インブリード(Inbreed)とは
- 近親交配全般のこと、血縁関係がある者同士を掛け合わせること。
- 競馬において血縁関係があるサラブレッド同士を交配する近親交配のこと、クロスとも呼ばれる。特に子供から数えて5代前までに父と母が共通の祖先を持つ交配のことを指すことが多い。対義語はアウトブリード。
ここでは2について解説する。
概要
サラブレッドの歴史は「良質な遺伝子の継承」の歴史であることから、優れた遺伝子を持つ馬の子孫同士との交配は古くから行われており、近親交配とは切っても切れない関係がある。何せ良質な遺伝子を残すためには少しでも競走実績や見せたパフォーマンスが良い馬や産駒がよく走る馬、すなわち優秀な遺伝子を持つと考えられる種牡馬に多くの良質な繁殖牝馬があてがわれるというのは今も昔も変わらないのである。その結果、同じ父や祖父、曾祖父、父系を持った馬が量産され、そういった馬同士が交配されるという歴史を競馬は歩んできた。その為、競馬黎明期から現代に至るまでインブリードは競馬の最も基本的な血統理論の一つであり、世界中の生産界で日常的に行われている。
その効果と原理
よくインブリードは「共通の祖先の遺伝子的特性をより引き立たせる」「突然変異が起きやすくなる」「馬が虚弱になりやすい」など様々な説明がなされているが、「どうして?」と聞かれると回答に困ってしまうこともあるだろう。
中学や高校で生物の授業を受けていた人は「顕性遺伝子(優性遺伝子)」や「潜性遺伝子(劣性遺伝子)」という言葉を聞いたことがあるだろう。
遺伝子は2つ1組で細胞内に存在し、生物は両親から要素ごとに1つずつ遺伝子を受け取る。
その遺伝子には発現しやすい「顕性遺伝子」と、発現しにくい「潜性遺伝子」が存在する。仮に顕性遺伝子と潜性遺伝子の組み合わせで継承した場合、顕性遺伝子の方が発現する[1]。これがかの有名なメンデルの顕性の法則である。
共通の祖先を持つ馬同士を交配すれば共通の祖先が持つ遺伝子が高い確率で継承され、顕性であるが故遺伝さえしてくれれば高い確率でそれが発現してくれるという訳である。これが「共通の祖先の遺伝子的特性をより引き立たせる」ことにつながり、これによって優れた顕性遺伝子を子孫により濃く伝えようというのがインブリードの一つ目の目的である。しかしスピードやスタミナを向上させる優れた顕性遺伝子と共に気性難や体質の弱さといった不都合な形質も濃く継承されてしまう懸念もある。
一方で潜性遺伝子は遺伝子情報として継承こそされるが、両親が一つずつ有していた場合でも1/4の確率でしか形質として現れない。片親が顕性・顕性の組み合わせだった場合は現れない。
ではその潜性遺伝子を高い確率で発現させるにはどうすればいいのか。答えは簡単。特定の要素において同じ潜性遺伝子以外を遺伝しないように交配を誘導すればいいのである。
近親同士であれば共通の祖先から同じ要素に関する潜性遺伝子を受け継いでいる可能性が高いため、その近親同士で交配をすればそこから誕生する子供にはある要素において同じ潜性遺伝子のみが遺伝され、その要素において特定の潜性遺伝子が発現する可能性が高くなる。
そしてスピードやスタミナ、瞬発力や勝負根性を大きく向上させる潜性遺伝子を近親交配によって発現させる可能性を高めようというのがインブリードのもう一つの目的であり、その結果として今まで発現しなかった潜性遺伝子が発現する可能性が高まるというわけである。
しかし、潜性遺伝子は発現しにくいため、発現すると子孫繁栄に不利益をもたらす遺伝子が淘汰されず継承されやすいという大きな欠点がある。これがインブリードによって発現すると虚弱体質になったり気性が荒くなったり繁殖馬として受胎率が低下するなどの悪影響が生じるというわけである。
さらに、仮に競走能力を大きく向上させる潜性遺伝子が発現し、競走馬として輝かしい成績を残したとしても、その能力を裏付ける遺伝子は潜性遺伝子であるため、子孫にその能力が遺伝しにくくなるという欠点も存在する。
つまりどういうことなのよ
簡単に説明するとこういう解釈で問題ない。
目的と効果
遺伝の具体例:スペシャルウィーク×ビワハイジの交配
スペシャルウィーク 1995 黒鹿毛 |
サンデーサイレンス 1986 青鹿毛 |
Halo | Hail to Reason |
Cosmah | |||
Wishing Well | Understanding | ||
Mountain Flower | |||
