需要ショック(demand shocks)とは、経済学の用語の1つである。
概要
定義
需要ショックとは、国家の総需要が変動してタテ軸物価・ヨコ軸実質GDPの総需要-総供給モデルにおいて総需要曲線(右肩下がり)が右や左に平行移動することをいう[1]。
需要ショックの中で、国家の総需要が増えて総需要-総供給モデルにおいて総需要曲線が右に平行移動することを「正の需要ショック」と呼び、国家の総需要が減って総需要-総供給モデルにおいて総需要曲線が左に平行移動することを「負の需要ショック」と呼ぶ。
解説
国家の総需要は、政府購入と消費と投資と純輸出の4つから構成される。例えば、4つの中のどれか1つが増えつつ残りの3つが現状維持になるのなら、総需要が増えて正の需要ショックが起きる。
需要ショックは、政府の政策担当者が財政政策や金融政策や貿易政策や投資政策を意図的に変更して発生させるものが多い。本記事では『政策担当者が引き起こす需要ショック』の項目においてそうした需要ショックを紹介している。
また、需要ショックには、多くの群衆が一斉に同じ行動をとることで発生するものもある。本記事では『政策担当者ではない人たちが引き起こす需要ショック』の項目においてそうした需要ショックを紹介している。
需要ショックが起こると短期において実質GDPと価格が変動する
正の需要ショックが起きると、総需要-総供給モデルにおいて総需要曲線(右肩下がり)が右に平行移動し、均衡点が短期総供給曲線(右肩上がり)に沿って右上に移動し、短期において実質GDPと価格が上がっていく。このことはデマンド・プル・インフレーションと呼ばれる。
負の需要ショックが起きると、総需要-総供給モデルにおいて総需要曲線(右肩下がり)が左に平行移動し、均衡点が短期総供給曲線(右肩上がり)に沿って左下に移動し、短期において実質GDPと価格が下がっていく。
需要ショックが起こると長期において実質GDPが変動するかどうかは議論の的になっている
「需要ショックが起きて総需要が変動したら、短期において総供給と実質GDPが変動して総需要が変動したままになるが、長期においてその国が本来持っている総供給に戻っていき実質GDPと総需要も元の水準に戻る」という考え方を自然率仮説という。
「需要ショックが起きて総需要が変動したら、短期において総供給と実質GDPが変動して総需要が変動し、長期においても総供給が変動したままになって実質GDPと総需要が変動したままになる」という考え方をヒステリシス(経済学)の仮説という。
自然率仮説とヒステリシス仮説のどちらが正しいのかは、議論の的になっていて決着していない。
政策担当者が引き起こす需要ショック
正の需要ショックのみの紹介
この項目では、様々な国において政策担当者が引き起こす正の需要ショックを紹介していく。
正の需要ショックと逆のことを行えば負の需要ショックを発生させられることは明白である。このため負の需要ショックについて改めて紹介することを省略している。
国家の4分類
国家は、国際金融のトリレンマにより3種類の国に分類される。閉鎖経済の国と、大国開放経済の国と、固定相場制を採用する小国開放経済の国である。
また、経済学の教科書では変動相場制を採用する小国開放経済の国を想定している。
閉鎖経済の国における正の需要ショック
閉鎖経済の国において政策担当者が引き起こす正の需要ショックは次のものが考えられる。
- 財政政策を変更し、政府購入や消費を増やす。政府購入を増やすときはその資金を国債発行で借り入れる。消費を増やす場合は減税して政府収入の減少分の資金を国債発行で借り入れたり、給付金を配布してその資金を国債発行で借り入れたりする。政府購入や消費の拡大で実質GDPが増え、実質貨幣残高M/Pへの需要が増えて国内名目利子率が上昇し、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率が上昇し、クラウディングアウトが発生して投資が減る。しかし投資の減少による需要の減少は、政府購入や消費の増加による需要の増加を完全に打ち消すほどではなく、「政府購入や消費の増加による需要の増加幅」から「投資の減少による需要の減少幅」を引いた分だけ総需要が増加する[2]。
- 投資政策を変更し、投資を増やす。政府が投資を刺激するように税制を変更したり政府が技術革新の発生を宣伝したりして投資需要を増やし、投資を増やす[3]。投資の拡大で実質GDPが増え、実質貨幣残高M/Pへの需要が増えて国内名目利子率が上昇し、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率が上昇し、クラウディングアウトが発生して投資が減る。しかし投資の減少による需要の減少は、投資の増加による需要の増加を完全に打ち消すほどではなく、「投資の増加による需要の増加幅」から「投資の減少による需要の減少幅」を引いた分だけ総需要が増加する。
