概要
テレビ朝日の放送50周年企画として行われたドッキリ企画で、2009年2月にテレビ朝日系列で『ロンドンハーツ 50年に1人の勘違い男 ボク芸人やめますSP!』として放送された。
元々アーティスト志望であった狩野の楽曲のCD化のオファーを持ちかけ、最終的にはコンサートまでを行うという壮大なものであった。
CD化に関しては実際に存在するレコード会社で打ち合わせを行い楽曲を制作。
打ち合わせの際にアーティスト名の「50TA」でCD化することを発表。ちなみに「50TA」とは「50周年テレビ朝日」という意味であるが、狩野本人には「go top artist」という風に伝えられた。
また打ち合わせでは『Perfect Love』、『インドの牛乳屋さん』というタイトルで楽曲を制作して欲しいと言ったところメロディー工場の工場長らしく、即座に実際に制作するなどそのスポンジ芸人振りを発揮した。
その後音楽番組『オンタマ』にも出演(勿論ドッキリ)、淳が仕掛け人のナレーターの下、自身の音楽について熱く語った。
またプロモーション活動として、音楽情報誌『オリスタ』の協力(勿論ドッキリ)の下、ミュージシャンであるHOUND DOGの大友康平と対談。そのナルシスト振り故に大友を激怒させることとなる。
ドッキリ最後のコンサートでは、自身が作詞作曲した楽曲を仕掛け人の観客1000人の前で熱唱した。その中のMCで「俺は一人じゃない、みんながいる」、「お笑いを捨て音楽一本で行く」、「世界を目指す」など中二病振りを発揮した。なおこの仕掛け人の数はロンハー史上最大の規模である。
そして最後は花道に仕掛けられた落とし穴におちましたとさ、ちゃんちゃん。
とはいえ反響は相当なもので、放送後の2日間で50TAの曲が10万ダウンロード突破
、現在は30万ダウンロードに達して遂にはテレ朝から表彰されました
とさ、めでたしめでたし。
2009年2月には50TAの1回限りの復活ライブを開催しそのライブのラストには大友康平が登場、土下座で謝ることとなった。
2009年4月23日より、以下楽曲5曲+『自分にハッピーバースデー』がJOYSOUNDで配信決定した。
なお、ドッキリ終了後に狩野は自身のブログで、「50周年の企画に僕を使ってくれてとても嬉しい」「曲を作ったのはいい思い出になった、CDはずっと大切にする」と純朴っぷりを発揮、見ている人の良心を痛めつけた。
楽曲
- 『涙~アルバムver.~』・・・前回のドッキリで作られた曲をアレンジして制作された。
- 『Perfect Love』・・・若い男女の恋愛の応援ソングである。
- 『インドの牛乳屋さん』・・・カルシウムが足りない(?)インド人に向けて作られた曲。急な転調が特徴的。
- 『GO TO HEAVEN』・・・ホテルで見たペイチャンネルよりインスピレーションを得た。
- 『50TAラップ~東京寄り道メロディ~』・・・自身の半生をテーマに制作された。
その後の50TA
その後50TAにavexからCDリリースのオファーがあり、そのオファーの告知からCDリリースまでの様子を2009年11月に『ロンドンハーツSP エイベックス全面協力 奇跡のWドッキリ成立 50TAの90日に何が!?』として放送された。
冒頭に田村淳から、作詞作曲の名義をペンネームにしようという提案が行われ、狩野の実家の「櫻田山神社」にちなんだ「桜田神邪(さくらだしんや)」とした。
悩みながらも、『スタートレイン』、『恋のつめかえ用』、『HOT WATER』、『ノコギリガール~ひとりでトイレにいけるもん~』、『チャイナダンスホール』、『紅葉に抱かれて』、『ヘビーメタルステーション』の7曲を作っていく桜田先生。
前のドッキリで仕掛け人の一人だった吉岡氏の協力もあり無事完成させることができた。
avexの編曲に対し、「不満があったらはっきり言う」というスタンスの狩野であったが、狩野にとっては満足のいく仕上がりとなった。
そして50TAは幕張メッセでのライブを成功させた。ライブの途中ではなんと狩野のお母さんが舞台に登場。狩野も困惑の様子であった。
それを見てみると何かがおかしい。
そう avexが「青木さんとか可能ですかね?」と言ったのを、「青木さんとか狩野ですかね?」だと思った淳は、迷わず「狩野でしょ!」と言ったものををavexが「(青木さんが)可能でしょ!」だと思ってしまったまま話が進んでいたのだ。
実は50TAに来た依頼はCDリリースではなく楽曲制作だったのだ!
落胆する50TA・・・。
そんなライブから5日後、avexの新人アーティストの社内発表会には『ノコギリガール』を熱唱する青木の姿があったのだった・・・。
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