目賃金は自動車Aを1.00台買える量で、今年の名目賃金は自動車Aを1.05台買える量になった。額面に注目する名目賃金は5%下落したが、モノの購買力に注目する実質賃金は5%も上昇した」といったような変化になる。
労働者の実質賃金が上昇するため、雇用側としては新たに人を雇いにくくなり、失業率が上昇する。
そのため、デフレーションは失業中の者にとってはマイナスとなり、すでに就職している者にとってはプラスとなる。
デフレーションになると、労働者の実質賃金が上昇するが、名目賃金が下落する。一般には人々は名目賃金で判断することが多く、名目賃金に騙されることが多い。例え実質賃金が上昇している状況にあっても見た目上の名目賃金が下落しているなら、労働者は見た目上の名目賃金にあわせて気分が慎重になって消費を縮小する傾向にある。
この反対に、「デフレーションになると、労働者の名目賃金が下がるが労働者の実質賃金が上昇するので労働者の消費が増える」という考え方がある。これをピグー効果といい、「人は名目賃金に騙されず実質賃金を意識して消費を決める賢い生物である」という思想に基づく考え方である。しかし、2000年頃のデフレ真っ最中の日本において、労働者の名目賃金が下がって労働者の実質賃金が上がったのにもかかわらず消費が拡大しなかったので(記事
)、ピグー効果は疑わしいところがある。
負け組が苦しみ、格差社会になっていく
デフレーションにおいては、現金を保有する者が得をする。
現金を保有する者が現金を銀行や個人や企業に貸し付けて金銭債権者になったとする。契約を結んだときに予想したインフレ率を下回るデフレーションになったら、金銭債権者が得をして金銭債務者が損をする。
デフレーションにおいては、すでに就職している者が得をして失業者が損をする。
国内が勝ち組と負け組に二分化され、国内の経済格差がじわじわと拡大していき、格差社会になっていく傾向がある。
デフレーションを要因で分類
表にして大別
インフレーションを要因で分類すると、デマンド・プル・インフレーションとコスト・プッシュ・インフレーションに大別される。そしてさらにコスト・プッシュ・インフレーションを分類できる。
デフレーションも同じように分類できる。表にすると次のようになる。
デフレ | 需要が減少して発生するデフレ | ||
供給が増加して発生するデフレ | 人件費が減少して発生するデフレ | ||
原材料費が減少して発生するデフレ | 国産でまかなう比率が高い原材料の原材料費が減少して発生するデフレ | ||
外国産でまかなう比率が高い原材料の原材料費が減少して発生するデフレ |
主な例を列記して表にすると次のようになる。
需要が減少して発生するデフレ | 政府の緊縮財政で官公需を減らし増税で民需を減らす |
人件費が減少して発生するデフレ | 賃下げの気運を国内に広める |
国産でまかなう比率が高い原材料の原材料費が減少して発生するデフレ | 米・野菜・牛乳を増産してそれらの価格を下げる |
外国産でまかなう比率が高い原材料の原材料費が減少して発生するデフレ | 産油国が増産するなどの要因で原油価格が下落する |
不景気をもたらすデフレと、好景気をもたらすデフレ
人々の収入が減少して消費や投資を沈静化させることを不景気という[2]。
「需要が減少して発生するデフレ」と「人件費が減少して発生するデフレ」が連動する状態を不景気ということができる。
「国産でまかなう比率が高い原材料の原材料費が減少して発生するデフレ」は、その原材料を生産する人々の収入を減少させるので、その人たちが消費や投資を沈静化させる可能性があり、そこから国内の不景気が波及する可能性がある。
「外国産でまかなう比率が高い原材料の原材料費が減少して発生するデフレ」は、その原材料を生産する人々の収入を減少させるが、その人たちは海外に住んでいるので、そこから国内の不景気が発生する可能性が少ない。むしろ人々の購買力を押し上げて好景気をもたらす要因になる。
デフレーションの例
アメリカ合衆国の事例
1929年に世界恐慌が発生し、1929年から1932年にかけて物価水準が25%下落した。
2008年のリーマンショックでもデフレとなり、2009年は-0.32%にまで年間インフレ率が落ち込んでいる(資料)。このときはベン・バーナンキ
FRB議長(日本の日銀総裁に相当)が市中の米国債などを買って買って買いまくり、大規模な金融緩和を行い、そのかいあって2010年には年間インフレ率が1.64%になっている。アメリカ合衆国は世界最大の軍隊を抱えており、世界最大の軍事国家であり、官公需のなかの軍需を拡大させることが政治的に容易な国である。このため、金融緩和を大規模に行うと同時に財政拡大をすることができ、あっさりデフレを収束させることができた。
日本の事例
1929年にアメリカ合衆国で世界恐慌が発生し、それが日本にも押し寄せ、1930年(昭和5年)からの昭和恐慌となった。1930年の年間インフレ率は-9.7%、1931年の年間インフレ率は-11.0%である(資料)。当時の大蔵大臣(現代の財務大臣に相当)は高橋是清だった。高橋是清大臣は「日銀による自国通貨建て国債の直接引き受け(中央銀行の国債直接引き受け)」による通貨発行を大規模に行うことで、世界で最も早期に日本をデフレから脱却させた。このときの日本は世界有数の軍事大国であり、官公需のなかの軍需を拡大させることが政治的に容易な国だった。このため、金融緩和を大規模に行うと同時に財政拡大をすることができ、あっさりデフレを収束させることができた。
昭和末のバブル景気が終了し、1990年代から15年近くデフレが続き、2008年ごろに資源価格高騰による物価高が収まった後は再びデフレとなった。この記事ではインフレ率の推移が示されており、デフレの期間が多いことが分かる。
需要・供給の分類
「インフレやデフレが発生するのは需要と供給が原因である」という考え方がある。この考え方を理解するための前段階として、需要や供給を分類しておくのは大事な作業と言える。
需要・供給の発生する場所で分類
需要が発生している場所で需要を大きく分けると、外国の政府・民間からの需要(外需 )と、国内の政府・民間からの需要(内需 )になる。
