「この桜は、きっとすごく綺麗に咲くよ。なんてったって、根元に屍体が埋まっているからね。」
概要
逸機氏によって投稿中完結済みのVOICEROID劇場シリーズ。それぞれ最愛の姉たちを失った東北きりたんと琴葉葵の会話劇と謎解きを物語の軸として展開してゆく。
氏の初投稿作品であるが完成度が非常に高く、文学的な構成や表現、登場人物の表情や背景の微細な変化、謎解き時の編集やストーリーの緩急などの工夫が随所に表れている。動画というより「視聴する小説」と呼べるかもしれない。
エンディングテーマはねみ氏作『永遠の幸福』(ニコニ・コモンズ登録)。
あらすじ
3月18日。病院の裏手にある公園、まだ花をつけていない桜の下できりたんが日記を燃やしていると、背後から声が聞こえた。
振り向くと、蒼い髪の少女、葵がそこに立っていた。彼女曰く、この桜の根元の土には姉の骸が埋まっているのだという。きりたんは訝しげに思いつつも、その言葉にどこか真実味を覚えていた。あの顔は、表情は、今の自分と同じだったから。
登場人物
主人公
東北きりたん
「ただいま」
「生きていく上でずっと残っていくものだってあるはずです。」
東北三姉妹の末っ子で、小学五年生。姉達のことは深く愛しており、また二人にもとても愛されていた。物語開始時点で両方とも亡くしており、現在は誰もいない家で一人暮らす。
大人びたしっかり者で、小学生にしては大変理知的で落ち着いた言動をする。一方で、姉達の話題になると饒舌になり、予想外の事態に若干感情的になる等、子供っぽさも時折のぞかせる。偶然知り合った葵との約束で毎日のように公園へ足を運んでおり、そこで二人は家族の記憶を語り合うようになる。
琴葉葵
「何かを得たその瞬間に失う、それの繰り返しが、端から何も得ず何も失わないことより良いなんて、私は思わない。」
高校二年生で、公園に隣接する病院に入院中の患者。双子の姉、茜がいたが既に病没しており、その際彼女の髪の一部を桜の下に埋めた。今は樹の下にあるベンチで夕方まで読書をするのが日課となっている。
物腰が柔らかく、論理的な性格。きりたんを子供扱いせず、彼女が話す際には良き聞き手に徹し、言葉に詰まった時も的確な質問や指摘で会話を助けている。その一方で、姉の死と自身の入院から人生への達観と独特の死生観を抱き、しばしばきりたんを当惑させる。
中学生になったばかりの頃レジン作りに出会い、以来趣味で作り続けている。
二人の家族
二人の記憶の住人たち。シリーズ開始時点で全員死亡しており、回想の中でのみ登場する。きりたん達は追憶の中で、忘れていた、あるいは隠されていた彼女たちの真実を少しずつ見つけてゆくことになる。
東北純子
東北三姉妹の次女。きりたんからは「ずん姉様」と呼ばれていた。当時のきりたんからは「天使がそのまま人の形をとって人間界に降りてきてくれたような人」だと評されており、誰にでも常に優しく接していた。
中学生の頃病気を患い、その後入院先で亡くなっている。彼女の遺書は今でもきりたんが大切に保管しているらしい。
東北イタコ
東北三姉妹の長女。きりたんは「イタコ姉様」と呼んでいた。イタコ専門学校を首席で卒業した職業イタコで、東北家の家事も担っていた。もっとも料理は苦手であったらしく、レシピ閲覧(&きりたんのゲーム)用にタブレットを購入している。
生真面目な性格で、純子が亡くなった際、自分にもしもの事があった時きりたんが困らないよう生前に遺書を用意していた。
琴葉茜
葵の双子の姉。活発で明るく、幼い頃は内気で臆病な性格だった葵を守っていた。
小学二年生の頃交通事故で両親を亡くし、茜は一人関西の親戚に預けられる。以来お互いほとんど連絡を取っていなかったが、高校進学を機に再会することとなる。
関連動画
彼女たちの真実
物語の核心について触れています。伏線や重要な謎解きの答えなども書いてある為、本編未視聴の方はまず動画を一通り閲覧することを強く推奨します。
本当に読みますか?
