スタグフレーション(stagflation)とは、経済学の用語である。
概要
定義
スタグフレーションはインフレ率の上昇と失業率の上昇が同時に起こることである。
失業率と実質GDPには負の相関関係があり[1]、失業率の上昇は実質GDPの減少と同じ意味を持つので、「スタグフレーションはインフレ率の上昇と実質GDPの減少が同時に起こることである。」と定義しても良い。
失業率が上昇したり実質GDPが減少したりすることを不景気とか景気後退という[2]。ゆえに「スタグフレーションはインフレ率の上昇と景気後退が同時に起こることである。」と定義しても良い。
名称
スタグフレーション(stagflation)とは「stagnation(停滞)」と「inflation(インフレーション)」の混成語である。
解説
経済政策の立案者はインフレ率の低さと失業率の低さの2つを目標とするものである[3]。スタグフレーションが発生すると、経済政策の立案者にとって目標をまったく達成できない失望の状態になる。
石油の減産のような「資本の量を減らす不利な供給ショック」が発生するとコスト・プッシュ・インフレーションになる。そのコスト・プッシュ・インフレーションに伴って失業率の上昇が発生してスタグフレーションになることが多い。
スタグフレーションの例
1973年の第1次オイルショックと1978年の第2次オイルショックの影響で、1974年~1975年と1980年~198年までのアメリカ合衆国は典型的なスタグフレーションとなった[4]。
コストプッシュインフレーション止まりでスタグフレーションが発生しなかった例
1970年代の日本は2度のオイルショックによりインフレ率が上がったが、失業率はさほど上がっていない。このため1970年代の日本に対して「コスト・プッシュ・インフレーションになっただけでスタグフレーションになっていない」と評価することができる。
2022年2月24日に勃発したウクライナ戦争は世界有数の産油国であるロシアが関わるものなので、世界的に原油の供給が減り、原油高となった。そして世界有数の小麦生産国であるウクライナも関わるものなので世界的に小麦の供給が減った。こうした「資本の量を減らす不利な供給ショック」により、日本はコスト・プッシュ・インフレーションとなり、じわじわとインフレ率が上がっていった。しかし2024年1月の時点において、日本で失業率の顕著な上昇が見られていない。このため2024年1月の時点の日本に対して「コスト・プッシュ・インフレーションになっただけでスタグフレーションになっていない」と評価することができる。
スタグフレーションの分析
総需要-総供給モデルでの分析
スタグフレーションは、タテ軸物価・ヨコ軸実質GDPの総需要-総供給モデルで分析することができる。
石油の減産のように不利な供給ショックが起こると、短期総供給曲線が左に平行移動する。すると均衡点が総需要曲線に沿って左上に移動していき、物価の上昇と実質GDPの減少が同時に発生する。物価の上昇でインフレ率が上昇し、実質GDPの減少によって失業率が上昇し、スタグフレーションになる。
フィリップス曲線モデルでの分析
スタグフレーションは、タテ軸インフレ率・ヨコ軸失業率のフィリップス曲線モデルで分析することができる。
- 石油の減産のように不利な供給ショックが起こると、インフレ率が上がり、実質GDPと失業率が一定のままになる。これをコスト・プッシュ・インフレーションという。短期フィリップス曲線が上に平行移動し、経済の状況を指し示す点が上に平行移動する。
- インフレ率が上がったことで人々の適応的期待が生まれ、期待インフレ率が上がり、インフレ率が上がり、実質GDPと失業率が一定のままになる。短期フィリップス曲線が上に平行移動し、経済の状況を指し示す点が上に平行移動する。この内容について詳しくはフィリップス曲線の記事の『期待インフレ率が変動するときの平行移動』の項目を参照のこと。
- 2.に引き続いて人々は期待インフレ率が上昇したことで「名目賃金Wが硬直的であるなかで物価Pが速く上昇するだろうから実質賃金W/Pが速く下落するだろう」と考え、摩擦的失業を増やし、可処分所得を減らして消費や投資や純資本流出を減少させ、純資本流出と純輸出が等しいことから消費や投資や純輸出を減少させる。インフレ率が下がり、実質GDPが減少に転じて失業率が上がり、経済の状況を指し示す点が短期フィリップス曲線に沿って右下に移動する。