外国の政府・民間からの供給は「国外供給」「海外供給」などと呼ぶ。「外供」「外給」という風に略する例は、ほとんど見られない。
国内の政府・民間からの供給は「国内供給」などと呼ぶ。「内供」「内給」という風に略する例は、ほとんど見られない。
需要・供給を発生させている人で分類
需要を持っている人で需要を大きく分けると、中央政府や地方公共団体の官公需 と、民間の企業・個人の民需 に分けることができる。
中央政府の需要を官需、地方公共団体の需要を公需といい、この2つを合わせたものを官公需という。地方公共団体の財政は中央政府によって支援されていることがほとんどなので、中央政府と地方公共団体を同一視して官公需と呼ぶことが多い。
官公需の中で軍隊が作り出す需要を軍需 という。軍隊というのは政府の一部門である。
官公需の中で軍隊以外の部門が作り出す需要の代表例は、学校・図書館・病院・橋・道路・水道・ダム・鉄道などの公共事業の需要である。これについて「~需」と表現する例はあまり見られない。
公共事業の需要をさらに2分割すると、生活関連インフラ系公共事業需要と産業基盤インフラ系公共事業需要になる。前者は学校・図書館・病院が典型であり、後者は橋・道路・水道・ダム・鉄道の建設が典型である。
「官公需の中で軍隊以外の部門が作り出す需要」は、他に警察や消防の需要がある。
以上をまとめると次のようになる。
名称 | 官公需 | 民需 | |||
細かい分類 | 軍需 | 生活関連インフラ系公共事業需要 | 産業基盤インフラ系公共事業需要 | その他 | |
例 | 学校・図書館・病院 | 橋・道路・水道・ダム・鉄道 | 警察・消防 |
「産業基盤インフラ系公共事業需要を景気対策として急拡大するのはあまり望ましくない」といわれる。産業基盤インフラ系公共事業を受注できる建設企業の数は限られており、産業基盤インフラ系公共事業需要を景気対策として急拡大すると産業基盤インフラを粗製濫造することになる。粗製濫造された産業基盤インフラは国民の生命と財産に対して深刻な脅威となってしまう。粗製濫造された橋・トンネルが崩壊して人命を奪うという悲劇が起こりかねない。このため「不景気の時も産業基盤インフラ系公共事業需要をあまり急拡大せず、緩やかな拡大にとどめるのがよい」といわれる。
需要者から供給者への情報提供
需要とはお金を払ってモノを購入することであり、供給とはモノを売却してお金を稼ぐことである。
経済を論ずる人々の中で「需要は経済発展にとって重要である」と考える人たちと、「需要は経済発展にとって重要ではなく、供給する人の決意や創意工夫こそが重要である」と考える人たちがある。前者にはケインズ経済学の支持者が多く含まれ、後者にはサプライサイド経済学の支持者が多く含まれている。
「需要は経済発展にとって重要である」という考えにも色々な種類があるが、そのうちの1つは「需要は供給者に対する情報提供である」という考えである。
需要とは「この商品が優れているから、お金を払ってこの商品を買い取りたい」という意欲を見せつける行為であり、「この商品は優れている」という情報を供給者に対して提供する行為である。
供給者は、自分たちが生産したり保有したりしている商品が優れているか劣っているかについて、完全に知り抜いているわけではない。このため需要者から「この商品は優れている」という情報を提供されると大いに助かる。
また需要者は、購入した商品を使用した後に「この商品のここが優れていて、ここが劣っている」と供給者にクレームをすることがある。こうしたクレームも、需要者から供給者に情報を提供する行為である。供給者は生産したり保有したりするのに忙しく、自分たちが生産したり保有したりしている商品の全てについて完全に知り抜いているわけではないので、需要者から情報提供されると大いに助かる。
需要というのは供給者に対して情報を提供する行為であり、供給者を教育する行為である。需要者の情報提供によって、供給者の奥部に位置する生産企業の知力と技術力を高めることができ、国家の生産力を高めることができる。
インフレ率の下落をもたらす財政政策
本項目では、インフレ率の下落をもたらす財政政策を列挙していく。
財政政策は、国会(立法府)と内閣(行政府)が共同で行う。国会は法律議決権と予算議決権と国債の発行を承認する権限がある。内閣は法律執行権と予算編成権・予算執行権と国債を発行して市場に売却し資金を調達する権限がある。
インフレ率の下落をもたらす財政政策は、需要を減らす政策と供給を増やす政策に大別される。本項目では見やすくするため、需要を減らす政策は青色の題名にして、供給を増やす政策はピンク色の題名にした。
官公需を減らす
官公需を減らすことで需要が減る。
国家予算の公共事業費を減らし、官公需の中の公共事業需要を減らし、政府や地方公共団体の公共事業関連の購入を減らす。こうした政策を緊縮財政と呼ぶ。
国家予算の軍事費を減らし、官公需の中の軍需を減らし、政府の軍隊関連の購入を減らす。つまり、軍備を縮小する軍縮を行う[3]。こうした政策も緊縮財政と呼ぶ。
消費課税を増やして民需を減らす
消費課税を増税すると消費が沈静化し、民需が減る。消費課税とは財・サービスの消費に対して科される租税で、消費税・酒税・ガソリン税などである。なかでも消費税は消費活動に対する総合的な罰金であり、消費を冷え込ませて民需を削減する強力な力を持っている。消費税を引き上げることで民需が減る。
政府・地方公共団体からの給付金を減らして民需を減らす
消費を活発に行う若年層・新婚世帯・子育て世帯に対して政府や地方公共団体が給付金を支払わず、消費を沈静化させて民需を減らす。幼児教育有償化、高校教育有償化、大学教育有償化、学費の引き上げ、奨学金の金利引き上げ、奨学金の返済義務の維持、結婚した世帯への支援金(結婚新生活支援事業費補助金)の減額、児童手当(子ども手当)の減額、など。
「人が学校で学んでから卒業すると、その人自身のみが利益を享受することになる。ゆえに受益者負担の原則により、学生に学費を負担させる」と述べて、学費を補助するために政府が支払う給付金を減らす。受益者を個人に限定して政府に拡大しない。
