ランディ・ジョンソン 単語


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ランディジョンソン

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ランディ・ジョンソンRandy Johnson1963年9月10日-)とは、アメリカ合衆国出身の元メジャーリーガー投手)である。

概要

ニックネームビッグユニット(Big Unit)。

幼少期から身分明書が必要なくらい身長が高かった。高校時代は1982年アトランタ・ブレーブスから名されたが、契約せずカリフォルニア大学に進学。

1985年モントリオール・エクスポズ(現:ワシントン・ナショナルズ)から2巡名を受け契約

1988年メジャーデビューを果たし、3勝を挙げる。

1989年は開幕をメジャーで迎えたが、制球難でマイナー落ち。トレードでシアトル・マリナーズに移籍し、7勝を挙げた。

1990年6月2日デトロイト・タイガースマリナーズ史上初のノーヒットノーランを達成。オールスターにも選出された。オフには日米野球のため来日した。

1992年には241奪三振で初のタイトルとなる最多奪三振を獲得。そこから4年連続で最多奪三振タイトルを獲得した。その後もマリナーズ先発ローテーションに定着し、1995年に地区優勝に貢献。オフサイ・ヤング賞を受賞した。

1997年に通算2000奪三振を達成。

1998年にトレードでヒューストン・アストロズに移籍し、地区優勝に貢献。オフFAとなり、アリゾナ・ダイヤモンドバックスと4年契約を結んだ。

ダイヤモンドバックスでもロースターに定着。2001年には自己キャリアハイの371奪三振記録し、ダイヤモンドバックス史上初の世界一に貢献した。
なお、この年のスプリングトレーニングでは打者への投球が飛んで来たにぶつかる(バードストライク)という奇跡的な珍プレーが起きている。関連動画参照。これで長年優勝できていなかったらビリー・ゴートの呪いに続くMLB界の動物災厄になっていたかも・・?・

2002年ナショナルリーグでは17年ぶりの投手三冠を達成。

2004年5月18日アトランタ・ブレーブス戦では完全試合を達成した。

2005年にトレードでニューヨーク・ヤンキースに移籍。松井秀喜チームメイトとなった。移籍1年は17勝で地区優勝に貢献したが、2006年背中の痛みので17勝ながら防御率5.00と不調だった。オフにトレードを志願し、古巣のダイヤモンドバックスに復帰した。

2009年サンフランシスコ・ジャイアンツに移籍。6月4日ワシントン・ナショナルズ戦で通算300勝を達成した。

2010年に現役を引退し、写真となった。

2メートル以上もの長身から投げる102マイルフォーシームとスライダー、スプリッターを投げる投手だった。2015年殿堂入りを果たした。殿堂入り直後には、アリゾナ・ダイヤモンドバックス背番号「51」を球団の永久欠番にすると発表した。また2025年には、シアトル・マリナーズが彼の後に背番号「51」を背負ったイチローと共に背番号「51」を球団の永久欠番にすると発表した[1]

成績

通算投手成績

通算:22年


G



GS



CG



SHO



W



L

|

SV

|


HLD



W-L%



IP



H




HR



BB



HBP



SO



WP



R



ER



ERA
MLB 618 603 100 37 303 166 2 0 .646 4135.1 3346 411 1497 190 4875 109 1703 1513 3.29

関連動画

関連項目

脚注

  1. *厳密にはイチローが先行して永久欠番入りしているが、これは球団の合同永久欠番入り提案をランディが「イチロー単独でのセレモニーの機会を設けたい」として自身のセレモニーを2026年まで待つことを希望したため。
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最終更新:2026/06/08(月) 14:00

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