- 金融政策を変更し、投資を増やす。中央銀行が自国通貨建て国債を買い入れてマネーサプライMの供給を増やし、短期で物価Pが硬直的なので実質貨幣残高M/Pの供給を増やし、国内名目利子率を下げ、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率を下げ、投資を増やす[4]。
1.と3.を同時に行うと、政府購入や消費が増えて投資が一定という結果を導くことも可能である[5]。そういう政策はポリシーミックスと呼ばれる。
大国開放経済の国における正の需要ショック
大国開放経済の国において政策担当者が引き起こす正の需要ショックは次のものが考えられる。
- 財政政策を変更し、政府購入や消費を増やす。政府購入を増やすときはその資金を国債発行で借り入れる。消費を増やす場合は減税して政府収入の減少分の資金を国債発行で借り入れたり、給付金を配布してその資金を国債発行で借り入れたりする。政府購入や消費の拡大で実質GDPが増え、実質貨幣残高M/Pへの需要が増えて国内名目利子率が上昇し、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率が上昇し、クラウディングアウトが発生して投資が減る。さらに国内実質利子率が上昇することで外国発のキャリートレードが発生し、国際的投資家が自国通貨買い・外国通貨売りをして、自国通貨高・外国通貨安になって名目為替レートが下落し、短期で価格が硬直的なので実質為替レートが下落し、純輸出が減る。しかし投資や純輸出の減少による需要の減少は、政府購入や消費の増加による需要の増加を完全に打ち消すほどではなく、「政府購入や消費の増加による需要の増加幅」から「投資や純輸出の減少による需要の減少幅」を引いた分だけ総需要が増加する[6]。
- 投資政策を変更し、投資を増やす。政府が投資を刺激するように税制を変更したり政府が技術革新の発生を宣伝したりして投資需要を増やし、投資を増やす。上述の「政府購入や消費を増やす財政政策」と全く同じように、クラウディングアウトが発生して実質利子率が上昇して投資が減り、実質為替レートが下落して純輸出が減る。しかし投資や純輸出の減少による需要の減少は、投資の増加による需要の増加を完全に打ち消すほどではなく、「投資の増加による需要の増加幅」から「投資や純輸出の減少による需要の減少幅」を引いた分だけ総需要が増加する。
- 金融政策を変更し、投資と純輸出の両方を増やす。中央銀行が自国通貨建て国債を買い入れてマネーサプライMの供給を増やし、短期で物価Pが硬直的なので実質貨幣残高M/Pの供給を増やし、国内名目利子率を下げ、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率を下げ、投資を増やす。一方で、国内実質利子率が下落することで自国発のキャリートレードが発生し、国際的投資家が自国通貨売り・外国通貨買いをして、自国通貨安・外国通貨高になって名目為替レートが上昇し、短期で価格が硬直的なので実質為替レートが上昇し、純輸出が増える[7]。
1.と3.を同時に行うと、政府購入や消費が増えて投資と純輸出が一定という結果を導くことも可能である。そういう政策はポリシーミックスと呼ばれる。
以上のことはIS-LMモデルだけでは考察しきれず、それ以外のモデルを用意しなければならない。
「大国開放経済の国は、閉鎖経済の国と小国開放経済の国の中間に位置する」と表現される[8]。
変動相場制を採用する小国開放経済の国における正の需要ショック
変動相場制を採用する小国開放経済の国において政策担当者が引き起こす正の需要ショックは次のものが考えられる。
- 金融政策を変更し、純輸出を増やす。中央銀行が自国通貨建て国債を買い入れてマネーサプライMの供給を増やし、短期で物価Pが硬直的なので実質貨幣残高M/Pの供給を増やし、国内名目利子率を下げ、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率を下げる。国内実質利子率が下落することで自国発のキャリートレードが発生し、国際的投資家が自国通貨売り・外国通貨買いをして、自国通貨安・外国通貨高になって名目為替レートが上昇し、短期で価格が硬直的なので実質為替レートが上昇し、純輸出が増える。純輸出が増えて実質GDPが増えるので、実質貨幣残高M/Pへの需要が増え、国内名目利子率が上昇し、短期で短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率が上昇し、元通りの「世界共通実質利子率とその国固有のリスクプレミアムの合計値」の水準に戻る[9]。