「ある世帯が出産して子育てすると、その世帯自身のみならず政府も利益を享受することになる。ゆえに受益者負担の原則により、子育て世帯だけに学費を負担させるのではなく、政府にも学費を負担させる」と述べて、養育費を補助するために政府が支払う給付金を増やす。受益者を世帯に限定して政府に拡大しない。
老人に給付する年金を減らして消費の沈静化を図る。ただし、老人は若年層に比べてさほど消費を活発に行わないので、効果が限定的である。
賃金を減らして民需を減らす
労働者の賃金を引き下げて、労働者の消費を減らして民需を減らす。
公務員の雇用を減らす。特に「団結権と団体交渉権を認められる種類の公務員」の雇用を減らすことが効果的である。そうした公務員は労働組合を結成して労働運動を行って世の中全体の労働運動を牽引する可能性が高く、世の中の賃上げの動きを作り出しやすい[4]。
公務員の給与を引き下げる。公務員の給与を引き下げることで、世の中の大企業の給与を引き下げる効果がある。中央政府や地方公共団体は、就職市場において大企業と競合しており、優秀な高学歴学生を奪い合っている。中央政府や地方公共団体が公務員給与を引き下げることで、大企業は「我々も給与を引き下げよう。そうしても、優秀な学生がすべて公的職場に引き抜かれてしまうことがない」と安心するようになり、大企業の賃下げが進んでいく。
労働に対して賃金を与えずタダ働きを強要することを政府が率先して行い、世の中の企業に範を示す。災害の後片付け業務に参加した人や、国際的スポーツイベントの観戦に訪れる外国人観光客に対して案内を行う業務に参加した人や、国際的スポーツイベントの観戦に訪れる外国人観光客に対して医療サービスを提供した医師・看護師に対して、政府が謝礼金を支払わず、タダ働きさせる[5]。そうすることで世の中の企業に「労働者にタダ働きをさせてよい、やりがい搾取をしてもよい」という気風が生まれ、企業が労働者にサービス残業を強要する風潮が生まれ、賃下げの流れが生まれることが期待できる。
間接金融を弱体化させて直接金融への転換を図る。直接金融は企業が株式や社債で市場から資金調達する金融システムで、間接金融は企業が銀行からの借り入れで資金調達する金融システムである。直接金融になると多数の投資家が企業に対して「人件費を減らして財務体質を改善せよ」と要求するようになって企業が人件費を圧縮することに傾きやすくなり、間接金融になると銀行の融資担当者だけが企業に対して「人件費を減らして財務体質を改善せよ」と要求することになり、企業が人件費を圧縮することに傾きにくくなる。直接金融の導入で人件費が削られやすくなり、国内の消費が沈静化しやすくなる。
法人税を弱体化して、民間企業の法人所得に対して少ない罰金を課すようにする。そうすることで民間企業が人件費を削って法人所得を増やすことを奨励し、民間企業が人件費を減らすように誘導して、個人消費を沈静化させる。
関税を低くして自由貿易にする。そうなると企業経営者たちは従業員に向かって「君たちは比較的に高賃金を得ているが、発展途上国の低賃金労働者と同じような働きをしている。君たちを雇用することをやめて、工場を低賃金の発展途上国へ移転して、発展途上国の低賃金労働者を雇用して、海外で作った製品を国内に輸入しようと思う」と宣告して、実際にそういう行動を起こすようになる。
「自分たちの仕事が海外に流出する」と従業員が考えるようになり、従業員は自信を喪失するようになり、賃上げを要求する意気を持てなくなる。国内の各企業で賃上げの傾向が弱まり、国内の個人消費が沈静化する。
関税を低くして自由貿易を促進すると、民間企業において従業員の給料を下げる方向に物事が進んでいきやすい。このため、自由貿易は賃下げ貿易 と表現することができる。
(以下のことは財政政策ではなく単なる依頼・説得だが、とりあえず本項目に記述しておく)
経団連のような大企業の集まりが「賃下げをすることで企業の国際競争力が高まる」「労働者は滅私奉公の精神を持ち、国際競争力を高めるための賃下げを受け入れるべきだ」と言いだしても政府がそれに反論せず[6]、企業が賃下げをすることを容認する。
成果主義を導入した企業経営者が従業員に対して「成果が伴わない労働には賃金を支払わなくてよい」という態度を示すようになっても政府がそれに反論せず、企業が賃下げするのを容認する。
「企業は株主の所有物であり、株主の利益になるような行動をとるべきである。従業員の賃金を減らして株主の配当に回すべきである」という思想を株主至上主義(株主資本主義)というが、そういう思想が広がっても政府がそれに反論せず、企業が賃下げするのを容認する。
「企業は営利追求団体であり慈善団体ではない」と企業経営者が言いだしても政府がそれに反論せず、黙認する。
余暇を減らして民需を減らす
国内の長時間労働を増やして労働者の余暇を減らすことで、「長時間労働に縛られ、お金を使うヒマがない」という状況になり、労働者の消費を減らして民需を減らすことができる。
企業の長時間労働が増えると企業の生産量が増えることになり、国内の供給が増えることになる。
企業の長時間労働を増やすことは、労働者の消費を減らして民需を減らす効果と、企業の生産を増やして国内供給を増やす効果の2つがあり、両方ともインフレ率下落の原因となる。
公務員の雇用を減らし、公的職場を人手不足にさせて、公的職場の長時間労働を増やし、公務員の余暇を減らし、消費を沈静化させる。
中央政府や地方公共団体は、就職市場において大企業と競合しており、優秀な高学歴学生を奪い合っている。中央政府や地方公共団体が公務員の余暇を減らすことで、大企業は「我々も従業員の余暇を減らそう。そうしても、優秀な学生がすべて公的職場に引き抜かれてしまうことがない」と安心するようになり、大企業の長時間労働が増加していく。
労働基準監督署の人員を減らして世の中の企業への監視が行き届かないようにして、企業の長時間労働を増やし、労働者の余暇を減らし、消費を沈静化させる。
所得税の累進課税を弱めて、労働意欲を刺激し、「仕事すればするほど金を稼げる」という状況にして、仕事中毒(ワーカホリック)の人を増やして、長時間労働を好む社会的風潮を作り上げ、労働者の余暇を減らし、消費を沈静化させる。
