単語記事: マイネルラヴ

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マイネルラヴとは、日本の元競走、元種である。そして、たくさんのG1背中を見続けてきたであった。

概要

Seeking the GoldHeart of Joyリイフォーという、バリバリの外である。なんでだけカタカナなんだというツッコミは禁止。


戦では、このが出るということでまさかの不成立が心配されたがなんとか開催、単勝1.1倍の圧倒的な人気にこたえて快勝した。続くプラタナス賞は苦手のダート戦ゆえに2着に敗れるも、続く百日草はまたも圧倒的人気にこたえて圧勝。ここまではなんら違和感はないのだが・・・。

中一週の強行軍で挑んだ東京スポーツ杯3歳ステークスでは、同じ詰め甘キングヘイローの前に2着に敗れた。そしてまた強行軍で挑んだ朝日杯3歳ステークスは6番人気と低評価だったものの、一時は先頭に立つなど見せ場を作るが同じ外グラスワンダーレベルの違う脚に敗れまたも2着となった。しかし、1分34秒0というこのタイム1990年リンシェーバーが記録していたレースレコードと同じタイムであり、並のでないことは間違いなかった。それよりも速いタイムで駆け抜けたグラスは何者?


年明けて4歳、初戦に京成杯を選ぶも、アクシデントと、終始馬場の悪い内側を走らされたため、5着と初めて連対をはずしてしまう。続くアーリントンカップでは全に勝ちパターンだったにもかかわらず、オリビエ・ペリエ騎乗によって導かれたダブリンライオンに敗れ2着。NZT4歳ステークスではこれまでと違った差しの競馬に転換しよく伸びたが、外最強の刺客エルコンドルパサーに敗れ3着、辱を期して臨んだNHKマイルカップも7着に敗れた。この後に休養に入ったが、そこで所属厩舎が変更になったのである。当時のサラブレッドクラブラフィアン代表の岡田氏の意向によるものだが、ケンタッキーダービーを狙える言していた当のふがいない成績に憤慨したものといわれている。まあ、出ても勝てなかったと思うけどね。


そんなこんなで初戦のセントウルステークス、前走から+18キロという体重増が心配されたが、2着に3身の差をつけて圧勝。重賞初制覇。この時に大川慶次郎氏が、「このと他の出走べるのは失礼」というようなことを発言している。しかし、続くスワンステークスではに異物が入るというまさかのアクシデントに襲われ、7着と惨敗。当初予定していたマイルチャンピオンシップを回避した。回避して正解だったと思うけど。


そして迎えた3度の大舞台、スプリンターズステークス。ここにはあの2台巨頭がいた。そう、タイキシャトルシーキングザパールである。この2頭はこの年にともに海外G1を制し、日本の短距離界を支配していた。ただ、タイキシャトルJRA理なお願いでこのレースに出走しており、前走より体重増と、勝つ気がなかったようにも思える。シーキングザパールも前走のマイルチャンピオンシップタイキシャトルボロクソに負けており、最初からシャトルに勝てる気なんかしねーよ、というで見られていたような気もする。圧倒的一番人気はタイキシャトル。続く二番人気はシーキングザパールマイネルラヴは三番人気ではあったものの、ほぼ全に視されていた。

しかしレースでは、タイキシャトルが伸びあぐね、それに並んで抜け出したマイネルラヴシーキングザパールの末脚を抑えてG1初制覇を飾った。レース映像を見ればわかるが、なかなかな熱戦であった。これまで、あの幾多の名たちの背中を見続けたマイネルラヴがついに頂点に立った。しかも短距離最強2頭を抑えての勝利に、ファンはこれからの期待を膨らませた(?)のであった。

ところが、ドバイ遠征を見据えたガーネットステークスで惨敗(だからダート理だと何度言えば・・・)、続く阪急杯も苦手な重馬場で5着どまり。ファンは首をかしげた。「あれ?あの時の強さどこいった?」と。しかし、次のシルクロードステークスでは内ではG1を勝てないことに定評のあるアグネスワールドトキオパーフェクト以下を抑えて復活。これで高松宮記念はこいつで決まり!・・・とおもっていたら、高松宮記念の直前に怪で回避。なんとも運のないことよ・・・。

復帰初戦の富士ステークスでは見せ場なく13着、連覇を狙ったスプリンターズステークスでもブラックホークキングヘイローアグネスワールドらに敗れ4着。もしかしたらこのはいい背中を見るのが好きだったんじゃね?


次の年も現役を続けたが、かつての走りは見る影もなく、惨敗を繰り返して引退。種となった。

ちなみにマイネルラヴは気性のしいであり、晩年の競走生活では、場所を選ばずどこでも暴れたという。しかも調教でまじめに走らず、すぐに手を抜く癖もあったという。シルクジャスティスが安堵の表情でこちらを見ている。さらに不幸なことに、重い馬場状態が苦手なのに、にたたられることが多かった。なんという雨男

としては、G1は輩出できなかったが、結構なが重賞を制し、2004年には190頭と種付けするなど人気を集めた。活躍としては、自分がを下ろしたビッグレッドファームからの活躍が多かったが、それ以外でもちらほらと出ていたようである。

2012年6月9日、放牧地で倒れ、安楽死の措置が取られた。


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勝ったレースといい背中を見続けたレース

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ページ番号: 4905559 リビジョン番号: 1551223
読み:マイネルラヴ
初版作成日: 12/06/10 23:31 ◆ 最終更新日: 12/06/10 23:31
編集内容についての説明/コメント: なくなったか・・・。合掌
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マイネルラヴについて語るスレ

1 : ななしのよっしん :2013/09/25(水) 21:38:34 ID: FtIWibLR4q
勝ったスプリンターズステークスでは7番人気でしたよ。ちなみに3番人気はワシントンカラーです。
それにしても、タイキシーキングとマイネル3頭の叩き合いは見物でしたね。ただ、その後GⅠで活躍できなかったのが残園ですが・・・
2 : ゼロウィン :2015/06/02(火) 00:46:04 ID: 2GaU5rwDsH
シルクロードSでアグネスワールド勝したときの実況
世界タイキを破った脚はやっぱり凄かった!』
は私の中の名実況
岡田繁幸さんに走ればアグネスワールドブラックホークよりも強い!
・・はずだが99年のスプリンターズSでは前半3F33秒2のハイペースでも引っ掛かって行くほどのスピードと気性の持ちで気性が最後まで災いしたとのこと。
タイキシャトルを破った98年もシンコウフォレストが前半3F32秒9のラップで逃げるのを引っ掛かって3コーナータイキシャトルを捕まえに行き、上の岡部騎手は直線半ばで一杯になると思って泳がせていたら直線の急坂を登りきっても伸びていたので焦ってを連発、17発のが入ったがマイネルラヴの伸びに負けた(中日新聞コラム)
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