需要ショック(demand shocks)とは、経済学の用語の1つである。
概要
定義
需要ショックとは、一国の総需要が変動して総需要-総供給モデルにおいて総需要曲線が右や左に平行移動することをいう[1]。
需要ショックの中で、総需要が増えて総需要-総供給モデルにおいて総需要曲線を右に平行移動させることを「正の需要ショック」と呼び、総需要が減って総需要-総供給モデルにおいて総需要曲線を左に平行移動させることを「負の需要ショック」と呼ぶ。
解説
一国の総需要は、消費と政府購入と投資と純輸出の4つから構成される。例えば、4つの中のどれか1つが増えつつ残りの3つが現状維持になるのなら、総需要が増えて正の需要ショックが起きる。
需要ショックは、どこかの国の経済政策担当者が財政政策や金融政策や貿易政策を意図的に変更して発生させるものが多い。本記事では『政策担当者が引き起こす需要ショック』の項目においてそうした需要ショックを紹介している。
また、需要ショックには、多くの群衆が一斉に同じ行動をとることで発生するものもある。本記事では『政策担当者ではない人たちが引き起こす需要ショック』の項目においてそうした需要ショックを紹介している。
需要ショックが起こると短期において実質GDPと価格が変動する
正の需要ショックが起きると、総需要-総供給モデルにおいて総需要曲線が右に平行移動し、均衡点が短期総供給曲線に沿って右上に移動し、短期において実質GDPと価格が上がっていく。このことはデマンド・プル・インフレーションと呼ばれる。
負の需要ショックが起きると、総需要-総供給モデルにおいて総需要曲線が左に平行移動し、均衡点が短期総供給曲線に沿って左下に移動し、短期において実質GDPと価格が下がっていく。
需要ショックが起こると長期において実質GDPが変動するかどうかは議論の的になっている
「需要ショックが起きたら短期において実質GDPが変動するが、長期においてその国が本来持っている生産水準に戻っていき実質GDPの変動がゼロになる」という考え方を自然率仮説という。
「需要ショックが起きたら短期において実質GDPが変動し、長期においてもその国が本来持っている生産水準に影響を与えて実質GDPが変動したままになる」という考え方をヒステリシス(経済学)の仮説という。
自然率仮説とヒステリシス仮説のどちらが正しいのかは、議論の的になっていて決着していない。
政策担当者が引き起こす需要ショック
正の需要ショックのみの紹介
この項目では、様々な国において政策担当者が引き起こす正の需要ショックを紹介していく。
正の需要ショックと逆のことを行えば負の需要ショックを発生させられることは明白である。このため負の需要ショックについて改めて紹介することを省略している。
国家の4分類
国家は、国際金融のトリレンマにより3種類の国に分類される。閉鎖経済の国と、大国開放経済の国と、固定相場制を採用する小国開放経済の国である。
また、経済学の教科書では変動相場制を採用する小国開放経済の国を想定している。
閉鎖経済の国における正の需要ショック
閉鎖経済の国において政策担当者が引き起こす正の需要ショックは次のものが考えられる。
- 財政政策を変更し、消費や政府購入を増やす。消費を増やす場合は減税して政府収入の減少分の資金を国債発行で借り入れたり、給付金を配布してその資金を国債発行で借り入れたりする。政府購入を増やすときはその資金を国債発行で借り入れる。消費や政府購入の拡大で実質貨幣残高M/Pへの需要が増えて国内名目利子率が上昇し、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率が上昇し、クラウディングアウトが発生して投資が減る。しかし投資の減少による需要の減少は、消費や政府購入の増加による需要の増加を完全に打ち消すほどではなく、「消費や政府購入の増加による需要の増加幅」から「投資の減少による需要の減少幅」を引いた分だけ総需要が増加する[2]。
- 金融政策を変更し、投資を増やす。中央銀行が自国通貨建て国債を買い入れてマネーサプライMの供給を増やし、短期で物価Pが硬直的なので実質貨幣残高M/Pの供給を増やし、国内名目利子率を下げ、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率を下げ、投資を増やす[3]。
1.と2.を同時に行うと、消費や政府購入が増えて投資が一定という結果を導くことも可能である[4]。そういう政策はポリシーミックスと呼ばれる。
大国開放経済の国における正の需要ショック
大国開放経済の国において政策担当者が引き起こす正の需要ショックは次のものが考えられる。