株式や債券といった証券の売買や、先物取引や、外国通貨の売買(外国為替証拠金取引)や、暗号資産の売買に、個人が参加しやすい体制を作り上げる。キャピタルゲイン税(株式等譲渡益課税)やインカムゲイン税(株式等配当課税)について、累進課税を弱めたり、一律課税にしたりして、「やればやるほど稼げる」と考えさせる[7]。また、NISA制度[8]で株式投資へ勧誘したりする。そうすると、「寝ても覚めてもお金を増やすことばかり考えていて、消費をしようとしない人」の割合が増えて、余暇と消費を軽視する気風が強くなり、国内の消費が沈静化していく。
労働者の待遇の確実性を減らして民需を減らす
賃金が低くて余暇が少ない労働者であっても、「この賃金と余暇の状態は、いつまでも続くと保障されている」とか「自分は確実性に恵まれている」とか「将来が安泰である」と考えるようになると消費を増やして貯蓄しなくなる[9]。このため、労働者が消費をせずに民需を縮小させるように仕向けるには、労働者に対して労働待遇の継続性を保障せず労働者に確実性を与えないことが必要になる。
労働待遇の継続性を保障されず不確実性に直面するようになって消費をする勇気を持てない労働者は、消費の必要が増える結婚に対して消極的になるので非婚率が増加する。また消費をする勇気を持てない労働者は、結婚したあと、消費の必要が増える出産に対して消極的になるので出生率が減少する。非婚率の増加や出生率の減少によって少子化が進み、激しい消費を行う若年層の人数が減り、消費が縮小する。
労働待遇の継続性を保障されず不確実性に直面するようになった労働者は、銀行からお金を借りることが非常に難しくなり、大量のお金を借り入れて自動車や住宅を購入するような大きい消費・投資をすることが難しくなり、民需を増やす要因にならなくなる。銀行は、所属する組織から長期にわたって安定した給料を確実に受け取る者に対して融資する傾向があり、収入が途絶える危険性がある者に対して融資しない傾向がある。
民間企業に対する解雇規制を緩和し、民間企業が正社員を簡単に解雇できるようにする。また民間企業に対して派遣社員の使用を許可する。解雇規制緩和や派遣社員規制緩和によって労働力の流動化を進め、労働待遇の継続性を保障されない労働者を増やし、不確実性に直面する労働者を増やし、労働者が将来不安に備えて貯蓄する必要性を増やし、労働者が安心して消費できないようにする。
政府や地方公共団体が終身雇用する公務員を減らす。先述のように中央政府や地方公共団体は、就職市場において大企業と競合しており、優秀な高学歴学生を奪い合っている。公的職場における終身雇用が減少すると、大企業は「終身雇用を従業員に約束せず、企業の業績が悪くなったら早期退職を強いることを宣言しても、優秀な就職希望者が公的職場に流れてしまうことがない。終身雇用を従業員に約束しなくてもよい」と考えるようになり、大企業の終身雇用が減っていく。
政府や地方公共団体が公務員の給与体系から年功序列を排除して成果主義・能力主義を導入したり、従業員の給与体系から年功序列を排除して成果主義・能力主義を導入した民間企業に対して政府や地方公共団体が「そのほうがいい」と賞賛したりして、世の中に成果主義・能力主義を広める。年功序列に保護されず成果主義・能力主義に直面した労働者が増加すると、労働者の不確実性が増え、労働者が「将来に成果が減ったり能力が落ちたりすると給与を大きく減らされる」と考えるようになり、労働者が不確実性に備えるための貯蓄に励む必要が増え、労働者が消費をする勇気を持てなくなる。
老人に対する年金の支給額を減らす。あるいは政府高官が率先して「将来は年金制度を維持できなくなる可能性がある」と発言する。もしくは政府高官が率先して「老人は病気になりやすい存在であり、生産力が低い存在である。ゆえに老人をできるかぎり生存させることは国策としてあまり大事ではない」などと発言する。そうすると労働者の不確実性が増え、労働者が「定年を迎えたら収入が大きく減る可能性がある」と考えるようになり、労働者が不確実性に備えるための貯蓄に励む必要が増え、労働者が消費をする勇気を持てなくなる。
犯罪を増やし、治安を悪化させる。そうすることで人々が「将来に自分や身内が犯罪に巻きこまれるかもしれない」と考えるようになり、人々が不確実性・不安定性に直面することになり、人々が予備的貯蓄を積み立てる義務に縛られるようになり、人々が消費をする勇気を持てなくなる。
凶悪犯罪を増加させるには、国内において人口空白地域を発生させればよい。人口空白地域を作ると、凶悪犯罪の証拠を隠滅しやすい土地が増えることになり、凶悪犯罪をしやすい状態になり、治安が急激に悪化する。つまり、地方への支援を打ち切って、地方にお金を投入することをやめて、地方振興政策を中止して、地方に人を張り付かせないようにする。1972年から1974年まで首相を務めて1980年代中盤まで日本政治の実権を握った田中角栄を徹底的に批判し、田中角栄の政策から完全に脱却する。1990年代後半に小泉純一郎が「経世会支配からの脱却」を唱えて、田中角栄の流れを汲む経世会が自民党を支配する状況を打破しようとしたが、それと同じことをする。
地方振興政策は多くの場合において公共事業を伴う。地方振興政策をとりやめると、官公需が縮小することになる。人口が少ない地域において官公需を縮小することによって人口空白地域が増え、凶悪犯罪の証拠を隠滅しやすくなり、凶悪犯罪の発生が抑制されなくなり、人々の不確実性が増え、人々が安心して消費を行うことができなくなり、民需が縮小する。
知能犯罪を増やして治安を維持すると消費が拡大する。知能犯罪の典型例はカルト宗教団体の霊感商法である。警察がカルト宗教団体の霊感商法を摘発しようとしたときに、政治家が警察に政治的な圧力を掛けて、刑事捜査を中止させて、カルト宗教団体が思う存分に霊感商法に打ち込めるようにする。内閣総理大臣を務めた政治家がカルト宗教団体のイベントに出席し、カルト宗教団体の教祖を褒め讃え、カルト宗教団体の広告塔になって、カルト宗教団体の霊感商法を支援する。以上のことを繰り返してカルト宗教団体を躍動させて霊感商法がはびこる国にすれば、人々が知能犯罪の脅威に直面し、人々の消費意欲が減退し、デフレ圧力が掛かる。