1.には投資を増やすという効果がない。小国開放経済の国はキャリートレードが無制限に行われて自国の経済規模が小さいために国内実質利子率が「世界共通実質利子率とその国固有のリスクプレミアムの合計値」と同一を保ち[10]、投資が増えない。
変動相場制を採用する小国開放経済の国において、財政政策を変更し、政府購入や消費を増やして需要を増やしても、純輸出が減って需要が減り、総需要が変動しない。政府購入や消費の拡大でいったん実質GDPが増え、実質貨幣残高M/Pへの需要が増えて国内名目利子率が上昇し、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率が上昇する。外国発のキャリートレードが発生し、国際的投資家が自国通貨買い・外国通貨売りをして、自国通貨高・外国通貨安になって名目為替レートが下落し、短期で価格が硬直的なので実質為替レートが下落し、純輸出が減り、実質GDPが減る。純輸出が減って実質GDPが増えるので、実質貨幣残高M/Pへの需要が減り、国内名目利子率が下落し、短期で短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率が下落し、元通りの「世界共通実質利子率とその国固有のリスクプレミアムの合計値」の水準に戻る[11]。
変動相場制を採用する小国開放経済の国において、投資に関する政府の政策を変更し、政府が投資を刺激するように税制を変更したり政府が技術革新の発生を宣伝したりして投資需要を増やし、投資を増やしても、純輸出が減って需要が減り、総需要が変動しない。上述の「政府購入や消費を増やす財政政策」と全く同じである。
変動相場制を採用する小国開放経済の国において、貿易政策を変更し、関税を高くして輸入を減らしても、その分だけ輸出が減り、純輸出が一定になり、総需要が変動しない。輸入が減って純輸出と実質GDPがいったん増え、実質貨幣残高M/Pへの需要が増えて国内名目利子率が上昇し、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率が上昇する。外国発のキャリートレードが発生し、国際的投資家が自国通貨買い・外国通貨売りをして、自国通貨高・外国通貨安になって名目為替レートが下落し、短期で価格が硬直的なので実質為替レートが下落し、輸出が減って純輸出が減り、実質GDPが減る。純輸出が減って実質GDPが増えるので、実質貨幣残高M/Pへの需要が減り、国内名目利子率が下落し、短期で短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率が下落し、元通りの「世界共通実質利子率とその国固有のリスクプレミアムの合計値」の水準に戻る[12]。
以上のことはマンデル=フレミングモデルで考察することができる。
固定相場制を採用する小国開放経済の国における正の需要ショック
固定相場制を採用する小国開放経済の国において政策担当者が引き起こす正の需要ショックは次のものが考えられる。
- 財政政策を変更し、政府購入や消費を増やす。政府購入を増やすときはその資金を国債発行で借り入れる。消費を増やす場合は減税して政府収入の減少分の資金を国債発行で借り入れたり、給付金を配布してその資金を国債発行で借り入れたりする。政府購入や消費の拡大で実質GDPが増え、実質貨幣残高M/Pへの需要が増えて国内名目利子率が上昇し、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率が上昇する。外国発のキャリートレードが発生し、国際的投資家が自国通貨買い・外国通貨売りをするので、固定相場制を維持する中央銀行が自国通貨売り・外国通貨買いをして、マネーサプライMと外貨準備高の両方を増やす。マネーサプライMが増え、短期で物価Pが硬直的なので実質貨幣残高M/Pの供給が増え、国内名目利子率が下落し、短期で短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率が下落し、元通りの「世界共通実質利子率とその国固有のリスクプレミアムの合計値」の水準に戻る[13]。