1.~3.を通じた長期的な視点でみると、経済の状況を指し示す点が右上に移動し、インフレ率が上昇して失業率が上昇している。
2.と3.が同時に起こると、経済の状況を指し示す点が右に平行移動しているかのように見える。すなわち、インフレ率が一定でありつつ失業率が上がっているように見える。
スタグフレーションが発生しないことの分析
1970年代や2020年代の日本でスタグフレーションが起こらなかった
1970年代の日本や2022年2月24日のウクライナ戦争以降の日本では、コスト・プッシュ・インフレーションが発生してインフレ率の上昇が見られたが、失業率はほんのわずかしか上昇しておらず、「スタグフレーションが発生した」とはとても言えない状況だった。
1970年代や2020年代の日本を説明するときに使用する短期フィリップス曲線
入門者向けの経済学の教科書において短期フィリップス曲線は右肩下がりの直線に描かれているが[5]、実際の短期フィリップス曲線は、低失業率のあたりで傾きが大きくて垂直に近く、高失業率のあたりで傾きが小さくて水平に近い(画像検索例1、画像検索例2
)。
そして1970年代の日本の失業率は1%台であり、2020年代の日本の失業率は2%台であり、いずれも低い失業率である。そういう国は、「実際の短期フィリップス曲線」のなかの「傾きが大きくて垂直に近い部分」に経済の状況を指し示す点を置くことになる。
ちなみに日本の失業率が全体的に低いことは、言語や文化の統一が進んでいて労働者に感謝の声が届きやすく労働者に内発的動機付けが掛かりやすく労働運動が低調になりやすく構造的失業が少なくなりやすいことが原因に考えられる。
フィリップス曲線モデルでの分析
1970年代の日本や2022年代の日本でスタグフレーションが発生しなかったことは、タテ軸インフレ率・ヨコ軸失業率のフィリップス曲線モデルで「傾きが大きくて垂直に近い短期フィリップス曲線」を使用して分析することができる。
- 石油の減産のように不利な供給ショックが起こると、インフレ率が上がり、実質GDPと失業率が一定のままになる。これをコスト・プッシュ・インフレーションという。短期フィリップス曲線が上に平行移動し、経済の状況を指し示す点が上に平行移動する。
- インフレ率が上がったことで人々の適応的期待が生まれ、期待インフレ率が上がり、インフレ率が上がり、実質GDPと失業率が一定のままになる。短期フィリップス曲線が上に平行移動し、経済の状況を指し示す点が上に平行移動する。この内容について詳しくはフィリップス曲線の記事の『期待インフレ率が変動するときの平行移動』の項目を参照のこと。
- 2.に引き続いて人々は期待インフレ率が上昇したことで「名目賃金Wが硬直的であるなかで物価Pが速く上昇するだろうから実質賃金W/Pが速く下落するだろう」と考え、摩擦的失業を増やし、可処分所得を減らして消費や投資や純資本流出を減少させ、純資本流出と純輸出が等しいことから消費や投資や純輸出を減少させる。インフレ率が下がり、実質GDPが減少に転じて失業率が上がり、経済の状況を指し示す点が短期フィリップス曲線に沿って右下に移動する。ただし、短期フィリップス曲線の傾きが大きくて垂直に近いので、失業率の上昇幅が小さい。
1.~3.を通じた長期的な視点でみると、経済の状況を指し示す点が「真上に限りなく近い右上」に移動し、インフレ率が大きく上昇して失業率がすこしだけ上昇している。
2.と3.が同時に起こると、経済の状況を指し示す点がすこしだけ右に平行移動しているかのように見える。すなわち、インフレ率が一定でありつつ失業率がすこしだけ上がっているように見える。
関連リンク
関連項目
脚注
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』260ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』255ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』422ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』427ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』430ページ
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