自由貿易にして海外からの供給を増やす
関税を低くして自由貿易を促進すると、安価な海外製品が大量に入ってくるようになり、供給が需要よりも大きくなってデフレになる。こうした考え方を輸入デフレ論という。
関税を低くして自由貿易を促進すると、企業経営者が従業員に「君たちは比較的に高賃金を得ているが、発展途上国の低賃金労働者と同じような働きをしている。君たちを雇用することをやめて、工場を低賃金の発展途上国へ移転して、発展途上国の低賃金労働者を雇用して、海外で作った製品を国内に輸入しようと思う」と言うようになり、それを簡単に実行するようになる。従業員は自信を喪失するようになり、賃上げを要求する意気を持つことができなくなる。国内の各企業で賃下げの傾向が強まり、国内の個人消費が沈静化する。
関税を低くして自由貿易を促進すると、海外供給の増加と、国内従業員の賃下げによる民需縮小という2つの効果がある。どちらもインフレ率の下落の原因となるものである。
自由経済にして国内の供給を増やす
政府が経済に介入しない自由経済を採用し、国内業者に対する様々な規制を緩和し、国内の供給を増やす。
天候に恵まれて農産物が豊作になったとき、農産物をそのまま大量に出荷すると市場で値崩れを起こして物価が下がる。そうなると農家の売上が減り、豊作貧乏という状況になる。豊作貧乏になることを防ぐため、農林水産省や農協が指導して緊急需給調整施策を行って農家の手によって農産物を地中に廃棄することがあるが、そうしたことをとりやめる。
農業を主な産業とする地方は数多い。農林水産省や農協が指導する緊急需給調整施策を廃止して供給の過大化を進め、農家の貧困化を放置し、農家が廃業することを放置し、人口空白地域の発生を許し、凶悪犯罪の証拠を隠滅しやすい土地が発生することを許し、治安が急激に悪化するようにする。治安が急激に悪化したら、人々の不確実性が増え、人々が安心して消費を行えなくなり、民需が縮小する。
つまり、「農林水産省や農協が指導して行われる緊急需給調整施策を廃止すること」は、供給の増加と需要の減少という2つの効果がある。どちらもインフレ率の下落の原因となるものである。
大規模小売店舗法(大店法)を廃止し、大規模な商業施設が登場することを許し、商品の供給の過大化を許す。
インフレ率の下落をもたらす金融政策
本項目では、インフレ率の下落をもたらす金融政策を列挙していく。
金融政策は、中央銀行(日本なら日銀、アメリカ合衆国ならFRBが主導するFRS)が単独で行う。中央銀行は早くて機動的な行動をとることができる。
利上げする
中央銀行が資金吸収オペレーションをして、短期金融市場に出回る余剰通貨の量を減らし、短期金利を上げて利上げし、金融引き締めする。
日銀が短期金利を上げて利上げすると、市中銀行が企業・家計に貸し出す際に掛けられる「市中の金利」も上がる。市中銀行は短期金融市場のインターバンク市場(銀行間取引市場)で借り入れる金利よりも高い金利で企業・家計に貸し出して利鞘(利ざや)を稼いでいるからである。このため企業・家計は借り入れが難しくなり、消費が抑制されることが期待できる。
インフレというのは借り手(企業・家計)にとって過剰に優しく、貸し手(銀行)にとって過剰に厳しい状態である。その状態を是正するため、中央銀行が利上げして銀行の貸出金利を高め、借り手(企業・家計)に懲罰を与えつつ貸し手(銀行)の経営を助ける。
利上げして自国へのキャリートレードを増やして自国通貨高に誘導する
中央銀行が資金吸収オペレーションをして、短期金融市場に出回る余剰通貨の量を減らし、短期金利を上げて利上げし、アメリカ合衆国の短期金利よりも自国の短期金利を高くすると、国際的に活動する機関投資家が「アメリカ合衆国でアメリカ合衆国ドルを借りて入手し、アメリカ合衆国ドルを日本円に交換して日本円を入手し、日本円を持って日本の短期国債市場へ行き、日本の短期国債を購入しよう」と考えるようになり、つまりドルのキャリートレードを狙うようになり、外国為替市場で円買いドル売りが進んで円高ドル安になる。
円高ドル安になると、輸出企業は輸出が難しくなるので国内への出荷を目指すようになり、輸入企業は輸入しやすくなる。国内のモノの供給が増え、国内において需要よりも供給が優勢になり、デフレ圧力がかかり、インフレが抑制される。
インフレ率の下落をもたらす為替政策
本項目では政府の指示を受けた中央銀行が実行する政策を解説する[10]。
為替介入して自国通貨高に誘導する
ある国が固定相場制や中間的為替相場制を採用している場合、政府が自国通貨の切り上げをするとデフレ圧力が働く。
自国通貨の切り上げというのは自国通貨高・基準通貨安のことであり、アメリカ合衆国ドルが基準通貨であることを踏まえると自国通貨高・ドル安のことになる。日本でいうと円高ドル安である。
日本なら、政府の指示を受けた中央銀行が外国為替市場に為替介入し、外貨準備高を減らしながら円買いドル売りをして、円高ドル安に導いていく。
円高ドル安になると、輸出企業は輸出が難しくなるので国内への出荷を目指すようになり、輸入企業は輸入しやすくなる。国内のモノの供給が増え、国内において需要よりも供給が優勢になり、デフレ圧力がかかり、インフレが抑制される。
国の体制によってインフレ抑制方法が変わる
ある国で年間5%のインフレになったとする。この状態が続くのは望ましくないので、年間3%のインフレに誘導しようということになった。この場合、国によって対応が変わってくる。
貿易をしない国なら、国内の需要を削減するしかない
一切の対外貿易をせず一国のみの閉鎖経済ですべてをまかなっている国なら、輸入でインフレ率を変化させることができない。そのまま年間5%のインフレが続いてしまうのもまずいので、政府が消費課税を増税したり中央銀行が利上げしたりして国内の需要を減らして年間3%のインフレに押さえ込む。
貿易をする国なら、ある程度、輸出を減らして輸入を増やすことで対応する