キャンペンガール 1987 鹿毛 |
マルゼンスキー | Nijinsky II | |
シル | |||
レディーシラオキ | セントクレスピン | ||
ミスアシヤガワ | |||
ビワハイジ 1993 青鹿毛 |
Caerleon 1980 鹿毛 |
Nijinsky II | Northern Dancer |
Flaming Page | |||
Foreseer | Round Table | ||
Regal Gleam | |||
アグサン 1985 青毛 |
Lord Gayle | Sir Gayload | |
Sticky Case | |||
Santa Luciana | Luciano | ||
Suleika |
この配合は、牝馬2冠をはじめGIレース合計6勝を記録した名牝ブエナビスタの配合である。
この血統表を見るとスペシャルウィークの母の祖父とビワハイジの祖父が共通の祖先であるNijinskyⅡである。
ここではNijinskyⅡがスピードを向上させる顕性遺伝子Aとスピードを大きく向上させる潜性遺伝子Bを持っていると仮定する。
まず顕性遺伝子の場合はスペシャルウィークの母父であるマルゼンスキーには50%の確率で顕性遺伝子Aを遺伝し、更にスペシャルウィークの母キャンペンガールには25%、スペシャルウィーク自身には12.5%の確率で顕性遺伝子Aが遺伝。ビワハイジの父Caerleonには50%、その仔であるビワハイジには25%の確率で顕性遺伝子Aが遺伝する。顕性遺伝子の場合はどちらかから顕性遺伝子Aを引き継げればいいため、交配する馬同士が顕性遺伝子を引き継いでいる確率を単純に足してその後2分の1を掛ければ良いのでスペシャルウィークとビワハイジの間に生まれた仔は18.75%の確率でNijinskyⅡの持つスピードを向上させる顕性遺伝子Aを継承し発現することが出来るということになる。
一方で潜性遺伝子の場合は最後の計算の方法だけ変化する、交配する馬双方が潜性遺伝子Bを継承し、それを双方が仔に継承しなければならないので計算はそれぞれの馬に継承する確率を掛けた後、さらに双方から同一の遺伝子を継承する確率である4分の1を掛けた数値が潜性遺伝子が発現する確率となる。その結果、スペシャルウィークとビワハイジとの間に生まれた仔は約0.78%の確率で潜性遺伝子Bが双方から遺伝して、スピードを大きく向上させる潜性遺伝子Bが発現するということになるのである。
いずれにせよかなり低い確率に見えるが、実際にはサラブレッドは近親交配を重ねているため、系譜上で顕性遺伝子Aや潜性遺伝子Bを持っている馬が他にも何頭か存在すると予想され、近親交配のデメリットである虚弱体質にならずにこれらの遺伝子を受け継ぐ馬が、そこそこの確率で生まれるだろうと考えられるだろう。
インブリードに関する用語
(馬名)の〇×〇のインブリード
交配におけるインブリードの濃さを指すときの一般的表記、(馬名)の所には同一の祖先になっている馬の名前が、〇の部分には子供から数えて同一の祖先に至るまで世代を遡った回数と同一の数値が入る。例えば先程例に挙げたスペシャルウィーク×ビワハイジの配合で2006年に誕生したブエナビスタは父の母の祖父(4代前)、そして母の祖父(3代前)が同じNijinskyⅡなので「NijinskyⅡの4×3のインブリード」と表記する。
数値を入れる順番に関しては基本的に血統表の上から順番、つまり父方へ遡った回数を先に入れるのが通例である。
血量
その馬の混血の割合を表す数値。
馬は、父の血と母の血を半分ずつ継承していると考える。同じように、2代前の血はそれぞれ4分の1ずつ、3代前は8分の1…のように、n代前の親の血を(1/2)nずつ受け継いでいると考える。このように定義された数値が「血量」である。
例えば、イクイノックスならばサンデーサイレンスは3代父である。したがって、サンデーサイレンスの血量は(0.5)3=0.125、つまり12.5%と計算する。
インブリードの場合は、それぞれの枝で血量を計算してそれを合計する。例えば、同じくイクイノックスに対してリファールは父父母父父・父母母母父・母父父父である。よって、(0.5)5+(0.5)5+(0.5)4=0.125となり、12.5%と計算できる。
奇跡の血量