- 投資政策を変更し、政府が投資を刺激するように税制を変更したり政府が技術革新の発生を宣伝したりして投資需要を増やし、投資を増やす。上述の「政府購入や消費を増やす財政政策」と全く同じように、実質GDPが増え、国内実質利子率が維持され、マネーサプライMと外貨準備高の両方が増える。
- 金融政策を変更し、自国通貨の切り下げを行って自国通貨安にして名目為替レートと実質為替レートを上げ、純輸出を増やす。中央銀行が自国通貨売り・外国通貨買いを行い、自国通貨安・外国通貨高にして名目為替レートを上昇させ、短期で物価が硬直的なので実質為替レートを上昇させ、純輸出を増やす。その結果としてマネーサプライMが増え、中央銀行の外貨準備高が増える[14]。
- 貿易政策を変更し、純輸出を増やす。関税を高くして輸入を減少させることで純輸出が増える。純輸出が増えて実質GDPが増えるので、実質貨幣残高M/Pへの需要が増えて国内名目利子率が上昇し、短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率が上昇する。外国発のキャリートレードが発生し、国際的投資家が自国通貨買い・外国通貨売りをするので、固定相場制を維持する中央銀行が自国通貨売り・外国通貨買いをして、マネーサプライMと外貨準備高の両方を増やす。マネーサプライMが増え、短期で物価Pが硬直的なので実質貨幣残高M/Pの供給が増え、国内名目利子率が下落し、短期で短期で期待インフレ率が硬直的なので国内実質利子率が下落し、元通りの「世界共通実質利子率とその国固有のリスクプレミアムの合計値」の水準に戻る[15]。
3.を繰り返すと変動相場制を採用する小国開放経済の国に近づいていく。
1.と2.と3.と4.のいずれも、実行した後に中央銀行の外貨準備高が増えていく。
以上のことはマンデル=フレミングモデルで考察することができる。
政策担当者ではない人たちが引き起こす需要ショック
投資は景気循環において変動しやすい
一国の総需要は、政府購入と消費と投資と純輸出の4つから構成される。
政策担当者ではない人たちが引き起こす需要ショックは、消費や投資や純輸出を変動させるものである。そしてその中で、投資が急激に増加する正の需要ショックや、投資が急激に減少する負の需要ショックが目立つ。
需要ショックや供給ショックによって実質GDPが変動することを景気循環(business cycle)といい、正の需要ショックや有利な供給ショックによって実質GDPが増えることを好景気とか好況とかブーム(boom)といい、負の需要ショックや不利な供給ショックによって実質GDPが減ることを不景気とか不況とか景気後退とかリセッション(recession)とかデプレッション(depression)という。
そして、投資というものは消費に比べて景気循環における変動がはるかに大きい[16]。たとえばアメリカ合衆国の商務省が作成した資料によると、1970年から2010年までの期間において、投資の対前年同期比の変動率は最大で+40%程度であり最小で-25%程度であるのだが、消費の対前年同期比の変動率は最大で+8%程度であり最小で-2%程度である[17]。
なぜかというと、投資は生命維持に必須の行為をあまり多く含んでおらず削減の余地が大きいが、消費は生命維持に必須の行為を多く含んでいて削減の余地が少ないからである。
また、投資家というのはアニマル・スピリット(animal spirits 野獣のような精神)という非合理的で主観的な判断により動くことが多い。このことはジョン・メイナード・ケインズが指摘した[18]。投資とは誰も熟知していない将来のことを対象にするという本質的に無茶な行為であるから、投資家たちは合理的で客観的な判断に頼り切れずに非合理的で主観的な判断をすることが多い。景気が良い時期の投資家たちは勇気をふるって高揚した気分になって合理的な判断をせずにアニマル・スピリットに従って「我も我も」といった調子で一斉に投資を増やしていくことが多い。また、景気が悪い時期の投資家たちはおびえて疑心暗鬼となって合理的な判断をせずにアニマル・スピリットに従って「我も我も」といった調子で一斉に投資を減らしていくことが多い。投資家は「馬鹿」な存在であることが多くて「利口」な存在であることが少ない。このように、投資家のアニマル・スピリットも景気循環における投資の変動の大きさの原因の1つである。
一方で、消費とは多くの人が熟知している現在のことを対象にするという本質的に安定的な行為であるから、消費者たちは合理的で客観的な判断をすることが多くて非合理的で主観的な判断をすることが少ない。消費者は「利口」な存在であることが多くて「馬鹿」な存在であることが少ない。このように、消費をする人が合理的な判断をすることも景気循環における消費の変動の小ささの原因の1つである。