琴葉茜
「…………私、お姉ちゃんは呪われてたんだと思う。」
「……何にですか?」
「死ぬより生きてた方がいいっていう、暗黙の了解みたいなもの。」
幼い頃は上記の通りとても活発で、姉妹で遊ぶことも多かった。当時、内気気味だった葵をよく気にかけており、彼女の為に男子と取っ組み合いの喧嘩になったこともある (これは葵が覚えている一番古い思い出でもあった)。この頃、怪我をして巣穴に運ばれる蟻を見て、「死にそうになった蟻は、仲間の餌になる」と葵に教えている。
両親を事故で亡くし、妹と離れ離れになった茜は、彼女を預かることになった関西の親戚の家で冷遇されるようになる。周囲の環境にも馴染めずにいた彼女は、家から離れる為『有名進学高に入る』という名目で葵と同じ高校に入学。だがそこでも、茜は上手く適応することが叶わなかった。中学以前から既に出来上がった人間関係に関われず、勉強も自分のレベルと合わず常に低空飛行。葵の前だけでは笑顔を見せ、ありもしない友人との日常を自慢し平静を取り繕っていた。
夏休みも終盤へ差し掛かった頃、葵と一緒に歩いていた茜は、突如異常な悪寒と痛みを訴え病院へ搬送される。その日はすぐに退院したものの、二学期が始まったばかりの学校で再び倒れてしまう。入院先で不治の病であることを言い渡される茜。当初はそれを否定し、度々医師たちの指示に反抗した彼女だったが、病は容赦無く心身を蝕んでいった。
『三匹の蟻が列になっている。
前後の蟻はお互いの存在を認識しているのに、なぜ真ん中の蟻だけはそれを否定するのか?』
それは巣穴に運ばれようとする蟻が上げた、最初で最後の悲鳴だった。
「周りの奴らはもう自分のことを屍体みたいに思っとるけど、違うんや!自分はまだ生きとんのや!」
「なんでそこらの叔父貴やないねん、もう十分生きたオバハンやないねん!なんでいけ好かんクラスの連中じゃないねん!なんで、なんでウチなんや!」
「なんで、なんで、なんで……」
「なんで葵やなくて……ウチなんや…………」
夜、茜は手首を切り自殺を試みるも未遂に終わる。この日以降、茜は病院の言いつけに従うようになった。
翌年春、「来年も、桜、一緒に見れたら良かったのに」と言い残し死去。享年16歳。彼女の髪の一部は、葵の手で桜の根元に埋められた。その直後、彼女自身が同じ病に倒れるとも知らずに。
東北純子(1)
「ずん姉様は、私が思っていたような完璧な人ではなかったのかもしれません。私と地続きの、人間だったのかもしれません。」
幼い頃から「明るくて、運動神経が良く、勉強はちょっと苦手だけど、誰からも好かれた人」だったらしい。きりたんには完璧超人と映っていたが、同級生に恋煩いをして消しゴムのおまじないをしたり、失恋して一晩中泣き明かすなど、年相応に初々しい面もあったようだ。
中学一年生の冬、後に琴葉姉妹も発症することになる血液性の難病にかかり余命2年と宣告。きりたんの前では気丈な態度を崩さなかったが、時折疲れた表情を覗かせるようになる。
翌年の夏、病室で首を吊り自殺。葬儀の後、イタコの手できりたん宛の遺書を渡されたが、数年後このことが彼女にある疑念を抱かせる。
東北イタコ(1)
「ずんちゃんだけじゃなくて、きりちゃんまでいなくなったら、あたし、どうすればいいんですの……?」
本編1ヶ月前に交通事故に遭い、純子や琴葉姉妹と同じ病院で昏睡状態になる。きりたんが葵と初めて会った日の朝、生き霊となって妹の夢枕に立ち、自分の机に入っている日記を処分するように依頼。そのすぐ後、きりたんが日記を燃やすのを見届けるように亡くなった。
「私たちにできるのは、可能性を検討することだけです。 ですがその場合、よりありえそうなものから考えてゆくべきだとは思いませんか。さっき私が言ったような、全部私の妄想だった、なんて突拍子も無い可能性よりも、もっと現実的で筋の通った、無理のない可能性を考えるべきだとは思いませんか。」
純子の遺書を紛失してしまったきりたんは、葵の助言でイタコの部屋を探索する。日記が入っていた机の抽斗から見つかった、二通の同じ内容の遺書。やがてそれは、彼女をある一つの可能性に導く。筆跡の違い、遺書の偽装とすり替え、日記の本当の所有者。
純子は、イタコに殺されたのではないか。二人は、きりたんの見えない場所で確執を持っていたのではないか。そしてイタコは、それを隠すために遺書をでっち上げてきりたんに渡したのではないか。
東北イタコ(2) 東北純子(2)
「純子さんも、人間だったでしょ。きりたんや私やお姉ちゃんと地続きの、普通の人だったんじゃない?」
きりたんの推理を聞いた葵は、もう一つの可能性を示す。それは、『ずん姉様』という完全な存在ではなく、『東北純子』という一人の人間としての一面だった。
純子は笑顔の裏で、耐え難い苦痛を抱えていた。突然降って湧いた境遇への絶望感と、きりたんをはじめ、他の未来を持つ人々全員への、自分ではどうすることもできない怒りや妬みを覚えていた。その理不尽さを自覚し、イタコやきりたんへは絶対に見せまいとする彼女も、いつしか精神の磨耗を隠せなくなっていた。
ある日、ついに自身の感情に耐えきれなくなった純子は、二人への最後の言葉を日記に残し自殺してしまう。自らの本音を赤裸々に写したその結びは、「ありがとう。そしてごめんなさい」だった。唯一妹の内面を知ることとなったイタコは、きりたんの悲しみを害さないようにこのことを隠し、自分達の筆跡がよく似ていたことを利用して当たり障りのない内容の遺書を渡した。3年後、純子の日記で筆跡の僅かな違いを発見したイタコはすり替えを試みるも、タバコの匂いが紙に移った可能性に気がつき断念。その後、遺書を戻す機会を得ることができないまま事故死してしまう。
「今となっては真相を確かめる術は無いけど、それだったらよりありえそうでまだ救いがある私の想像を信じてよ。」
「でも、私の想像では少なくとも、イタコさんは純子さんときりたんが好きだったし、純子さんはイタコさんときりたんが好きだったよ。」
関連項目
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