対外貿易を行って国際経済に参加する開放経済の国なら、年間5%のインフレを解消するため、輸出を減らし、輸入を増やす。それが続くと国内のモノの供給が増えていくので年間3%のインフレに落ち着かせることができる。需要そのものを傷つけず、供給だけを増やすことが可能となる。
輸出を減らして輸入を増やすことの継続力は、国によって異なる。
対外貿易を行って国際経済に参加する開放経済の国は、国際金融のトリレンマに従う場合、3種類に分類できる。そして外貨準備高が多いか少ないかの基準を加えると5種類に分類できる。
1.の国なら、外貨準備高を減らしていく
1.の国は、資本移動を制限して固定相場制や中間的為替相場制を採用して自国の経済事情に合わせて金融政策を行っていて外貨準備高が多い国 である。
1.の国なら、政府が外貨準備高を減らしつつ自国通貨買い・ドル売りの為替介入を行い、通貨切り上げを行って、自国通貨高・ドル安にする。そうすると輸出が減って輸入が増える。
輸出が減ることで「ドルを稼いだので自国通貨に交換しよう」と考える業者が減り、外国為替市場で自国通貨買いドル売りの勢いが弱まる。輸入が増えることで「自国通貨をドルに替えてそのドルで海外の物資を購入しよう」と考える業者が増えて、外国為替市場での自国通貨売りドル買いの勢いが増える。こうして自国通貨売りドル買いが主流となり、自国通貨安ドル高の圧力がかかり、通貨が切り下がっていく。
通貨が切り下がると輸入が減ってしまうので、再び政府が外貨準備高を減らしつつ自国通貨買い・ドル売りの為替介入を行い、通貨切り上げをする。
これがどんどん続くと、政府が所有する外貨準備高が減っていく。
1.の国において需要を拡大して輸入を活用すると、需要の大きさに比例して外貨準備高の減少速度が決まる。
需要をほどほどに拡大して輸入を活用すると、外貨準備高が減るペースが遅くなる。「政府が消費課税を増税したり中央銀行が利上げしたりして需要を減らそう」という人もいるし、「需要をこのまま維持すれば、需要によって国内企業を育成できる。消費というのは生産者に対する情報提供であり、生産者を教育して鍛え上げる行為である。消費者が生産者を教育することにより、生産企業の技術力が上がり、生産企業が世界で通用するような技術力を持つようになり、外貨準備高を増やす輸出が将来に増える」と論ずる人も出てきて、議論が拮抗する。
需要を極度に拡大して輸入を活用すると、外貨準備高が減るペースが速くなるので「需要の拡大をやめよう、政府が消費課税を増税したり中央銀行が利上げしたりして需要を減らそう」という意見が大勢になる。
2.の国なら、外貨準備高が底を付く
2.の国は、資本移動を制限して固定相場制や中間的為替相場制を採用して自国の経済事情に合わせて金融政策を行っていて外貨準備高が少ない国 である。
2.の国は、通貨切り上げのため自国通貨買いドル売りの為替介入をすると、すぐに外貨準備高が底を付いてしまう。
外貨準備高を回復させるため、アメリカ合衆国ドル建て国債を発行して、それを市場に売るようになる。
アメリカ合衆国以外の全ての国にとって、アメリカ合衆国ドル建て国債は債務不履行(デフォルト)の危険があるものである。アメリカ合衆国ドル建て国債を返済できなくなったら、アメリカ合衆国政府やIMF(国際通貨基金)に土下座して支援を頼むことになる。IMF(国際通貨基金)に土下座して支援を受けるとその代償として徹底的に内政干渉され、自主的な経済政策を実行できない国に成り果ててしまう。
2.の国のなかでアメリカ合衆国ドル建て国債を発行することを絶対に避ける国は、輸入に頼れないので、政府が消費課税を増税したり中央銀行が利上げしたりして国内の需要を減らして年間3%のインフレに押さえ込む。1950年代後半から1960年代前半の日本は好景気になって輸入が増えるとすぐに外貨準備高が底を付いたので、好景気を長続きさせることができず、日銀の利上げによって好景気を無理矢理終わらせて輸入を減らし、外貨準備高を確保していた。これを国際収支の天井という(記事)。
3.の国なら、輸出を減らして輸入を増やす継続力が小さく、国内の需要を削減することになる
3.の国は、資本移動を自由化して変動相場制を採用して自国の経済事情に合わせて金融政策を行う国である。
3.の国で輸出が減って輸入が増えると、「ドルを稼いだので自国通貨に交換しよう」と考える業者が減り、外国為替市場で自国通貨買いドル売りの勢いが弱まる。輸入が増えることで「自国通貨をドルに替えてそのドルで海外の物資を購入しよう」と考える業者が増えて、外国為替市場での自国通貨売りドル買いの勢いが増える。
こうして自国通貨売りドル買いが主流となり、自国通貨安・ドル高が進み、輸入が難しくなる。簡単に言うと、3.の国は輸入すれば輸入するほど輸入が難しくなる国である。
しかも輸入を拡大して自国通貨売りドル買いが主流となって自国通貨安・ドル高が進むと、国内の生産業者は「国内に出荷して自国通貨を稼ぐよりも、海外に輸出してドルを稼いだ方が得をする」という誘惑に負けて輸出をするようになり、さらにインフレ率が上昇することになる。
3.の国は年間5%のインフレを輸入で解消することが難しいので、結局、政府が消費課税を増税したり中央銀行が利上げしたりして需要を減らして年間3%のインフレに押さえ込むことになる。
ここまでのまとめ
以上のことをまとめると次のようになる。「貿易をしない国」と「変動相場制の国」が似ているところが興味深い。
貿易をしない国 | 資本移動を制限しつつ固定相場制や中間的為替相場制を採用していて外貨準備高が多い国 | 資本移動を制限しつつ固定相場制や中間的為替相場制を採用していて外貨準備高が少ない国 | 資本移動を自由化して変動相場制を採用して自国の経済事情に合わせて金融政策を行う国 | |
国内の需要が増えてインフレが激しくなったときどういう対応ができるか | 国内の需要を減らす。輸入に頼れない | 外貨準備高を減らしつつ自国通貨切り上げをして、またはその為替水準を維持して、輸入を増やしてインフレを抑える | アメリカ合衆国ドル建て国債を売却しつつ自国通貨切り上げをして、またはその為替水準を維持して、輸入を増やしてインフレを抑える。あるいは国内の需要を減らし、輸入に頼るのをやめる | 国内の需要を減らす。輸入に頼れない |