投資が変動するとそれに応じて消費も変動する
景気循環において投資が変動すると、それに応じて、投資に比べて規模が小さいながらも消費が変動する。このことを資産効果という。
投資が増えるときは大抵の場合において株式市場において株式が値上がりする。株式を保有する投資家は、時価会計主義を採用している場合において有価証券評価益という収益を計上して資産を増やすし、簿価会計主義を採用している場合において含み益を得て保有する資産を実質的に増やす。そうなると株式を保有する投資家は消費に回すお金を増やすことになり、消費を増やす。
投資が減るときは大抵の場合において株式市場において株式が値下がりする。株式を保有する投資家は、時価会計主義を採用している場合において有価証券評価損という費用を計上して資産を減らすし、簿価会計主義を採用している場合において含み損をこうむって保有する資産を実質的に減らす。そうなると株式を保有する投資家は消費に回すお金を減らすことになり、消費を減らす。
バブル景気とバブル崩壊
すでに述べたように、政策担当者ではない人たちが引き起こす需要ショックというと、投資が急激に増加する正の需要ショックや、投資が急激に減少する負の需要ショックが代表例である。
投資が急激に増加する正の需要ショックは投資ブームなどと呼ばれる。急激に増加する投資の中に過剰投資が含まれている場合はバブル経済とかバブル景気などと呼ばれる。
急激に増加する投資の中に過剰投資が含まれていて、大して必要がないのにそのことを隠して投資を呼び寄せたことが積み重なっているのなら、いずれはそのことが露見し、投資が急激に減少して発生する負の需要ショックとなる。これをバブル崩壊という。バブルが崩壊した後は投資家の資産が不良債権になり、投資家の資産が大きく減少し、長期にわたる深刻な不景気となる。
カントリーリスクの増加によって投資が減って負の需要ショックが起こる
投資が急激に減少して発生する負の需要ショックというものは、カントリーリスクが増えることで発生する。カントリーリスクの増加とは、テロや暴動のような暴力犯罪が発生したり、粉飾決算のような知能犯罪が発生したり、銀行の放漫経営による企業の詐欺的行為への支援が発生したりして、治安が悪化していることが明らかになり、その国家において「投資して資本財を増やしたあとに暴徒によって資本財を破壊されるリスク」や「投資して資本財を増やしたあとにその資本財が詐欺師のいいなりで作られたために価値を急激に減らすリスク」が一気に増加し、投資の不確実性が高まることをいう。
テロや暴動が起こることで投資が減って負の需要ショックが起こる
テロや暴動といった暴力犯罪が起きて治安が悪化すると、投資家が「投資して資本財を増やしたあとに暴徒によって資本財を破壊されかもしれない」と疑うようになって投資を減らす。
2001年9月11月にアメリカ同時多発テロ事件が起こり、その直後から投資家が不安になって投資を減らすようになり、2001年から2003年にかけて米国の総需要が減る一因となった[19]。
1994年1月1日にメキシコのチアパス州ラカンドンで先住民が結成したサパティスタ民族解放軍がサパティスタの反乱と呼ばれる暴動を起こし、同年3月23日にメキシコのバハ・カリフォルニア州ティファナで有力な大統領候補だったルイス・ドナルド・コロシオが暗殺された。こうした暴動やテロにより、投資家が不安になって投資を減らすようになり、メキシコの総需要が減り、さらには通貨危機となった[20]。
企業の粉飾決算や銀行の放漫経営が発覚することで投資が減って負の需要ショックが起きる
企業の粉飾決算や銀行の放漫経営が発覚すると、投資家たちが「政府の規制が不十分で、他にもこうした粉飾決算の企業があるかもしれない」とか「政府の規制が不十分で、他にもこうした放漫経営の銀行があるかもしれない」と疑うようになる。そして投資家は「投資して資本財を増やしたとしても、その資本財が詐欺師のいいなりで作られたために価値を急激に減らすかもしれない」と疑うようになって投資を減らす。
企業の粉飾決算は、取締役や会計参与といった企業の役員が嘘の決算書類を発表して投資家を騙して投資家からの融資や出資を不当に受け入れることであり、詐欺罪によく似た知能犯罪である。
銀行の放漫経営は、取締役や会計参与といった企業の役員が銀行に嘘の情報を流して銀行を騙して不正に融資を引き出そうとしている状況において銀行がその情報の真実性や虚偽性を厳しく検討せずに融資を行うことであり、銀行が企業の知能犯罪を実質的に支援する行為である。
