嵯峨単語

サガ

嵯峨とは、山に高低があって、険しい様子。山がぎざぎざしていて不ぞろいな様子をさす言葉。

転じて日本苗字、地名となる。苗字としては、秋田県秋田付近に多く分布している。また、岩手県久慈市にも集中しており、久慈市では9番に多い苗字となっている。

八戸士に嵯峨氏があった。京都から陸奥久慈(現岩手県久慈市)に移り住んだという。

また、元族に正親町三条から姓した嵯峨があった。

曖昧さ回避

人名

実在の人物(追号)

実在の人物(苗字)

架空のキャラクター

地名

その他

関連項目

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嵯峨

1 ななしのよっしん
2014/03/14(金) 14:29:21 ID: 4bXbiXXwas
サンキューサッガ
2 ななしのよっしん
2014/09/05(金) 00:05:32 ID: eQomizK8H0
saga
3 ななしのよっしん
2015/07/08(水) 13:02:56 ID: QNM1e20S0W
自分系図?に嵯峨氏って書いててなにやら氏に関係すること記述されてたんだけど関係あったりすんのかねえ
4 ななしのよっしん
2015/09/14(月) 16:11:37 ID: SObBEo1XHh
享和元年(一八〇一)に書かれた上北手の嵯峨文書(近世史料編下に掲載予定)から、戦国時代の武将のゆくえを追ってみましょう。
 この文書によると、江戸時代に上北手大山田を開発し、長く肝煎を務めた嵯峨重右衛門の祖先は、戦国時代、太氏のもと、臣として活躍した嵯峨次郎太郎知信だったと伝えられています。なるほど嵯峨にはその拠と思われる戦国時代からの系図や鑓などが伝わっています。
 しかし、太長崎地区に定着していた武将嵯峨知信の子孫は、正十七年(一五八五)の太氏滅亡により、太から上北手大山田に移り、農業を生業として土着したと考えられます。その後、この地に深く根を下ろし、その血を現在まで脈々と伝えています。
 古文書の発見から、地域の歴史への興味を深めていくのもまた楽しいものです。