その長所 | 外貨準備高について悩まなくてよい | 国内の需要と活気を維持できる | アメリカ合衆国ドル建て国債を発行した場合は、国内の需要と活気を維持できる | 外貨準備高について悩まなくてよい |
その短所 | 国内の需要を減らすことで国内の活気を潰す | せっかく貯め込んだ外貨準備高を減らしてしまう | アメリカ合衆国ドル建て国債を発行した場合は、危険なものを抱えたことになる。国内の需要を減らした場合は、国内の活気を潰す | 国内の需要を減らすことで国内の活気を潰す |
4.の国なら、外貨準備高を減らしていく
4.の国は、資本移動を自由化して固定相場制や中間的為替相場制を採用して基軸通貨発行国の金融政策に合わせて金融政策を行っていて外貨準備高が多い国 である。
こうした国は、キャリートレードを抑制するため、基軸通貨を発行する国に対し金融政策でぴったり追従することになる。このため、自国経済がインフレ率5%で利上げすべきところであっても、基軸通貨発行国が金利を維持しているのなら、利上げすることができない。つまり、金融政策で国内の需要を減らすことができない。
このため、為替介入でインフレを抑制することになる。外貨準備高を減らして自国通貨切り上げをして、輸入を増やして輸出を減らして、そうやってインフレ対策する。
5.の国なら、外貨準備高が底を付く
5.の国は、資本移動を自由化して固定相場制や中間的為替相場制を採用して基軸通貨発行国の金融政策に合わせて金融政策を行っていて外貨準備高が少ない国 である。
こうした国は、やはりキャリートレードを抑制するため基軸通貨を発行する国に対し金融政策でぴったり追従することになる。金融政策で国内の需要を減らすことができない。
また、外貨準備高が少ないので、為替介入でインフレを抑制するとすぐに外貨が底を付く。アメリカ合衆国ドル建て国債を発行して為替介入の資金を得るか、政府が消費課税を増税して自国の需要を減らすかのどちらかになる。
4.の国と5.の国のまとめ
資本移動を自由化して固定相場制や中間的為替相場制を採用して基軸通貨発行国の金融政策に合わせて金融政策を行っていて外貨準備高が多い国 | 資本移動を自由化して固定相場制や中間的為替相場制を採用して基軸通貨発行国の金融政策に合わせて金融政策を行っていて外貨準備高が少ない国 | |
国内の需要が増えてインフレが激しくなったときどういう対応ができるか | 外貨準備高を減らしつつ自国通貨切り上げをして、またはその為替水準を維持して、輸入を増やしてインフレを抑える | アメリカ合衆国ドル建て国債を売却しつつ自国通貨切り上げをして、またはその為替水準を維持して、輸入を増やしてインフレを抑える。あるいは消費課税の増税で国内の需要を減らし、輸入に頼るのをやめる |
その長所 | 国内の需要と活気を維持できる | アメリカ合衆国ドル建て国債を発行した場合は、国内の需要と活気を維持できる |
その短所 | せっかく貯め込んだ外貨準備高を減らしてしまう | アメリカ合衆国ドル建て国債を発行した場合は、危険なものを抱えたことになる。消費課税の増税で国内の需要を減らした場合は、国内の活気を潰す |
日本はどういう体制なのか
とはいえ、いつでも「資本移動を制限して固定相場制や中間的為替相場制を採用して自国の経済事情に合わせて金融政策を行っていて外貨準備高が多い国」に変身できる。2020年の日本の外貨準備高は1兆ドルを超えていて世界2位である(資料1、資料2
)。長年にわたって政府が円売りドル買いの為替介入を繰り返してきたこともあって[11]、ずっと右肩上がりに推移してきた(資料
)。
ただし、2021年現在の日本は投資立国となっているので、過度に資本移動を制限することはあまり望ましくない。
外貨準備高を生み出す基礎となる経常収支は1981年から2020年まで40年連続の黒字である(資料)。貿易収支は小さな黒字になったり小さな赤字になったりしているが、第一次所得収支は巨額の黒字を叩き出している(資料1
、資料2
、資料3
)。第一次所得収支とは、日本企業が海外において子会社を設立するなどの投資をして得られる利子・配当の積み重ねを指す。多くの日本企業が海外に工場を持ち、堅調に利益を上げていることになる。第一次所得収支は、為替の変動にあまり影響されない安定的な稼ぎであり、それが順調に増えている(資料
)。日本はすでに貿易で稼ぐ国ではなく、投資で稼ぐ国になっている。
1973年2月13日以前と1973年2月14日以後の比較
1973年2月13日以前の日本は「資本移動を制限して固定相場制や中間的為替相場制を採用して自国の経済事情に合わせて金融政策を行う国」だった。
1973年2月14日以後の日本は「資本移動を自由化して変動相場制を採用して自国の経済事情に合わせて金融政策を行う国」になっている。
この2つの体制の違いはどこにあるというと、「資本移動を制限して固定相場制や中間的為替相場制を採用して自国の経済事情に合わせて金融政策を行う国」はインフレ制御を正確に実行できるが外貨準備高の変動が激しい、「資本移動を自由化して変動相場制を採用して自国の経済事情に合わせて金融政策を行う国」はインフレ制御をあまり正確に実行できないが外貨準備高のことを考えずに済む、という違いがある。
「資本移動を制限して固定相場制や中間的為替相場制を採用して自国の経済事情に合わせて金融政策を行う国」は外貨準備高が変動する
1973年2月13日以前の日本が、短期金利を2%から2.25%に利上げするときのことを考えてみる。アメリカ合衆国の短期金利によって外貨準備高の増減に影響が出る。
日本が短期金利を 2%から2.25%に利上げし 国内需要を削減して デフレ圧力を掛ける |
米国が短期金利を 2%から2.5%に利上げ |
資本移動を制限しているので日米金利差による円売りドル買いが起こりにくい。それでも日米金利差で儲けようと円売りドル買いをするものが現れたら、円買いドル売りの為替介入で相殺する | デフレ圧力が狙いどおりに掛かるが外貨準備高が減っていく |