企業の粉飾決算や銀行の放漫経営が発生する国家は、知能犯罪が発生している国家であり、治安が悪くて不道徳な国家である。
企業の粉飾決算によりその企業に対して融資をしている投資家は不良債権を抱えることになるし、銀行の放漫経営によりその銀行は不良債権を抱えることになる。つまり、不良債権は知能犯罪の末に生まれる。
2001年10月17日にウォールストリート・ジャーナルがエンロンの粉飾決算疑惑を報じたあとにエンロンの株価が急落し、それに釣られて多くの株式が売られ、投資が減った。2002年6月25日にワールドコムの粉飾決算が発覚し、それに釣られて多くの株式が売られ、さらに投資が減った。このような投資の減少が2001年から2003年にかけて米国の総需要が減る一因となった[21]。
2007年にサブプライムローン問題が発生した。これは信用力の低い人への債権と信用力の高い人への債権を混ぜ合わせた債券を銀行が売り出すことを公認したことが発端であり、銀行の放漫経営を政府が公認したことが発端である。2007年夏ごろになって「信用力の低い人への債権」が不良債権となり、それを抱える銀行の経営が苦しいことが発覚し、一気に投資が減り、総需要が減っていき、2008年のリーマンショックに発展した[22]。
1929年の世界恐慌や1991年の日本のバブル崩壊の前には、銀行への規制が不十分で、銀行が放漫経営をして「信用力の低い人への債権」を抱えていたことが知られている[23]。そうした放漫経営が発覚し、銀行が大量の不良債権を抱えていることが明らかになって、投資が減って総需要が減っていった。
1997年にアジア諸国で通貨危機が起こった。このときは韓国・インドネシア・タイなどで投資の大幅な減少が起こった。こうした諸国では、政治的な権力を多く持っているのに能力が低い人々がおり、そういう人々に融資をするように政府が銀行へ圧力を掛けることが多く、クローニー資本主義(crony capitalism)とか縁故資本主義と呼ばれる状態になっていた[24]。つまりは銀行の放漫経営が常態化していた。1997年になって銀行の放漫経営の存在が意識されるようになり、投資家が一斉に投資を減らしていった。
過剰投資が発覚することで投資が減って負の需要ショックが起きる
過剰投資が発覚すると、投資家たちが「政府の規制が不十分で銀行の放漫経営が放置されて過剰投資が発生した」とか「他にもこうした過剰投資があるかもしれない」と疑うようになる。そして投資家は「投資して資本財を増やしたとしても、その資本財が詐欺師のいいなりで作られたために価値を急激に減らすかもしれない」と疑うようになって投資を減らす。
過剰投資というのは、大して必要がないのにそのことを隠して投資を呼び寄せた現象であることが多く、一種の詐欺であり一種の知能犯罪であることが多い。そうした場合の過剰投資は不良債権となり、投資家の財政状況を悪化させる要因となる。
1990年代後半に米国でIT関連への投資が過熱したが、2000年8月頃から「IT関連への過剰投資になっているのではないか」との思惑が広がり、株価が25%下落するというITバブル崩壊という現象になった。このような投資の減少が2001年から2003年にかけて米国の総需要が減る一因となった[25]。
1929年の世界恐慌、1991年の日本のバブル崩壊、2008年のリーマンショック、これらのいずれにも住宅への過剰投資の要素がみられる[26]。
カントリーリスクが上がると総需要が減少することの説明
カントリーリスクが上がって投資が減少すると総需要が減少することは、マンデル=フレミングモデルで考えることができる。
大国開放経済の国について考えることは難解であり、この項目で紹介することを差し控えるが、小国開放経済の国について考えることは簡単である。
「大国開放経済の国は、閉鎖経済の国と小国開放経済の国の中間に位置する」と表現される[27]。このため「大国開放経済の国でも小国開放経済の国と同じ現象がある程度起こり、カントリーリスクが上がることで総需要が減ることがある程度起こっている」と考えてよい。
固定相場制を採用する小国開放経済の国なら、タテ軸名目為替レートe・ヨコ軸実質GDP(Y)の短期向けマンデル=フレミングモデルで考えることができる。
カントリーリスクが上がると、投資が減り、IS*曲線が左に平行移動する[28]。
カントリーリスクが上がると、国際的投資家がその国固有のリスクプレミアムθをより高く設定するようになり、「世界共通実質利子率r*+リスクプレミアムθ=国内実質利子率r」で計算できる国内実質利子率rをより高く設定するようになり、短期で期待インフレ率Eπが硬直的なので国内名目利子率iをより高く設定するようになる。具体的には、国際的投資家が債券を売って債券の価格を引き下げ、債券の利回りを上昇させて国内名目利子率iを上昇させる。国内名目利子率iが上昇するのでLM*曲線が右に平行移動する[29]。