- 財政政策を変更し、消費や政府購入を増やす。消費を増やす場合は減税して政府収入の減少分の資金を国債発行で借り入れたり、給付金を配布してその資金を国債発行で借り入れたりする。政府購入を増やすときはその資金を国債発行で借り入れる。消費や政府購入の拡大で実質貨幣残高M/Pへの需要が増えて国内名目利子率が上昇し、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率が上昇し、クラウディングアウトが発生して投資が減る。さらに国内実質利子率が上昇することで外国発のキャリートレードが発生し、資本流入が起きて国内実質利子率を引き下げ、それと同時に国際的投資家が自国通貨買い・外国通貨売りをして、自国通貨高になって名目為替レートが下落し、短期で価格が硬直的なので実質為替レートが下落し、純輸出が減る。しかし投資や純輸出の減少による需要の減少は、消費や政府購入の増加による需要の増加を完全に打ち消すほどではなく、「消費や政府購入の増加による需要の増加幅」から「投資や純輸出の減少による需要の減少幅」を引いた分だけ総需要が増加する[5]。
- 金融政策を変更し、投資と純輸出の両方を増やす。中央銀行が自国通貨建て国債を買い入れてマネーサプライMの供給を増やし、短期で物価Pが硬直的なので実質貨幣残高M/Pの供給を増やし、国内名目利子率を下げ、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率を下げ、投資を増やす。一方で、国内実質利子率が下落することで自国発のキャリートレードが発生し、資本流出が起きて国内実質利子率を上昇させ、それと同時に国際的投資家が自国通貨売り・外国通貨買いをして、自国通貨安になって名目為替レートが上昇し、短期で価格が硬直的なので実質為替レートが上昇し、純輸出が増える[6]。
1.と2.を同時に行うと、消費や政府購入が増えて投資と純輸出が一定という結果を導くことも可能である。そういう政策はポリシーミックスと呼ばれる。
以上のことはIS-LMモデルだけでは考察しきれず、それ以外のモデルを用意しなければならない。
「大国開放経済の国は、閉鎖経済の国と小国開放経済の国の中間に位置する」と表現される[7]。
変動相場制を採用する小国開放経済の国における正の需要ショック
変動相場制を採用する小国開放経済の国において政策担当者が引き起こす正の需要ショックは次のものが考えられる。
- 金融政策を変更し、純輸出を増やす。中央銀行が自国通貨建て国債を買い入れてマネーサプライMの供給を増やし、短期で物価Pが硬直的なので実質貨幣残高M/Pの供給を増やし、国内名目利子率を下げ、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率を下げる。国内実質利子率が下落することで自国発のキャリートレードが発生し、資本流出が起きて国内実質利子率を上昇させ、元通りの「世界共通実質利子率とその国固有のリスクプレミアムの合計値」の水準に戻す。それと同時に国際的投資家が自国通貨売り・外国通貨買いをして、自国通貨安になって名目為替レートが上昇し、短期で価格が硬直的なので実質為替レートが上昇し、純輸出が増える[8]。
1.には投資を増やすという効果がない。小国開放経済の国はキャリートレードが無制限に行われて自国の経済規模が小さいために国内実質利子率が「世界共通実質利子率とその国固有のリスクプレミアムの合計値」と同一を保ち[9]、投資が増えない。
変動相場制を採用する小国開放経済の国において、財政政策を変更し、消費や政府購入を増やして需要を増やしても、純輸出が減って需要が減り、総需要が変動しない。消費や政府購入の拡大で実質貨幣残高M/Pへの需要が増えて国内名目利子率が上昇し、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率が上昇するが、海外発のキャリートレードが起こり、資本流入が起き、国内実質利子率を下落させ、元通りの「世界共通実質利子率とその国固有のリスクプレミアムの合計値」の水準に戻す。それと同時に国際的投資家が自国通貨買い・外国通貨売りをして、自国通貨高になって名目為替レートが下落し、短期で価格が硬直的なので実質為替レートが下落し、純輸出が減る[10]。
変動相場制を採用する小国開放経済の国において、貿易政策を変更し、関税を高くして輸入を減らしても、その分だけ輸出が減り、純輸出が一定になり、総需要が変動しない。輸入の減少で純輸出がいったん増え、実質貨幣残高M/Pへの需要が増えて国内名目利子率が上昇し、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率が上昇するが、海外発のキャリートレードが起こり、資本流入が起き、国内実質利子率を下落させ、元通りの「世界共通実質利子率とその国固有のリスクプレミアムの合計値」の水準に戻す。それと同時に国際的投資家が自国通貨買い・外国通貨売りをして、自国通貨高になって名目為替レートが下落し、短期で価格が硬直的なので実質為替レートが下落し、輸出が減り、純輸出が元通りの水準まで減る。これによって純輸出が一定に保たれる[11]。
以上のことはマンデル=フレミングモデルで考察することができる。
固定相場制を採用する小国開放経済の国における正の需要ショック
固定相場制を採用する小国開放経済の国において政策担当者が引き起こす正の需要ショックは次のものが考えられる。