日本が短期金利を 2%から2.25%に利上げし 国内需要を削減して デフレ圧力を掛ける |
米国が短期金利を 2%から2.25%に利上げ |
為替の変動が起こらない | デフレ圧力が狙いどおりに掛かる。外貨準備高は変わらない |
日本が短期金利を 2%から2.25%に利上げし 国内需要を削減して デフレ圧力を掛ける |
米国が短期金利を 2%のまま維持 |
資本移動を制限しているので日米金利差による円買いドル売りが起こりにくい。それでも日米金利差で儲けようと円買いドル売りをするものが現れたら、円売りドル買いの為替介入で相殺する | デフレ圧力が狙いどおりに掛かる。外貨準備高が増えていく |
※実際は、この程度の小さい金利差なら、日米金利差による資本移動による儲けよりも為替変動リスクの方が大きいので、日米金利差による資本移動が起こりにくい。
「資本移動を自由化して変動相場制を採用して自国の経済事情に合わせて金融政策を行う国」ではインフレ制御をあまり正確に実行できない
日本が変動相場制で、短期金利を2%から2.25%に利上げするときのことを考えてみる。それだけ見れば貸出金利利上げによる国内需要の削減でデフレ圧力を掛けることができそうだが、アメリカ合衆国の短期金利によって為替相場が変わって輸出入の変動が起こり想定よりも異なるデフレ圧力になる。
日本が短期金利を 2%から2.25%に利上げし 国内需要を削減して デフレ圧力を掛ける |
米国が短期金利を 2%から2.5%に利上げ |
日米金利差のため 円売りドル買いが続き 円安ドル高になり 輸出増輸入減で インフレ圧力 |
デフレ圧力とインフレ圧力が相殺される |
日本が短期金利を 2%から2.25%に利上げし 国内需要を削減して デフレ圧力を掛ける |
米国が短期金利を 2%から2.25%に利上げ |
為替の変動が起こらない | デフレ圧力が狙いどおりに掛かる |
日本が短期金利を 2%から2.25%に利上げし 国内需要を削減して デフレ圧力を掛ける |
米国が短期金利を 2%のまま維持 |
日米金利差のため 円買いドル売りが続き 円高ドル安になり 輸出減輸入増で デフレ圧力 |
デフレ圧力が思ったよりも強く掛かる |
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関連項目
- 国債
- 資金吸収オペレーション
- 資金供給オペレーション
- 中央銀行の国債直接引き受け(マネタイゼーション)(財政ファイナンス)
- ヘリコプターマネー(ヘリマネ)
- クラウディングアウト
- プライマリーバランス
- インフレ恐怖症
- 国債恐怖症
- 財政再建(緊縮財政)
脚注
- *『マンキュー マクロ経済学 第3版 Ⅰ 入門編(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー
』の141ページにおいて、N・グレゴリー・マンキューは「インフレになって借り手が得をして貸し手が損をするのは、まったく恣意的な富の再分配である」と表現している。その表現を真似ると「デフレになって借り手が損をして貸し手が得をするのは、まったく恣意的な富の搾取である」となるだろう。
- *野村證券・証券用語解説集の『金利と景気』
や『景気循環』
を参考にした。
- *もちろん日本なら、軍事費が防衛費、軍隊が自衛隊、軍備が装備、軍縮が防衛力縮小に、それぞれ言い直される。「自衛隊は軍隊ではない」という建前が尊重される。
- *「自衛官・海上保安官・刑務官・警察官・消防士以外の公務員」は、団体行動権(争議権、ストライキ権、スト権)を法律によって否定されているが団結権と団体交渉権を認められていて、労働組合を結成できる。ちなみに、公務員の中でも自衛官・海上保安官・刑務官・警察官・消防士は法律によって労働三権の全てを否定されており、労働組合を結成して労働運動を行うことができず、世の中の賃上げの動きを作り出すことが難しい。
- *2020年東京オリンピックでは観光客向け案内人や医師や看護師をボランティアで募集した。
- *2003年12月16日に経団連が公表した2004年版経営労働政策委員会報告
において「適正な人件費水準の管理」「賃金水準の適正化」「高止まりの賃金水準を、国際競争力を保てるような適正な賃金水準へ」という文章がある。この当時の経団連が、賃下げして企業の国際競争力を高めようとしていたことがわかる。
- *2021年現在の日本においてキャピタルゲイン税(株式等譲渡益課税)やインカムゲイン税(株式等配当課税)は一律で20.315%(所得税・復興特別所得税15.315%、住民税5%)となっており、累進課税が導入されていない。そして高額所得者ほど株式譲渡や株式配当で得られる収入の割合が多い。このため申告納税者の所得税負担率を見てみると、所得金額が1億円までは所得税負担率が右肩上がりの累進課税となっているが、所得金額が1億円を超えると所得税負担額が右肩下がりになっている(資料
)。
- *NISAとは、2014年1月から始まった個人投資家のための税制優遇制度である。毎年120万円の非課税投資枠が設定され、株式・投資信託等の配当・譲渡益等が非課税対象となる(資料
)。
- *経済学ではこういう貯蓄を予備的貯蓄という。
- *日銀法第40条第2項
や外為法第7条第3項
は「外国通貨を売買して為替介入するときは、政府が主体となり、日銀はその事務を取り扱うだけである」と解釈されてきた。外国為替を解説する書籍でもそう説明することが多い。『図解入門ビジネス 最新 為替の基本とカラクリがよ~くわかる本(秀和システム)脇田栄一
』の105ページなど。また、政府の為替介入の手順については為替の記事を参照のこと。
- *日本は変動相場制の管理変動相場制を採用していて、たまに為替介入をする。日本の為替介入は円売りドル買いで円安ドル高を導く円切り下げ介入がほとんどだった。最新為替の基本とカラクリがよ~くわかる本(秀和システム)脇田栄一 107ページ
- 9
- 0pt
- ページ番号: 4333858
- リビジョン番号: 3065039
- 編集内容についての説明/コメント: