1954年に登場し、特急車として活躍した初代1000系(1987年廃車、登場当初は11001系。1000系へは1973年に改番)と、1992年に登場した2代目1000系とがある。
※鉄成分多分ナシ
南海電気鉄道(以下南海と略称)初の高性能車(カルダン駆動車)として、1954年から1962年にかけて製造された。
前面2枚窓のいわゆる「湘南型電車」スタイルに、2扉オール転換クロスシート(後に車端部ロングシート化)を備える車両として颯爽と登場した。
登場当初は「11001系」を名乗り、南海本線の特急・急行用車両として活躍。しかし1973年に架線電圧が600Vから1500Vに昇圧される際、11001系の搭載する機器では走れなくなることが判明していた。
全ての車両の足回りを一新するにも莫大な改造費がかかるが、車体そのものはまだ製造後11~19年と比較的新しく、全ての車両を重機の餌にしてしまうのももったいない、という状況にあった。
そこで、11001系全47両のうち主に車齢の若い後期車24両については足回りをごっそり取り替え、ついでに冷房化改造も施した上で特急運用に必要な本数だけを残し、初期車を中心に昇圧工事の対象から外れた23両は潰すか他社(京福電気鉄道 - 現・えちぜん鉄道)に譲渡するという折衷案が採用された。こうして生まれ変わった6両×4本が新たに「南海1000系」を名乗ることとなったのである。
こうして再デビューを果たした1000系は新たに設定された特急「四国号」(特急「サザン」の前身)の運用を中心に充当され、引き続き南海本線の花形として活躍することとなったのである。
しかし1980年代に入ると車齢も25年を超えて老朽化が目立つ車両も出始め、さらには「転換セミクロスシートの車両に特別料金を払わせるのもいかがなものか」という時代にもなってきたことから、1985年に登場した「指定席はリクライニングシート、自由席はロングシート」の組み合わせとなる「特急サザン」に主役の座を譲ることとなった。
その後もしばらくの間朝ラッシュ時の一般列車などとして走ったが、2年後の1987年に全車両が廃車となった。
南海が9000系以降の新型車両として導入した南海1000系はバブル景気に南海の地盤こと泉州沖に開港する関西空港の開港も控えており今まで以上に気合いを入れて1992年に導入した鉄道車両である。
サザンこと10000系電車から9000系電車へと続く正面両サイドの窓が大きいデザインだが正面上部が後退し、よりスピード感を感じさせるものになっており、緑の電車の愛称を持つ南海の車両において白に近いグレーをベースにブルーとオレンジの帯を纏い新しい南海を感じさせるものであった。尚、9000系と同じくステンレスのボデーでありながら全面塗装とされた事も南海の気合いを感じ取れる部分である。
当時の南海本線は種別急行以下は9000系と7000/7100系しか走っていない状況であり9000系は数が少なく走り行く電車も7000系(見た目)走ってくる電車も7000系と言っても差し支えない状況であり、サザン譲りのデザインを持つ1000系は子供たちの目には鮮烈に映った。座席指定特急の運用こそしないものの関空開港前は多奈川線直通淡路航路連絡急行「淡路号」としてネームドトレインとしても運用された。
車内に目を向けてみるとシート自体は相も変わらずロングシートが並ぶ内装だが(車端部はボックス)バケットシート風の立体的な座面と背もたれは誰の目にも新しく見え、以前までは文字通り網棚であった網棚はスモークがかったアクリル樹脂になり蛍光灯にはカバーが付けられ車窓を眺める窓も大きく取られ外見と同様に車内からの眺めもスピード感を感じさせるものである。しかもドアの上部には、その電車の停車駅と現在地が一目でわかるLED点灯による案内板が設置された。
そして、発車時にドアが閉まれば以前までの「ゆーん・・・ゆーん・・・」と言う発進音とは明らかに違うインバータの「ピィィヴーーー↑フーーー↑↑ホーーー↑クゥーーーー↑↑」と言う自動車のシフトアップを連想させる発進音も豪快ではあるが決して耳障りでなく「パワフルな新型」をアピールしていた。そして憧れの運転室には9000系以降のガンダムでも操縦できそうな2本の大きなハンドルレバーが運転台両サイドに配置され速度計等の計器はデジタルメーターが奢られ運転席後ろからデジタルメーター越しに見える世界はまさに21世紀であった。
眺めて美しく・乗って快適で街へ海へ空へと駆ける1000系はかつて四国航路連絡特急としても活躍した初代1000系電車の名前を引き継ぐのにふさわしい鉄道車両なのである。
しかし当時の子供たちは1000系とほぼ同時期にデビューした空港連絡特急「ラピート」に夢中であり通勤用一般車など新型が走っても「なんかこの電車新しいね・・・(ラピート通過)ウォーーーー!あの電車かっこええええ!!!」と言う風なやり取りが普通であった。
そして、ここから先はあまり書きたくないが1000系の最終増備車(通称1050系)はボデーのペンキは剥がされ網棚は文字通り網の棚になり車内は国鉄時代の国鉄車のような無造作なスタンションポールが立ち、21世紀の未来の景色を見せてくれたデジタルメーターはいつもの針指針の計器となり針越しに見える世界はただの日常であった。(すでに21世紀だったのに)
一部では「緑の電車」を南海から奪った犯人とか口の悪いマニアから言われる事もある1000系だが、同じ電車ばかりが走っていた南海に1000系が鮮烈に走りだしたのを少年時代に体験した人ならば、1000系以降のグレー地にブルーとオレンジのカラーリングも無用に叩かれている8000系(2代目)も好意的に受け取っていると信じている。
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最終更新:2024/05/24(金) 17:00
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