- 財政政策を変更し、消費や政府購入を増やす。消費を増やす場合は減税して政府収入の減少分の資金を国債発行で借り入れたり、給付金を配布してその資金を国債発行で借り入れたりする。政府購入を増やすときはその資金を国債発行で借り入れる。消費や政府購入の拡大で実質貨幣残高M/Pへの需要が増えて国内名目利子率が上昇し、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率が上昇するが、海外発のキャリートレードが起こり、資本流入が起き、国内実質利子率を下落させ、元通りの「世界共通実質利子率とその国固有のリスクプレミアムの合計値」の水準に戻す。それと同時に国際的投資家が自国通貨買い・外国通貨売りをするので、固定相場制を維持する中央銀行が自国通貨売り・外国通貨買いをして、マネーサプライMと外貨準備高の両方を増やす[12]。
- 金融政策を変更し、自国通貨の切り下げを行って自国通貨安にして名目為替レートと実質為替レートを上げ、純輸出を増やす。中央銀行が自国通貨売り・外国通貨買いを行い、自国通貨安にして名目為替レートを上昇させ、短期で物価が硬直的なので実質為替レートを上昇させ、純輸出を増やす。その結果としてマネーサプライMが増え、中央銀行の外貨準備高が増える[13]。
- 貿易政策を変更し、純輸出を増やす。関税を高くして輸入を減少させることで純輸出が増える。純輸出が増えるので、実質貨幣残高M/Pへの需要が増えて国内名目利子率が上昇し、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率が上昇するが、海外発のキャリートレードが起こり、資本流入が起き、国内実質利子率を下落させ、元通りの「世界共通実質利子率とその国固有のリスクプレミアムの合計値」の水準に戻す。それと同時に国際的投資家が自国通貨買い・外国通貨売りをするが、固定相場制を維持する中央銀行が自国通貨売り・外国通貨買いをするので、マネーサプライMと外貨準備高の両方が増える。名目為替レートが維持されるので、物価が硬直的な短期において実質為替レートも維持され、輸出が一定を保つ[14]。
2.を繰り返すと変動相場制を採用する小国開放経済の国に近づいていく。
1.と2.と3.のいずれも、実行した後に中央銀行の外貨準備高が増えていく。
以上のことはマンデル=フレミングモデルで考察することができる。
政策担当者ではない人たちが引き起こす需要ショック
カントリーリスクによって消費や投資が減少するものが多い
一国の総需要は、消費と政府購入と投資と純輸出の4つから構成される。
政策担当者ではない人たちが引き起こす需要ショックは、政府購入を変動させるものではなく、消費や投資や純輸出を変動させるものである。
なかでも、カントリーリスクが増大して消費と投資が急激に減少して負の需要ショックを引き起こすものが目立つ。カントリーリスクとはテロや暴動による治安の悪化や粉飾決算の発覚や放漫経営の発覚によってその国家における不確実性が増大することをいう。
また、カントリーリスクが増大して負の需要ショックが起きるとき、消費の減少幅よりも投資の減少幅の方が大きいのが常である。
投資というものは消費に比べて景気循環における変動がはるかに大きい。景気後退に陥ると、消費の減少が発生するが、投資の減少は消費の減少よりも大規模に発生する[15]。なぜかというと、消費というのは生命維持に必須の行為を多く含むが、投資は生命維持に必須の行為をあまり多く含まないからである。
テロや暴動が起こることで消費や投資が減って負の需要ショックが起こる
テロや暴動が起こると将来の不確実性が高まり、人々が将来に対して不安に思い、消費や投資を減らすようになる。
2001年9月11月にアメリカ同時多発テロ事件が起こり、その直後から米国の人々が将来を不安に思って消費や投資を減らすようになり、2001年から2003年にかけて米国の総需要が減る一因となった[16]。
1994年1月1日にメキシコのチャパス州で先住民が暴動を起こし、同年3月23日に有力な大統領候補だったルイス・ドナルド・コロシオが暗殺された。こうした暴動やテロにより、メキシコの人々が将来を不安に思って消費や投資を減らすようになり、メキシコの総需要が減る一因となった[17]。
人気の政治家が権力を握ることで消費や投資が増えて正の需要ショックが起こる
人気のある政治家が権力を握ると、人々が「将来の不確実性が減った」と思うようになり、人々が将来について明るく思うようになり、消費や投資を増やすようになる[18]。
大企業の粉飾決算や銀行の放漫経営が発覚することで投資が減って負の需要ショックが起きる
大企業の粉飾決算や銀行の放漫経営が発覚すると、投資家は投資を減らす。
投資家というのはアニマル・スピリット(animal spirits 野獣のような精神)という非合理で主観的な判断により動くことが多い。このことはジョン・メイナード・ケインズが指摘した[19]。
大企業の粉飾決算や銀行の放漫経営が発覚すると、投資家たちが「政府の規制が不十分で、他にもこうした粉飾決算の企業があるかもしれない」と疑うようになり、投資家たちが合理的な判断をせずにおびえるようになり、「我も我も」といった調子で一斉に投資を引き上げていく。