共通の祖先の血量が18.75%になるインブリードのことを指す。競走馬の血を構成する血量は2代前なら各25%、3代前なら各12.5%、4代前なら各6.25%となるので18.75%のインブリードで最も多いのは3×4または4×3のインブリードである。これは人間に例えた場合、「いとこ違い」(おじ・おばの孫または祖父の兄弟姉妹の子)と結婚するものということができる。(3×5×5や4×4×4などといった組み合わせでの奇跡の血量も少数ながら存在している)
この血量を持つ馬に名馬が多いことからこのインブリードは世界中に広まり、未だに生産界でも意識されるほどの影響力を有する。
日本ではThe Tetrarchの3×4のインブリードを持ち「幻の馬」とも呼ばれたトキノミノルが日本ダービーを制した1951年に広く認知されるようになったとされている。トウショウボーイ(Hyperionの3×4)や先程例に挙げたブエナビスタ(NijinskyⅡの4×3)やオルフェーヴル(ノーザンテーストの3×4)、Frankel(Northern Dancerの3×4)といった歴史に残る名馬達もこの血量を持っている。
この血量は、「つまりどういうことなのよ」の項に挙げたメリットとデメリットの比が最大化される配合と考えられており、これ以上血が濃いとデメリットが大きくなりすぎ、逆に薄いとデメリットは小さくなるがメリットも小さくなると考えられる。これ以上濃いインブリードは体質面へのリスクが大きいともいわれており、しばしば危険なインブリードの境界線としても使われる。
ただし、これらはあくまで経験則であり、はっきりした科学的根拠があるわけではない。人間の場合、3×3のインブリードにあたるいとこ婚が合法的に認められるかどうかの境界線であることが多い[2]が、馬の場合は一握りの種牡馬が多数の産駒を輩出することを考慮し、人間よりも境界線が少し遠いと考えられる。
アウトブリード
インブリードの対義語、異系交配とも言う。競馬においては5代前までに同一の祖先が存在しない交配のことを指す。もっとも、サラブレッドの成り立ちや性質上完全に血縁関係がないということはないのだが(要するに同系交配のうち血量6.25%未満は近親交配ではないとみなしているだけである)、比較的に血量の偏りが少なく多様な遺伝子を取り込めることから体質を弱くしてしまう潜性遺伝子などが発現する確率は低く、丈夫な馬が誕生しやすいといわれている。
代表的な濃いインブリードの馬
Coronation V(コロネーション)
伝説的生産者にしてインブリード生産者の大家マルセル・ブサックの狂気の極致ともいえる牝馬。Tourbillonの2×2(血量50%、即ち異母兄弟婚)という狂気のインブリード。競走馬としては凱旋門賞を制すなど華々しい活躍を見せたが、あまりに濃いインブリードにし過ぎたためか超気性難、大幅な受胎率低下を招く。特に受胎率の低さ(しかも受胎した仔は全て死産)は彼女の晩年に暗い影を落とし、牧場を追われ消息不明という悲しい最期を迎えた。
詳しくは当該記事を参照
Flying Fox(フライングフォックス)
Galopin(ガロビン)の2×3(人間であれば叔父と姪の婚姻に相当する関係)、Vedetteの3×4×5、Stockwellの5×5という非常に濃いクロスを含む複数のインブリード。但しこのインブリードは狙ったものではなく、母馬の気性が非常に荒かったために他所有者の種牡馬を傷つけてしまうのを恐れて仕方なく自家種牡馬と配合したものとされる。気性は非常に荒かったが体質面の問題もなく英国三冠を達成した名馬。種牡馬としても大成功し、米国三冠馬Gallant Foxや世界中その牝系を広げたLa Troienneが直系子孫におり、現代の競馬にも影響を与えている。
詳しくは当該記事を参照
エルコンドルパサー
Northern Dancerの3×4、Native Dancerの4×5、Specialの4×4という「クロスの宝庫」、「リアルダビスタ」とも評される血統を持つ。競走馬としても種牡馬としても非常に優秀であったが7歳の若さで夭折。
詳しくは当該記事を参照
Enable(エネイブル)
最近までヨーロッパ最強馬として君臨していた歴史的名牝であるが。Sadler's Wellsの2×3、Nearcticの4×5×5、Hail to Reasonの5×5という非常に濃いクロスを含む複数のインブリードの競走馬という一面も持つ。
詳しくは当該記事を参照
ラムタラ