国内名目利子率iが高まるとLM*曲線が右に平行移動することは次のように考えることができる。「M/P=L(i、Y)を満たす。左辺のM/Pが一定なので右辺のL(i、Y)も一定でなければならない。国内名目利子率iが上昇して実質貨幣残高M/Pへの需要が減るのだから、実質GDP(Y)はM/P需要を増やすように変化する必要があり、実質GDP(Y)は増加する必要がある。実質GDP(Y)が増加するのでLM*曲線が右に平行移動する[30]」
これだけなら、IS*曲線が左に平行移動してLM*曲線が右に平行移動するので、均衡点が右上に移動し、名目為替レートeが上昇しつつ実質GDP(Y)が増える。具体的にいうと、名目為替レートeが上昇し、短期で物価が硬直的なので実質為替レートεが上昇し、純輸出が大きく伸び、純輸出の増加に伴う需要の増加幅が投資の減少に伴う需要の減少幅を上回って総需要が増え、実質GDP(Y)が上昇する。
しかし中央銀行が固定相場制を維持して、自国通貨買い・外国通貨売りを行って名目為替レートeを元通りの水準に引き下げる。中央銀行の自国通貨買いによりマネーサプライMが減り、短期で物価Pが硬直的なので実質貨幣残高M/Pの供給が減り、LM*曲線を左に平行移動させ、名目為替レートeが元通りの水準になるまでLM*曲線を左に平行移動させる。これにより実質GDP(Y)がカントリーリスクが上昇する前に比べて大きく減少する。具体的にいうと、中央銀行が固定相場制を維持するので名目為替レートeが元通りの水準に戻り、短期で物価が硬直的なので実質為替レートεも元通りの水準に下がり、純輸出が元通りの水準に戻り、投資の減少と純輸出の維持という結果となり、総需要が減り、実質GDP(Y)が減少する[31]。
ちなみに、中央銀行が固定相場制を維持するために外国通貨売りを行うと外貨準備高が減っていく。外貨準備高が尽きたときは、変動相場制を採用する小国開放経済の国に移行することになる。
変動相場制を採用する小国開放経済の国ならタテ軸実質為替レートε・ヨコ軸実質GDP(Y)の長期向けマンデル=フレミングモデルで考えることができる。
カントリーリスクが上がると、投資が減り、IS*曲線が左に平行移動する。
カントリーリスクが上がると、国際的投資家がその国固有のリスクプレミアムθをより高く設定するようになり、「世界共通実質利子率r*+リスクプレミアムθ=国内実質利子率r」で計算できる国内実質利子率rをより高く設定するようになる。後述するようにカントリーリスクが上がると物価Pが上がりやすく、期待インフレ率Eπが上がりやすい。国際的投資家は、「国内実質利子率r+期待インフレ率Eπ=国内名目利子率i」で計算できる国内名目利子率iをより高く設定することはあっても、国内名目利子率iをより低く設定することは考えにくい。国内名目利子率iが上昇するのでLM*曲線が右に平行移動する。
これだけなら、IS*曲線が左に平行移動してLM*曲線が右に平行移動するので、均衡点が右上に移動し、実質為替レートεが上昇しつつ実質GDP(Y)が増える。
しかし、実質為替レートεが上昇して輸入が減ることで物価Pが急激に上がり、実質貨幣残高M/Pの供給が減り、LM*曲線が左に平行移動する[32]。
①輸入品依存がすごく大きくて物価Pが激しく上がる国ならLM*曲線が大きく左に平行移動し、カントリーリスクが増える前よりも実質為替レートεがやや上昇する程度にとどまり、投資の減少に伴う需要の減少幅の方が純輸出の増加に伴う需要の増加幅よりも大きくなり、総需要が減る。
②輸入品依存がやや大きくて物価Pがやや上がる国ならLM*曲線が小さく左に平行移動し、カントリーリスクが増える前よりも実質為替レートεがだいぶ大きくなり、投資の減少に伴う需要の減少幅と純輸出の増加に伴う需要の増加幅が同じぐらいになり、総需要が同じぐらいになる。
③輸入品依存が小さくて物価Pがわずかに上がる国ならLM*曲線がとても小さく左に平行移動し、カントリーリスクが増える前よりも実質為替レートεがすごく大きくなり、投資の減少に伴う需要の減少幅よりも純輸出の増加に伴う需要の増加幅の方が大きくなり、総需要が増える。
自国産業が貧弱で外貨獲得手段が少なく固定相場制を維持できない国は①であることが非常に多く、カントリーリスクの増大で総需要を減らすことが非常に多い。
関連項目
脚注
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』280ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』310ページ、324~326ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』98~99ページ、179ページ、332ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』317ページ、326~328ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』328~330ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』406~407ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』407~408ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』399ページ、404ページ、409ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』371~372ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』209ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』369~371ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』372ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』377~378ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』378~379ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』381ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』259ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』258ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』332ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』334ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』386ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』334ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』351~352ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』344ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』387~388ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』334ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』343~344ページ、351~352ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』399ページ、404ページ、409ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』385ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』385ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』370ページ、384ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』385ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』385ページ、396~397ページ
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