2001年10月17日にウォールストリート・ジャーナルがエンロンの不正会計疑惑を報じたあと、エンロンの株価が急落し、それに釣られて多くの株式が売られ、投資が減った。2002年6月25日にワールドコムの粉飾決算が発覚し、それに釣られて多くの株式が売られ、さらに投資が減った。このような投資の減少が2001年から2003年にかけて米国の総需要が減る一因となった[20]。
2007年にサブプライムローン問題が発生した。これは信用力の低い人への債権と信用力の高い人への債権を混ぜ合わせた債券を銀行が売り出すことを公認したことが発端であり、一種の粉飾を公認したことが発端である。2007年夏ごろになって「信用力の低い人への債権」が不良債権となり、それを抱える銀行の経営が苦しいことが発覚し、一気に投資が減り、総需要が減っていった[21]。
1929年の世界恐慌や1991年の日本のバブル崩壊の前には、銀行への規制が不十分で、銀行が放漫経営をして「信用力の低い人への債権」を抱えていたことが知られている[22]。そうした放漫経営が発覚したあとに投資が減って総需要が減っていった。
1997年にアジア諸国で通貨危機が起こった。このときは韓国・インドネシア・タイなどで投資の大幅な減少が起こった。こうした諸国では、政治的な権力を多く持っているのに返済能力が低い人々がおり、そういう人々に融資をするように政府が銀行へ圧力を掛けることが多く、クローニー資本主義(crony capitalism 仲間内資本主義)という状態になっていた[23]。つまりは銀行の放漫経営が常態化していた。1997年になって銀行の放漫経営の存在が意識されるようになり、投資家が一斉に投資を減らしていった。
過剰投資が発覚することで投資が減って負の需要ショックが起きる
過剰投資が発覚すると、投資家は投資を減らす。
投資家というのはアニマル・スピリット(animal spirits 野獣のような精神)という非合理で主観的な判断により動くことが多い。このため、大して必要とされていないのに大量の過剰投資を行ってしまうことがしばしば見られる。
その過剰投資が発覚すると、投資家たちが「政府の規制が不十分で、他にもこうした過剰投資があるかもしれない」と疑うようになり、投資家たちが合理的な判断をせずにおびえるようになり、「我も我も」といった調子で一斉に投資を引き上げていく。
過剰投資というのは、大して必要がないのにそのことを隠して投資を呼び寄せたという現象であることが多く、一種の粉飾とみなしてよい。
1990年代後半に米国でIT関連への投資が過熱したが、2000年8月頃から「IT関連への過剰投資になっているのではないか」との思惑が広がり、株価が25%下落するというITバブル崩壊という現象になった。このような投資の減少が2001年から2003年にかけて米国の総需要が減る一因となった[24]。
1929年の世界恐慌、1991年の日本のバブル崩壊、2008年のリーマンショック、これらのいずれにも住宅への過剰投資の要素がみられる[25]。
閉鎖経済の国ではカントリーリスクが上がっても総需要が大規模に減りにくい
閉鎖経済の国ではカントリーリスクが上がっても総需要が大規模に減るという現象が発生しにくい。
閉鎖経済の国でカントリーリスクが上がったとき、その国の国民は国際的資本移動を制限されているので、「その国から投資を引き上げて、他の国に投資をする」という選択肢をとることができない。
閉鎖経済の国で治安が悪化するという形でカントリーリスクが上がったとき、その国の投資家が株式を売り払って現金を手にしたとしても、現金を自宅に保管することが難しいし、現金を金塊に交換してその金塊を自宅に保管することが難しい。投資家は現金を銀行に預けねばならないが、そうなると銀行が他の企業に融資して投資をしてしまう。このように、閉鎖経済の国でカントリーリスクが上昇しても投資が維持されがちであり、総需要が維持されがちである。
カントリーリスクが上がって総需要が大規模に減る現象が起こりやすいのは、大国開放経済の国と、小国開放経済で固定相場制を採用する国と、小国開放経済で変動相場制を採用する国の3つである。このいずれも国際的資本移動を自由に行うことができる。
カントリーリスクが上がると総需要が減少することの説明
カントリーリスクが上がって消費や投資が減少すると総需要が減少することは、マンデル=フレミングモデルで考えることができる。
大国開放経済の国について考えることは難解であり、この項目で紹介することを差し控えるが、小国開放経済の国について考えることは簡単である。
「大国開放経済の国は、閉鎖経済の国と小国開放経済の国の中間に位置する」と表現される[26]。このため「大国開放経済の国でも小国開放経済の国と同じ現象がある程度起こり、カントリーリスクが上がることで総需要が減ることがある程度起こっている」と考えてよい。
固定相場制を採用する小国開放経済の国なら、タテ軸名目為替レート・ヨコ軸実質GDPの短期向けマンデル=フレミングモデルで考えることができる。
カントリーリスクが上がって消費や投資が減ると、IS*曲線が左に平行移動する[27]。
カントリーリスクが上がると、国際的投資家がその国固有のリスクプレミアムをより高く設定し、債券を売って債券の利回りを上昇させて国内名目利子率を上昇させ、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率を上昇させる。