Northern Dancerの2×4というインブリード。競走馬としてはわずか4戦でイギリスダービー、キングジョージ、凱旋門賞を制した歴史的名馬であるが、種牡馬としてはノーザンダンサー系の流行が去った後の日本に輸入されたことから過度なインブリードを忌避され良質な繫殖相手が集まらず大失敗に終わった。日本におけるインブリードの影響で失敗した種牡馬の代表格。
詳しくは当該記事を参照
フサイチコンコルド
Northern Dancerの3×3、Hail to Reasonの4×5というインブリード。わずか3戦で日本ダービー制覇を果たし、「和製ラムタラ」の異名をとったが、逆に言えばダービーまで3戦しかできず、またダービー後も2戦で引退してしまったのはインブリードによる体質の弱さが影響している。
詳しくは当該記事を参照
Rich Strike(リッチストライク)
Smart Strikeの3×2、Deputy Ministerの4×4に加え、Mr. Prospectorとその全兄Search of Goldによる4×3×4の全兄弟クロスまで持っている。2022年のケンタッキーダービーで直前に回避馬が相次いだため繰り上がりで出走し、単勝オッズ81.8倍の大穴を開けた。
詳しくは当該記事を参照
注:突然変異と潜性遺伝子の発現の違い
インブリードは「突然変異が起きやすい」といわれることもあるが、この用語は適切ではない。
「突然変異」とは、何らかの理由で遺伝子そのものが変わることである。インブリードにより両親と異なる形質が発現することは、同一の潜性遺伝子が組み合わさりやすくなることで起こる。つまり、元から持っている遺伝子の形質が発現しただけであり、遺伝子そのものが変化したわけではない。
一方、(正しい意味での)突然変異で生まれた遺伝子は運次第で顕性にも潜性にもなり得る。
突然変異の遺伝子が顕性となった有名な例では、シラユキヒメの持つ白毛遺伝子が挙げられる。
シラユキヒメは突然変異により白毛遺伝子を獲得したが、この遺伝子は子孫の傾向から顕性であることが判明している。彼女は「白毛・鹿毛」の遺伝子組を持つため[3]、白毛遺伝子と他の毛の遺伝子の馬を配合した場合、(実際の結果はともかく)計算上は50%の確率で白毛馬が生まれる。
シラユキヒメ産駒ユキチャンも白毛で、更にその子であるシロインジャーも白毛、シロインジャーの仔メイケイエール・チャレンジャー・ソロモンは共に鹿毛だが、これは「突然変異」ではない。
母シロインジャーが持つ遺伝子組は「白毛・鹿毛」。産駒たちは、母から白毛ではなく鹿毛の方の遺伝子を継承したというだけである。
創作作品におけるインブリード
ダービースタリオンシリーズ
インブリードを語るうえで外せないのはダービースタリオンであろう。特にダービースタリオン3においてはインブリードの効果が加算式であったために多重にインブリードを掛けることでインブリードによる能力補正を何回も発生させることができた。さらにインブリードのデメリットである体質の悪化もBCにおいては関係ないし、気性難も去勢すれば改善できるし、配合によってはメリットとして歓迎されてしまう始末であった。その為当時のダビスタ廃人たちはこぞって現実世界では考えられない多重かつ強烈なインブリードを行った(通称:外道配合)
それ以降の作品ではインブリードの調整や面白い配合等の強力な新配合理論の登場により異常な近親交配はそこまで見られなくなった。
ウイニングポストシリーズ
ウイニングポストシリーズでもインブリードは配合理論として登場する。しかしダビスタ程対人戦が盛んでないこと、ダビスタのように現実ではありえないような近親交配は出来ないこと、異系配合の配合理論(主に血脈活性化配合やメールライン活性配合)が強力なこと、インブリードのデメリットがダビスタ以上に大きい(特に成長力や競走寿命の低下が大きい)等の理由で最強馬生産の際にはあまり使われない。
関連動画
関連静画
インブリードに関するニコニコ静画のイラストやマンガを紹介してください。
関連項目
脚注
- *ただし、複数の遺伝子が組み合わさって発現する形質があるなど、見た目で分かるとは限らない。
- *日本では認められる、韓国では認められない、ドイツでは1親等近い叔姪婚まで認められる、アメリカでは州により異なる、など
- *「白・白」は致死遺伝子を持つ組み合わせのため生まれてこないといわれている。また、仮にそうだった場合産駒は白毛しか生まれないが、シラユキヒメ産駒には白毛以外もいるので明確に否定できる。
子記事
兄弟記事
- なし
- 8
- 0pt