国際的投資家は「国内実質利子率が上がっているが、カントリーリスクが増えてリスクプレミアムが上昇しただけである」と判断する。このため国内実質利子率が上昇したとしても外国発のキャリートレードが起きず資本流入が起きず国内実質利子率を下落させる力が発生しない。
そして国内名目利子率が上昇するので、LM*曲線が右に平行移動する[28]。
国内名目利子率iが高まるとLM*曲線が右に平行移動することは次のように考えることができる。「M/P=L(i、Y)を満たす。左辺のM/Pが一定なので右辺のL(i、Y)も一定でなければならない。国内名目利子率iが上昇して実質貨幣残高M/Pへの需要が減るのだから、実質GDP(Y)はM/P需要を増やすように変化する必要があり、実質GDP(Y)は増加する必要がある。実質GDP(Y)が増加するのでマンデルフレミングモデルのLM*曲線が右に平行移動する[29]」
これだけなら名目為替レートが上昇し、短期で物価が硬直的なので実質為替レートが上昇し、純輸出が大きく伸び、純輸出の増加に伴う需要の増加幅が消費・投資の減少に伴う需要の減少幅を上回り、総需要が上昇する。
しかし中央銀行が固定相場制を維持して、自国通貨買い・外国通貨売りを行ってマネーサプライMと外貨準備高を減らして、LM*曲線を左に平行移動させる。名目為替レートが一定となり、短期で物価が硬直的なので実質為替レートが一定となり、純輸出が維持される[30]。以上から、消費や投資の減少と純輸出の維持という結果となり、総需要が減る。
外貨準備高が減っていくので、外貨準備高が尽きたときは変動相場制を採用する小国開放経済の国に移行することになる。
変動相場制を採用する小国開放経済の国ならタテ軸実質為替レート・ヨコ軸実質GDPの長期向けマンデル=フレミングモデルで考えることができる。
カントリーリスクが上がって消費や投資が減ると、IS*曲線が左に平行移動する。また、カントリーリスクを反映するリスクプレミアムが増えるので国内実質利子率が上昇し、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内名目利子率が上昇し、LM*曲線が右に平行移動する。これだけなら実質為替レートが上昇して純輸出が大きく伸び、純輸出の増加に伴う需要の増加幅が消費・投資の減少に伴う需要の減少幅を上回り、総需要が上昇する。
しかし、実質為替レートが上昇して輸入が減ることで物価Pが急激に上がり、実質貨幣残高M/Pの供給が減り、LM*曲線が左に平行移動する[31]。
①輸入品依存がすごく大きくて物価Pが激しく上がる国ならLM*曲線が大きく左に平行移動し、カントリーリスクが起こる前よりも実質為替レートがやや上昇する程度にとどまり、消費・投資の減少に伴う需要の減少幅の方が純輸出の増加に伴う需要の増加幅よりも大きくなり、総需要が減る。
②輸入品依存がやや大きくて物価Pがやや上がる国ならLM*曲線が小さく左に平行移動し、カントリーリスクが起こる前よりも実質為替レートがだいぶ大きくなり、消費・投資の減少に伴う需要の減少幅と純輸出の増加に伴う需要の増加幅が同じぐらいになり、総需要が同じぐらいになる。
③輸入品依存が小さくて物価Pがわずかに上がる国ならLM*曲線がとても小さく左に平行移動し、カントリーリスクが起こる前よりも実質為替レートがすごく大きくなり、消費・投資の減少に伴う需要の減少幅よりも純輸出の増加に伴う需要の増加幅の方が大きくなり、総需要が増える。
小国開放経済で変動相場制を採用する国というのは、自国産業が貧弱で外貨獲得手段が少なく固定相場制を維持できない国である。そういう国は①であることが非常に多く、カントリーリスクで総需要を減らすことが非常に多い。
カントリーリスクへの反応は当該国住民と国際的投資家とで異なる
A国でカントリーリスクが起こると、A国住民は恐怖に震え上がって予備的貯蓄をするようになる。予備的貯蓄とは消費や投資を抑制してその分を銀行預金に積み上げることである。銀行預金を積み上げるというのは、又貸し説に従えば預金者が銀行を通じてA国企業に投資をすることであり、銀行の実務に従えば預金者が銀行を通じて政府に貸し出しをして政府の購入を支援することである。話を簡単にさせるためここでは又貸し説に従うことにする。ゆえに予備的貯蓄をしているだけなら「消費や投資が減った分だけ銀行預金(A国向け投資)が増える」という現象なので、A国の総需要が減少しない。
A国でカントリーリスクが起こって不確実性が増大し、予備的貯蓄をするようになったA国住民がさらに恐怖すると、そういう人は外国に投資することを選ぶようになる。つまり銀行預金(A国向け投資)を減らして、自国通貨を売って外国通貨を買い、外国通貨で外国の企業に投資をするようになる。こうなると、消費や投資の純粋な減少となり、A国の総需要の減少となる。
一方、A国でカントリーリスクが起こって不確実性が増大すると、A国企業に投資する国際的投資家は、即座にA国以外の国の企業に投資することを選ぶようになる。海外投資家は予備的貯蓄をするという段階を踏まず、即座に海外へ逃げていき、すぐにA国の総需要を減らす。
以上のことをまとめると次のようになる。
国際的投資家 | A国の住民 | |
A国でカントリーリスクが発生したとき | 第一段階として、A国向け投資を減らしてA国以外の国向け投資を増やし、A国の総需要を減らす | 第一段階として予備的貯蓄をして、消費やA国向け投資を減らしてその分だけ銀行預金(A国向け投資)を増やし、A国の総需要を維持する。 第二段階として銀行預金(A国向け投資)を減らしてA国以外の国向け投資を増やし、A国の総需要を減らす |
国際的投資家というのは逃げ足が速く、カントリーリスクによる負の需要ショックを引き起こすことが多い。
関連項目
脚注
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』280ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』310ページ、324~326ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』317ページ、326~328ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』328~330ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』406~407ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』407~408ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』399ページ、404ページ、409ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』371~372ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』209ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』369~371ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』372ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』377~378ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』378~379ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』381ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』259ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』334ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』386ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』333ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』332ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』334ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』351~352ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』344ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』387~388ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』334ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』343~344ページ、351~352ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』399ページ、404ページ、409ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』385ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』385ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』370ページ、384ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』385ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』385ページ、396~397ページ
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